2017 Volume 50 Issue 4 Pages 288-295
症例は71歳の男性で,心窩部痛と食欲不振の原因検索で貧血と炎症反応の亢進を指摘された.造影CTで十二指腸前壁に全層性の造影不良域として腫瘍が描出され,上部消化管内視鏡検査で同部に2型腫瘍を認め,生検の結果adenocarcinomaであった.開腹手術時に,Treitz靭帯付着部とTreitz靱帯から10,20,40,50 cm肛門側の空腸,Bauhin弁から20,25 cm口側の回腸に同様の腫瘤を認め,計7個の小腸腫瘍を確認した.治癒切除は不可能と判断し,出血コントロールの目的に空腸腫瘍の肛門側で胃空腸バイパスを行い,終末回腸の腫瘍を小腸部分切除にて摘出した.十二指腸腫瘍の生検検体と切除した小腸腫瘍のサイトケラチン(cytokeratin;CK)を用いた免疫染色検査を行い,十二指腸癌からの多発小腸転移と診断した.多臓器転移のない多発小腸転移を伴う十二指腸癌は極めてまれなため報告する.
原発性十二指腸癌は,消化管悪性腫瘍全体のうち0.35%を占めると報告されている1).今回,多発小腸転移を伴った十二指腸癌の1例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.
症例:71歳,男性
主訴:心窩部痛,食欲不振
既往歴:66歳に胆石手術,67歳に高血圧,高脂血症,68歳に脳梗塞
家族歴:兄二人が心筋梗塞
現病歴:1か月前に心窩部痛と食欲不振が出現したため,近医で内服処方を受けていたが,症状が改善しなかった.血液検査でHb 7.7 g/dl,WBC 13,800/mm3,CRP 3.5 mg/dlと貧血と炎症反応の亢進を認めたため,精査目的に当院に紹介受診した.
現症:身長167 cm,体重53 kg.血圧152/83 mmHg,脈拍104回/分.腹部は平坦,軟で肝臓,脾臓を触知しなかった.心窩部に自発痛,圧痛があった.筋性防御,反跳痛は認めなかった.直腸指診で茶色普通便の付着を認めた.
血液検査所見:WBC 12,010/mm3,好中球82.6%,CRP 3.20 mg/dlと炎症反応の亢進を認めた.Hb 9.5 g/dlと改善傾向ではあるが貧血を認めた.肝機能,腎機能に異常を認めなかった.CEA 1.9 mg/ml,CA19-9 9.1 U/mlと腫瘍マーカーは正常範囲内であった.
胸腹部造影CT所見:十二指腸球部前壁に全層性の造影不良域として腫瘍が描出された.漿膜面の脂肪織の混濁は認めず,明らかな管腔外への浸潤傾向は認めなかった(Fig. 1).19 mmの肝十二指腸靱帯前面のリンパ節と7 mmの傍大動脈リンパ節を認めた.肺,肝転移を認めなかった.門脈相で十二指腸から空腸の腫大と濃染不良部が数か所認められたが,造影剤の副作用の可能性が指摘された.
Advanced enhanced CT shows a thickening of the duodenal wall (a). Intestinal wall thickenings are found at the duodenojejunal flexure (b), upper jejunum (c) and terminal ileum (d).
上部消化管内視鏡検査所見:十二指腸球部上壁に2/5周性の潰瘍限局型病変を認めた(Fig. 2).生検の結果はadenocarcinomaであった.免疫染色検査で,上記異型細胞は上皮性マーカーのAE1,AE3は陽性,リンパ球系マーカーのCD3,CD20は陰性であった.また,サイトケラチン(cytokeratin;以下,CKと略記)7は陽性で,CK20は陰性であった.
Endoscopic examination shows a type 2 tumor at the anterior wall of the duodenal bulb.
上部消化管造影検査所見:十二指腸球部上壁前壁よりに周堤形成,潰瘍性陰影を伴う3.5 cm大の病変を認めた(Fig. 3).
A: A type 2 tumor is present at the anterior wall of the duodenal bulb (arrow). B: Filling defects are seen at the upper jejunum (arrowheads).
十二指腸癌と腫瘍出血による貧血と診断した.CTにて確認された傍大動脈リンパ節が転移でなければ幽門側胃切除による根治術を,転移であれば胃空腸吻合によるバイパス手術を行う方針として開腹手術を行った.
手術所見:上腹部正中切開で開腹した.腹腔内に腹膜播種を疑う病変を認めなかった.腫瘍は十二指腸球部前壁にあり,リング状のくぼみとして観察しえたが,漿膜面への浸潤は認めなかった.腹腔内を検索したところ,Treitz靱帯付着部の空腸に3/4周性の腫瘤を触知した.Treitz靱帯から10,20,40,50 cm肛門側の空腸,Bauhin弁から20,25 cm口側の回腸にも同様の腫瘤を触知し,計7個の小腸腫瘍を確認したが,いずれも肉眼的には漿膜面への浸潤は認めなかった(Fig. 4).空腸腸間膜に腫大したリンパ節を触知した.治癒切除は不可能と判断し,出血コントロールの目的に空腸腫瘍の肛門側でDevine変法による胃空腸バイパスを行い,終末回腸の2個の腫瘍は小腸部分切除にて摘出した.
