The Japanese Journal of Gastroenterological Surgery
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CASE REPORT
Transhepatic Approach for Laparoscopic Caudate Lobectomy
Susumu MiuraAkira ArimotoYuki MochidaAkio NakajimaAkira Mori
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2018 Volume 51 Issue 3 Pages 179-186

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Abstract

症例は60歳の男性で,B型慢性肝炎の既往がある.造影CTにて尾状葉下大静脈部を中心とする2.7×2.5 cmの結節を認め,肝細胞癌と診断された.経肝アプローチによる尾状葉切除術を選択した.拡大視効果でより精緻な手術ができる腹腔鏡下手術を選択した.肝右葉と肝左葉を授動した後,下大静脈前面で右,中・左肝静脈以外の静脈枝を全て切離した.Cantlie線で肝切離を開始した.中肝静脈の右縁から背側をまわって,Arantius管まで肝切離を行った.次に右肝静脈の左縁から背側を露出するように頭側から肝切離を行った.肝門部で尾状葉に分岐するGlisson枝を全て処理した.尾状葉突起部右縁の変色域に沿って尾側から肝切離を行った.最後に残った尾状葉下大静脈部と後区域の間の肝実質を切離して標本を摘出した.本術式は肝門部や下大静脈周囲で特に良好な視野が得られた.しかし,手術時間や出血量については今後改善の余地がある.

はじめに

肝腫瘍に対する腹腔鏡下肝切除術の報告は増えてきたが,腹腔鏡下尾状葉切除術に関する報告は少ない1)2).今回,我々は肝尾状葉下大静脈部の肝細胞癌に対して経肝アプローチ(前方アプローチ)による腹腔鏡下尾状葉切除術を施行した症例を経験した.尾状葉切除術に対する腹腔鏡下手術の報告は少ないが,拡大視効果により精緻な手術が可能である.特に肝門部や下大静脈周囲では開腹手術より良好な視野を得ることができると考えられたので報告する.

症例

患者:60歳,男性

主訴:特記すべき事項なし.

既往歴:B型慢性肝炎,糖尿病,高血圧

家族歴:特記すべき事項なし.

現病歴:B型肝炎ウィルスキャリアであり,定期検診の腹部超音波検査で肝尾状葉下大静脈部に約3 cmの腫瘤を指摘されて当院を紹介された.

血液検査所見:T-Bil 0.3 mg/dl,AST 43 IU/l,ALT 65 IU/l,Alb 4.6 mg/dl,PT 100%,ICG15分値 8.0%,Child-pugh分類A,肝障害度Aであった.HBs抗原は陽性,HBs抗体は陰性,HBe抗原は陰性,HBe抗体は陽性,HBc抗体は陽性であった.AFPは32.2 ng/ml,PIVKAは1,386 mAU/mlと上昇していた(Table 1).

Table 1  Blood examination
Peripheral blood count ​ CRP 0.6​ mg/dl Tumor markers
​WBC 4,340​/μl ​ Alb 4.6​ mg/dl ​AFP 32.2​ ng/ml
​RBC 487×104​/μl ​ LDH 157​ IU/l ​PIVKA 1,386​ mAU/ml
​Hb 15.7​ mg/dl ​ ChE 427​ IU/l Virus inspection
​Ht 44.6​% ​ BUN 13.4​ mg/dl ​HBs antigen 1,085.9​ IU/ml
​Plt 17.3×104​/μl ​ Cre 0.73​ mg/dl ​HBs antibody 0.1​ IU/ml
Biochemistry ​ Na 141​ mEq/l ​HBe antigen 0.3​ C.O.I
​AST 43​ IU/l ​ K 4.7​ mEq/l ​HBe antibody 71.70​%
​ALT 65​ IU/l ​ Cl 104​ mEq/l ​HBc antibody >200​ C.O.I
​T-Bil 0.3​ mg/dl ​Blood coagulation
​ALP 198​ IU/l ​ PT 100​%
​γ-GTP 75​ IU/l ​ APTT 29​ sec

腹部造影Angio CT所見:尾状葉下大静脈部を中心とする2.7×2.5 cmのCT hepatic arteriography(CTHA)で中心部が高吸収,辺縁部が低吸収を呈し,CT during arterial portography(CTAP)で全体が低吸収を呈する結節を認めた.肝細胞癌として矛盾のない所見であった.腫瘍は3本の肝静脈と左右のグリソンに囲まれて存在していた(Fig. 1).

Fig. 1 

a) Angio CT reveals a 2.7×2.5 cm tumor in the paracaval portion of the caudate lobe. The tumor is enhanced on CT hepatic arteriography (CTHA). b) Filling defects are observed on CT during arterial portography (CTAP). c) 3D CT image of tumor position and hepatic veins and Glissonian sheath. The tumor is surrounded by three hepatic veins (left, middle and right) and two Glissonian sheaths (left and right). We used the SYNAPSE VINCENT 2 (VINCENT, hereafter) of Fujifilm. d) 3D CT image from the caudal side.

