The Japanese Journal of Gastroenterological Surgery
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ORIGINAL ARTICLE
Therapeutic Intervention Using Algorithms for Patients with Refractory Chronic Pain Following Inguinal Hernia Repair
Masato NaritaKeita HanadaRyo MatsusueHiroaki HataTakashi YamaguchiTetsushi OtaniIwao Ikai
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2017 Volume 50 Issue 7 Pages 513-520

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Abstract

目的:慢性疼痛は,成人鼠径ヘルニア術後晩期合併症として認識されてきているが,その治療法は確立していない.本研究の目的は,当科にて作成したアルゴリズムを用いて難治性慢性疼痛の治療を行い,その妥当性を実際の治療成績を下に検証することである.方法:2013年3月から2016年8月の間に,術後3か月以上たっても鎮痛剤内服でコントロールできない疼痛を有する難治性慢性疼痛症例に対して当科で作成したアルゴリズムに従って治療を行った.結果:体性痛6例,神経因性疼痛4例,精巣痛1例の11症例に対してアルゴリズムに従って治療を行い,8症例で疼痛が消失した.8症例のうち5例はトリガーポイントもしくは腸骨鼠径および腸骨下腹神経ブロック注射による侵襲的内科的治療で治癒し,3例は手術にて治癒した.結語:鼠径ヘルニア術後難治性慢性疼痛の治療では,疼痛の種類(体性痛と神経因性疼痛)を診断し,積極的な治療介入を行うが重要である.当科で作成したアルゴリズムを使用することにより,複雑な病態である鼠径ヘルニア術後難治性慢性疼痛症例に対しても外科医主導で治療することが可能である.

はじめに

一般に,鼠径ヘルニア術後疼痛のほとんどは非ステロイド性消炎鎮痛薬(non-steroidal anti-inflammatory drugs;以下,NSAIDsと略記)内服にて軽快し,時間の経過とともに消失する.しかし,長期間のNSAIDs内服にても疼痛が改善しない症例が見られる.日本ヘルニア学会のガイドラインでは鼠径ヘルニア術後慢性疼痛を「術前には存在しない鼠径部痛あるいは術前に鼠径部痛があってもそれとは異なる疼痛であり,術後3か月の時点で存在し,6か月間持続する疼痛」と定義している1).海外における鼠径ヘルニア術後の慢性疼痛の発症頻度は15~53%で,なかでも重篤な疼痛を生じる重症例の頻度は10~12%と報告されており,今や術後再発をしのぐ鼠径ヘルニア術後長期の合併症として認識されている2).一方,本邦における鼠径ヘルニア術後慢性疼痛の発症頻度は0.04~28%と,海外と比較すると少なく3)~6),重症例・難治例の頻度に関する詳細な報告はない.さらに,慢性疼痛症例に対する治療の報告もほとんどなく,日本ヘルニア学会のガイドラインでも「術後1年以上経過し,かつ内科的治療が奏効しない場合,外科的手術を考慮する」との記載があるのみで,その具体的な治療法は示されていない1).重症例では長期間の疼痛のため運動機能障害を来し,さらに重篤な場合では抑鬱状態に陥るケースも見られるため,慢性疼痛発症の回避はもちろんのこと,その治療法の確立は急務である.当院では2013年3月以降から成人鼠径ヘルニア術後慢性疼痛を訴える症例に対して当科で作成したアルゴリズムを用いて積極的に治療を行っている.

目的

本研究の目的は,当科にて作成した難治性慢性疼痛の治療アルゴリズムの妥当性を実際の治療成績を下に検証することである.

方法

2013年3月から2016年8月の間に,術後3か月以上たってもNSAIDs内服でコントロールできない疼痛を有する難治性慢性疼痛に対して当科で作成したアルゴリズム(Fig. 1)に従って治療を行った.

Fig. 1 

Algorithm of treatment for patients with refractory chronic pain following inguinal hernia repair.

アルゴリズムに沿った実際の治療の詳細は以下の通りである.

1)General assessment

最初に再発もしくは遅発性メッシュ感染がないことを腹部超音波検査,必要な場合にはCT/MRIにて十分に確認する.感染がある場合は感染に対する治療を,再発がある場合は再発に対する治療を行う.感染・再発が除外できた場合,次に泌尿器科・整形外科・神経内科的疾患を除外する.これら疾患を除外できれば鼠径ヘルニア術後慢性疼痛と診断する.

