2017 Volume 50 Issue 3 Pages 239-246
症例は17歳の女性で,腹部打撲後の心窩部痛,嘔気を主訴に当科を受診した.左上腹部に小児頭大の腫瘤を触知し,CTで膵尾部に84×75 mmの境界明瞭平滑で内部に不均一な造影効果を伴う腫瘤を認めた.MRIのT2強調像で低信号と高信号が混在し,T1強調像では高信号に乏しく出血を伴う充実性腫瘍が疑われた.画像所見・年齢・性別から膵solid-pseudopapillary neoplasm(以下,SPNと略記)と診断し,膵体尾部切除術を施行した.術中横行結腸間膜に白色結節を認めたため合併切除した.病理組織学的に主病変は膵SPNと診断,合併切除した白色結節も原発巣と同様の組織像を認め,SPNの腹膜播種と診断した.術後経過良好で軽快退院し,現在外来通院中である.
膵solid-pseudopapillary neoplasm(以下,SPNと略記)は,若年女性に好発する比較的まれな低悪性度の腫瘍である1)~3).転移・再発は少なく予後良好な疾患ではあるが,高齢者で悪性の傾向が強いとの報告もある4)~7).今回,我々は腹膜播種結節を伴う17歳の若年女性のSPNの1例を経験したので,若干の文献学的考察を加えて報告する.
患者:17歳,女性
主訴:心窩部痛,嘔気
既往歴:なし.
家族歴:なし.
現病歴:バスケットボールの試合中に相手選手の肘で心窩部を打撲した.当院救急外来を受診したが外傷などはなく,一旦帰宅し経過観察となった.翌日,疼痛と嘔気が続くため当科外来を受診した.
来院時現症:身長156.5 cm,体重47.0 kg.体温37.4°C,血圧110/50 mmHg,脈拍54回/分.眼瞼結膜に貧血なし.左上腹部に軽度圧痛を伴う小児頭大腫瘤を触知した.
来院時血液検査所見:白血球数・ASTの軽度上昇を認めたが,他に明らかな異常を認めなかった.
腹部造影CT所見:左後腹膜やや腹側に84×75 mmの境界明瞭,辺縁平滑な腫瘤を認めた.膵体尾部の実質が先細りを示していることより膵体尾部由来の腫瘍と考えられた.腫瘤は早期相・後期相で血腫内部に造影領域が拡がっており,腫瘍内の活動性出血が疑われたが出血源は明らかではなかった.明らかな遠隔転移を認めなかった(Fig. 1).
Abdominal enhanced CT revealed that a tumor, 84×75 mm, was located in the pancreatic body and tail. The tumor was spreading inside and was enhanced from the early phase and delayed phase. The shape was smooth with clear margin. It also consisted of solid components. There were no metastases to any organs.
上記所見より膵腫瘍内出血疑いにて経過観察・精査目的に同日入院となった.入院後は腹部の疼痛の訴えはあるものの貧血の進行を認めず,腹部所見の増悪を認めなかった.入院後に腹部超音波検査・腹部MRIを施行した.
腹部超音波検査所見:左上腹部に境界明瞭平滑・内部不均一な混合性の腫瘤を認めた.腫瘤内に明らかな結節像・血流シグナルを認めなかった.
腹部MRI所見:膵尾部に連続した腫瘤の内部はT2強調像で低信号と高信号の混在した不均一な信号を認め,T1強調像では高信号に乏しいことから多量の血腫貯留よりは出血を伴う充実性腫瘤が疑われた.拡散強調像で高信号域を認め,apparent diffusion coefficient map(ADC map)では一部信号が著明に低下しており腫瘍からの出血成分を見ていると考えられた.MRCPでは膵管像および胆管像に異常を認めなかった(Fig. 2).
MR also revealed a huge tumor in her pancreas. Low and high signals were in the tumor in the T2-weighted image, and showed a poor high signal on T2-weighed image. High signal in diffusion weighted image and very low signal in ADC map was observed in the tumor.
以上の検査結果から,膵外傷性血腫よりも膵臓の充実性腫瘍の腫瘍内出血の可能性が疑われた.年齢・性別もふまえSPNと考えられた.入院10日目に開腹による腫瘍摘出術を行った.
手術所見:画像検査にて認められた左上腹部の腫瘤は被膜に覆われた囊胞性腫瘍であり膵体尾部より発生していた.当初,脾臓および脾動静脈温存膵体尾部切除術の予定であったが,脾静脈と腫瘍との剥離が困難であったため,脾静脈は温存せず脾臓および脾動脈温存膵体尾部切除術を行った.術中,腹腔内を検索すると横行結腸間膜に1 cm大,弾性・軟の白色結節を認めたため合併切除した.
