The Japanese Journal of Gastroenterological Surgery
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CASE REPORT
Resected Gastric Cancer Complicated with Leriche Syndrome
Taichi MafuneShinya MikamiAsako FukuokaOsamu SajiTsunehisa MatsusitaTakeharu EnomotoTakehito Otsubo
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2017 Volume 50 Issue 4 Pages 280-287

Details
Abstract

Leriche症候群は慢性腹部大動脈閉塞性疾患である.今回,我々はLeriche症候群に合併した胃癌の1例を経験した.症例は73歳の男性で,Leriche症候群で通院中であった.貧血の精査目的に施行した上部消化管内視鏡検査で胃癌を指摘され,精査の結果T4aN1M0 Stage IIIAと診断した.耐術能評価を綿密に行い,抗血小板薬を休薬し,幽門側胃切除術,D2郭清を施行した.下肢血流を維持する側副血行路損傷回避のため,上腹部正中切開とし腹壁の愛護的操作や手術時間の短縮に努めた.術後1日目の創部離開以外は経過良好で術後3日目に抗血小板薬を再開し,術後16日目に退院となった.Leriche症候群は骨盤腔内や下肢の血流が側副血行路で維持され,また動脈硬化を基盤とした他臓器の障害の頻度も高く,周術期の抗血小板療法の問題もある.手術の際に手術方法や周術期管理に関与するため,注意深い治療戦略が必要である.

はじめに

Leriche症候群は,慢性経過で腹部大動脈から両腸骨動脈に至る経路で閉塞を来す疾患であり,側副血行路により下肢あるいは骨盤腔内臓器の血流が維持される1).したがって,血流維持のために消化器手術の際には開腹法やリンパ節郭清操作のみならず,腹壁に対する愛護的操作や手術時間などにも配慮を要する.今回,我々は下肢Leriche症候群を合併した胃癌の1手術例を経験したため,若干の文献的考察を加えて報告する.

症例

患者:73歳,男性

主訴:特記なし.

既往歴:Leriche症候群,慢性閉塞性換気障害,右内頸動脈閉塞

生活歴:喫煙74本/日×52年,ブリンクマン指数3,848(200以上で異常).

現病歴:Leriche症候群に対し当院心臓血管外科で経過観察されていた.貧血の進行を認めるようになったためスクリーニング目的で施行した上部消化管内視鏡検査で胃体中部に隆起性病変を指摘され精査加療目的に当科紹介となった.

血液検査所見:CRPが0.85 mg/dlと軽微な上昇を示していた.凝固の延長は認めず,D-dimmerも1.2 μg/mlと上昇は認めなかった.腫瘍マーカーはCEAが11.1 ng/mlと上昇していたが,CA19-9,CA125,CA72-4は基準範囲内であった.

上部消化管内視鏡検査所見:胃体中部後壁に径70×60 mm大の易出血性の3型病変を認めた(Fig. 1A).

Fig. 1 

Upper gastrointestinal endoscopy reveals a hemorrhagic type 3 gastric tumor. The tumor was 70×60 mm and found at the posterior wall of the middle part of the gastric body (A). Upper gastrointestinal series shows that the tumor is type 3 located posterior to the greater omentum side of the middle of the gastric body (B).

上部消化管造影検査所見:胃体中部後壁から大彎側にかけて,約60 mm大の3型病変を認めた(Fig. 1B).

腹部造影CT所見:胃体部大彎後壁に造影効果のある壁肥厚を認めた.漿膜面に毛羽立ちを認め,深達度はT4aと判断した(Fig. 2A single arrow).また,小彎側#3のリンパ節の有意な腫大を認めた(Fig. 2B arrow).以上の所見より,胃癌については臨床病期T4aN1M0 Stage IIIAと診断した.また,CT所見では,既往のLeriche症候群のために動脈相で腹部大動脈は腎動脈直下より末梢で閉塞がみられ,下肢,骨盤腔内の血流を維持するために腹壁の血管や上腸間膜動脈,精巣動静脈などといった内臓動脈から著明な側副血行路が増生していた(Fig. 2A double arrow).

Fig. 2 

Abdominal CT reveals an enhanced gastric wall thickening posterior to the greater omentum side of the gastric body (A; single arrow). Because the tumor shows changes in the serosa side, we classified this as T4a. The No. 3 lymph nodes are swollen (B; arrow). Abdominal aorta occlusion below the bifurcations of the bilateral renal arteries and many collateral pathways to supply the bloodstream to the pelvic organs and lower limbs can be seen (A; double arrow).

