2017 Volume 50 Issue 9 Pages 754-761
症例は52歳の男性で,腹部膨満感を主訴に前医を受診した.造影CTで盲腸から右大腰筋,腸骨筋に連続する5 cm大の囊胞性腫瘍を認めた.下部消化管内視鏡検査で盲腸に隆起性病変を認め,生検結果は腺癌であった.虫垂粘液囊胞腺癌,右腸腰筋浸潤と診断され,化学療法の方針となったが手術の希望があり,当院紹介となった.手術は回盲部切除,右大腰筋,右腸骨筋,右大腿神経の合併切除を施行した.病期はpT4b,pN0,pM0,pStage II(大腸癌取扱い規約第8版)であった.術後,右膝関節の伸展障害を認めたが,装具着用,リハビリテーションにて歩行・運動が可能となった.術後20か月間,無再発生存中である.隣接臓器浸潤を伴う局所進行虫垂粘液囊胞腺癌に対する初回治療としての化学療法のエビデンスは乏しく,根治切除可能と判断できれば,拡大手術療法は有効な治療選択肢の一つであると思われた.
虫垂粘液囊腫は比較的まれな疾患であり1),病理組織学的に過形成,粘液囊胞腺腫,粘液囊胞腺癌に分類される2).虫垂粘液囊胞腺癌はときに腹膜偽粘液腫を形成することがあるが,腸腰筋(大腰筋・腸骨筋)へ直接浸潤した症例の根治切除報告は少ない.今回,我々は腸腰筋浸潤を伴う局所進行虫垂粘液囊胞腺癌に対し根治切除を施行した1例を経験したため報告する.
患者:52歳,男性
主訴:腹部膨満感
既往歴・家族歴:特記事項なし.
現病歴:上記主訴のため前医を受診,造影CTで盲腸から右大腰筋,腸骨筋に連続する5 cm大の辺縁造影効果を伴う囊胞性腫瘍を認めた(Fig. 1).下部消化管内視鏡検査で盲腸に隆起性病変を認め,生検結果は腺癌(pap+tub1)であった(Fig. 2).以上より,虫垂粘液囊胞腺癌,右腸腰筋浸潤と診断され,化学療法を行う方針となった.しかし,本人が手術治療を希望したため,手術目的に当院へ紹介となった.
Abdominal CT showed a 5 cm cystic mass (arrows) on the cecum that invaded the right iliopsoas muscle.
Colonoscopy showed a protruding tumor on the cecum, and biopsy material taken from the tumor revealed adenocarcinoma.
入院時現症:右下腹部に鶏卵大の硬結を触れ,軽度の圧痛を認めた.歩行にて右踵部痛を認めた.
入院時血液検査所見:CEA 17.2 ng/ml,CA19-9 472.5 U/mlと上昇を認めたが,その他の血液生化学検査に異常は認められなかった.
腹部造影CT所見:盲腸部から背側へ連続する管状・分葉状の辺縁造影効果を伴う低吸収構造(55×40 mm)を認めた.腫瘍は右大腰筋内へ嵌入し,外側へ連続して右腸骨筋とも広く接しており,右大腰筋・腸骨筋への浸潤が疑われた.尿管,性腺動静脈への浸潤は明らかではなかった.病的リンパ節腫大や播種病変,遠隔転移は認めなかった(Fig. 1).
下部消化管内視鏡検査と生検所見(前医で施行):盲腸の変形あり,同部に粘膜下腫瘍様の隆起性腫瘍を認めた.バウヒン弁や虫垂開口部は視認できなかった(Fig. 2).腫瘍の生検所見で,核の腫大・大小不同・クロマチン増量を示す異型円柱上皮が乳頭状や管状の腺管を形成しており,腺癌(pap+tub1)の診断であった.
注腸造影検査所見(前医で施行):盲腸に約60×40 mmの陰影欠損像を認めた.虫垂は描出されなかった(Fig. 3).
Barium enema examination depicted the tumor as a filling defect (arrows) in the cecum, and failed to depict the appendix.
