2017 Volume 50 Issue 3 Pages 222-230
症例は61歳の女性で,心窩部不快感を主訴に精査を行い,胆囊腫瘤と巨大なリンパ節腫大を認めた.リンパ節が肝動脈に接しており切除困難な進行胆囊癌と診断され,gemcitabine/cisplatin療法(以下,GC療法と略記)を開始した.化学療法2コース終了後のCTでリンパ節は著明に縮小し,4コース終了時には画像上不明瞭化した.審査腹腔鏡を施行したところ,肝転移および腹膜播種を認めず切除の方針とした.開腹所見では,胆囊腫瘍は明らかでなく,広範なリンパ節の瘢痕化を認めた.術後早期からの化学療法の再開を企図して,化学療法前の浸潤範囲の包括的切除にこだわらず,手術侵襲を最小限にし,かつ切離面の陰性を期待できる術式として胆囊摘出・肝外胆管切除・下大静脈楔状切除を選択した.胆囊とリンパ節ではviableな細胞が散見されたが,剥離面は陰性であった.術後にGC療法を12コース施行し,現在24か月無再発生存中である.
胆囊癌を含めた胆道癌では,外科切除のみが根治を得られる治療法である1).しかしながら,胆道癌は一般に浸潤能が高く早期発見が困難な癌であるため,初診時に切除不能と診断されることが多い.近年,このような切除不能胆道癌に対して,英国および本邦からgemcitabine(以下,GEMと略記)+cisplatin(以下,CDDPと略記)療法(以下,GC療法と略記)の治療成績が報告され2)3),本邦の胆道癌診療ガイドラインにおいてもGC療法がファーストラインの化学療法として推奨されている4).GC療法が著効し腫瘍切除を行った症例報告も散見されるが5)~7),手術切除の介入が化学療法著効例に妥当か,手術切除施行における適切な切除範囲・手術侵襲はどのようなものか,切除後の化学療法をどのように施行するかについては十分な検討に至っていない.
我々は今回,初診時に切除不能と診断した進行胆囊癌に対して,化学療法と手術による集学的治療を行い,術後24か月無再発生存している1例を経験したので若干の考察を加えて報告する.
症例:61歳,女性
主訴:心窩部不快感
既往歴:18歳時に虫垂切除術を施行,21歳と31歳時に帝王切開術を施行された.
現病歴:心窩部不快感を自覚し前医を受診した.腹部造影CTで胆囊内に腫瘤と肝門部に巨大なリンパ節転移を認めた.前医で肝門部リンパ節が広範囲に肝動脈に接する切除不能胆囊癌と診断され,当科紹介となった.
初診時現症:身長148 cm,体重47 kg.眼球結膜に黄疸を認めず.腹部は平坦で軟,腫瘤を触知しなかった.
初診時血液検査所見:Hb 11.3 g/dlと軽度の貧血を認めたが,生化学検査所見は正常範囲内であった(Table 1).
WBC | 6,640/μl | LDH | 219 U/dl |
RBC | 375×104/μl | ALP | 573 U/dl |
Hb | 11.3 g/dl | BUN | 14 mg/dl |
Hct | 33.6% | Cre | 0.46 mg/dl |
Plt | 2.4×105/μl | CRP | 0.7 mg/dl |
TP | 7.1 g/dl | Na | 140 mEq/l |
Alb | 3.5 g/dl | K | 4.5 mEq/l |
T-Bil | 0.3 mg/dl | Cl | 105 mEq/l |
GOT | 17 U/l | CEA | 3.2 ng/ml |
GPT | 20 U/l | CA19-9 | 5.5 U/ml |
初診時腹部造影CT所見:肝十二指腸間膜内リンパ節(#12リンパ節)は最大径25 mmで固有肝動脈から右肝動脈にかけて広範囲に接していた(Fig. 1A, B).胆囊体部に18 mmの造影効果を伴う隆起性病変を認め,肝臓との境界は明瞭であった(Fig. 2A).上膵頭後部リンパ節(#13aリンパ節)は腫大し,門脈背側に接していた(Fig. 3A).総肝動脈幹リンパ節(#8リンパ節)への転移を示唆する所見は認めなかった.遠隔転移,腹膜播種を示唆する所見を認めなかった.
Abdominal enhanced CT scans showed #12 lymph nodes. A: There were swelling lymph nodes in hepatic portal region (arrow). B: On the coronal view, the same swelling lymph nodes involved hepatic artery (arrowhead). C: After 2 courses of GC therapy, the swollen lymph nodes in the hepatic portal region were decreased in size. D: After 4 courses of GC therapy, the lymph nodes almost completely disappeared.