3D-CT angiography所見:主な側副血行路として下肢や骨盤内臓器の血流維持のために左右内胸動脈から上腹壁動脈を経由して下腹壁動脈に至る経路や肋間動脈からの経路,また左肝動脈から肝円索を経由して下腹壁動脈,そして大腿動脈へとつながる経路がみられた(Fig. 3, 4).正中は3D-CT上血管はみられなかったが,上腹部全体としては細かな血管が多く,比較的太い上腹壁動脈は正中のラインより2 cmから3 cm程度と近傍を蛇行して走行していた(Fig. 5A, B).内臓系の側副血行路に関しては下腸間膜動脈閉塞に伴い中結腸動脈左枝からRiolan動脈を経由して左結腸動脈へつながる経路によって左側結腸から上部直腸への血流が維持されていた(Fig. 6).また,右肝動脈は上腸間膜動脈より分岐する破格を有していた(Fig. 6).

Fig. 3 

CT angiography reveals three main collateral pathways: from bilateral internal thoracic arteries or intercostal arteries to bilateral inferior epigastric arteries, from left hepatic artery via the round ligament of the liver to inferior epigastric artery, and from the superior mesenteric artery via the Riolan artery to the inferior mesenteric artery.

Fig. 4 

The collateral route was from the left hepatic artery via the round ligament of the liver to the right inferior epigastric artery.

Fig. 5 

The systemic-systemic collateral pathway: vessels could not be seen in the middle upper abdominal part (A: front view, B: LAO view).

Fig. 6 

The visceral-visceral collateral pathway was from the superior mesenteric artery via the Riolan artery (green line) to the inferior mesenteric artery (purple line). Separately, the right hepatic artery branched from the superior mesenteric artery (orange arrow).

心臓超音波検査所見:EF 77%であり,明らかな壁運動障害を認めなかった.

足関節上腕血圧比(ankle brachial index;以下,ABIと略記)所見:右 0.47,左 0.40(正常値 0.9以上)であった.しかし,臨床的には,明らかな下肢の虚血による症状はみられなかった.

頸動脈超音波検査所見:右内頸動脈に動脈硬化による閉塞がみられた.

頭部MRI所見:右頭頂葉の一部と左前頭葉にT2で高信号を呈する部分がみられた.

Single photon emission computed tomography(以下,SPECTと略記)所見:両側の前大脳動脈と中大脳動脈の血流低下を認めた.

以上の所見より,脳血流低下および陳旧性脳梗塞を認めたものの急性疾患はなく麻酔科との協議のうえ耐術能ありと判断した.周術期の抗凝固療法は心臓血管外科と相談し,ヘパリン置換は行わずアスピリンを10日休薬し,手術後可及的速やかに再開する方針となった.

手術所見:側副血行路の観点から上腹部正中切開で開腹し,幽門側胃切除術を施行した.開腹の際に肝円索も下肢の血流維持に関与していたため切離せず温存した.また,腹壁の血流遮断に配慮し開創器を腹壁に対し愛護的にかけた.郭清はD2郭清で,Roux-en-Y法で再建した.ドレーンは側副血行路の損傷のリスクを考慮し,正中創から挿入し,膵上縁に留置した.手術時間は1時間38分で出血量19 mlであった.術後のABIは右0.57,左0.47と術前と比べ低下を認めなかった.

病理組織学的検査所見:M,post,Type 1,tub1,pT3(SS),ly0,v0,PM0,DM0,pN0,cP0,cCY0,cH0,cM0 fStage IIAであった(Fig. 7A, B).

Fig. 7 

Resected specimen. The tumor was type 2 in the posterior wall of the gastric body (A). In histopathological findings, tissue form of the gastric tumor was tub 1, and gastric cancer final stage was T3N1M0 Stage IIIA (B).

術後経過:早期の抗血小板薬再開を企図し術後1日目にドレーンを抜去した.術後2日目に創部離開にて再手術を施行し腹壁を閉鎖した.術後出血はなく術後3日目に抗血小板薬を再開した.以後の経過は良好で術後16日目に退院となった.