2)疼痛部位の評価

痛みの部位を十分に評価し,鼠径部痛と精巣(部)痛とに区別する.両者の間では疼痛の発症機序が異なるため,治療方針も異なる.

3)鼠径部痛

(a)痛みの種類を同定

痛みの種類が体性痛か神経因性痛かを判断する.体性痛は受容体性疼痛(nociceptive pain)ともいい,炎症や機械的刺激・圧迫などによる組織圧上昇に伴い発症する疼痛である.精索の鬱血もしくは虚血による浮腫,メッシュが縮んで一塊になるmeshoma,恥骨への直接的刺激(多くはメッシュを恥骨に固定する際の縫合糸),メッシュの遅発性感染などがこの痛みの原因となることが多い7).一方,神経因性疼痛は鼠径管内を走行する神経(腸骨鼠径神経・腸骨下腹神経・陰部大腿神経陰部枝)が初回の手術操作にて何らかの形で損傷を受けたことにより発症する疼痛である.メッシュの縮み・神経周囲組織の瘢痕化により神経がentrapmentされた場合,メッシュの固定糸もしくはタッカーで神経をsutureもしくはpunchした場合,切離した神経の断端処理が不適切であった場合などが神経因性疼痛の原因となる8).これらの区別を詳細な身体的・理学的所見により行う.体性痛は圧痛点があり,ピンポイントの最強点を有する.最強点に堅いしこり(meshoma)を触れることもある.痛みは放散しないことが多い.時間の経過とともに痛みの場所は限局してくる傾向にある.神経因性疼痛でも同様に圧痛点はあるが最強点の部位は曖昧で,診察のたびに部位が微妙に変化することがあるが,デルマトームに沿った圧痛点があることが特徴的である.Tinelサインを認めることもある.長時間の座位・立位時などの決まった体位により疼痛が増強することも特徴的である7)

なお,体性痛と神経因性疼痛の鑑別は典型的な症例であれば容易であるが,中には体性痛と神経因性疼痛が混合している混合型疼痛(mixed-type pain)症例もあり,必ずしも初診の段階で鑑別できる訳ではない.それぞれの疼痛に対する鑑別点を表にまとめた(Table 1).詳細な問診および初回診察にても鑑別が困難な場合は,診断的な意味とその簡便さから,まずtrigger point block(以下,TPBと略記)を施行して体性痛かどうかを区別する.

Table 1  How to distinguish between nociceptive and neuropathic pain
Nociceptive pain Neuropathic pain Mixed-type pain
Cause • Congestion or ischemia of the spermatic cord
• Meshoma with chronic inflammation
• Direct injury to the pubic bone
• Infection
• Direct injury to nerves
(suture, tacking, inadequate resection of nerves, and etc)
• Entrapment of nerves
(scar, meshoma, and etc)
Meshoma with chronic inflammation accompanied by entrapment of the nerve
Frequency of pain Constant • Intermittent
• Sudden onset
Constant–intermittent
Site of pain Localized area Area associated with spinal dermatome corresponding to the L1, L2, or/and L3 segment with or without a point of maximum intensity Area associated with spinal dermatome corresponding to the L1, L2, or/and L3 segment with a point of maximum intensity
Trigger of pain Tenderness A particular action
(ambulation, twisting, or stretching of the upper body, stooping or sitting, hyperextension of the thigh, or sexual intercourse)
Both of nociceptive and neuropathic pain
Description of pain Dull ache, gnawing, tender, pounding, or pulling Stabbing, burning, pulling, throbbing, shooting, prickling, or sharp Both of nociceptive and neuropathic pain
Tinel’s sign Negative Positive Positive
Efficacy of NSAIDs Yes No Limited

Abbreviations; NSAIDs, non-steroidal antiinflammatory drugs

(b)体性痛の治療の実際

侵襲的内科的治療として,疼痛部位の最強点に局所麻酔薬(1% lidocaine 10 ml+0.75% ropivacaine 10 ml)を注射するTPBを行う.この侵襲的内科的治療により疼痛が消失した,もしくは軽減した症例を体性痛と判断する.1回の注射で疼痛が消失する場合は治癒したものと判断するが,疼痛は軽減したものの,消失には至らない場合は定期的に反復して行う.無効例は神経因性疼痛と判断し,神経因性疼痛の治療に変更する.ある程度治療効果があるものの,効果が乏しい場合は神経因性疼痛が混合している混合型疼痛と判断し,神経因性疼痛の治療も併せて行う.