Abdominal enhanced CT scans showed the tumor in the gallbladder. A: Before GC therapy, tumor in the gallbladder did not extend beyond liver and serosa (arrow), indicating Hinf0 and S0. B: After 2 courses of GC therapy, the tumor had almost disappeared. Thickened wall could be observed in the body of the gallbladder. C: After 4 courses of GC therapy, only wall thickness could be observed.
Abdominal enhanced CT scans showed #13a lymph nodes. A: There was a swollen lymph node on the back of the portal vein. B: After 2 courses of GC therapy, the swollen lymph node in the back of the pancreas was decreased in size. C: After 4 courses of GC therapy, the lymph node was almost completely disappeared.
臨床経過:胆道癌取扱い規約第6版に従った臨床分類では,Gb,cT2(SS),cN1(#12a),cM0,cStage IIIbと診断された.CT所見より,#12リンパ節が固有肝動脈と半周性に接し,動脈壁の不整を認めたため切除不能と判断した.治療方針は化学療法を行い,著明な腫瘍縮小効果が得られ広範囲の動脈合併切除を避けられる場合に手術介入を検討することとした.化学療法のレジメンはGEM 1,000 mg/m2,CDDP 25 mg/m2を治療1日目と8日目に投与とし,21日間を1コースとするGC療法とした.施行中に減量および投与中止を必要とするような副作用の出現を認めなかった.CTによる化学療法の効果判定は2コース毎に行った.2コース終了時点のCT所見でFig. 1Aに示した巨大な#12リンパ節は著明に縮小し(Fig. 1C),4コース終了時点では画像上不明瞭化した(Fig. 1D).胆囊の主病変および#13aリンパ節も同様に2コース終了時点で縮小し(Fig. 2B, Fig. 3B),4コース終了時点で不明瞭化した(Fig. 2C, Fig. 3C).RECISTによる治療効果判定はpartial response(以下,PRと略記)で,化学療法後に再度診断した臨床分類はGb,cT1b(MP),cN0,cM0,cStage Iであった.化学療法の奏効が得られたと判断し,手術切除を企図した.CT所見では腹水を認めなかったが,審査腹腔鏡で洗浄腹水細胞診を行い,陽性の場合は非切除として化学療法を継続する方針で,4コース終了時点で審査腹腔鏡検査を施行した.化学療法開始後からの腫瘍マーカーの推移をFig. 4に示す.
The clinical course of the patient.
審査腹腔鏡検査所見:胆囊の漿膜に腫瘍の露出を認めず,肝臓表面に転移性病変を認めなかった.腹壁および腸間膜に腹膜播種を示唆する所見を認めなかった.腹腔洗浄細胞診を行い,陰性を確認した.
化学療法前に腫大していたリンパ節が存在した部位を包括切除する肝S4aS5切除・膵頭十二指腸切除・動門脈再建術も提案されたが,術式の侵襲度,化学療法の奏効,腫瘍悪性度を考慮し,剥離面の陰性化が得られれば根治術となる胆囊全層切除・肝外胆管切除・領域リンパ節郭清を予定術式として手術に臨んだ.また,胆道癌根治手術後の補助化学療法にエビデンスはないが,術前の化学療法が奏効したことを鑑みて,集学的治療の一環として補助化学療法を術後早期に開始することとした.
開腹手術所見:胆囊は術前画像検査および審査腹腔鏡での診断と同様S0,Hinf0の所見であった.#8リンパ節は広範に変性・線維化を認め剥離可能であった.#13aリンパ節は後上十二指腸静脈を処理しながら膵背側からの剥離が可能であったが,一部下大静脈と強固に癒着していたため下大静脈を合併切除した.化学療法前に固有肝動脈に浸潤していた#12リンパ節は,化学療法により著しく縮小し,リンパ節に切り込まずに動脈から剥離することが可能であった(Fig. 5).胃十二指腸動脈は転移リンパ節が浸潤する所見は認めなかったが,#12および#13aリンパ節郭清を行うため切除した.術式は胆囊全層切除・肝外胆管切除・下大静脈楔状切除術・リンパ節郭清(#8,#12,#13a,#16a2,#16b1)で,胆管の肝側と十二指腸側の断端を術中迅速診断に提出し結果陰性であった.
Operative findings. CHA: common hepatic artery. RHA: right hepatic artery. PV: portal vein. IVC: inferior vena cava.