腹部MRI所見:盲腸にT2強調画像で内部高信号の囊胞性病変を認めた.CTと同様に右大腰筋,腸骨筋との境界が不明瞭であり,浸潤が疑われた(Fig. 4).
Abdominal MRI (a: T1-weighted image, b: T2-weighted image) showed a cystic mass (arrows) on the cecum that invaded the right iliopsoas muscle.
以上より,虫垂粘液囊胞腺癌,右大腰筋,腸骨筋浸潤(大腸癌取扱い規約第8版,V-C,1型,55×40 mm,cT4b(右大腰筋,右腸骨筋),cN0,cH0,cP0,cM0,cStage II)の診断となった.腫瘍は右腸腰筋に浸潤していたが,播種病変や遠隔転移はなく,右腸腰筋合併切除にてR0切除が可能であると考えられた.一方,術後合併症として,大腿神経麻痺(下肢麻痺,膝伸展障害,大腿~下腿内側の知覚障害),右腸腰筋切除による筋力低下(股関節屈曲障害),尿管損傷などが生じる可能性があった.しかし,患者の全身状態が良好であること,上記を説明したうえで患者本人の手術希望があったことから,総合的に判断し,整形外科と合同で手術を行った.
手術術式:回盲部切除術(D3郭清),右大腰筋・右腸骨筋の部分切除,右大腿神経合併切除を施行した.
手術所見:虫垂に5 cm大の硬結性腫瘍を認め,右大腰筋,腸骨筋に浸潤しており,同部をen-blocに合併切除した.さらに,右大腰筋内を走行する右大腿神経がL4-5椎体レベルで腫瘍に巻き込まれており,5 cm長の神経を合併切除した(Fig. 5).右尿管に浸潤は認めなかったが,右性腺動静脈は腫瘍に巻き込まれており,合併切除した.手術時間は212分,出血量は638 gであった.
a: In the operative findings, the tumor of the appendix invaded to the right psoas major muscle and right femoral nerve (arrowhead). b: After removal of the tumor: The right psoas major muscle stump is indicated by yellow arrowheads. The right ureter and right common iliac artery are indicated by a white arrowhead and black arrowhead, respectively.
切除標本所見:虫垂開口部に白色調の隆起性病変を認め,虫垂側内腔に粘液産生が顕著であった.また,右腸腰筋への浸潤を認めた(Fig. 6).
a: Resected specimen obtained by ileocecal resection. b: Cut section A; The tumor invaded the right iliopsoas muscle (arrows). Cut section B; The right femoral nerve was involved in the tumor (arrowheads).
病理組織学的検査所見:豊富な粘液内に核腫大・濃染を示す異型細胞が腺管状,小集塊状に増殖する粘液癌の所見であった.病変が虫垂側を主体に観察されることから虫垂原発の粘液囊胞腺癌と診断された.また,合併切除された大腿神経間へ腺癌細胞の浸潤を認めた(Fig. 7).郭清リンパ節に転移は認めず(#201(0/6),#202(0/7),#203(0/3),#211(0/3)),近位側,遠位側切離端,外科剥離面はいずれも陰性であった.病期はpT4b,ly1,v1,PN1b,pN0,pM0,pStage II(大腸癌取扱い規約第8版)であった.
a: Atypical cells with densely stained and enlarged nuclei proliferated in the mucus, indicating mucinous adenocarcinoma (HE stain; bar scale 50 μm). b: Tumor cells (arrowheads) infiltrated the femoral nerves (arrows) (HE stain; bar scale 200 μm).
術後経過:術後経過は概ね良好であった.右大腿神経切除と右腸腰筋部分切除による右大腿内外側~下腿内側部の知覚低下,右膝伸展障害(徒手筋力テスト:右膝関節伸展0/5,右膝関節屈曲3/5,股関節屈曲2/5,その他5/5,可動域制限はなし)を認めたが,膝関節装具着用,リハビリテーションを施行し,日常歩行可能となり,術後33日目に退院した.右下腿知覚麻痺についてはメコバラミン投与にて改善傾向を認めた.退院後2か月でゴルフなどの運動が可能となった.ハイリスクStage IIとして,外来補助化学療法(UFT/LV)を半年間施行し,術後20か月間無再発生存中である.
