2018 Volume 51 Issue 1 Pages 81-85
症例は89歳の女性で,2日前から嘔吐で前医に入院していた.イレウスと診断され,イレウス管を留置したが,状態改善なく撮影したCTで右上腹部にloop状の小腸を認め当院に緊急搬送となった.右横隔膜ヘルニアの囊内に拡張小腸を認め,右横隔膜ヘルニア嵌頓と判断し同日緊急手術を行った.腹腔鏡下で観察したところ,肝鎌状間膜の異常裂孔に小腸が嵌頓し,その嵌頓小腸が右横隔膜ヘルニア内に納まっている状態であった.嵌頓していた小腸はviabilityがあり切除を要しなかった.腹腔鏡下で異常裂孔を開放し,右横隔膜ヘルニアをメッシュ留置し修復した.肝鎌状間膜ヘルニアの場合は,異常裂孔の開放が基本となっており手術手技は比較的簡便である.特に本症例のように,手術歴のない症例では腹腔鏡下手術は有用であると考えられた.
肝鎌状間膜ヘルニアは内ヘルニアの中でも,極めてまれな疾患である.多くは嵌頓で見つかるため,緊急手術の適応となり,近年増加傾向でもある1).
基本的な治療方針は,肝円索を含む肝鎌状間膜切開による異常裂孔の開放もしくは閉鎖と,嵌頓腸管が壊死している場合はその切除である.そのため摘出臓器もなく腹腔鏡下の手術の良い適応である可能性があるが,術前診断が難しいこと,さらにイレウスを合併することが多いため腹腔内のスペース確保が難しいことから腹腔鏡下修復の報告は少ない.
今回,我々は腹腔鏡下で修復しえた症例を経験したので文献的考察を加え報告する.
患者:89歳,女性
主訴:嘔吐
既往歴:大動脈弁狭搾症,脳梗塞後,右横隔膜ヘルニア,食道裂孔ヘルニア
現病歴:1か月前に失神での搬送歴あり,その際に腹部CTにて右横隔膜ヘルニアおよび食道裂孔ヘルニアを認めたが,ほぼ寝たきりの状態の方であり経過観察となっていた.
2日前からの嘔吐のため他院入院中であったが,経過観察での改善乏しかった.CT撮影し,右上腹部のloop状の拡張小腸を認めたことから絞扼性イレウスの疑いで当院救急搬送となった.
当科紹介時現症:身長148.0 cm,体重42.9 kg,体温36.5°C,血圧140/70 mmHg,脈拍70回/分,前医でイレウス管留置され嘔気は消失した.腹部:平坦,軟,自発痛および圧痛なし.
血液検査所見:CRP 1.82 mg/dl,WBC 8,300/μl(好中球分画80.2%)と軽度の炎症反応上昇を認めた.Cr 1.16 mg/dl,BUN 42 mg/dlとBUN有意の腎機能悪化を認めた.
単純CT所見:右上腹部の横隔膜上の部分にloop状の小腸拡張あり(Fig. 1a),横隔膜レベルでの口径差(Fig. 1b)を認めた.周囲の腹水は認めなかった.肝円索はヘルニア門より下で確認可能(Fig. 1a矢印)であった.
CT findings. a) Axial view: There is a dilated small intestine beyond the right diaphragm (*). The falciform ligament is detected below the diaphragm (arrow). b) Coronal view: The caliber change sign (arrows) is seen at the diaphragm level. The falciform ligament is detected.
腎機能を考慮し,追加の造影CTによる嵌頓腸管の血流評価は行わなかった.右横隔膜ヘルニア嵌頓の術前診断と考えた.
手術所見:臍部にopen法で12 mmポートを留置した.腹腔内を観察すると,腹水は認めず,右上腹部の拡張腸管も鬱血はあるものの明らかな壊死は認めない状態であった.
鎖骨中線右側腹部に12 mm,前腋窩線右側腹部に5 mm,鎖骨中線右側腹部に5 mmの計4ポートでの手術とした.
