2016 Volume 49 Issue 4 Pages 309-316
症例は68歳の女性で,上腹部膨満を主訴に当院を受診した.腹部CTにて,膵体尾部に13 cm大の多房性囊胞性病変を認め,夏みかん様壁肥厚と囊胞内に充実性部分を認めた.一年前のCTでは膵尾部に2 cm大の囊胞性腫瘍を認め,膵粘液性囊胞腫瘍(mucinous cystic neoplasm;以下,MCNと略記)が急速に増大・癌化したと考え手術を施行した.開腹すると,腫瘍は胃体部大彎に広く接し,膵体尾部切除術・胃全摘術・リンパ節郭清術(D2)を施行した.摘出標本は囊胞成分と充実成分を有する径16×11×5 cmで内部に壊死物質を含んでいた.病理組織学的検査所見で退形成性膵管癌巨細胞型と診断した.また,囊胞の粘液性上皮下でcalretininが陽性を示し卵巣様間質の存在が示唆された.以上より,MCN由来の退形成性膵管癌の可能性があると考えられ,このような病理学的特徴を示した症例は世界的にもまれであり報告する.
退形成性膵管癌は,浸潤性膵管癌のなかでもまれな一組織型であり,膵癌登録によると,発生頻度は0.39%であり1),一般の膵管癌と比較してもその予後は不良である2).また,膵粘液性囊胞腫瘍(mucinous cystic neoplasm;以下,MCNと略記)も近年病理組織学的検査所見で卵巣様間質(ovarian-like stroma)を認めることが診断基準に含まれるようになってきた比較的まれな腫瘍である3).その両者がともに認められたという報告例は少なく,今回,我々はMCNに由来したと考えられる退形成性膵管癌の1切除例を経験したので若干の文献的考察を加えて報告する.
患者:68歳,女性
主訴:上腹部膨満感
既往歴:65歳時左乳癌にて手術.66歳時左卵巣囊腫にて手術.
家族歴:特記事項なし.
現病歴:2か月前より上腹部膨満感を自覚され,近医で内服治療をしていたが,改善せず.2か月で3 kgの体重減少があり,嘔吐も伴うようになったため,精査・加療目的で当院へ紹介となった.
来院時現症:体温36.9°C,血圧128/85 mmHg,脈拍97回/分,腹部 平坦・軟,圧痛は認めなかった.
血液生化学検査所見:WBC 6,300/μl,Hb 11.2 g/dl,CRP 6.22 mg/dl,CEA 24 ng/ml,CA19-9 6 U/ml,DUPAN-2 10,264 U/ml,Span-1 156.4 U/mlと腫瘍マーカーの上昇を認めた.
腹部CT所見(1年前):乳癌の経過観察で施行されていたCTにて,膵尾部に2 cm大の囊胞性腫瘍を認めていた(Fig. 1a).
a: CT scan of the abdomen showed a cystic lesion in the tail of the pancreas one year previously (arrowhead indicates the cyst). b: An enhanced CT scan on admission shows a 13-cm multilobulated cystic tumor in the body and tail of the pancreas. There is a solid component in the cyst.
腹部造影CT所見:膵体尾部に13 cm大の多房性囊胞性病変を認めた.夏みかん様壁肥厚と尾側囊胞内部に充実性部分を認めた.胃体部を大彎側より大きく圧排していた(Fig. 1b).
ERP所見:主膵管は膵尾部で屈曲し途絶していた.膵液細胞診は陰性であった(Fig. 2).
ERP shows the pancreatic duct is interrupted in the tail of the pancreas.
上部消化管内視鏡検査所見:胃体上中部後壁にかけて壁外性の圧排像を認めた.
MRI所見:膵体尾部に径14×12 cm大の囊胞性腫瘍を認め,内部には隔壁を伴っており,大部分の囊胞内容はT1強調画像でlow,T2強調画像でhigh(隔壁部分はlow)であり,囊胞内に粘液や血液などの蛋白濃度の濃い液体を含んでいると考えた(Fig. 3).