切除標本所見: 原発巣である胆囊の所見は,粘膜固有層に留まる高分化型腺癌であった(Fig. 6, Fig. 7A).同部位に一致してp53免疫染色反応が陽性を示した(Fig. 7B).#12リンパ節は広範囲に壊死および線維化を認めたが,一部にviableな細胞も散見された(Fig. 7C, D).化学療法前に浸潤されていると判断した固有肝動脈と右肝動脈は,組織所見上#12リンパ節の節外への進展は認めなかったため,手術時点で外膜への浸潤はなかったと判断した.#13aリンパ節と#8リンパ節にviable cellを認めなかった.手術中に認められた#13aリンパ節と下大静脈との強固な癒着の病理組織像は,癌細胞の遺残は認めないが高度な線維化を認めており化学療法前に腫瘍が存在していた可能性を否定できない所見であった.郭清したリンパ節の所見は,#8:0/1,#12:1/6,#13a:0/1,#16a2:0/1,#16b1:0/7であった.原発巣およびリンパ節組織の剥離面にも癌細胞は認めなかった.病理組織学的な化学療法の治療効果判定は大星・下里分類に準ずるとGrade IIb相当であった.胆道癌取扱い規約第6版に従うとGb,perit,flat-type,8×8 mm,tub1,ypT1a(m),ly0,v0,ne0,ypN1,ypDM0,ypHM0,ypEM0,PV0,A0,R0,cM0,ypStage IIIBであった.
The macroscopic findings of the gallbladder. A mucosal tumor measuring 8 mm×8 mm in size was located in the body of the gallbladder (arrow).
A: Histopathological findings. A: Well differentiated tubular adenocarcinoma was observed in mucosa (HE ×20). B: These tumor cells showed a positive reaction for immunohistochemical staining for p53. C: There was extensive necrosis and fibrosis in the resected lymph node (HE ×1). D: Small quantities of viable cells were pathologically observed in the #12 lymph node (HE ×40).
術後経過:術後経過は良好で術後第17病日に退院となった.術後3か月から集学的治療として術前と同じGC療法をさらに12コース行い化学療法を終了とした.現在経過観察中であるが24か月無再発生存中である.
胆囊癌をはじめとする胆道癌に対して,手術療法のみが根治を望める唯一の治療法だが,発見時約3割の症例は切除不能であると報告されている1).非切除と判断された症例に対する基本的治療は化学療法であるが,古くには他の消化管癌と比較して胆道癌は化学療法抵抗性が高く治療効果に乏しい癌とされてきた8).しかし,1999年以降,gemcitabineの登場とともに切除不能胆道癌に対する臨床試験が行われてきた.GEM単剤の第II相試験でPRが22% stable disease(SD)が44%と比較的良好な成績が報告され9),さらにValleら2)は,GEM単剤とGC療法を比較する第III相臨床試験で,GC療法がGEM単剤に比べ優位に生存期間を延長するという結果を示した(生存期間中央値:GC療法 11.7か月,GEM単剤 8.1か月).本邦でもFuruseら3)が同様な比較試験を行い,GC療法を支持する結果を示し,胆道癌診療ガイドラインでGC療法は非切除胆道癌のファーストラインとして位置づけられている4).こうした胆道癌に対しGC療法の著効例が存在し,病勢が著しく制御されることもしばしば経験される.
医学中央雑誌で1977年から2015年12月の期間まで,「胆囊癌」,「集学的治療」あるいは「胆囊癌」,「化学療法」をキーワードに検索すると,切除困難例や非切除と判断される胆囊癌に対して,手術切除を前提とした術前治療としての化学療法施行の経験やconversion therapyとしての化学療法の有効性がいくつか報告されている5)~7).また,本邦から進行胆道癌に対して手術を含めた集学的治療を行いretrospectiveにその有効性も報告されている10)~12).このように切除不能胆囊癌の集学的治療はエビデンスの創作段階であり,ここでは手術切除の介入が化学療法著効例に妥当か,手術切除施行における適切な切除範囲・手術侵襲はどのようなものか,切除後の化学療法をどのように施行するかを中心に言及する.
