2016 Volume 49 Issue 4 Pages 301-308
膵漿液性囊胞腺腫は,発育の緩徐な良性腫瘍である.腫瘍径の増大に伴いさまざまな症状を呈する場合があるが,膵頭部の病変であっても閉塞性黄疸を来すことは少ない.症例は31歳の女性で,検診で異常を指摘され,精査施行,膵頭部に径30 mmの囊胞性腫瘍を指摘され,当院へ紹介された.各種画像診断で膵漿液性囊胞腺腫と診断し,無症状でかつ各種血液検査で異常を認めなかったことから経過観察となった.約8年の経過観察を経て,腫瘍は径43 mmまで増大し,閉塞性黄疸を来したため膵頭十二指腸切除を施行した.病理組織学的診断は膵漿液性囊胞腺腫であり,胆管閉塞は,一部の囊胞があたかも総胆管内腔に突出するように発育したことが原因であった.本例の腫瘍増大率は1.3 mm/年,doubling timeは23.1年であり,閉塞性黄疸を呈して切除された膵漿液性囊胞腺腫の報告の中でも緩徐な発育速度であった.
膵漿液性囊胞腫瘍(serous cyst neoplasm;以下,SCNと略記)のほとんどは良性の漿液性囊胞腺腫(serous cystadenoma;以下,SCAと略記)である.SCAの典型例は,壁の薄い小囊胞が集蔟した形態であり,その画像診断も比較的容易1)である.一旦SCAと診断されれば,基本的には経過観察でよいが,有症状例や悪性が否定できない症例2)は手術適応と考えられている.SCAは緩徐に増大し,その結果,圧迫症状を呈する場合があるが,閉塞性黄疸の合併例の報告は少なく,我が国におけるSCNの全国調査では,その頻度は0.6%と報告された3).今回,我々は約8年の経過観察の後に閉塞性黄疸を来し切除したSCAの1例を経験した.本例においては,SCAを構成する囊胞の一部が総胆管内に突出するように発育していた.その特徴的な病理組織学的所見を詳述するとともに,腫瘍増大速度や腫瘍径よりも,胆管内腔へ突出するように発育したことが本症例において黄疸出現に強く関与していたと考えられ,報告する.
患者:31歳,女性
主訴:なし.
既往歴:なし.
現病歴:2005年11月,健診で異常を指摘され,精査目的に行われた腹部CTで膵頭部に径30 mmの囊胞性病変および総胆管拡張を指摘され,当院へ紹介となった.
初診時現症:身長156 cm,体重41 kg,BMI 17.黄疸なし.腹部平坦軟で圧痛なし.
血液生検査所見:T-Bil 0.8 mg/dlと正常範囲内で,その他血算・生化学検査項目にも異常は認めなかった.腫瘍マーカーは,CEA 2.5 ng/mlおよびCA19-9 26 U/mlといずれも正常範囲内であった.
腹部超音波検査所見:膵頭部に多房性囊胞性腫瘤を認め,腫瘤より上流側の総胆管の拡張を認めた.
腹部CT所見:膵頭部背側に径30 mmの囊胞性腫瘤を認めた.この腫瘤は,径5 mmから10 mm程度の小囊胞の集蔟からなり,個々の囊胞壁は薄く,造影効果を有していた.総胆管は10 mmと拡張していた.
腹部MRI所見:CT所見と同様,小囊胞の集蔟からなる径30 mmの囊胞性腫瘤を認めた(Fig. 1).総胆管は径10 mmに拡張していたが,主膵管の拡張は認めなかった.
T2-weighted imaging on MRI. A multilocular cystic tumor (arrow) in the head of the pancreas is visualized.
以上の所見より,無症候性のSCAと診断し,経過観察の方針となった.
臨床経過:観察期間中は,半年毎に診察,血液検査および腹部MRIを施行した.2009年10月,皮膚黄染および食欲減退を認めた.腫瘍は径40 mmまで増大し,血液検査ではT-Bil 2.1 mg/dlと高値を認めた.閉塞性黄疸の診断で手術が検討された.しかし,その後黄疸は自然消失し,本人から手術を希望しないとの訴えもあり再度経過観察となった.2013年8月,再度皮膚黄染および食欲減退,褐色尿を認め受診した.その際の血液検査で,AST 149 IU/l,ALT 235 IU/l,ALP 890 IU/l,T-Bil 3.0 mg/dlと肝胆道系酵素と血清ビリルビン値の上昇を認めた.腫瘍マーカーは,CEA,CA19-9ともに正常範囲内であった.