(c)神経因性疼痛の治療の実際

体性痛と同様にTPBを行い,疼痛の程度に変化が見られるかを調べる.神経因性疼痛の場合TPBの効果は少ないが,体性痛が混在する症例では一時的に疼痛は軽減し,時間の経過とともに再燃する.その後腸骨鼠径および腸骨下腹神経ブロック(以下,神経ブロックと略記)をUSガイド下に施行する.注入する薬剤はTPBと同様である.TPBは外来担当医がその場で施行するが,神経ブロックは麻酔科医師に依頼し,手術室で施行している.陰部大腿神経陰部枝のブロック注射は解剖学的見地より施行していない.

(d)混合型疼痛の治療の実際

上記侵襲的内科的治療にて体性痛と神経因性疼痛が混在した混合型疼痛と判断した症例は,TPBもしくは神経ブロックのいずれかで効果の高いブロック注射を反復して行う.

これらの治療により疼痛が消失した場合は治癒したものと判断する.しかし,TPBもしくは神経ブロック後の一時的な疼痛軽減のみで疼痛が同程度に再燃する場合や無効例は腸骨鼠径もしくは腸骨下腹神経領域の不可逆な障害もしくはそれ以外の領域を支配する神経の障害と判断し手術を検討する.

4)精巣部痛の治療の実際

精巣の萎縮がある場合は精巣の血流および機能を泌尿器科的に評価する.機能不全の場合はorchiectomyを施行する.機能が温存されている場合は精巣を温存する術式を検討し手術による加療を行う.精巣の萎縮がない場合は神経因性疼痛同様の治療を行う.

疼痛の程度の評価はnumerical rating score(以下,NRSと略記)による0~10までの11段階自己評価法を用いた.0は痛みなし,1~3は軽度の痛みはあるがほとんど気にならない程度,4~6は中等度の痛みがあるが,日常生活に支障を来すことはほとんどなく,あっても行動を制限するほどではない程度,7~10は強度の痛みがあり,日常生活に支障を来す程度の痛みとした.疼痛消失の定義は,治療後に鎮痛薬内服なしでNRS 0の状態が1か月以上続くこととした.

手術加療の適応は,侵襲的内科的治療を術後1年以上にわたって施行し続けても疼痛が改善しない症例とした.

なお,本研究は当院での倫理委員会の承認を得て行った(平成28年7月19日,京都医療センター倫理委員会にて承認.承認番号;16-039).

結果

鼠径ヘルニア術後の難治性慢性疼痛に対して治療を施行したのは11症例であった.11症例は全て男性で,年齢中央値は65歳(range;43~73歳)であった.初回手術時の後壁補強はPHS法(n=3),Lichtenstein法(n=5),Direct Kugel法(n=1),Direct Kugel+Lichtenstein法(n=1),transabdominal preperitoneal repair法(以下,TAPPと略記)(n=1)で,疼痛治療開始は術後から中央値で8.2か月(range;3.0~73.4か月)であった.鼠径部およびその近傍の体性痛症例は5例,神経因性疼痛は4例,混合型疼痛は1例,精巣痛を1例に認めた(Table 2).

Table 2  Details of 11 consecutive patients treated for refractory chronic pain after inguinal hernia repair
Case No. Age How to repair at the primary surgery Sort of pain NRS of initiation of treatment for chronic pain (0–10) Duration between date of surgery and initiation of treatment (months)
1 70 DK Nociceptive 5 6.1
2 69 Lichtenstein 4 4.6
3 58 Lichtenstein 5 14.3
4 72 PP+Lichtenstein 10 3.0
5 40 Lichtenstein 7 5.9
6 46 PHS Neuropathic 5 8.2
7 43 1st OP. MP
2nd OP. PHS
10 91.0
8 59 TAPP 10 4.2
9 69 Lichtenstein 7 12.0
10 73 PHS Mixed-type 8 9.0
11 65 Lichtenstein Orchialgia 10 43.7

Abbreviations; NRS, numerical rating score; DK; Direct Kugel patch; PP; preperitoneal repair; PHS, prolene hernia system; OP, operation; MP, mesh plug; TAPP, transabdominal preperitoneal repair

体性痛を認めた5症例(Case No. 1~5;Table 3)にはTPBを施行した.Case No. 1および2は1回のTPBにて疼痛は消失した.Case No. 3および4はTPBを反復することにより痛みの程度は徐々に軽減し,最終的に疼痛は消失した.Case No. 5はTPBの施行にて一時的な疼痛の軽減が得られたが,時間とともに疼痛は再燃するため週1回TPBを外来で施行している.