虫垂粘液囊腫は,Rokitansky3)が報告して以来本邦でも散見されるが,発生頻度は虫垂切除例の0.08~4.1%とまれな疾患である1).本邦ではHigaら2)の分類がしばしば用いられ,過形成(mucosal hyperplasia),粘液囊胞腺腫(mucinous cystadenoma),粘液囊胞腺癌(mucinous cystadenocarcinoma)に分類される.一方,WHO分類では虫垂粘液産生腫瘍は全て悪性腫瘍(adenocarcinoma)として取扱い,明らかな細胞異型を伴うmucinous adenocarcinoma(MACA)とそれ以外のlow-grade appendiceal mucinous neoplasm(以下,LAMNと略記)に分類される4).大腸癌取扱い規約第8版ではWHO分類との整合性を考慮し,LAMNが新たに分類された.粘液囊胞腺腫の大部分と粘液囊胞腺癌の一部がLAMNに該当すると思われる5).虫垂粘液囊胞腺癌の転移様式は,血行性,リンパ行性転移はまれであり2)6),直接浸潤の報告も少ないが,虫垂が穿孔し腫瘍細胞と粘液が腹腔内に散布されると腹膜偽粘液腫を来すことがある.その予後は不良であり,5年生存率は53~75%,10年生存率は10~32%と報告されている7)8).
臨床症状に関しては,中村ら9)は,右下腹部腫瘤,右下腹部痛,腹部膨満の順に多いとされているが,特異的な症状はない.検査では,CTが診断において重要であり,Bennettら10)は,70症例の検討で,虫垂内腔が13 mm以上に拡張した所見を認めた場合は虫垂粘液囊胞腺腫を疑うことができると報告している.注腸造影検査では虫垂は造影されず,盲腸の外圧排像を呈する11).下部消化管内視鏡検査ではvolcano sign12)(粘膜下腫瘍様隆起とその中心に虫垂開口部を認める)や虫垂開口部からの粘液漏出13)も有用な所見である.これらの所見により,近年では術前診断が可能となってきているが,早期の場合,虫垂内に病変がとどまるため,病変を直接観察し生検することが困難であり,術前診断できないことも多い.本症例では,下部消化管内視鏡検査で盲腸の変形があり,虫垂開口部は観察できなかったが粘膜下腫瘍様の隆起性病変を認め,同部より生検可能であった.また,CTで虫垂を同定できなかったが,盲腸に囊胞性病変を認め,総合的に判断し虫垂粘液囊胞腺癌の腸腰筋浸潤と術前診断した.
虫垂粘液囊腫の治療は,良悪性にかかわらず腹膜偽粘液腫を発症する可能性があり,診断後,早期の切除が必要とされている.術式選択についてはいまだcontroversialだが14),過形成,腺腫では虫垂切除術,盲腸部分切除で十分であり,腺癌にはリンパ節郭清を伴う回盲部切除または右半結腸切除の方が予後良好であると報告がされている15).しかし,本症例のような腸腰筋に浸潤した局所進行虫垂(粘液囊胞腺)癌16)~19)はまれであり,一般大腸癌の場合も含め腸腰筋や大腿神経の合併切除における適応基準や予後の報告は少なく,その治療法は確立していない.虫垂粘液囊胞腺癌の他臓器浸潤例20)~22)の報告も散見されるが,その手術適応や予後について詳細に言及されていない.しかし,手術療法においては術中操作で穿破し,腹膜偽粘液腫に至ることもあるため,浸潤臓器をen-blocに切除することが肝要であると思われる.
