2017 Volume 50 Issue 12 Pages 993-998
症例は79歳の男性で,主訴は血便であった.2015年7月に血便で下部消化管内視鏡検査を施行され,肛門管に約20 mmの易出血性な表面不正の腫瘍を認めた.生検で悪性黒色腫の診断で,外科紹介となった.CTでは腫瘍周囲の明らかなリンパ節の腫脹や肺・肝臓などの遠隔転移は認めなかった.腹会陰式直腸切断術,D2廓清を施行した.歯状線上に径約4.0×2.0 cmの部分的にメラニン色素沈着を伴うⅠ型腫瘍を認め,病理組織検査では紡錘状の悪性黒色腫細胞と,印環細胞様の腺癌が明確な境界を持つことなく混在して存在しており,悪性黒色腫と腺癌の混合と診断した.術後6か月目の経過観察のCTで両肺野に複数の小結節を認め,直腸肛門部悪性黒色腫の肺転移が示唆された.高齢で化学療法などの適応でないため,無治療での経過観察とした.直腸肛門部で腺癌と悪性黒色腫が混在した症例はこれまで本邦では報告がなく,まれな症例と考えられた.
直腸肛門部悪性黒色腫は,全悪性黒色腫の0.4~1.6%,直腸肛門部の悪性腫瘍の中で0.38~1%とされるまれな疾患である1).直腸肛門部の腺癌はよく認められる疾患であるが,本症例のように腺癌と悪性黒色腫が混在した直腸肛門部腫瘍は本邦ではまだ報告例がない.今回,我々は腺癌と悪性黒色腫が混在した直腸肛門部腫瘍の1例を経験したので報告する.
症例:79歳,男性
主訴:血便
現病歴:2014年1月に大腸多発憩室からの出血で,当院内科で入院加療していた.その際の下部消化管内視鏡検査で肛門粘膜にメラニン色素の沈着を認め,肛門メラノーシスと診断された.2015年7月に再度血便を認め,当院内科で下部消化管内視鏡検査を施行されたところ,肛門管の部分に約20 mmの易出血性な表面不正の腫瘍を認めた.生検で悪性黒色腫の診断で,手術目的で外科紹介となった.
既往歴:心房細動でワーファリン内服中.前立腺肥大に対しゾラデックスで治療中.右白内障で失明.左膝関節置換術後.
理学所見:腹部は平坦軟で,腫瘍性病変などは触知しなかった.直腸診で7時方向を中心に,肛門縁すぐの部位に腫瘍を触知した.
血液生化学検査所見:RBC 405×104/μl,Hb 12.3 g/dlと軽度の貧血を認めた.肝腎機能は基準値内であった.
下部消化管内視鏡検査所見:2014年1月の検査では,肛門縁から連続する黒色色素斑を認めた(Fig. 1a).2015年7月の検査では,肛門管の黒色色素斑は拡大し,それに連続して約20 mmの易出血性な表面不正のI型腫瘍を認めた(Fig. 1b).

Colonoscopy. a: Melanin pigmentation in the anal mucosa. b: A hemorrhagic and irregularly shaped tumor approximately 20 mm in diameter in the anal canal.
病理組織学的検査所見:紡錘形の腫瘍細胞を認め,メラニン色素沈着は目立たないが,免疫染色検査でメランA陽性(Fig. 2a)であり肛門悪性黒色腫と診断した.

Histopathological examination shows an anorectal composite tumor comprising adenocarcinoma and malignant melanoma. a: The biopsy specimen in which the tumor cells stained positive for melan-A. b: Operative specimen stained with HE show cells from fusiform malignant melanoma and signet ring cell adenocarcinoma are mixed with no clear border. c: Operative specimen is also positive for melan-A. d: Operation specimen is positive for cytokeratin (AE1/AE3) which was an epithelial system marker. e: Operative specimen. S-100 stain. f: Operative specimen. Alcian blue stain. g: Operative specimen. HE stain. Schema of anorectal composite tumor comprising adenocarcinoma and malignant melanoma.
CT所見:肛門部分に造影剤に濃染しないが,管腔内に突出する腫瘍性病変を認めた.周囲への浸潤は認めなかった.腫瘍存在部周囲に明らかなリンパ節の腫脹は認めなかった.肺・肝臓などの遠隔転移は認めなかった.