Table 3  Details of pain management in 11 consecutive patients with refractory chronic pain after inguinal hernia repair
Case No. Sort of pain Site of pain Laterality Treatment NRS after treatment for chronic pain (0–10) Outcomes
1 Nociceptive Lower part of the surgical wound left TPB×1 time 0 Pain free
2 Above the pubic symphysis right TPB×1 time 0 Pain free
3 Above the pubic symphysis left TPB×3 times 0 Pain free
4 Above the pubic symphysis left TPB×9 times 0 Pain free
5 Lower part of the surgical wound right TPB×10 times 6 Pain remains
6 Neuropathic Upper part of the surgical wound left IINB×1 time 0 Pain free
7 Anterior part of the thigh, around the surgical wound, scrotum right IINB×plenty times →Surgery 0 Pain free
8 Medial and anterior part of the thigh right IINB×2 times
→Surgery
0 Pain free
9 Upper part of the surgical wound right TPB×2 times
IINB×1 time
7 Pain remains
10 Mixed-type Lateral part of the pubic symphysis left TPB×34 times
IINB×2 times
5 Pain remains
11 Orchialgia Testicle, scrotum right Surgery 0 Pain free

Abbreviations; NRS, numerical rating score; TPB, trigger point block; IINB, ilioinguinal nerve block

神経因性疼痛は4例に認めた(Case No. 6~9;Table 3).Case No. 6は,1回の神経ブロックにて疼痛は消失した.Case No. 7は他院で初回手術1年後に慢性疼痛に対して手術を受けたがその後も疼痛は増悪し,ペインクリニックにて定期的に神経ブロックを受けていた.持続的な疼痛のため杖歩行となり,日常生活を送ることも困難なため休職を余儀なくされ,抑鬱状態となった.初回手術より8年後に当科を紹介受診した本症例に対し,triple neurectomyおよびメッシュ除去術を施行した.以降より疼痛は消失し,歩行時の杖も不要となった.現在術後3年経過し疼痛の再燃はないが,抑鬱状態は改善せず内服加療継続中である.Case No. 8はTAPPによるヘルニア根治術後の慢性疼痛で,手術2か月後から発症した大腿内側から前面にかけてのしびれ感と痛みのため,歩行障害を来していた.神経ブロックにて若干の疼痛改善を認めたが短期間で疼痛は再燃し,術後13か月後に腹腔鏡下で手術を施行した.メッシュがentrapmentしていた腸骨鼠径神経と外側大腿皮神経を切離することにより疼痛は完全に消失し,長時間の歩行も可能となった.Case No. 9もlate onsetの神経因性疼痛であり,術1年2か月後から創上部の痛みを自覚し,鎮痛薬内服にても経時的に疼痛が増悪するため来院した.体性痛と判断してTPBを2度施行したが無効であった.繰り返す外来診療にてTPBが無効であること,最強点の位置が診察のたびに変化すること,疼痛は間欠的であり,ある一定の体位で誘発されることがわかったため,神経因性疼痛と判断し神経ブロックを施行したが効果がなかった.

Case No. 10は恥骨外側にmeshomaをふれる体性痛と,meshomaが腸骨鼠径神経をentrapmentし,その末梢領域での神経因性疼痛が混在する混合型疼痛症例であった.疼痛の主体がmeshomaによる慢性炎症であるため,外来受診のたびにTPBを反復して行っている.なお,神経因性疼痛に対して経過中に神経ブロックを2度施行している.1回目は初回診断時に,2回目は神経因性疼痛の訴えが強い際に施行した.反復するTPBおよび神経ブロックによりNRSは8から5まで減少したものの疼痛は残存しており,外来通院を続けている.

精巣痛を認めた症例(Case No. 11;Table 3)は再発鼠径ヘルニアに対してLichtenstein法による修復を受けた直後から精巣の強い痛みを自覚していたが放置していた.アンケート調査をきっかけに再発手術3年後に当科外来を受診した.身体所見上創部直下に無痛性で硬結したメッシュを触知した.精巣痛は主に歩行時に増悪し,長時間の歩行は不可であった.泌尿器科的精査の結果,右側精巣は萎縮し機能は廃絶していたため,メッシュ除去,triple neurectomyおよびorchiectomyを施行した.術後より精巣部の疼痛は消失し,長時間の歩行も可能となった.腸骨鼠径神経領域の皮膚にnumbnessを認めたが,経時的に改善し,術後10か月の外来診察時には気にならない程度にまで改善した.