右横隔膜ヘルニア囊内には,術前CT通り小腸を認めるものの,嵌頓しておらず,肝鎌状間膜にできた異常裂孔へ小腸が患者左側から右側へと入り込み絞扼していたことが原因であった(Fig. 2a).嵌頓を解除し,肝鎌状間膜を開放した(Fig. 2b).右横隔膜ヘルニアがあることにより肝鎌状間膜が牽引されたことが裂孔形成の一因の可能性があると考え,頭尾側方向に単純縫縮のうえで,ParietexTM Composite(PCO)Meshを用いて横隔膜を覆い,右横隔膜ヘルニア修復術も行った(Fig. 2c~e).
Operative findings. a) Small intestine incarcerated through the falciform ligament from the left to right. b) The falciform ligament was divided to open the hernia ring. c) Ring of diaphragmatic hernia. d) After suturing of the diaphragmatic hernia ring. e) After repair of the diaphragmatic hernia.
術後経過:経過は良好で3日目より経口摂取を再開した.嚥下リハビリを行いつつ食事形態をアップし術後11日目に紹介元に転院した.
肝鎌状間膜ヘルニアは非常にまれであり,医学中央雑誌(期間1977~2017年2月,キーワード;「肝鎌状間膜」,「ヘルニア」)の検索の結果,本邦では11例の報告を認めた(Table 1)2)~12).うち,腹腔鏡下での修復は2例のみ7)11)であった.
No. | Author/Year | Age | Sex | Cause | Operation | Procedure to defect | Intestinal necrosis |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Takahashi2)/1983 | 14 | M | congenital | laparotomy | open | − |
2 | Tachi3)/1987 | 16 | F | congenital | laparotomy | open | − |
3 | Sato4)/1996 | 27 | F | pregnancy | laparotomy | open | − |
4 | Imamura5)/1997 | 27 | F | congenital | laparotomy | open | + |
5 | Deguchi6)/1997 | 34 | M | congenital | laparotomy | open | + |
6 | Kobayashi7)/1999 | 22 | M | congenital | laparoscopy | open | + |
7 | Nishihira8)/2000 | 0 | M | congenital | laparotomy | open | − |
8 | Kato9)/2008 | 81 | M | congenital | laparotomy | open | − |
9 | Konishi10)/2014 | 65 | M | iatrogenic | laparotomy | open | − |
10 | Okumura11)/2015 | 67 | M | iatrogenic | laparoscopy | suture | − |
11 | Miki12)/2016 | 76 | M | iatrogenic | laparotomy | suture | + |
12 | Our case | 89 | F | acquired | laparoscopy | open | − |
肝鎌状間膜ヘルニアの病態の主体は,肝鎌状間膜に生じる異常裂孔または陥凹に臓器が入る内ヘルニアである.
裂孔の形成原因としては,先天性の肝鎌状間膜形成不全が主だが,後天的な因子として,妊娠など腹圧上昇による鎌状間膜の過伸展や,腹腔内手術歴による医原性の報告もある.本症例では,腹部手術歴もなく,妊娠の既往はあるものの発症の50年前と期間が空いていた.右横隔膜ヘルニアを認めていたことから,そのヘルニア囊の増大により臍部とヘルニア囊の頂点で肝鎌状間膜が牽引されたため,裂孔が形成された可能性がある.
嵌頓例も多く,術前診断が重要となるが,肝鎌状間膜自体のCTでの確認は困難なため,嵌頓腸管やヘルニア囊内に貯留した腹水を縁取る線状陰影が重要な徴候とされる.本症例では,従来から認めていた右横隔膜ヘルニア部分に嵌頓腸管が納まっていたこと,周囲の液体貯溜を認めなかったことで,画像上の特徴とされる肝鎌状間膜の輪郭の縁取り12)は認めづらく術前診断は困難であった.
術前診断は横隔膜ヘルニア嵌頓であったが,嵌頓した小腸の周囲に腹水がないこと,腹痛を認めないこと,CT上の壁の欠損がないことから,腸管壊死を積極的に疑わず,腹腔内手術歴もないため,腹腔鏡手術を選択することができた.嵌頓腸管は,腹腔鏡下に整復可能であり,かつ肝鎌状間膜の切開も十分に腹腔鏡下で可能であった.
特に,上部小腸の嵌頓であり腸管拡張が限局しており腹腔内のスペースが確保可能である症例や,嵌頓腸管が壊死まで至っていないと予想される症例では,腹腔鏡手術の有用性は高いと考えられた.
利益相反:なし