入院後経過:肛門悪性黒色腫の診断で,入院後1週間のヘパリン化を施行した後,腹会陰式直腸切断術,D2廓清を施行した.腹膜播種などもなく,定型的に施行しえた.
摘出標本所見:歯状線上に径約4.0×2.0 cmの部分的にメラニン色素沈着を伴うI型腫瘍を認めた(Fig. 3).漿膜面への明らかな露出は認めなかった.

The resected specimen is a type I cancer with melanin pigmentation partially on the dentate line approximately 4.0×2.0 cm in diameter. Histopathological examination of the specimen reveals pT2(MP), N0, ly0, v0, stage I.
術後病理組織学的検査所見:HE染色では一部メラニン色素の沈着する悪性黒色腫細胞を認めるが,多くはメラニン色素沈着を認めない紡錘状の悪性黒色腫細胞と,印環細胞様の腺癌が明確な境界を持つことなく混在して存在していた(Fig. 2b).また,免疫染色検査では手術標本でもメランA染色は陽性であった(Fig. 2c).上皮系マーカーであるサイトケラチン(AE1/AE3)(Fig. 2d)も陽性であった.また,同スライスの標本においてS-100染色(Fig. 2e)で悪性黒色腫細胞が染色され,S-100染色で染色されていない部分にアルシアンブルー染色(Fig. 2f)で染まる部位があり,腺癌の存在が証明され,悪性黒色腫と腺癌のいわゆるハイブリッド細胞腫瘍ではなく混合腫瘍と診断した.また,HE染色のルーペ像で腺癌が優位な部分,悪性黒色腫が優位な部分,および腺癌と悪性黒色腫が混在するいわゆる移行帯の部分を認めた(Fig. 2g).両腫瘍細胞は筋層まで浸潤していた.また,αSMA染色やデスミン染色では筋層部分しか染色されないため,筋細胞由来の腫瘍の可能性も否定的であった.pT2(MP),N0,ly0,v0,stage Iであった.
術後経過:経過良好で術後23日目に退院し,その後外来通院されていた.術後6か月目の経過観察のCTで両肺野に複数の小結節を認め,肛門悪性黒色腫の肺転移が示唆された.CTガイド下生検は部位的に困難であり,胸腔鏡下肺部分切除術を施行して確定診断に至っても,高齢で化学療法などの適応にはならないため,無治療での経過観察としている.
本症例は,同一腫瘍内に腺癌と悪性黒色腫の二つの組織型を有する腫瘍であった.二つ以上の組織型を含む腫瘍の場合,両方向への分化傾向を持った単一のクローンから発生するcomposite tumor(混合腫瘍)と,それぞれ別のクローンから発生した二つ以上の腫瘍が衝突したcollision tumor(衝突腫瘍)に分類される.病理学的には前者は両組織間の間にお互いに混ざり合った移行帯を認めるのに対し,後者は両組織型の両組織の明瞭な境界を認めることで区別される2).
本症例の摘出標本の病理組織診断では,HE染色では一部にメラニン色素の沈着を認めるが,多くはメラニン色素沈着を認めない紡錘状の悪性黒色腫細胞と,印環細胞様の腺癌が明確な境界を持つことなく混在して存在しており,かつその混在部分の免疫染色検査でもS-100染色で悪性黒色腫細胞が染色され,S-100染色で染色されていない部分にPAS染色,アルシアンブルー染色で染まる部位があり,腺癌の存在が証明され,衝突癌ではなくかつ悪性黒色腫と腺癌の両方の性質を持つようになったいわゆるハイブリッド細胞腫瘍でもなく,悪性黒色腫と腺癌の混合腫瘍と診断した.直腸肛門癌は上皮細胞から発生する上皮性腫瘍であり,直腸・肛門部悪性黒色腫は直腸肛門移行部の基底層に存在するメラノサイトから発生する非上皮性腫瘍である.両者の発生母地は異なるため,混在することは非常にまれであると考えられるが,直腸肛門移行部は内胚葉由来の直腸粘膜と外胚葉由来の肛門外表皮の接合部であり,発生学的に不安定であることからその接合部位の単一クローンから腺癌と悪性黒色腫の両者に分化し,混在する形になったのではないかと考えられた.医中誌Webで1977年から2017年4月の期間で「肛門直腸部」,「悪性黒色腫」,「腺癌」をキーワードとして,会議録を除いて検索した結果,直腸肛門部で腺癌と悪性黒色腫が混合していた症例は認めなかった.また,同様に医中誌Webで1977年から2017年4月の期間で,直腸肛門部以外で腺癌と悪性黒色腫が混合していた症例を検討するため「混合腫瘍」,「悪性黒色腫」,「腺癌」をキーワードとして,会議録を除いて検索した結果でも,腺癌と悪性黒色腫が混合していた症例は認めなかった.さらに,PubMedで1950年から2017年4月の期間「malignant melanoma」,「adenocarcinoma」,「composite tumor」で検索し6件のhitがあったが,malignant melanomaとadenocarcinoma の混合腫瘍についての報告は認めなかった.「malignant melanoma」,「composite tumor」でも検索したところ114件のhitがあったが,malignant melanomaとadenocarcinomaの混合腫瘍についての報告は認めなかった.