MRI shows a 14×12 cm multilobulated cystic tumor in the body and tail of the pancreas.
PET所見:膵体尾部囊胞性病変の囊胞壁にSUVmax8の強い集積を認めた(Fig. 4).
On PET, FDG uptake is identified in the cystic wall and solid lesions of the tumor.
乳癌術後の経過観察で撮影していた1年前のCTでは,膵尾部に2 cm大の囊胞性腫瘍が描出されており,これが急速に増大したと考え,MCNの癌化(膵粘液性囊胞腺癌,mucinous cystadenocarcinoma;以下,MCCと略記)と診断し,手術を施行した.
手術所見:開腹すると,膵体尾部に巨大な囊胞性腫瘍を認め,胃体上部大彎側に広く接し剥離が困難であった.また,横行結腸間膜に腫瘍が浸潤しており,脾合併膵体尾部切除術・胃全摘術・横行結腸間膜切除術・リンパ節郭清術(D2)を施行した.
摘出標本所見:摘出した腫瘍量は1.6 kg,囊胞成分と充実成分を有する腫瘍であり最大径は16×11×5 cmであった.頭側の囊胞は胃大彎に広く接していたが,消化管との交通は認めなかった.囊胞内容物は粘調性のある血性成分であり,尾側囊胞内には,充実成分を含んでいた(Fig. 5a).囊胞内容液中の腫瘍マーカーは,CEA 10,402.8 ng/ml,CA19-9 43 U/ml,DUPAN-2 515 U/ml,Span-1 2,975.2 U/mlといずれも高値を示した.
Macroscopic and microscopic appearance. a: The tumor measures 16×11×5 cm and consisted of a cystic lesion and a solid component in the body and tail of the pancreas containing necrotic tissue inside. The tumor might extend into the stomach. b: Histologically, the solid component in the tumor represent anaplastic carcinoma of the giant cells (upper area). Areas of conventional ductal adenocarcinoma are also identified (lower area). The two types of carcinoma are focally intermingled with each other. c: Cystic lesion lines by mucinous epithelia. The cyst wall contains areas of stromal hypercellularity. d: Calretinin is focally positive in the stromal cells.
病理組織学的検査所見:尾側の充実性腫瘍の大部分は,大型で高度異型を示す未分化な巨細胞の増殖像から成り,退形成性膵管癌の所見と考えられた.通常型膵管癌様の形態をとるadenocarcinoma成分も一部に認められた(Fig. 5b).頭側の囊胞内面の上皮はほとんど剥離・消失していたが,一部には上記adenocarcinomaと類似の形態をとる異型高円柱上皮による裏打ちが認められ,この囊胞成分も充実性腫瘍と連続していると考えた.胃壁への浸潤は認めなかった.また,囊胞を裏打ちしている上皮内には粘液も存在した.囊胞壁には炎症細胞浸潤,線維化や硝子化変性が目立ったが,一部でcellularityの高い間質細胞の存在がうかがわれる領域も散見された(Fig. 5c).その上皮下の間質においてエストロゲン受容体(estrogen receptor;以下,ERと略記),プロゲステロン受容体(progesteron receptor;以下,PgRと略記),インヒビンはいずれも陰性であったが,calretininが陽性を示した部分が一部に確認できた(Fig. 5d)ことから,卵巣様間質の存在がうかがわれた.壁の炎症や硝子化変性のために卵巣様間質が不明瞭化している可能性が考えられた.囊胞部分がMCNであった可能性は否定できないことから,病理学的最終診断はMCN由来が示唆される退形成性膵管癌-巨細胞型(anaplastic carcinoma of the pancreas associated with mucinous cystic neoplasm.Ptb,TS4,pS(+),pRP(+),pOO(–),INFα,intermediate type,ly0,v1,ne0,mpd(–),pN0:T3,N0,M0:stage III)と診断した.
術後経過:補助化学療法として,S-1内服治療を半年施行後,術後1年無再発生存中である.
