2018 Volume 51 Issue 3 Pages 214-221
症例は47歳の男性で,アルコール性の慢性膵炎の急性増悪とそれに伴う十二指腸狭窄に対して当院内科で保存的加療を行い改善した.その後も禁酒を守れず再増悪に対して入院加療を要し,ERCPでは胆管狭窄も認めるようになった.また,左胸腔には膵管胸腔瘻による膵性胸水の貯留も認めるようになり胸腔ドレーン留置による加療を行った.内視鏡的膵管減圧は困難であり,胆管狭窄と膵性胸水の改善を認めなかったため手術の方針とした.慢性膵炎および胆管狭窄に対しては亜全胃温存膵頭十二指腸切除術を施行した.膵体部の膵管胸腔瘻は肉眼的には同定が困難であったが,主膵管断端から残膵の術中造影と色素の注入を行い瘻孔を同定し瘻孔のみの切除が可能であった.慢性膵炎に対する外科治療は根治性と機能温存の両立が重要であるが,本症例では術中造影と色素注入により瘻孔を同定することで瘻孔の切除と残膵の可及的な温存が可能となり有用であった.
慢性膵炎に対する外科的治療は内視鏡的治療の進歩により適応症例は減少傾向にある1).しかし,内視鏡的治療が困難であったり,胆管狭窄,十二指腸狭窄,難治性の貯留囊胞や膵性胸水などの合併症を伴う症例には外科的治療が適応となる1).今回,我々は慢性膵炎に合併した胆管狭窄および膵性胸水を伴う膵管胸腔瘻に対して手術を施行し,良好な経過が得られた症例を経験したので報告する.
患者:47歳,男性
主訴:嘔気,嘔吐,心窩部痛
既往歴:特記事項なし.
家族歴:特記事項なし.
嗜好歴:飲酒 ビール350 mlを6本/日,喫煙20本/日×22年
現病歴:2016年7月頃より心窩部痛を自覚し,9月初旬より嘔気,嘔吐も伴うようになったため近医より精査加療目的に当院に紹介となった.
血液検査所見(内科初診時):WBC 15,300/μl,BUN 27.8 mg/dl,Cre 2.46 mg/dl,Amy 80 IU/l,Lip 1,853 IU/l,HbA1c 5.6%と,急性炎症,急性腎不全所見と,膵酵素の上昇を認めた.
単純CT所見(内科初診時):十二指腸下行脚から膵頭部にかけて腫大を認め(Fig. 1a),胃内残渣貯留が著明であった.膵頭部には粗大な石灰化結石を複数認め,尾側主膵管の拡張と膵体尾部周囲脂肪識濃度の上昇を認めた(Fig. 1b).
First CT showing enlargement of the pancreatic head with calcification and duodenum (a). The pancreas is fluffy and the main pancreatic duct is dilated at the pancreatic body and tail (b).
上部消化管内視鏡検査では,十二指腸下行脚の粘膜に著明な浮腫性変化と内腔の狭小化を認め,スコープ通過は困難であった.以上の所見より,慢性膵炎の急性増悪とそれに伴う炎症性の十二指腸狭窄と診断した.膵炎治療と内視鏡下での十二指腸への胃管留置による保存的加療で軽快し第19病日に退院となった.しかし,その後も禁酒を守れず膵炎の再増悪にて入院加療を要した.初診より3か月後の2017年12月に慢性膵炎の再増悪に対する膵管ステント留置目的に3度目の入院となった.入院時,BUN 13.5 mg/dl,Cre 0.85 mg/dlと腎機能の改善を認めていた.
ERCP所見(第2病日):主膵管は膵頭部で高度に狭窄し尾側膵管は拡張していた(Fig. 2a).膵管狭窄は高度でガイドワイヤーの挿管ができず膵管ステント留置は困難であった.また,下部胆管になだらかな狭窄を認めたため(Fig. 2b),7FrのERBDチューブを留置した.
ERCP showing severe stenosis of the main pancreatic duct at the pancreatic head (a), and smooth stenosis of the distal common bile duct (b).
造影CT所見(第11病日):膵頭部の腫大や主膵管の拡張は改善を認めた(Fig. 3a).また,左胸腔に著明な胸水貯留を認め,左肺はほぼ完全に虚脱していた(Fig. 3b).横隔膜尾側に左胸腔と連続する液体貯留部位を認め胸腔との瘻孔形成が疑われた(Fig. 3c).
Second CT showing improvement of the pancreatic head swelling (a), much of the left pleural effusion, and collapse of almost all of the left lung (b). At the caudal diaphragm, fluid pooling connecting to the left thoracic cavity can be seen (c).
呼吸苦などの自覚症状は認めなかったが,膵管胸腔瘻形成による左胸水貯留を疑い,胸腔穿刺ドレナージ術を施行した.
