2017 Volume 50 Issue 8 Pages 680-686
症例は74歳の女性で,腹痛を主訴に当院を受診した.右大腿ヘルニア嵌頓と診断し,緊急手術を施行した.診断的腹腔鏡にて小腸のRichter型嵌頓による小腸穿孔を認めた.ヘルニア囊を翻転して結紮し,小開腹にて小腸切除のみを施行した.術後7日目に一時退院し,一期目手術後30日目に二期的にtransabdominal preperitoneal repair(以下,TAPP法と略記)にてヘルニア修復を施行した.腹腔内の高度汚染を伴う鼠径部ヘルニア嵌頓症例においてメッシュ修復は感染の懸念もあり,従来は組織縫合法が施行されてきた.しかし,小腸穿孔に加えて抗凝固薬内服中であったこと,組織縫合法は再発や慢性疼痛がメッシュ法より高率であることを考慮して二期的にTAPP法を施行した.鼠径部嵌頓ヘルニアに対する二期的腹腔鏡下ヘルニア修復術は,治療選択肢の一つとなりうると考えられたため報告する.
近年,腸管穿孔を伴わない鼠径部嵌頓ヘルニアに対して腹腔内非汚染症例であればメッシュ使用が可能であるという報告や,腹腔鏡下手術を施行したという報告が増加傾向である1)2).しかし,腸管穿孔を伴った腹腔内汚染症例に対してはメッシュ感染を危惧し,一期的なメッシュ修復は一般的に行われていない.一方,腸管穿孔時における組織縫合法は再発率や術後慢性疼痛のリスクが高いとされている3).今回,我々は腸管損傷による高度腹腔内汚染を伴う鼠径部ヘルニア嵌頓症例に対して二期的にtransabdominal preperitoneal repair(以下,TAPP法と略記)を施行し,良好な経過であった1例を経験したため報告する.
患者:74歳,女性
主訴:腹痛
既往歴:高血圧,antineutrophilic cytoplasmic antibody(ANCA)関連血管炎,慢性腎不全
内服薬:イコサペント酸2 g,プレドニン15 mg
現病歴:朝食摂取後に突然腹痛を認め,増悪してきた.症状の改善を認めないため,夕刻に当院救急外来を受診した.
入院時現症:体温36.2°C,血圧147/78 mmHg,脈拍数67回/分.右鼠径部に膨隆を認め,圧痛あり.
血液検査所見:白血球数9,500/μl,CRP 0.01 mg/dlであった.AST 37 U/l,LDH 329 U/lと軽度の上昇を認めた.CREは3.50 mg/dlであった.
血液ガス分析所見(room air):pH 7.472,pCO2 34.3 mmHg,pO2 90.0 mmHg,HCO3− 21 mmol/l,BE 1.0,Lac 0.93 mmol/lであった.
心電図所見:心室性期外収縮を認めた.
腹部単純CT所見:右鼠径部から回腸の脱出を認め,同部位の口側小腸に液体貯留および拡張を認めた.腹腔内には腹水貯留を認めた(Fig. 1).
a) Prolapse of the small bowel from the right inguinal area is seen (white arrow). b) Fluid accumulation and distension are seen orad to the prolapsed small intestine (white arrowhead).
腎機能不良のため造影CTは施行不可能であった.
以上より,右大腿ヘルニア嵌頓と診断した.用手的な整復を試みたが,不可能であったため緊急手術施行の方針とした.
一期目手術所見:臍部上に5 mmトロッカーを挿入し,腹腔内を観察すると,右大腿ヘルニア内に小腸がRichter型に嵌頓していた(Fig. 2a).水圧法を試みたが還納不可能であり体外からの圧迫と腹腔内からのヘルニア囊の牽引により嵌頓した小腸を還納した.この操作でヘルニア門周囲の腹膜を一部損傷した.小腸を観察すると腸管は壊死を起こしており,腸間膜対側にピンホール様の穿孔部を認め,腸管切除を施行する方針とした(Fig. 2b).メッシュ法による修復は危険と判断し,術後の嵌頓防止のためヘルニア囊を腹腔側に翻転し,結紮した(Fig. 2c).腹膜の損傷部位は縫合閉鎖した.臍部に4 cmほどの皮膚切開をおき,穿孔部の小腸を10 cm切除し,腸管吻合を行った.腹腔内を生理食塩水で洗浄し,手術を終了した.手術時間108分,出血量20 mlであった.腹水培養ではEnterococcus faecalisが検出された.
a) The small bowel has become strangulated in the right femoral hernia (white arrow). b) After releasing the hernia, intestinal fluid flowed out of the strangulated bowel, and a pinhole-like perforation could be observed (white arrowhead). c) The hernia sac was reflected and ligated.
切除標本の肉眼的所見は粘膜が一部平板化,菲薄化し色調も悪化していた(Fig. 3).
The mucosa of part of the resected small bowel has become flat and thin, and its coloration is also poor (white arrow).