退形成性膵管癌は肉腫様形態を呈する膵癌であり,1954年にSommersら4)によりpleomorphic carcinomaとして初めて報告された.本邦では従来未分化癌として扱われてきたが,一部に膵管癌成分がみられることや,上皮性マーカーであるEMAやcytokeratinが陽性であることから膵管癌の一型と考えられるようになり,膵癌取扱い規約第4版からは浸潤性膵管癌に分類されている.第6版(2009年)では,細胞の形態により,紡錘細胞型(spindle cell type),多形細胞型(pleomorphic type),巨細胞型(giant cell type)に分類され,巨細胞型のうち破骨細胞類似巨細胞が目立つものは破骨細胞型(giant cell carcinoma of osteoclastoid type)として亜分類されている5).退形成性膵管癌は日本膵臓学会膵癌登録では,膵腫瘍のうち約0.39%であり,まれな組織型と考えられる1).症状は体重減少,倦怠感,嘔吐,食思不振や腫瘤の触知が多いとされ,発症早期から血行性・リンパ行性に転移し急速な膨張性発育を示し6),診断時には巨大な腫瘤となっていることも多い7).本疾患の画像的特徴は,腫瘍辺縁部を含め造影効果を認める一方で,急激に膨張浸潤性に発育することが多いため,中心の壊死に陥った部位ではhypovascular lesion・cystic componentとして描出される8).
治療・予後に関して,香川ら2)の報告によると,退形成性膵管癌の手術切除44症例において,生存期間中央値(median survival time;以下,MSTと略記)は11.0か月であり,膵癌登録報告における膵癌切除例1,538例のMSTが18.2か月であることを踏まえても,予後は不良と考えられる.しかし,三枝ら9)は退形成性膵管癌7例のうち切除例3例がいずれも10年以上生存しており,遠隔転移がなければリンパ節郭清,浸潤臓器合併切除によるR0手術により長期生存が期待できると報告しており,樋口ら10)は,切除率と生存期間との相関性を指摘し,切除可能症例に対する積極的な切除を推奨しており,通常型膵管癌と同じく切除可能であれば外科手術での治療が望ましいと考える.術後の補助化学療法は症例数も少なくエビデンスに乏しいため,通常型膵管癌のレジメンに準じて行われることが多い.GEM補助療法後に肝転移再発を生じたためS-1に変更し術後6年の長期生存した報告11),epirubicin hydrochloride 30 mg隔日投与4コースとtegafur 600 mg/日の1年投与にて術後5年無再発生存例12)や5-FUとCDDPの化学療法で術後8か月の無再発生存例13)の報告がみられる.本症例では,通常型膵管癌の補助化学療法に準じてS-1内服を施行し,現在術後1年再発の徴候はなく生存中である.退形成性膵管癌は症例数も少なく手術を含めた集学的治療・術後補助化学療法はさらなる症例の蓄積と研究が必要と考える.
また,MCNは,中年女性の膵体尾部に好発する囊胞性粘液産生腫瘍で,卵巣様間質があることを特徴とし14),その存在の証明が必須とすることが提案されている3).卵巣様間質では,PgRが60~90%,ERが30%の発現であり,他にcalretininやα-inhibinなどのluteinized cellマーカーも発現すると2010年のWHO分類には記載がある15).本症例では,囊胞壁の炎症・変性所見が強く卵巣様間質の有無が評価しにくい部分が多かったが,一部でcellularityの高い間質細胞を上皮化に認めた.ER・PgR染色は陰性であったが,mesotheliumのマーカーであるcalretininが上皮下の間質において陽性であり16)~18),HE染色の所見も総合すると卵巣様間質の可能性が高いと考えられ,MCNが示唆された.1年前のCTにて囊胞性病変として指摘されており,急激な増大傾向を認め,壁肥厚・壁在結節の存在,PET陽性であったことから,術前診断ではMCN由来のMCCと考えていた.しかし,病理組織学的検査にて,退形成性膵管癌(巨細胞型)の診断がえられ,また腫瘍と連続性のあるMCN様病変が存在したことから,MCN由来が示唆される退形成性膵管癌と最終診断した.