胸水所見:肉眼的には赤褐色で混濁した滲出性胸水で,Amy 83,461 IU/l,Lip 203,100 IU/lと膵酵素高値であり,膵性胸水と診断した.
胸腔ドレーン留置により左胸水の減少と左肺の拡張を認めた.しかし,絶食管理とするも胸腔ドレーンからの膵性胸水の排液は300 ml/日程度持続していた.再度ERPを施行し膵管ドレナージを試みるが不能であった.その際の造影では下部胆管の狭窄は改善を認めず(Fig. 4a),膵体部から左胸腔への瘻孔が描出された(Fig. 4b).
ERC showing no change of the distal common bile duct stenosis (a). ERP reveals fistula from the pancreatic body to the left thoracic cavity (b).
内視鏡的膵管ドレナージが困難な急性増悪を繰り返す慢性膵炎であり,膵管胸腔瘻と胆管狭窄も合併していることから手術適応と判断した.術式に関しては,機能温存の観点からはFrey手術の適応も考慮したが,炎症が軽快しても改善を認めない胆管狭窄を有し今後狭窄の進行が危惧されたこと,急性炎症時に十二指腸の狭窄も認めていたことなどから根治性を優先し膵頭十二指腸切除の方針とした.膵臓の炎症や石灰化は膵頭部に限局していたため尾側膵は温存し,術中造影で瘻孔が確認できれば瘻孔切除を追加する方針とした.胸腔ドレーン留置より4週間後に手術を施行した.
手術所見:亜全胃温存膵頭十二指腸切除術(subtotal stomach-preserving pancreaticoduodenectomy;SSPPD-IIA)を施行した.膵周囲は炎症により組織の硬化・被膜の肥厚を認め易出血性で剥離困難であった.また,門脈と膵頭部の癒着は高度であったが剥離可能で,門脈上で膵臓を切離し標本を摘出した.膵体尾部移行部の膵管胸腔瘻は肉眼的には確認困難であり,残膵の膵管断端より2.3 mm径の胆石除去用バルーンを挿入し,造影剤とインジゴカルミンの注入による術中造影を施行した(Fig. 5a).造影では膵体部上縁に膵管から連続し頭側へ上行する瘻孔が描出された(Fig. 5b).また,肉眼的にも膵体部上縁にインジゴカルミンで染色された大きさ約10 mmの瘻孔を確認できたためこれを結紮切離した(Fig. 5c).残膵には5Frの膵管チューブを留置し手術終了とした.
Intraoperative injection of indigo carmine and contrast medium in the cut end of the main pancreatic duct reveals the site of the fistula (a, b). We could also identify the fistula macroscopically (c).
肉眼標本所見:主膵管・小膵管内には結石を認め(Fig. 6a),胆管は乳頭部から約2 cmの部位で2 cmの範囲で周囲の線維化により狭窄を認めた(Fig. 6b).
Macroscopic findings of the resected specimen showing stenosis of the common bile duct because of fibrosis caused by progression of chronic pancreatitis (a). In the main pancreatic duct and its branches, pancreatic stones can be seen (b).
病理組織学的検査所見:膵臓の周辺は線維化が高度で胆管や周囲結合組織,十二指腸と線維性の癒着を認めた.膵周辺部は線維化が高度で周囲結合組織に進展し,膵内には小葉間の線維性隔壁形成を認めた.炎症性変化は膵管周囲で目立ち,アルコール性慢性膵炎として矛盾しない所見であった.胆管壁の線維化と膵周囲の線維化は連続しており慢性膵炎に伴う線維化の進展に伴う狭窄と考えられた.標本内には明らかな腫瘍性病変は認めなかった.
術後経過:術後は術直後より胸腔ドレーンからの胸水の排液は消失し,第9病日で胸腔ドレーンを抜去した.膵瘻などの合併症は認めず,第15病日に膵管チューブを抜去し,第18病日に退院となった.術後約2か月で膵炎や膵性胸水の再燃はなく,外来で経過観察中である.
慢性膵炎に対する治療は内視鏡的治療の進歩により大きく変化しており,保存的治療が無効な場合には体外衝撃波結石破砕術や膵管ステント留置術が第一選択とされる.一方,外科治療の適応は①疼痛に対する保存的・内科的治療および衝撃波治療を含む内視鏡的治療が無効または困難例,②難治性の仮性囊胞,胆管・十二指腸狭窄などの合併症,③膵癌との鑑別が困難な場合,である1).本症例においては各種検査にて膵癌の可能性は低いとは考えられたが,内視鏡的な膵管減圧が困難であり膵性胸水が改善しなかったこと,胆管狭窄を合併し約1か月の経過で改善傾向を認めなかったことより,①②の理由から手術適応であると判断した.