摘出標本肉眼的所見:膵尾部に12×7 cm大の灰白色充実性腫瘍を認めた.腫瘍の割面は内部に多量の凝血塊を伴っていた(Fig. 3).
(a) Resected specimen showed that the tumor was 12×7 cm in size in the tail of pancreas. (b) Cut surface of the resected tumor showed solid and cystic components with including old bleeding. (c) The resected whitish peritoneal solitary nodule was about 1.5 cm in size.
摘出標本病理組織学的検査所見:類円形核と好酸性微細顆粒状胞体からなる腫瘍細胞が,シート状増殖あるいは血管を軸とした乳頭状の構築を示しつつ増殖する像を認めた.腫瘍の周囲は厚い線維性被膜で覆われていた(Fig. 4).免疫組織学的に腫瘍細胞はCK7(+),CK20(−),CK AE1/AE3(−),vimentin(+),CD56(+),synaptophysin(−),chromogranin A(−),E-cadherin(−),CD10(+),β-catenin(nuclear and cytoplasmic expression +)を示し,SPNと診断した.静脈侵襲は認めず,膵切除断端は陰性であった.同時に切除した腹膜結節は,原発巣と同様,類円形核と好酸性微細顆粒状胞体からなる腫瘍細胞を認め,SPNの転移と診断した(Fig. 5).
Microscopic findings of the resected specimen (HE staining) (a, b). The tumor consisted of many polygonal tumor cells with vascular stroma, proliferated by a sheet-like structure.
Microscopic findings of the solitary peritoneal nodule (a, b) was the same as that of the primary tumor.
術後経過:術後経過良好にて術後9日目に軽快退院した.術後1年5か月経過し無再発生存中である.手術後,再度詳細な病歴聴取を行ったところ,今回の受傷歴以前にも,10歳時に腹部打撲による腹腔内血腫に対し保存的治療を施行したという他院治療歴があったことが判明した.
膵SPNは若年女性に好発する比較的まれな腫瘍で,1959年にFrantz2)により初めて報告された1).現在は膵癌取扱い規約(第6版)3)において分化方向の不明な上皮性腫瘍として分類されている.近年の画像診断技術の進歩に伴いその症例報告数は増加し,その臨床病理学的特徴が明らかになりつつあるが,いまだ生物学的悪性度・病理学組織学的特徴など解明されていない点も多い1)7).典型例は被膜を有する境界明瞭な腫瘍であり,内部には腫瘍内出血や壊死を反映する囊胞成分と腫瘍本体である充実成分が混在する.通常型膵癌と異なり周囲への浸潤性の増殖を来すことは少ないため,腹痛や心窩部違和感といった症状や健診での発見が多いとされる1).本邦報告例では平均年齢30±17歳,男性は全体の13.2%,女性は86.8%と報告されている1).自覚症状は,腹痛39.7%,腫瘤触知21.9%,無症状23.5%と,無症状例が比較的多く発見された時は比較的大きな腫瘤となっていることが多い(発見時腫瘍径:平均7.5 cm)1).膵SPNの治療法としては外科的切除が第一選択であり,唯一の根治的治療である.リンパ節郭清は不要であり,完全切除が可能な場合は95%以上の症例で根治するとされている1)8).
現在,SPNにおける悪性の基準は確立されていないが,神経浸潤,脈管浸潤あるいは周囲組織への浸潤を認める場合や遠隔転移・リンパ節転移を認める場合は悪性と診断される9)~11).悪性度については年齢や大きさ,核分裂像も注目されており,高齢者,核分裂像の頻度が高い症例は転移や再発などの悪性化傾向が高いと報告されている.しかし,これらの所見を認めないSPNでも転移を来すことがあり,転移を来しても予後良好な症例も多い.そのため新WHO分類では,転移の有無にかかわらず全てのSPNを低悪性度腫瘍と位置付けている12).その一方で組織学的・臨床経過ともに明らかな悪性の所見を示す症例が近年報告されており13),高度悪性転化例(high-grade malignant transformation)として,SPNの亜型に分類されている.
医学中央雑誌(1977年~2015年12月)およびPubMed(1950年~2015年12月)で「solid-pseudopapillary tumor」,「solid cystic tumor」,「peritoneal dissemination」,「腹膜播種」をキーワードとして検索したところ(会議録除く),SPNの腹膜転移を認めた症例は自験例を含め14例認めている(Table 1)4)14)~25).報告例は全例女性であり,平均年齢は29歳(9~78歳)と通常のSPNと同様比較的若年者に多かった.転移形式については腹膜播種以外にリンパ節にも転移を認めたものは2例,肝転移を認めたものは3例であった.破裂を認めたものを4例,明らかな破裂は認めなかったが生検・ドレナージ・手術といった外科的処置の既往を認めたものを3例認め,これらの症例に関しては腹膜播種の原因として破裂や処置による腫瘍細胞の腹腔内散布によるものである可能性が示唆される.腫瘍の破裂も処置の既往もなかった6例のうち3例に肝転移・リンパ節転移を認めており,これらの症例は新WHO分類における高度悪性転化例であった可能性が示唆される.異時性転移の10例に関しては腹膜播種再発までの期間の平均が9.2年(4~19年)と,再発は比較的緩徐に認める傾向にある.予後に関しては長期予後に言及している報告は少ないが,1例のみ再発の診断から6年6か月で原病死しているほかは比較的良好な転帰を得たものが多い.