坂東ら19)が,MCNに浸潤性膵管癌が合併した症例を報告しているが,それぞれの腫瘍の連続性はなく二つの腫瘍の併存であったとしている.また,日比野ら20)は膵体部の通常型膵管癌とその尾側にMCNの合併例を報告しているが,これは,K-ras解析にて発生母地は別であるとされた.膵囊胞の経過観察中に急速に増大した膵多形性細胞癌の報告もあるが21),詳細な病理学的検討の記載がなくMCNが関連していたかは不明であった.医学中央雑誌(1977~2014年),PubMed(1950~2014年)を用いて「退形成性膵管癌」,「膵粘液性囊胞腫瘍」,「anaplastic carcinoma」,「mucinous cystic neoplasm」,「MCN」をキーワードとして検索したところ,MCNに由来する退形成性膵管癌の報告は自験例を含めても13例のみであった(Table 1)18)22)~30).平均年齢は52.1歳,12例(92.3%)が女性であり,最大腫瘍径は平均14.4 cmと退形成性膵管癌の集計結果(8.79 cm)8)よりも巨大なものが多くみられた.病理学的特徴としては,退形成膵管癌で比較的多い8)とされるgiant cell typeが2例と少数であった.予後としてはR0切除が施行された症例では長期生存の報告もみられたが,やはり退形成性膵管癌と同様に予後は不良と考えられる.
No | Author/ Year |
Case (Age/Sex) | Tumor size (cm) | Therapy | Outcome (Survival) | Pleomorphic cell | Giant cell carcinoma of osteoclastoid | Spindle cell | Giant cell | OS in MCN |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Logan22)/ 1982 |
35/F | 17×15×10 | DP, SP, subtotal gastrectomy | Dead (6 week) |
+ | – | – | – | + |
2 | Marinho23)/ 1995 |
70/F | 4.5×4.3×4.3 | DP, SP | ND | ND | ND | ND | ND | ND |
3 | Bergman24)/ 1995 |
77/F | 5×3.5×2.5 | PD | ND | + | + | – | + | + |
4 | Lane25)/ 1997 |
25/F | 15 | DP, LR, liver resection | Alive (6 mo) |
+ | – | – | – | ND |
5 | Nishihara26)/ 1997 |
52/F | 10×9.5×8 | DP, SP, LR | Dead (19 mo) |
ND | ND | ND | ND | ND |
6 | Weing27)/ 1997 |
67/M | 19×14×8 | DP, SP | Dead (15 mo) |
+ | – | + | – | ND |
7 | Weing27)/ 1997 |
48/F | ND | DP, SP | Alive (12 mo) |
+ | – | + | – | ND |
8 | Weing27)/ 1997 |
65/F | 30×25×9.5 | DP, omentum resection | Dead (9 mo) |
+ | – | + | – | ND |
9 | Suda28)/ 2001 |
35/F | 11×10×8 | DP, LR (para-aortic) | Alive (14 yr) |
+ | + | – | – | + |
10 | Zeng-Gang29)/ 2007 |
70/F | 14×12×9 | DP, SP | Alive (4 mo) |
+ | + | + | – | + |
11 | Hirano18)/ 2008 |
26/F | 17×16 | DP, SP | Alive (8 mo) |
– | + | – | – | + |
12 | Hakamada30)/ 2008 |
40/F | 14×14 | DP, SP, partial gastrectomy | Alive (4 yr) |
+ | + | + | – | + |
13 | Our Case | 68/F | 16×11×5 | DP, SP, total gastrectomy | Alive (1 yr) |
– | – | – | + | + |
ND: not described, DP: distal pancreatectomy, PD: pancreaticoduodenectomy, SP: splenectomy, LR: lymph node resection
利益相反:なし