2017 Volume 50 Issue 8 Pages 673-679
症例は35歳の女性で,発熱,腹痛,下痢が出現したため近医受診し血液検査所見にて炎症反応の著明な上昇を認めた.CT・MRIで左横隔膜下に内部ガス像を伴う約10 cm大の囊胞性病変を指摘され,横隔膜下膿瘍と診断された.経皮的ドレナージが施行されたが内容物は粘液であり,細胞診でClass IIIaと診断されたため精査加療目的に当科へ紹介された.臨床経過および画像所見から膵粘液性囊胞腫瘍(mucinous cystic neoplasm;以下,MCNと略記)の感染と診断し手術加療を施行した.術中所見では囊胞壁と結腸の間に強い癒着を認め脾合併膵体尾部切除,横行結腸合併切除を施行した.切除標本では囊胞壁と腸管に瘻孔を形成しており,病理組織学的には上皮下間質に卵巣様間質を認めMCNと診断された.MCNは破裂や穿孔の報告はまれであり,腸管との瘻孔形成の報告は認めなかった.自験例では囊胞の増大による圧迫が原因で結腸と瘻孔を生じ,感染から急性腹症を生じた極めてまれな症例と考えられたので報告する.
膵粘液性囊胞腫瘍(mucinous cystic neoplasm;以下,MCNと略記)は比較的まれな疾患であり,malignant potentialを有することから切除の適応である.また,破裂や穿孔の報告は少なく,消化管との交通を認めることは極めてまれである1).今回,我々は急性腹症で発症し,結腸との瘻孔を生じたMCNの1例を経験したので報告する.
症例:35歳,女性
主訴:発熱,腹痛,下痢
既往歴:特記事項なし.
現病歴:突然の発熱,腹痛,下痢を主訴に近医を受診した.腹部超音波検査で左横隔膜下に約10 cm大の囊胞性病変を指摘され,CTでは内部ガス像を伴う隔壁様構造を認めた.血液検査所見でWBCの増加は認めなかったが,CRP 18.0 mg/dlと著明な上昇を認めたため,横隔膜下膿瘍の診断で経皮的ドレナージを施行された.内容液は粘液であり,細胞診でClass IIIaと診断されたため,囊胞性腫瘍が疑われ,ドレナージ施行22日後に精査加療目的で当科紹介された.
入院時現症:身長148 cm,体重40 kg.左季肋部に軽度の圧痛を伴う手拳大で弾性硬の腫瘤を触知した.
入院時血液検査所見:炎症所見,腫瘍マーカーの上昇などなく明らかな異常所見はなかった.
腹部CT所見:左横隔膜下に膵尾部から連続し,内部にガス像を伴う多房性の囊胞性病変を認め,隔壁の一部は厚い被膜を有し造影効果を認めた.ドレナージ造影にて他の小胞との交通は認めなかった(Fig. 1).
(a)(b) Plain CT scan demonstrates multilocular cysts in the left upper quadrant of the abdominal cavity with air density. (c)(d) The contrast enhanced CT demonstrated a large, heterogenously low density lesion from the pancreas tail. A part of the cystic wall was thick and enhanced. (e) Contrast injection, showed no other locular communication.
腹部MRI所見:結腸脾彎曲に接して一部境界不明瞭な多房性の囊胞性病変を認め,T2強調像で内部は高信号,被膜や隔壁は低信号を示した.また,MRCP所見では囊胞内容液が異なった信号強度(ステンドグラス像所見)を呈した(Fig. 2).
(a)(b) T2-weighted MR image demonstrates multilocular cysts adjacent to the splenic flexure (arrow), and the wall and the partition showed a low intensity. (c) 3D-MRCP demonstrates that signal intensity was different among these cysts (stained glass appearance).
以上より,膵尾部に連続する厚い被膜を有したオレンジ状の多房性囊胞性病変であり,ドレナージ内容液が粘液であったこと,また急な発熱と腹痛で発症し,CRPの上昇と囊胞内部にガス像を認めたことからMCNの感染と診断し手術加療の方針とした.
手術所見:上腹部正中切開で開腹すると左上腹部に脾臓,胃および結腸を圧排する10 cm大の囊胞性病変を認めた.囊胞は表面平滑,境界明瞭で膵体部から連続しており,膵尾部から発生した腫瘍と考えられた(Fig. 3a).リンパ節郭清(D2)を伴う脾合併膵体尾部切除術を施行したが,結腸脾彎曲部は囊胞壁と強固に癒着し剥離が困難であり,浸潤の可能性を否定できず合併切除した(Fig. 3b).
Operative findings of distal pancreatectomy and partial resection of the transverse colon. (a) The cyst was located in the pancreas tail. (b) We observed severe adhesion between the cystic wall and colon (arrow).
摘出標本肉眼所見:10×9 cmの多房性囊胞性病変であり,重量は878 gであった.内部には多量の透明な粘液が充満し,囊胞壁と腸管に瘻孔を形成していた(Fig. 4).
The resected specimen shows that the tumor size is 90×80 mm (a) and its cut surface shows that the tumor is a multilocular cyst containing clear mucoid material (b).
病理組織学的検査所見:単層の粘液性上皮で覆われた大型多房性囊胞を認めた.上皮下間質には卵巣様間質(ovarian-type stroma;以下,OSと略記)を認め,低異型度であったため膵粘液性囊胞腺腫(mucinous cystadenoma;以下,MCAと略記)と診断した(Fig. 5).また,結腸壁と瘻孔を形成しており,結腸内腔にMCA由来の低異型度上皮を認めた(Fig. 6).
The cysts are lined by columnar mucin-producing epithelium (a) with prominent underlying ovarian-type stroma (b), and we finally diagnosed mucinous cystadenoma (MCA).