考察

Leriche症候群は腹部大動脈における慢性閉塞性疾患でありフランスの外科医であったRene Lericheにより詳細な報告がなされたことに名の由来がある2).現在においてはより病態を明確に示す慢性大動脈閉塞症の名称で呼ばれることが多い3).原因としては動脈硬化症が最も多く,Buerger病や大動脈炎症候群によるものも報告されている4).Lericheが示した徴候として①間欠性跛行,②勃起不全,③下肢脈拍消失が古典的3徴として有名であり,間欠性跛行が最も多い症状とされているが,実際には症状のないケースもみられる2)5).これは慢性に経過するために側副血行路が増生している場合が多く,虚血症状を発現することが少ないためである5).自験例でも下肢症状がみられなかったことを踏まえても,造影CTで偶然診断される場合もあると思われる.したがって,癌手術の際にCTは必須の検査であるが,郭清とは直接に関係のない血管系にも十分な注意を払う必要がある.予後としては無症候性の場合であっても,通常徐々に病態は進行するとされ,下肢虚血による症状を目安に血行再建に踏み切ることが多い.治療法としてはバイパス手術が主流であるが,最近ではステント留置も積極的に行われており低侵襲治療でかつ留置後の開存率における長期成績も向上してきている5)6).下肢虚血と並んで問題となるのは,動脈硬化性の臓器障害である7).こうした疾患の特徴は手術の際,方法論のみならず耐術能評価に関わるため,Leriche症候群を合併している腹部手術は通常以上の周術期での治療戦略を構築しておく必要がある.

自験例はLeriche症候群の経過観察中に進行胃癌が発見された症例であった.医学中央雑誌において「Leriche症候群または慢性大動脈閉塞症」,「癌」,「手術」をキーワードに1977年から2016年8月までの範囲で症例報告を検索すると4件のみであった8)~11).これに自験例を含めLeriche症候群を合併した消化器手術における周術期の戦略について考察する(Table 1).

Table 1  Digestive cancer with Leriche syndrome in the Japanese literature
No. Author Year Age/Gender Diagnosis Collateral type Revascularization Other diseases
1 Itano8) 1998 68/M Rectal ca. S-S, V-S A-F bypass None
2 Shimizu9) 2003 60/M Gastric ca. S-S, V-S, V-V None Cardiac infraction
Renal dysfunction
3 Fukuyama10) 2010 51/M Gastric ca. V-S, V-V None Coronary artery stenosis
4 Morita11) 2014 69/M Rectal ca.
Ascending colon ca.
S-S None None
5 Our case 73/M Gastric ca. S-S, V-S, V-V None Carotis stenosis

S-S: systemic-systemic pathway, V-S: visceral-systemic pathway, V-V: visceral-visceral pathway

Hardmanら12)によれば側副血行路は大別して2通りに分けられる.一つは体幹壁の動脈から下肢・骨盤内動脈への経路であり,systemic-systemic pathwayと呼ばれる.もう一方の経路は腹腔内の動脈を介する経路でありvisceral-visceralまたはvisceral-systemic pathwayと呼称される.Systemic-systemic pathwayの代表格は自験例にも認められた内胸動脈から上下腹壁動脈を経由して下肢動脈への経路(Winslow pathway)であり,このほか肋間動脈,腰動脈などが下腹壁動脈と吻合し下肢・骨盤内へと続く経路などが報告されている12).腹壁の側副血行路は腹部手術において開腹時あるいは腹腔鏡手術時のport孔挿入部位に大きく関与し,検索が不十分であると開腹時の不慮の出血や下肢虚血を招く11)13).自験例を参考にすると胸部,あるいは下腹部では内胸動脈や下腹壁動脈に血流は収束していくが,上腹部においては動脈同士が細かな動脈吻合を形成している.一方体幹の血管は対称性をもっており,自験例を含めこれまでの報告例において正中部分は比較的血流の疎な部位であるため,開腹法は正中切開が推奨されている11).自験例でも正中切開で開腹しているが,加えて,開創器などをかけ腹壁を外側に圧排するといった通常の手術では何気ない所作にも上腹部における下肢への血管ネットワークを圧排し,閉塞を招く恐れがあることを意識すべきである.自験例のように下肢虚血症状はないもののABI低値はみられ下肢の血流動態は十全ではないことや,上腹壁動脈が正中創の近傍を走行するといったこともあり,腹壁に開創器をかけるときなどの愛護的操作や手術の時間短縮すなわち腹壁にかかる圧排の時間短縮が重要と思われる.ここで手術時間に関して考えると,自験例は慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease;COPD)および内頸動脈閉塞の合併例で手術リスクが高いことに加え,前述のように腹壁の機械的な圧迫といった観点でも短縮が求められていた.一般的に下肢の急性循環不全の際に約4~6時間で下肢組織の不可逆的変化がみられることから,この時間がLeriche症候群合併例での腹部手術時間を考える際の一つの指標となろう14).この時間以上に手術時間の延長が予想される場合は,血行再建を事前に行うか,術者の技量,患者背景,癌の進行度などを勘案して郭清を手控える可能性も考えられる.自験例では術者の技量,癌の進行度を考慮しD2郭清を行ったとしても4時間を超えることはないと判断しD2郭清を行い,結果として手術時間が1時間38分で遂行しえた.さらに,自験例では画像検査より肝円索から下腹壁動脈経由で下肢に血流を供給していることが判明していた.上腹部の手術において切離することも多いが,Leriche症候群の症例では安易な切離は危険であり,自験例でも切離していない.以上のような配慮や手術時間に対する考え方も術後下肢血流に影響がなかった要因と考えている.一点,自験例において反省すべきこととしては術後1日目に創部離開を来したことである.術前CTで正中ラインより左右の上腹壁動脈は2 cm程度しか離れていなかった.このため閉創時,血管損傷を危惧してbiteが不十分となったことが離開の原因と考えられた.今回のCTを見返すと,体幹での側副血行路の走行箇所は後鞘の前面であり,前鞘のみ十分なbiteをとるような丁寧な閉創で回避は可能であったと思われた.