治療方針:尾状葉下大静脈部から前区域に突出した腫瘍で(Fig. 1),高位背方アプローチでは切除が困難であると判断して,経肝アプローチ(前方アプローチ)による尾状葉切除術を選択した.

腹腔鏡下手術では肝門部や下大静脈周囲を正面に直視することができ,良好な視野が得られる.手術に参加するメンバーの経験や技術を考慮し,安全性を十分に検討したうえで本例では腹腔鏡下手術を選択した.倫理的な審議を十分に行ったうえでインフォームド・コンセントを実施して手術の同意を得た.患者や家族には開腹手術を行う選択肢も提示したうえで,それぞれのメリットとデメリットを十分に説明した.

手術所見:左半側臥位にてトロッカーを6本挿入した(Fig. 2).肝右葉を授動した後,右側から下大静脈にアプローチして右下肝静脈と短肝静脈を切離,右下大静脈靭帯を切離した.肝左葉を授動した後,Arantius管を切離した.尾状葉と下大静脈の間を剥離,左下大静脈靭帯を切離した.左右からのアプローチで下大静脈前面の右,中・左肝静脈以外の静脈枝を全て切離した.肝門部で左右のGlisson鞘をそれぞれテーピングした.Pringle法を併用しながら,Cantlie線に沿って肝実質切離を開始した.肝実質切離には主に超音波凝固切開装置と超音波外科吸引装置を用いた.V5,V8を切離して中肝静脈の右縁を全長にわたり露出した後,その背側をまわり,Arantius管に向けて肝切離を行った(Fig. 3a).術中超音波検査で肝切離面の右側に腫瘍を確認した.次に右肝静脈の左縁から背側を露出するように頭側から肝実質切離を行った(Fig. 3b).肝門部で左右のGlisson鞘から尾状葉に直接分岐するGlisson枝を全て切離した(Fig. 3c).尾状葉突起部右縁の肝臓の変色域に沿って尾側から肝実質切離を行った.最後に残った尾状葉下大静脈部と後区域の間の肝実質を切離して尾状葉を切除した(Fig. 3d, 4).ドレーン1本を肝切離面に挿入した.手術時間は9時間50分,出血量は1,845 mlであった.輸血は施行しなかった.

Fig. 2 

Trocar placement.

Fig. 3 

a) Liver resection is performed at the Cantlie line, exposing the right and dorsal side of the middle hepatic vein (MHV), and continuing toward the Arantius duct. b) Liver resection is performed, exposing the left and dorsal side of the right hepatic vein (RHV). RHV is identified at the front of the inferior vena cava (IVC). c) Glissonian sheath of the caudate lobe is cut at the porta hepatis. d) View after removal of the specimen.

Fig. 4 

Schema after removal of the specimen.

病理組織学的検査所見:病理診断は肝硬変を背景とした原発性肝細胞癌であった(Fig. 5).C,St,3.0×2.5×2.0 cm,H2,Eg,Fc(+),Fc-inf(−),Sf(+),S0,N0,Vp0,Vv0,Va0,B0,P0,SM(−),背景肝はF4(LC)であり,最終診断はT2 N0 M0 Stage IIであった.

Fig. 5 

a) Resected specimen. b) Whole area of histological sections of the resected specimen. c) Microscope image ×12. Histological diagnosis is hepatocellular carcinoma. d) Microscope image ×40.

術後経過:術後経過は良好で術後10病日にドレーンを抜去した.合併症は認められず,術後12病日に退院した.退院後の晩期合併症による再入院はなかった.術後1年以上経過しているが,肝切離面の断端再発は認めなかった.

考察

腹腔鏡下肝切除術は開腹肝切除術と比較すると手術時間は有意に長くなるが,出血量,合併症頻度,在院日数において優れている3).また,肝細胞癌に対する腹腔鏡下肝切除術の長期成績は開腹肝切除術と差を認めず4),大腸癌肝転移に対する腹腔鏡下肝切除術の長期成績も開腹肝切除術と同等であることが示された5).また,腹腔鏡下肝切除術では出血コントロールが重要であるが6),気腹圧を上げるとCO2塞栓のリスクがあるため,注意が必要である7)

肝腫瘍に対する腹腔鏡下肝切除術は増加傾向にあるが,腹腔鏡下尾状葉切除術に関する報告は少ない1)2).今回,我々は肝尾状葉下大静脈部を中心とした肝細胞癌に対して経肝アプローチ(前方アプローチ)で腹腔鏡下尾状葉切除術を施行した症例を経験した.