(a)(b) Histopathological images and the schema, showing fistula from the MCA to colic lumen. Atypical epitheliums, which is considered to have originated from the MCA, are sporadically found in the sites of the fistula tract and colic lumen. (c) Histological finding of the site of circle 3 in diagram b is shown.
術後経過:経過良好であり,術後10日目に退院した.術後3年経過した現在も再発を認めていない.
MCNは膵外分泌腫瘍の2~5%を占める比較的まれな腫瘍であり,1978年にCompagnoら2)により臨床病理学的特徴が初めて報告された.本症は40代~50代の女性に多く,厚い共通の被膜とcyst-in-cystの内部構造を呈するオレンジ状の形態が特徴で,95%が膵体尾部に局在し主膵管との交通はまれである3).また,1996年のWHO分類4),1997年のArmed Forces Institute of Pathology(AFIP)5)でMCNの特徴的な病理組織所見として卵巣様間質(ovarian-type stroma;OS)の存在が挙げられ,その後2010年のWHO分類6)によりOSを有することがMCNの定義とされたことで疾患概念が整理された.MCNの異型度は良性から悪性の浸潤癌まで多様であり,2012年版IPMN/MCN国際診療ガイドラインでは,WHO分類に準じてcarcinoma in situ(CIS)という用語を破棄し,同程度の異型度をhigh-grade dysplasiaと定義し,浸潤癌のみを悪性と定義している7).一方で同ガイドラインは,MCNの浸潤癌の頻度は15%未満と低く,直径4 cm未満で壁在結節のないMCNに悪性例の報告はないが,診断時には比較的若年の患者が多く,浸潤癌へ進展するリスクおよび比較的手術侵襲の少ない膵体尾部に多いという特徴から,可能なかぎり外科手術による切除を推奨している.切除術式としては,膵体部あるいはより尾側のMCNに対し,膵実質温存の分節切除術,脾温存の膵尾部切除術または腹腔鏡下膵体尾部切除術などが適応とされている.自験例では腫瘍径が10 cmと大きく,画像上は壁在結節などの悪性を示唆する所見を認めなかったが,術中所見で結腸との癒着を認め悪性の可能性も否定できなかったため,リンパ節郭清を伴う脾合併膵体尾部切除術を施行した.
MCNの鑑別診断には,仮性囊胞,漿液性囊胞性腫瘍(serous cystic neoplasm;以下,SCNと略記),分枝型の膵管内乳頭粘液性腫瘍(intraductal papillary mucinous neoplasm;以下,IPMNと略記)が挙げられる.MCNと仮性囊胞はいずれも線維性被膜を有する囊胞性病変であるが,前者は多房性,後者は単房性であることが多い.さらに,膵実質に慢性膵炎の変化を認めれば仮性囊胞である可能性が高く,背景膵の詳細な観察が重要である.SCNのmacrocystic typeはMCNとの鑑別が問題になる.SCNは多くの場合,病変の一部に数mm大のmicrocystが存在するため,この部分を同定することが重要である.また,SCNの被膜は薄く,小さい囊胞が外側に位置することも鑑別ポイントである.分枝型IPMNは男性に多く,膵頭部,体部に存在することが多い.辺縁凹凸のあるブドウの房状を呈する被膜を有さない囊胞であることがMCNとの鑑別点の第一であり,また主膵管との交通の有無も鑑別点であるが,主膵管との交通がMCNを否定するものではないことには注意する必要がある8)9).
本症での腹痛などの臨床症状の出現頻度は40%程度10)11)とされ急性腹症で発症することはまれである.急性腹症の発症機序としては破裂による腹膜刺激症状が考えられるが,自験例では破裂の所見はなく,囊胞内部にガス像を認めたことから,腸管との瘻孔形成による囊胞内圧の急激な上昇が原因と推察された.医学中央雑誌(期間:1977年から2015年12月,キーワード:「膵粘液性囊胞」,「瘻孔」.会議録を除く)で検索したところ消化管との瘻孔形成例は本邦での報告はなく,瘻孔を破裂に置き換えた検索でも10例12)~21)のみと急性腹症での発症は極めてまれであった.
自験例での大きな特徴は結腸との瘻孔を形成していたことであるが,瘻孔形成の機序として,腫瘍の浸潤と機械的な圧迫が考えられる.自験例では急な発熱と腹痛による発症であり,CRP高値とCTでの囊胞内ガス像から感染が疑われた.また,周囲臓器への圧排所見が高度であり,病理結果では浸潤所見のない低異型度のMCAにもかかわらず腸管との交通を認めたことから,炎症と圧迫による瘻孔形成と考えられた.また,同様の機序での瘻孔形成としては結腸憩室炎が囊胞内に波及する可能性もあるが,自験例では結腸粘膜に明らかな憩室の所見は認めなかったことから否定的であった.
組織学的診断において過去報告例の内訳は,自験例を含む破裂・瘻孔形成例11例中MCAが6例(OSあり6例),膵粘液性囊胞腺癌(mucinous cystadenocarcinoma;以下,MCCと略記)が4例(OSあり2例),分類不能の粘液産生囊胞性腫瘍が1例であった.山雄ら11)の報告によるとMCAの5年生存率98.8%に対して,微少浸潤を含むMCCの5年生存率は62.5%であり予後不良である.また,破裂症例の長期予後は不明であるが,腹膜播種の危険性を考慮すると未破裂症例と比較し予後不良の可能性がある.治療に際しては腹膜播種の可能性を考慮して囊胞壁の損傷と内容液の漏出を避ける手術操作が重要である.自験例では前医において横隔膜下膿瘍の診断で経皮的ドレナージが施行されており,腹膜播種による再発を念頭に置いた慎重な経過観察が必要と考える.
利益相反:なし