病理組織学的診断については,直腸肛門癌と直腸肛門部悪性黒色腫は両者とも大腸癌取扱い規約第8版3)に基づいて行われるため,両者が混在していても,同一の規約で診断できる.本症例においてはpT2(MP),N0,stage Iのため,一般的には根治可能の段階に分類される.腺癌についてであれば,大腸癌治療ガイドライン4)に従って手術による外科的切除が第一であり,腹会陰式直腸切断術を選択するのに異論はないと思われ,かつ術後補助化学療法の必要がないが,直腸肛門部悪性黒色腫についてはガイドラインなどは設けられていない.本邦ではほとんどの場合が切除術を選択され,半羽ら5)によると直腸肛門部悪性黒色腫の154例中直腸切断術は121例(腹会陰式直腸切断術92例,経仙骨腹的直腸切除術5例),低位前方切除術1例,人工肛門造設術6例,pull-through手術2例で,腫瘍切除術は8例のみであった.原ら6)は①腫瘍径が5 cm未満,②壁深達度が固有筋層以内,③リンパ節転移の有無にかかわらず,広汎リンパ節廓清を伴う腹会陰式直腸切断術が行われた場合長期予後が期待できるとしている.しかし,欧米ではstage I,IIにおいて局所切除と腹会陰式直腸切断術では予後に差がみられないことから,局所切除を推奨している7)8).
悪性黒色腫は腫瘍自体の悪性度が高いこと,解剖学的にリンパ血管系が豊富であり,早期にリンパ行性,血行性転移を生じやすいことがいわれており9),そのため5年生存率が14~28.8%,生存期間中央値が12.2~22か月と極めて不良である1).そのため術後補助化学療法も必要と思われるが,悪性黒色腫に対する化学療法のレジメンも適応基準も存在しないため,皮膚悪性黒色腫に用いられているレジメンであるdimethyl triazenoimidazole carboxamide(DTIC),nimustinehydrochloride(ACUN),vincristine sulfate(VCR)を併用したDAV療法,およびDAV療法にインターフェロン-βの局所投与を併用したDAV-feron療法が一般的に用いられているが,直腸肛門部悪性黒色腫に対してどれだけの効果があるかは不明である.また,2015年2月より,BRAF遺伝子変異を有する根治切除不能な悪性黒色腫に対し,新しい分子標的薬として変異BRAF阻害剤であるvemurafenibが承認された.本邦におけるBRAF V600変異を有する根治切除不能な悪性黒色腫患者を対象とした第I/II相臨床試験(JO28178試験)10)では奏効率が75%であったことから,今後悪性黒色腫の治療の選択の一つとして期待される薬剤である.
本症例に関しては,早期の段階であること,年齢が79歳と高齢であることから術後補助化学療法は選択しなかったが,術後6か月目の経過観察のCTで両肺野に複数の小結節を認め,直腸肛門部悪性黒色腫の肺転移が示唆された.CTガイド下生検は部位的に困難であり,胸腔鏡下肺部分切除術を施行して確定診断に至っても,高齢で化学療法などの適応にはならないため,ベスト・サポーティブ・ケアに移行した.
今回,我々は腺癌と悪性黒色腫が混合した直腸肛門部腫瘍の1例を経験したので報告した.直腸肛門部での腺癌と悪性黒色腫の混合腫瘍の症例はこれまで本邦では報告がなく,まれな症例と考えられた.
利益相反:なし