消化器外科領域において,分子標的薬の登場により目覚ましい治療成績の向上が得られたのは大腸癌である.初診時に切除不能と診断された大腸癌肝転移症例に化学療法を行った後,根治的に肝切除を行うconversion therapyが良好な成績13)をあげており,一つの治療戦略として認識され,いくつかの臨床試験での探究が進められている.Katoら11)は初診時に切除不能と診断した局所進行胆道癌39例に対してGEMとCDDPを投与し,downsizing後に根治手術を10例に行い長期生存を得たことを報告しており,胆道癌領域でのconversion therapyの有用性を見出した.我々も以前から胆管癌の集学的治療に着目し14)~16),初診時に切除不能と診断した胆管癌症例に対して,化学療法や化学放射線療法を施行した後,conversion therapyとしての手術介入も積極的に施行している.今回,胆囊癌に切除不能胆道癌の標準治療であるGC療法を施行し,著効を得て切除を施行した.本症例はGC療法2コースで著明な縮小効果が得られたいわゆるsuper-responderであり,4コース終了時には高度リンパ節転移は画像上不明瞭化した.初診時に非切除と診断した胆道癌に対して,化学療法を開始し著効が得られた後に根治手術を行った報告では5)7),化学療法の導入から手術を行うまでの期間は症例により異なる.手術介入時期のコンセンサスは得られていないが,非切除と診断した因子の消失,例えば遠隔転移巣の消失や血管浸潤病変の消失を確認できた場合に手術介入を決断している.本症例の場合も4コース終了時点で動脈に広範囲に浸潤していた#12リンパ節が画像上検索できないまでに縮小したため手術介入とした.先に引用したKatoら11)の報告によれば,切除不能局所進行胆管癌に対してGC療法を行い根治手術に至った10例の術前化学療法期間は5.9か月±3.3か月(mean±SD)で,conversion surgeryを遂行しえた症例は化学療法が著効しており,術前の化学療法投与期間はおのずと短い期間となることが推察される.
化学療法が奏効した後の術式としては,根治度を担保するように化学療法前に腫瘍と転移リンパ節が存在した部位を包括切除する必要がある.術前のプランニングの段階で,肝S4aS5切除・膵頭十二指腸切除・動門脈再建術を第一選択肢として挙げていた.しかし,胆囊癌に対して肝葉切除を伴う膵頭十二指腸切除術は手術関連死亡率が高く17)18),黄疸を伴う胆囊癌に肝右葉切除兼膵頭十二指腸切除を行っても予後の改善に結びつかなかったとの報告もある19).本症例の場合,術前の化学療法が著効していたことを勘案し,術後に効果のあった化学療法を早期に再開することを念頭に置き,手術侵襲が最小限かつ根治手術と成りえる術式を選択することとした.よって動脈切除再建を含めた肝S4aS5切除兼膵頭十二指腸切除による包括切除術は過大侵襲であると捉え,剥離面陰性が得られる可能性のある肝外胆管と胆囊およびリンパ節をen blockに摘出する術式が最適と判断した.術中迅速診断に関しては,胆管の肝側と十二指腸側の断端を提出したが,瘢痕化していたリンパ節の剥離面に対しては行わなかった.これは剥離困難な領域が下大静脈前面のみであったこと,また仮に剥離面の迅速診断が陽性であっても,局所を切除して,病理診断の確定と化学療法の奏効を確認のうえ,術後早期から化学療法を継続する方針であったからである.結果として病理所見では胆囊の主病変は粘膜層にとどまり,#12リンパ節は広範囲に壊死した組織とviableな細胞が散見され,意図通り剥離断端陰性が得られた.
術後3か月後からGC療法を再開し,術後12か月の段階でCDDPの総量が480 mg(術前120 mg・術後360 mg)に達した.胆道癌診療ガイドラインによれば4),現在術後補助化学療法の薬剤選択や化学療法期間のエビデンスはないとされている.腫瘍マーカーおよび画像診断で再発を示唆する所見がなく,CDDP 400 mg以上の投与により腎毒性を引き起こす報告もあることから術後の化学療法を終了した20).GEM単剤での継続投与,あるいはS-1といった経口抗がん剤への切り替えも検討したが,やはり二次治療のエビデンスがなく4),厳重な経過観察を継続する方針とした.
切除不能胆囊癌の集学的治療法はエビデンスが確立されておらず,化学療法の感受性,合併症を含めた全身状態,術後のQOLを総合的に評価したうえで最善と判断される個別化された治療選択が必要となる.今回,我々が選択した術式および切除範囲に関しては根治性の観点から議論の余地があるが,化学療法著効例に対して術後の抗癌剤継続の有用性を鑑み,手術侵襲を最小限にしつつR0を期待できる術式選択が,良い結果を導く可能性を示した.また,集学的治療という癌治療の視点から,手術介入は常に最善のタイミングを検討するべきで,本症例のように化学療法著効例への適切な手術介入により長期生存が期待できることは重要である.いまだその介入への臨床経験・臨床研究は十分でなく,臨床研究での実証を待つ間は個々の症例で手術の機会を十分検討する必要があり,“非切除”胆囊癌においても腫瘍内科医と外科医の経時的cancer boardが重要である.
利益相反:なし