病理組織学的検査所見:切除した小腸の病変部は腺管の枠を残して上皮は剥脱し,壁全層にわたり核は消失しており凝固壊死を認めた.組織学的に固有筋層の破綻と漿膜側に好中球浸潤やフィブリンの析出を伴う箇所を認め,穿孔部と示唆された.
一期目術後経過:術後4日目より経口摂取を開始し,経過良好であったため,術後7日目に一時退院となった.
初回手術から30日後に,抗凝固薬内服を術前内服中止のうえで,腹腔鏡下大腿ヘルニア修復術を施行した.
二期目手術所見:癒着の可能性を考慮して一期目手術時の正中切開創を避け,右側腹部より5 mmポートをoptical法で挿入した.切開創下には癒着を認めなかった.ヘルニア門は脂肪塊が突出した所見のみで,他臓器の癒着は認めなかった(Fig. 4).TAPP法による修復が可能であると判断し,一期目の創に合わせて皮膚切開を行い,臍上,左下腹部にそれぞれ5 mmポートを挿入した.腹膜鞘状突起外側から腹膜切開を行い,腹膜の剥離を開始した.内側は恥骨,腹直筋を,腹側は腹横筋腱膜弓にメッシュの展開スペースが確保できるように剥離を行った.剥離の際にも癒着など前回手術の影響は特に認めなかった.Myopectineal orifice(MPO)から3 cm以上の範囲をTiLENE® extralight meshTM(メディカルリーダース社)で修復を行い,AbsorbaTackTM(Medtronic社)で固定を行った.腹膜を連続縫合閉鎖し,手術を終了した.手術時間74分,出血量1 mlであった.
a) A fatty mass protruded at the site that had been ligated. b) After dissecting the peritoneum, we observed the femoral hernia (white arrowhead).
二期目術後経過:術後経過良好であり,手術翌日に通常のクリニカルパス通りに退院した.術後の自覚症状に関して安静時痛,体動時痛,メッシュ違和感についてnumeric rating scale(0~10点)でアンケートを行った.術後翌日0-0-0点,術後10日(初回外来)0-0-0点,3か月後0-0-0点であった.鎮痛剤の内服も認めなかった.
鼠径部嵌頓ヘルニアにおける腸管非切除症例におけるメッシュ使用については報告例も増加しており,一定のコンセンサスが得られていると考えられる4).しかし,腸管切除症例に関してはメッシュ感染のリスクもあり,いまだに一定の見解がえられていない.田上ら5)の報告によればCenters for Disease Control and Prevention(以下,CDCと略記)のsurgical site infection予防ガイドラインの手術創分類Class II(clean-contaminated)に分類される症例に対しては一期的にメッシュ使用が可能であるとしている.しかし,本症例のようにCDC手術創分類Class IV(dirty-infection)に分類される腸管穿孔を伴う場合は,メッシュ感染発症のリスクを考慮すると一期的なメッシュ修復は危険と判断され,組織縫合法の施行が考慮される.しかし,鼠径部ヘルニア診療ガイドライン2015によれば組織縫合法は再発率や術後慢性疼痛のリスクが高いとされている3).さらに,我が国においてメッシュ法の導入以降,組織縫合法の手術件数は減少傾向であり,若手医師を中心に経験症例が不十分である場合が少なくない6).Tension free術式が中心になりつつある現在では,施設によっては本症のような緊急疾患の場合に組織縫合法を確実に施行可能な人員が確保できないケースも今後増加することが考えられる.Yokoyamaら7)は閉鎖孔ヘルニアRichter型嵌頓による小腸壊死に対して一期目の手術は腸管切除を行い,後日二期的にKugel法にてヘルニア修復を施行した症例を報告した.鼠径部ヘルニア嵌頓は緊急疾患であるため全身状態が安定しない場合や腸管拡張が著明な場合,あるいは本症例のように抗凝固薬やステロイドを内服している場合など,急性期の手術の侵襲を最小限にするべき状況が起こりうる.そのような場合,一期目にはdamage control surgeryと位置づけて腸管切除やヘルニア門の仮閉鎖などの最低限の手技を行い,二期目に確実なヘルニア修復を行うYokoyamaら7)の方法も有効であると考えられる.