Case no. | Author | Year | Age/Sex (years) | Metastases | Primary tumor treatment |
Rupture | Interval from diagnosis to metastasis presentation | Peritoneal metastasis treatment | Survival after metastasis diagnosis |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Benjamin14) | 1980 | 16/F | PD | Resection | − | Synchronous | Resection | 2mo. alive and well |
2 | Todani15) | 1988 | 12/F | PD | Resection | Biopsy | 9yr2mo | Resection | 1yr5mo. alive and well |
3 | Hernandez-Maldonado16) | 1989 | 22/F | PD | Distal pancreatectomy | + | Synchronous | Resection | 1mo. alive and well |
4 | Cappellari17) | 1990 | 32/F | PD, liver | Unresectable, RT | Drainage | 13yr | RT, Palliative resection | 5yr5mo. alive and well |
5 | Jaksic18) | 1992 | 12/F | PD, LN | Distal pancreatectomy | − | Synchronous | Resection | 5yr. alive and well |
6 | Ogawa19) | 1993 | 50/F | PD, liver | Distal pancreatectomy | − | Synchronous | Resection | 1yr2mo. alive and well |
7 | Nishihara4) | 1993 | 36/F | PD, liver | Partial resection | − | 4yr5mo | Unresectable | 6yr6mo. died of disease |
8 | Ohno20) | 1996 | 42/F | PD | Pancreaticoduodenectomy | − | 19yr | Resection | ND |
9 | Andronikou21) | 2003 | 9/F | PD | Resection | + | 4yr | Resection | ND |
10 | Kyokane22) | 2008 | 51/F | PD | Distal pancreatectomy | + | 6yr6mo | Resection | 16mo. alive and well |
11 | Tajima23) | 2012 | 12/F | PD, LN | Pancreaticoduodenectomy | + | 7yr | Resection | ND |
12 | Okuda24) | 2014 | 21/F | PD | Distal pancreatectomy | Surgery | 11yr | Resection | 9yr8mo. alive and well |
13 | Ikemoto25) | 2014 | 78/F | PD | Distal pancreatectomy | − | 16yr | Resection | ND |
14 | Our case | 17/F | PD | Distal pancreatectomy | ? | Synchronous | Resection | 1yr5mo. alive and well |
PD: peritoneal dissemination, LN: lymph nodes, RT: radiation therapy, ND: not discribed
本症例は17歳という若年であるにもかかわらず,腫瘍摘出時に腹膜播種転移が確認された.問診を取り直してみると,今回の腹部鈍的打撲による受傷以前にも10歳時に同様の腹部打撲後の腹腔内血腫に対して保存的治療を行い軽快したという他院治療歴があった.Tajimaら23)は12歳女児の鈍的腹部外傷後に破裂したSPNに対する開腹手術後,腹膜再発を認めた症例報告において,SPNには潜在性の再発能があり,外傷性に腹膜播種が促進される可能性があると述べている.約7年前の腹部打撲による腹腔内血腫の既往とSPNでは腫瘍の増大速度が比較的緩徐であることをふまえると,17歳という若年に発生したSPNが腹膜播種を来していた原因として,すでに腹腔内に発生していたSPNが,10歳時の腹部外傷を契機に腹膜播種を来した可能性も考えられる.しかしながら,それを示す客観的証拠はなく,あくまで推察の域を出ない.
SPNは他臓器や周囲血管への浸潤,リンパ節転移や肝転移を認める悪性例においても可能であれば合併切除により長期生存が望めるとされている26)27)が,初回手術から10年以上経過したのちに再発する症例28)29)も報告されている.先に述べたように,本論文における膵SPNの14例の腹膜播種症例の検討の結果でも,異時性転移に関しては比較的長い期間を経て転移している傾向にあり,再発巣切除後も長期生存している症例が多く認められたことから,通常の緩徐な再発の経過をたどるSPNに関しては,腹膜播種再発に関しても積極的に外科的切除を考慮するべきであると考える.本症例は肉眼的には根治切除であったが,今回および以前の腹部打撲の際に潜在性に腫瘍細胞が他に播種している可能性は否定できず,再発の可能性を念頭において長期的な経過観察が必要である.
利益相反:なし