A: Intraoperative findings show a tumor at the anterior wall of the duodenal bulb (arrowhead). B: Tumors in the upper jejunum (arrows) are located (a) 0 cm, (b) 10 cm, (c) 20 cm, (d) 40 cm and (e) 50 cm from the duodenojejunal flexure. No tumors are macroscopically exposed on the serous surface.
切除標本肉眼的所見:回腸に35×33 mm大と13×13 mm大の腫瘍を認めた(Fig. 5).33 mm大の腫瘍は潰瘍限局型で,13 mm大の腫瘍は中央部に潰瘍を伴う粘膜下腫瘍様の肉眼所見を呈した.
The resected specimen shows two intestinal tumors at the end of the ileum. The larger one, located 25 cm from the ileocecal bulb, shows a type 2 tumor appearance. The smaller one shows a submucosal tumor-like appearance with an ulcer in the center. Neither extraintestinal tumors nor peritoneal nodules were seen on the surface of the serosa.
病理組織学的検査所見:二つの腫瘍とも低分化腺癌を主体とし,乳頭腺癌と中分化管状腺癌の成分をまじえた.ともに中等度のリンパ管侵襲,血管侵襲像を認め,胃癌取扱い規約(第14版)もしくは大腸癌取扱い規約(第8版)の記載法に従えばly2,v2相当であった.35 mm大の腫瘍は粘膜面から一部漿膜面にまで,13 mm大の腫瘍は粘膜面から固有筋層深部にまで癌の浸潤がみられた.免疫染色検査では,いずれもCK7陽性,CK20陰性,p53大部分陰性,CEA一部陽性,CA19-9陰性で,十二指腸腫瘍の免疫染色検査の結果と一致した(Fig. 6).
Microscopic findings from biopsy specimens of the duodenal tumor are in the upper column, and ones from the resected specimen of the intestinal tumor are at the bottom. a, d: Each tumor is mainly composed of poorly differentiated adenocarcinoma with small amounts of papillary adenocarcinoma and tubular adenocarcinoma (HE stain). b, e: CK7 immunostaining. c, f: CK20 immunostaining. Immunohistochemical study shows the same characteristics, that is, specimens are either positive for CK7 and negative for CK20.
術後経過:術後は,胃空腸吻合部の浮腫に起因する上部消化管通過障害を認めたが,術後11日目に通過障害は解除された.しかし,その後も食欲不振が続いたため,在宅静脈栄養法(home parenteral nutrition;HPN)を導入して術後51日目に退院された.全身状態の改善を待って術後80日目にXELOX療法を施行したが,全身倦怠のために1コースで終了した.以後,best supportive care(BSC)の方針となり,術後212日目に永眠された.
乳頭部癌を除く原発性十二指腸癌は小腸癌の55~82%2),消化管悪性腫瘍全体の0.35%を占める比較的まれな疾患である1).腫瘍占居部位は球部が14.8~32%,下行脚が56~81.5%(乳頭口側28~55.6%,乳頭肛側25.9~28%),水平部が3.7~10%1)3)とVater乳頭より口側に多い.深達度SS以上に進行すると半数以上の症例に症状が出現するが,症状は非特異的で腹痛が20~37%と最も多く,出血,嘔気,黄疸,食欲低下,腹部腫瘤,胸やけが続く1)3).
原岡ら4)が行った悪性腫瘍患者の剖検症例における消化管転移性腫瘍の検討によれば,転移性小腸腫瘍の多くは多臓器転移の1事象として認められる.原発臓器は胃19.12%,膵臓17.95%,肺10.42%で,これらの臓器からの転移が約半数を占め,脾臓・リンパ節6.9%,骨髄5.86%,胆囊5.27%,肝臓・肝内胆管5.11%と続く.小腸原発の転移性小腸腫瘍は0.86%と非常に少ない.転移性小腸腫瘍は吸収障害による栄養低下,腹痛,嘔吐,体重減少,腹部膨満感などの症状を認めるにとどまることもあるが5)6),穿孔や腸閉塞,腸重積,出血などの急性腹症として発見される症例もある2)7).