大腿神経は第2~4腰神経前枝の後区画に始まり,大腰筋を下外側に通り抜け,大腰筋と腸骨筋の間の溝を下行し,その間両筋へ枝を出し,次に,鼠径靭帯の下を通って大腿三角内の大腿血管鞘の外側を走行する23).大腿神経は,股関節屈曲,膝伸展を支配しており,歩行に重要な神経である.また,大腿~下腿内側の知覚を司っている24).そのため,大腿神経を損傷すると股関節屈曲障害,膝伸展障害,大腿~下腿内側の知覚障害が生じる可能性があり,また,腸腰筋切除では直接の筋力低下がみられ,歩行障害が生じる可能性がある.腸腰筋に浸潤した大腸癌の報告25)~29)は散見され,腸腰筋を合併切除した症例25)29)では術後の歩行障害や下腿の知覚障害を認め,8年の長期生存は得られたものの,その間のリハビリテーションを要したとの報告もある29).以上により,遠隔転移がなく,浸潤臓器の合併切除にて予後向上が期待されること,合併切除による機能喪失の可能性を患者に十分理解いただいたうえで,手術適応を判断する必要がある.本症例では,腸腰筋合併切除,大腿神経合併切除にて根治が期待され,また,術後,歩行障害を来すこと,下肢装具やリハビリテーションが必要になることを十分に説明したうえで手術を施行した.
一般的な大腸癌は他の消化器癌と比べ局所の進展傾向が強く,隣接臓器への浸潤を伴う症例が多いとされ,その頻度は10~20%とされている30)31).肉眼的他臓器浸潤大腸癌の予後については,周囲臓器の積極的な合併切除により,良好な成績が得られており30)32)~36),金城ら36)は,遠隔転移を有さない症例では,R0切除がfStage IIで98.0%,fStage IIIで100%と高い割合で施行され,5年生存率はfStage IIで84%,fStage IIIで69%と良好であったと報告している.また,遠隔転移を有する症例に関しても,転移巣を含めて完全に切除すると長期生存が期待できると報告されている30)~34)36).一方,切除不能大腸癌に対する化学療法の治療成績は,5-FUとオキサリプラチンやイリノテカンの併用療法,そして,抗VEGF抗体や抗EGFR抗体といった分子標的薬の登場により近年改善しており,化学療法が奏効した結果,約40%が切除可能となるとの報告もある37).以上のことから,肉眼的他臓器浸潤大腸癌では,遠隔転移も含め積極的な合併切除を行うこと,また,化学療法などにより局所,遠隔転移をコントロールし根治切除に持ち込むことが,予後向上につながると考えられる.一方で,浸潤部位によっては骨盤内臓全摘術や仙骨合併切除が必要となり,術後合併症やQOLの低下が危惧されるため,十分なインフォームドコンセントを行い,手術治療を行う必要がある.
虫垂癌の化学療法については,National Comprehensive Cancer Network(以下,NCCNと略記)Guidelines38)に記述があるもののエビデンスに乏しく,化学療法を行う場合は大腸癌に準じた5-FUベースのプロトコールが行われているのが現状である.National Cancer Data Base(NCDB)を用いた虫垂癌11,871人(粘液を伴う症例が半数)の解析においても,5-FUベースの術後補助化学療法はStage I~III症例の全生存期間(overall survival;以下,OSと略記)を改善するものの,Stage IV症例のOSを改善させなかったと報告39)している.本邦においては大腸癌に対する術前補助化学放射線療法は標準療法として位置づけされていないが,NCCN Guidelines38)では,fixed structureに浸潤するT4病変に対しては5-FUベースの術前または術後の化学療法,および放射線療法が推奨されており,近年では局所進行結腸癌に対してFOLFOX+抗EGFR抗体などの術前化学療法が奏効したという報告もある25)26).直腸癌に対する術前化学放射線療法のエビデンスが蓄積されており40),局所進行虫垂粘液囊胞腺癌においても,down-stagingや遠隔再発予防目的の術前・後の補助化学療法や放射線療法は治療戦略の一つとして考慮されるべきであり,術前補助化学療法や放射線療法の適応を検討する必要があると思われる.
今後,局所進行虫垂囊胞腺癌に対する拡大手術療法の適応や術前補助療法の有効性に関する検討は必要であるが,本症例のように遠隔転移や腹膜播種病変を認めない場合,根治切除を目指した拡大手術療法は有効な治療選択肢の一つであると思われた.
利益相反:なし