肝尾状葉は右,中・左肝静脈と左右のGlisson鞘に囲まれ,下大静脈にも接している.尾状葉の門脈枝は左右門脈の第一次分枝から直接分岐して,静脈枝は下大静脈に直接流入している.このように尾状葉は脈管に囲まれており,栄養血管の同定も困難であるため,ラジオ波焼却術や肝動脈化学塞栓術は困難な場合が多い.しかし,手術による肝切除においても視野が深くなるため,アプローチが難しく,出血も多くなりやすい部位である.

肝尾状葉は一般的にSpiegel部,突起部,下大静脈部に分けられる8).Spiegel部や突起部の腫瘍に対しては尾状葉単独切除術が推奨されるが,下大静脈部の腫瘍に対しては尾状葉単独切除術,肝機能が許せば右葉あるいは左葉との合併切除術が推奨される9).本例では下大静脈部の肝細胞癌でやや右寄りに位置しているため,右葉合併尾状葉切除術または尾状葉単独切除術の適応がある.本例ではICG15分値は8%であり,肝障害度A,Child-pugh分類Aであったため,右葉合併尾状葉切除術も可能であった.しかし,慢性B型肝炎の既往があり,切除肝が68%以上となること,残肝に肝細胞癌の再発があった場合の選択肢が減ることを考慮して,今回は尾状葉単独切除術の方針とした.

尾状葉切除術は高位背方尾状葉切除術10)と経肝アプローチ(前方アプローチ)による尾状葉切除術11)12)がある.本例では下大静脈部を中心とした肝細胞癌でやや前区域方向に突出しているため,肝静脈の下大静脈流入部の視野が良好である経肝アプローチによる尾状葉切除術を選択した.経肝アプローチでは中肝静脈の左縁で肝切離をする場合と,右縁で肝実質切離をする場合がある.どちらを選択するかは肝静脈に流入する静脈枝の有無と腫瘍の位置で決定する13).本例では中肝静脈右縁にV5,V8が流入していたため,中肝静脈右縁で肝実質切離を行った場合は右葉が鬱血する心配があったが,腫瘍の位置を考慮して中肝静脈の右縁で肝実質切離を行った.術後は一過性の肝鬱血を認めたが,肝機能は早期に改善した.

肝尾状葉切除術に対する腹腔鏡下手術の報告はまだ少ないが1)2),尾状葉切除術は開腹手術で行うと視野が深くなり,大きな皮膚切開が必要になる.腹腔鏡下手術では肝臓を尾側から見上げるような視野になるため,肝門部や下大静脈周囲を正面に直視することができ,開腹手術より良好な視野が得られる.また,下大静脈周囲の操作では鉗子の角度も合う場合が多い.我々は肝門部や下大動静脈周囲の視野や操作は開腹手術より優れている点があると考えており,安全性を十分に審議したうえで本例では腹腔鏡下手術を選択した.

しかし,腹腔鏡下手術はトロッカーの動作制限という欠点があるため,肝切離面と超音波凝固切開装置や超音波外科吸引装置などのエナジーデバイスの角度を合わせるのに難渋した.左右の肝臓を十分に授動して肝臓の可動性を良くしておいたうえで,手術台の左右ローテーションと牽引糸や助手の展開を細かく調整することにより,肝切離面を可能なかぎりエナジーデバイスの角度に合わせるように努力した.

また,出血コントロールは腹腔鏡下肝切除術で重要な点である.我々は気腹圧や中心静脈圧の調整,Pringle法の併用,シート状生物学的組織接着・閉鎖剤の準備などを行っており,コントロールの難しい出血に対しては躊躇なく開腹手術に移行するようにしている.本例では術中に大量出血で循環動態が変化することはなく,輸血も必要なかったが,少量の出血が持続して結果として出血量が増加した.術野を変える度に細かく止血する必要があったと考えている.

腹腔鏡下肝切除術においてはしっかりとした技術と経験の裏付けが必要であり13),安全性を十分に審議する必要がある.当科では1998年から腹腔鏡下肝切除術を施行しており,比較的難易度の低い症例から徐々に適応を拡大してきた.腹腔鏡下尾状葉切除を施行するためには開腹手術で尾状葉切除術の十分な経験と腹腔鏡下手術で尾状葉周囲の操作が必要な肝切除の十分な経験が必要と考えている.

肝尾状葉切除術においては尾状葉下大静脈部と右葉との境界を認識するのが困難な場合が多い.本例では尾状葉のGlisson枝を処理したことによる肝臓の変色域を参考に尾状葉の右縁を認識した.

当院における経肝アプローチによる腹腔鏡下尾状葉切除は本例が初めてであり,手術時間が長く,出血量も多くなった.手術時間や出血量については改善の余地があるが,本術式は肝門部や下大静脈周囲では開腹手術より良好な視野が得られ,より精緻な手術ができる可能性が示唆された.トロッカーの動作制限の克服による手術時間の短縮や出血のコントロールなどが今後の課題である.

利益相反:なし

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