もう一つの側副血行路として,visceral-visceral or visceral-systemic pathwayが挙げられる.例としてはRiolan動脈があり,自験例でもみられた12).自験例は胃の手術のみであり,結果として腹腔内側副血行路は手術操作にさほど影響がなかったが,横行結腸などの他臓器合併切除を要する胃癌手術の場合には影響が出ると思われ,術前における画像の確認は必要である.

側副血行路の全体像の把握にはMR angiographyやCTがあげられるが,特に3D-CT angiographyが簡便でかつ細径の血管に対しても比較的高い検出率が期待できるとされる5)12)15).血管造影は,選択的造影であるため全体像の把握には向かないが,選択した血管の血流の分布領域の把握には優れる16).また,体表ドップラーエコーによる体幹壁の血流評価で腹壁穿刺の際,穿刺位置を決定するために使用した報告もあり,術直前での開腹部位の検討に転用できるものと思われる17).自験例においては3D-CTがあり,皮膚切開の位置や郭清の計画などを綿密に立てることができたが,こうした画像が得られない場合は,前述の画像検査を組み合わせて評価を行うことで周術期の合併症を減少させ,ABIの低下防止や患者のQOLを維持することができるものと思われる.

自験例では側副血行損傷の可能性は術前において低いと判断していたが,郭清や開腹の際に側副血行を犠牲にしなければならないあるいは前述のごとく長時間手術となり側副血行に影響がでる可能性がある症例ではどのような方策が考えられるだろうか.これに対し,板野ら8)は血行再建を先行し,二期的に癌手術を施行した直腸癌の症例を報告している.血管手術と消化器手術との両立で留意すべきはグラフト感染である.これを解消するために手術を二期的とし血管手術時に消化液などに暴露しないようすることや腋窩-大腿動脈バイパスとして腹腔にその経路を通さない工夫を述べている.この他,消化管手術との併用報告例はないが,低侵襲性,また感染暴露の可能性の低さの観点からステント留置も考慮してもよいかもしれない.しかし,自験例を踏まえると,慢性の大動脈完全閉塞であるため,ステント挿入時のガイドワイヤーが閉塞部を通過できない可能性もあり適応は限定的と思われる.以上を踏まえて手術に応じ側副血行を犠牲にせざるをえない場合,血行再建を組み込んだ手術プランが必要である.

Leriche症候群合併の手術を考慮する場合に,動脈硬化に伴う臓器障害も耐術能評価とからめて検索しなければならない.冠動脈疾患や腎動脈閉塞に伴う腎障害が有名である8)9).自験例では血液検査や心臓超音波以外に右内頸動脈閉塞を伴っていたため術前に頭部MRIやSPECTを施行し脳血流の評価を追加施行している.このように全身の動脈硬化性病変を追加評価する必要がある.

自験例では,術前にアスピリンの内服がなされていた.末梢動脈閉塞性疾患の治療ガイドラインによれば,閉塞性動脈硬化症による場合,薬物療法にはシロスタゾールやアスピリンの内服が推奨されており,手術の際にはそれぞれの薬剤に応じた休薬期間が必要である14).休薬期間中の抗凝固療法については定まった方法はなく,慣習的にヘパリン化が行われる場合が多い.しかし,厳密には作用機序の観点から抗血小板療法に代わる有効性の示された確実な代替療法はない18).自験例においては,慢性に経過する閉塞性病変であり,多数の側副血行路が存在し,病状自体も安定していることから,休薬期間中の代替療法は特に行わず,可及的速やかに抗血小板薬を再開する方針としていた.しかし,病状に応じて,特に下肢症状を呈している場合などにはヘパリン化も重要な手段であると思われる19)

以上のような事項に留意し戦略を構築することが,多彩なバリエーションを持つLeriche症候群並存の消化器手術時の際には重要と考えられた.

利益相反:なし

文献
 

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