上記に示すように当科で作成したアルゴリズムを基に鼠径ヘルニア術後難治性慢性疼痛11症例の治療を行い,8症例で疼痛が消失した.8症例のうち5例はトリガーポイントもしくは腸骨鼠径および腸骨下腹神経ブロック注射による侵襲的内科的治療で治癒し,3例は手術にて治癒した.

考察

2015年に海外から慢性疼痛に対して専門家によるコンセンサス治療アルゴリズムが提唱された9).それによると,術後3~6か月以降継続する痛みに関しては再発がなければ疼痛管理の専門家への紹介を推奨している.鼠径ヘルニア術後慢性発症頻度が高く,専門領域が細分化されている欧米ならではの治療方針であるが,はたして本邦での医療状況に合致しているだろうか.

本研究では,疼痛の種類を詳細な身体的・理学的所見から診断し,アルゴリズムに沿って侵襲的内科的治療を施行し約半数の症例で疼痛が消失した.一方,約半数の症例で侵襲的内科的治療が無効であったことから,外科的治療を常に念頭に入れた外来診療が必要である.つまり,疼痛の種類を的確に診断することが可能で,それぞれの疼痛に対する治療方針が確立していれば,外科医が主導となり診断・治療に当たる方が妥当であると思われた.当院では慢性疼痛治療を開始する際に治療アルゴリズムに沿って治療を行うこと,内科的治療が無効な場合は再手術が必要な可能性があることを十分に説明している.本研究で手術加療を行った3症例に対しても,時間をかけて十分なインフォームドコンセントを行ったうえで手術を施行した.現時点で治療効果の見られない3症例は今後手術による治療が必要であると考えている.以上より,まだまだ症例数は少なく,今後も十分な検討が必要ではあるが,本研究で提示したアルゴリズムを用いた治療は概ね妥当であるものと思われた.

海外で報告されている文献によると,慢性疼痛症例への手術加療による治療効果は65~100%と報告されている10).慢性疼痛に対する手術は難易度が高く,定型化もされていない.したがって,適切な手術を施行しなければ疼痛が消失するどころか,かえって患者の苦痛を増加させる結果になりかねないことを主治医も患者も理解しておく必要がある.実際に,Case No. 7は他院で慢性疼痛に対する治療として手術を受けたが,術後に疼痛は増悪し抑鬱状態に陥っており,手術加療を選択する場合適切な手術術式選択は極めて重要である.

手術術式に関しては,wrinklingしたメッシュを摘出するだけでよいとする報告11)や,選択的neurectomyがよいという報告12),選択的neurectomyでは不十分でtriple neurectomyが必要13),triple neurectomyおよびメッシュ摘出の両方が必要14),とさまざまであり一定の見解はない.本研究でも3例ともそれぞれ違った術式を用いており,定型化していない.Meshomaによる体性痛のみの場合はメッシュ除去のみでも除痛効果が得られる可能性はあるが,神経因性疼痛の場合,疼痛の原因となる障害された神経を同定することは困難で,仮に同定できたとしても神経同士のcommunicationがあることにより単一神経の切除・摘出だけでは除痛効果が不十分という見解もある13).近年Chen15)は,腹腔鏡を用いた後腹膜へのアプローチにて3神経を中枢側で切除・摘出するlaparoscopic triple neurectomyを神経因性疼痛62症例に対して施行し,94%の症例で疼痛の減少・消失およびQOLの改善を認めた,と報告している.神経因性疼痛に対する治療としては非常に理論的かつ理想的な手術術式ではあるが,体性痛が混在する症例や精巣痛症例に対しては無効である.つまり,難治性慢性疼痛症例に対する外科的手術の定型化は困難であり,症例に応じた手術を施行しなければいけない.そのためには,手術を施行する外科医が長期間にわたって繰り返し患者を診察し,疼痛の種類と原因を十分に検討したうえで適切な術式を選し,確実な手術を施行することが治療効果を得るために最も重要ではないかと思われる.

鼠径ヘルニア術後難治性慢性疼痛の治療では,疼痛の種類(体性痛と神経因性疼痛,または混合型疼痛)を診断し適切な侵襲的内科的治療を行うことや,内科的治療無効例への手術加療を行うといった積極的な治療介入を行うが重要である.当科で作成したアルゴリズムを使用することにより,複雑な病態である鼠径ヘルニア術後難治性慢性疼痛症例に対しても外科医主導で治療することが可能である.

利益相反:なし

文献
 

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