腹部MRCP所見の推移:経過観察期間中に,腫瘍は2005年11月 径30 mmから2013年8月 43 mmまで増大し,それとともに肝内外胆管も徐々に拡張した(Fig. 2).なお,この間に膵管の狭窄や拡張は認めなかった.
MRCP in August 2006 (a), October 2009 (b), and August 2013 (c). MRCP shows a gradual increase in size of the cystic tumor and diameter of the common bile duct. Size of the cystic tumor: 34 mm (a), 40 mm (b), and 43 mm (c). Diameter of the common bile duct: 10 mm (a), 15 mm (b), and 23 mm (c).
以上より,SCAの増大による閉塞性黄疸と診断し,手術を施行した.
手術所見:開腹時,膵頭部に弾性軟の腫瘍を触知した.十二指腸を授動すると,膵頭部背側に40 mm大の囊胞性腫瘍が確認できた.腫瘍の圧排により上流側総胆管径は15 mmと拡張していた.他臓器への浸潤およびリンパ節腫大は認めなかった.術前診断通りSCAと診断し,亜全胃温存膵頭十二指腸切除およびChild変法再建を施行した.
摘出標本肉眼所見:総胆管断端からその内腔を観察すると,黒色調を呈した囊胞性腫瘍が胆管内腔を占拠するように存在しており,あたかも囊胞の一部分が胆管壁を穿破して,胆管内腔に直接突出しているように見えた(Fig. 3).膵頭部の囊胞腫瘍は47×42×37 mm大で,その割面は基本的には小囊胞の集蔟で,一部にはやや大きめの囊胞も見られた.囊胞内部には漿液を含んでいた.一部分の囊胞が総胆管内腔に突出していた(Fig. 4).
Macroscopic findings of the resected specimen. A cystic mass (arrow) is visualized like a polypoid tumor protruding into the common bile duct. An arrowhead indicates the direction in which the photo was taken.
Macroscopic findings of the cut surface of the resected specimen. The lumen of the common bile duct (arrows) is obstructed by a cystic lesion (*) at the head of the pancreas.
病理組織学的検査所見:腫瘍を構成する囊胞の内腔は,単層立方状の明るい胞体を持つ細胞により形成されており,一部に乳頭状増殖所見も認めた.囊胞が胆管内へ突出した部位においては,囊胞壁を被う胆管上皮が確認できた.したがって,囊胞の胆管壁への浸潤や胆管内腔への穿破ではなく,胆管内腔への突出性圧排と考えられた(Fig. 5).悪性を示唆する所見は認めず,病理学的にもSCA(microcystic type)と診断した.
Histopathological findings. The common bile duct (arrow) is compressed by a cyst (*). Arrowheads indicate epithelium of the common bile duct.
術後経過:術後は合併症なく経過し,第16病日に退院した.1年5か月経過した現在,無再発生存中である.
SCNの悪性例は1%程度と極めてまれ4)であり,その手術適応は,通常,有症状もしくは悪性を否定できない場合と考えられている.一方,最近では腫瘍径や発育速度の解析からSCAの手術適応を論ずる報告もみられる.Tsengら5)は,最大径40 mm以上のSCAは有症状となる頻度が高くなるため,40 mmを超えれば無症状であっても手術をすべきと報告した.これに対して,Galanisら6)は,手術合併症のリスクから,SCNの最大径にかかわらず,短期間で急速な増大傾向がなければ有症状のみを手術適応にすべきと報告した.El-Hayekら7)は,doubling timeが12年以下である症例は,さらなる急峻な増大および症状を来しやすいため,手術をすべきと報告した.しかしながら,これらの腫瘍径や増大率による切除適応に関しては,いまだ明確なコンセンサスは得られてはいないのが実情である.2012年に発表された我が国のSCNの全国調査3)でも,手術適応に関しては「他の疾患との鑑別困難な場合」,「腫瘍圧排による有症状例」および,「腫瘍が大きい場合や,増大するもの」としており,具体的な数値に関しては明言していない.