CKは上皮とそこから発生した新生物に特異的に存在する細胞骨格を構成する蛋白で,種々の上皮組織に特異的に発現し,上皮の悪性化とその新生物の増大の際にもその特異性が保たれることが知られている.上皮組織由来の癌の鑑別診断には,CK7およびCK20を用いた免疫組織学的検討が有用とされている8).胃癌は7割でCK7+となり,CK20+は3割にとどまる.小腸癌ではCK7が半数以上で陽性となりCK20は正常粘膜と同様陽性となるため,CK7+/CK20+またはCK7−/CK20+となる9).遠位十二指腸癌は小腸癌と同様にCK7陰性,CK20陽性を示すが,近位十二指腸癌は胃型の形質を示すとされている.本症例では,十二指腸腫瘍も多発小腸腫瘍も免疫染色検査でCK7陽性,CK20陰性,p53大部分陰性,CEA一部陽性,CA19-9陰性と免疫染色検査の結果が一致しており,同一起源の腫瘍であると考えられた.小腸が原発であればCK20が陽性となるはずであるが,本症例ではCK7+/CK20−と胃型の発現を認めたため,十二指腸腫瘍が原発で小腸腫瘍は十二指腸からの転移であると診断した.
転移性小腸癌は消化管悪性腫瘍全体の0.7~7.5%であり10)11),原発の十二指腸癌も比較的まれな疾患であることから,十二指腸癌の多発小腸転移はまれな病態と考えられる.1977年から2016年4月の期間で,医中誌webで「十二指腸癌」および「転移性小腸腫瘍」または「転移性小腸癌」をキーワードとして検索したが,十二指腸癌の小腸転移の報告例は認められなかった.
Willis12)は,小腸転移性腫瘍の転移形式を,近接する腫瘍または播種巣からの直接浸潤,リンパ行性転移,血行性転移に分類した.近接する腫瘍からの直接浸潤例では腸管外腫瘤が腸管を圧迫して腸管壁へ浸潤し,播種巣からの直接浸潤例では漿膜面に結節性病変を認め,いずれもびまん浸潤型,粘膜下腫瘤様の形態を示す.組織学的には,癌細胞の浸潤範囲は漿膜下組織から粘膜下層あるいは粘膜固有層に及び,病変の首座は固有筋層以深にあるものが多い.血行性やリンパ行性に転移する遠隔転移や壁内転移例では,粘膜下層または筋層に初発巣を形成して次第に粘膜面や漿膜寄りに増生,拡大する.腫瘍が小さいうちは粘膜下腫瘍様状の肉眼形態を示すが,腫瘍の増大に伴い中心部に潰瘍を形成し,さらに大きくなると辺縁部まで腫瘍が粘膜面に露出する4)13).本症例では,小腸腫瘍のうち35 mm大の2型腫瘍は肉眼的に辺縁まで潰瘍形成が及んでいるが,13 mm大の2型腫瘍の潰瘍は中心のみで辺縁は保たれている.また,組織所見でも病変の首座は粘膜側にあり,病理学的特徴も血行性またはリンパ行性の転移と一致した.十二指腸から小腸に血行性に転移したのであれば,癌細胞が肝臓と肺を通過するため転移を生じると考えられるが,本症例では小腸を除く多臓器に転移は認めなかった.また,開腹時に空腸腸間膜の腫大を認めたことからも,本症例では癌細胞が膵頭部から小腸間膜へ向かうリンパ流によって小腸へ転移したと考えられた.
十二指腸癌の治癒切除症例では5年累積生存率は25~71%と報告されており3),根治切除が可能であれば,長期予後も期待できる.ただし,mp以深では半数以上でリンパ節転移を認め,No. 13ab,17ab,14abcdに加え,No. 8ap,6,9,12ap,3,4への転移も報告されており1)3),十分なリンパ節郭清が必要である.
十二指腸癌に対する化学療法奏効例は多数報告されているが,コンセンサスはいまだ得られていない.佐々木ら2)は十二指腸癌を含めた切除不能,再発小腸癌に対する化学療法の治療成績について検討を行っており,5-FU/doxorubicin/mitomycinの3剤併用療法のresponse rate(以下,RRと略記)が18.4%,capecitabine/oxaliplatin併用療法のRRが61%,FOLFOX療法のRRが48%と34%,fluoropyrimidine/oxaliplatin併用療法のRRが42%と報告している.Oxaliplatinを含めた化学療法が注目されており,フランスのガイドラインでは十二指腸を含む遠隔転移を有する原発性小腸癌に対する化学療法としてoxaliplatin併用の化学療法が推奨されている.
本症例は,小腸多発転移に加えて術前のCTで傍大動脈リンパ節への転移も疑われており,根治的治癒切除は不可能と判断して化学療法を行う方針とした.奏効率からXELOX療法を選択したが,全身倦怠感が強く1コースで断念せざるをえなかった.
本症例では術中所見にて多発小腸腫瘍と診断したが,術後に画像検査を再検討したところ,術前の上部消化管造影で上部小腸に2か所の造影剤の陰影欠損が描出されていた.造影CTの門脈相で数か所認められた十二指腸から空腸の腫大と濃染不良部も多発小腸転移病変を反映したものであった.十二指腸癌と多発小腸転移が珍しい病態とはいえ,念頭に置いていれば術前診断が可能であったことが反省点である.
利益相反:なし