嵌頓鼠径部ヘルニアに対する腹腔鏡下ヘルニア修復術は1993年にWatsonら8)により報告された.日本ヘルニア学会鼠径部診療ガイドライン2015においても嵌頓鼠径部ヘルニアに対して腹腔鏡下手術を考慮してもよいとされ(推奨グレード C1)9),近年では施行する施設も増加しており,Class II以下の症例ではメッシュ感染を起こすことはなく安全に施行可能であったという報告も認める10).中田ら11)は二期手術を選択した場合の術式としてTAPP法を選択し,これを「二期的TAPP」と呼んでいる.医学中央雑誌にて「二期」,「腹腔鏡」,「ヘルニア嵌頓」をキーワードに1977~2016年5月の論文報告を検索しえた範囲内(会議録を除く)で二期目手術を腹腔鏡下に施行した報告は前出の中田ら11)による1件(1症例)のみであった.PubMedにおいて「two-stage」,「laparoscopy」,「incarcerated hernia」をキーワードに1950~2016年6月の期間で英文文献検索を行うとtotally extraperitoneal repair(以下,TEPと略記)にて二期目手術を施行したSasakiら12)による1件(4症例)の報告を認めた(Table 1).自験例も含めた合計6例の平均年齢は77歳(67~86歳),男女比1:5であった.ヘルニアの分類は大腿ヘルニア3例,内鼠径ヘルニア2例,閉鎖孔ヘルニア1例であり,全例において小腸切除が施行されていた.平均初回手術時間は109分(77~167分)であった.一期目手術と二期目手術の間隔は平均17日(8~30日),二期目手術後在院日数は平均5日(1~10日)であった.一期目手術と二期目手術の間隔は短すぎると腹腔内汚染が残存しているリスクがあり,長すぎると再嵌頓のリスクがあると考えられる.我々はヘルニア門を縫合し,仮閉鎖を行い,二期目手術までの間に一時退院としており,二期目手術の適切な時期を一期目手術後1週間以内としたSasakiら12)の報告よりも比較的長く間隔をおいて手術を行った.ヘルニア嵌頓は高齢者に多く,本症例でも長期入院によるADL低下を避けるため一時退院が有効と考えた.一期目手術後の退院期間に日常生活が可能であり,二期目の術後在院日数は1日と定期手術と同様の経過で退院可能であった.一期目手術と二期目手術のインターバルの適切な期間について今後検討が必要と考えられた.
No | Author/Year | Age/Sex | Site of strangulated hernia | Bowel resection | Operative procedure | Duration for 1st surgery | Days between 1st and 2nd surgery | Days between the 2nd surgery and discharge |
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1 | Nakata11)/2014 | 67/M | Rt indirect | + | TAPP | 167 | N.D | 4 |
2 | Sasaki12)/2016 | 72/M | Rt indirect | + | TEP | 126 | 8 | 6 |
3 | Sasaki12)/2016 | 83/F | Rt obuturator | + | TEP | 87 | 9 | 5 |
4 | Sasaki12)/2016 | 86/F | Lt femoral | + | TEP | 89 | 24 | 10 |
5 | Sasaki12)/2016 | 82/F | Rt femoral | + | TEP | 77 | 13 | 5 |
6 | Our case | 74/F | Rt femoral | + | TAPP | 108 | 30 | 1 |
N.D: not described
二期的腹腔鏡下ヘルニア修復術は対側のヘルニアも同時に修復可能であることも利点の一つである.TAPPは両側の観察修復が同時に可能であるが,本症の場合はTEPにおいても,一期目手術時に対側の鼠径部を観察し,診断をしておくことで,二期目手術で同時修復が可能である.ヘルニア嵌頓症例は鼠径部が脆弱化している高齢者が多いため,過去の当科の集計では鼠径部嵌頓ヘルニアで診断的腹腔鏡を施行し33症例のうち5例(15%)で,対側にも術前に診断がされていない鼠径部ヘルニアを認めている2).これらも同時に修復することで今後の対側ヘルニア嵌頓発症の予防も可能である.Sasakiら12)は二期目の術式として全てTEPを施行している.一期目手術からの期間が短い場合は,基本的には腹腔と交通しにくい術式であるTEPにおいて感染リスクが下がる可能性も考えられる.しかし,本症例では初回手術時,鼠径部に限局した腹腔内の汚染であり,さらに術後30日経過しており,腹腔内に細菌が残存しているリスクは低く,TAPPを施行しても感染リスクは増加しないと考えた.また,初回手術で臍を中心とした小開腹を行っており,TEPを選択しても1stポートの挿入に難渋が予測されること,初回手術時に腹腔内汚染が鼠径部に限局しており癒着も認めなかったこと,十分に洗浄を行ったこと,当科が鼠径部ヘルニアに対して通常TAPPを標準術式としていることなどから,本症例ではTAPPを選択した.
二期的腹腔鏡下ヘルニア修復術は初回手術時間の短縮や手術侵襲の低減が可能であり,定期手術として二期目手術を行うことからヘルニア修復をより確実に行えることがメリットとして考えられる.また,末永ら1)の報告によれば腸管切除を伴う鼠径部ヘルニア嵌頓症例で組織縫合法を施行した16症例のうち3症例(19%)で創感染が合併症として発生している.初回手術時に穿孔が起こっている鼠径部を操作しないため,創感染のリスクを低減させることができる可能性もある.以上より,一期目手術時に腹腔内汚染を伴う場合,抗凝固薬を内服している場合,あるいは全身状態が安定しない場合などのハイリスクなヘルニア嵌頓症例に対して一つの有用な選択肢になりうると考えられた.一期的な組織縫合法と二期的腹腔鏡下ヘルニア修復術の適応をどのように判断していくかを検討することが今後の課題であり,症例を集積し,さらに議論をしていく必要があると考えられた.
利益相反:なし