自験例では,約8年の経過観察の後に腫瘍径が30 mmから43 mmまで増大し,ついには閉塞性黄疸を認めたために手術適応とした.一般に膵頭部の病変であっても閉塞性黄疸を来すSCAの報告はまれである.前述したSCNの全国調査では,閉塞性黄疸を呈したのは全調査例172例のうち1例のみであり,その頻度は0.6%であった.医学中央雑誌(1977年から2014年まで)で「膵漿液性囊胞腺腫」もしくは「膵漿液性囊胞腫瘍」および「黄疸」をキーワードとして検索したところ,過去に8例が報告されていた8)~15).同様にPubMed(1950年から2014年まで)で「serous cystadenoma」もしくは「serous cyst neoplasms」および「jaundice」,「case report」をキーワードに検索したところ,11件が該当した.この内,医中誌での検索文献との重複を除き,英語表記の報告は2編であった(Table 1)16)17).自験例を含めたこれら11症例を検討したところ,平均年齢は57.6歳.性別は男性5例,女性6例であった.全例で腫瘍の主座は膵頭部で,その平均腫瘍径は60 mm(35~120 mm)であった.自験例の特徴として,囊胞の総胆管内腔への突出性の発育があげられるが,同様の所見が記載された症例は,自験例を含めて4例8)9)17)であった.これら4例の腫瘍径はいずれも30~40 mm大で,黄疸例11例の平均腫瘍径(62 mm)以下であった.このことから,SCAが閉塞性黄疸を呈する機序には,①腫瘍の増大に伴う腫瘍全体による総胆管の圧排と,②一部の囊胞の胆管内腔への突出性圧排の二つがあるのではないか,と推測された.
No. | Author/Year | Age/Gender | Size (mm) | Procedure performed | Growth rate (mm/year) | Follow up time (year) | Protrusion into the common bile duct |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Keel16)/1996 | 47/f | 80 | NA | — | ― | no |
2 | Maekawa8)/2000 | 62/m | 35 | PD | ― | ― | yes |
3 | Horaguchi9)/2003 | 53/m | 35 | PD | ― | ― | yes |
4 | Matsubara10)/2003 | 72/f | 120 | TP | ― | ― | no |
5 | Tanaka11)/2003 | 67/f | 70 | PD | ― | ― | no |
6 | Shirakata12)/2004 | 68/f | 41 | PD | 10 | 1 | no |
7 | Watanabe13)/2006 | 72/m | 40 | Fenestration | 5 | 6 | NA |
8 | Blandamura17)/2007 | 31/m | 40 | PD | ― | ― | yes |
9 | Kuwahara14)/2011 | 68/m | 58 | PD | 2.1 | 8 | no |
10 | Terakawa15)/2014 | 55/f | 100 | Fenestration | ― | ― | NA |
11 | Our case | 39/f | 43 | PD | 1.3 | 8 | yes |
PD: pancreaticoduodenectomy, TP: total pancreatectomy, NA: not available
自験例における8年間の腫瘍径と血清T-Bilの経時的変化をFig. 6に示した.腫瘍径の推移を近似直線で表すと腫瘍の増大率は1.3 mm/年であった.この増大率から算出されるdoubling timeは,23.1年であった.Malleoら18)は145例のSCN経過観察症例を対象とした解析の結果,SCNの平均増大率は2.8 cm/年と報告しており,自験例の腫瘍増大速度はSCN全体と比較しても緩徐なものであった.また,自験例のdoubling timeは,El-Hayekら7)が提唱した手術適応となるdoubling time 12年よりも,長い結果であった.
Changes in tumor size and serum total bilirubin levels. Regression line: Y = 1.302x + 33.551 R2 = 0.848
SCAの割面は小囊胞の集蔟から成るスポンジ状で,ある程度の柔軟性を持って発育している.膵頭部にできたSCAであっても閉塞性黄疸を来す症例が少ないのはこのためと考える.緩徐な発育速度で,40 mm台の腫瘍径にとどまる自験例が閉塞性黄疸を来したのは,腫瘍増大速度や腫瘍径よりも胆管内腔へ突出するように発育したことが最も強く関与しているのではないかと考えられた.
利益相反:なし