膵性胸水は炎症による反応性のものを除き,膵液が直接胸腔内に漏出し多量の胸水が貯留する状態と定義される2)3).内山ら3)の報告では膵性胸水は,82~95%はアルコール性の慢性膵炎に生じ,30~60歳代男性に多く,左側57%,右側29%,両側14%と左側に多くみられるとされている4).慢性膵炎の0.4%に発症すると報告されており,一般的にまれである5).発生機序としてCameron4)は,膵管の背面への破綻により膵液が大動脈・食道周囲の抵抗減弱部に沿って上行し,縦隔への内瘻を形成するとともに胸腔内へと穿孔して膵性胸水を生じると推測している.
膵性胸水の診断には胸水中の膵酵素を測定することが重要で,胸水アミラーゼ,リパーゼ高値,蛋白質が3.0 g/dl以上の高値を示すとされている6).本症例においても胸水中の膵酵素および蛋白質は高値であり診断の契機となった.膵性胸水における膵管胸腔瘻の診断はERCPが最も有用とされているが5),MRCPが診断に有用であったとする症例報告もある7).本症例においても術前ERCPおよび術中造影にて膵管胸腔瘻は描出され,確診と瘻孔の部位の把握が可能であった.術中に肉眼的には膵管胸腔瘻の正確な同定は困難であったが,色素を膵管に注入することで視覚的に瘻孔の位置が確認可能となり,切除において非常に有用であった.
慢性膵炎に対する外科治療の目的は疼痛の完全消失と再燃防止,膵機能の可及的な温存にあり,術式としては膵管空腸側々吻合術などの膵管ドレナージと膵切除術に大別される.膵切除術としては,主膵管の拡張がなく膵頭部に炎症性腫瘤がみられる場合,あるいは膵頭部の分枝膵管に膵石の充満がみられる場合,膵頭部癌が否定できない場合には幽門輪温存膵頭十二指腸切除術(pylorus-preserving pancreaticoduodenectomy;以下,PPPDと略記)が選択されることが多い.慢性膵炎では機能温存手術が理想であり,膵頭部に限局したものでは十二指腸を温存した膵頭切除術であるBegerら8)の十二指腸温存膵頭亜全摘術が推奨されている.一方,主膵管に拡張を認め,膵頭部にも分枝膵管の膵石,小囊胞,膿瘍,炎症性腫瘤などがみられる場合はPPPDやBeger手術も適応となるが,膵頭部のcoring-out(芯抜き)を伴う膵管空腸側々吻合術であるFrey手術9)が広く行われるようになってきており,手技の容易さや機能温存の面から有用とされている.しかし,慢性膵炎に膵癌が合併することはまれではなく,慢性膵炎患者における膵癌発生率は一般人口の2倍から26倍までの報告がある10)11).したがって,膵癌の可能性が否定できない場合には,不用意な縮小手術は避けなければならない.本症例は,膵頭部を主とする腫瘤形成と膵石を伴う慢性膵炎に胆管狭窄を合併していた症例であり,機能温存の観点からもFrey手術の適応であると考えられた.しかし,禁酒が遵守できず今後も慢性膵炎の進行が予想されるという患者因子や,膵炎が軽快しても胆管狭窄の改善は認めず狭窄の進行や閉塞性黄疸の出現が危惧されたこと,急性増悪時に十二指腸の炎症性狭窄を認めていたこと,膵癌の合併も完全には否定できなかったことなども考慮し,亜全胃温存膵頭十二指腸切除術を選択した.
一方,膵性胸水を伴う膵管胸腔瘻の治療に関しては,一般的には膵瘻に対するソマトスタチン誘導体の使用や12)13),内視鏡的膵管ドレナージ14)などの保存的治療が第一選択となり,3週間以上保存的治療に抵抗する症例は外科的治療を検討するという報告もある15).術式としては膵管空腸吻合術などの内瘻術が主に行われ,10~30%の症例で瘻孔部を含む膵切除術が施行されている16)17).本症例においては慢性膵炎および合併する胆管狭窄に対して膵頭十二指腸切除術を施行したが,瘻孔は膵体部に存在していたため,同部位を含めた膵切除は切除範囲が広範となり過剰な切除と考えられた.そこで,術中に色素と造影剤を用いて瘻孔部を同定することで膵管破綻部の膵臓は温存し,瘻孔のみの切除が可能であった.また,膵頭十二指腸切除の再建で残膵における膵管空腸吻合も施行したため,膵液のドレナージと瘻孔の切除の二つの要素により治療効果が高かったと考えられた.術後も膵性胸水の貯留はなく根治的かつ可及的な残膵温存が可能であった手術と考えられた.
今回,我々は慢性膵炎に合併した胆管狭窄と膵性胸水を伴う膵管胸腔瘻に対して外科的治療にて良好な経過が得られた症例を経験した.慢性膵炎に対する外科的治療は根治性と機能温存の両立が重要であり,本症例においては膵頭十二指腸切除術を選択したが,術中に色素と造影剤を用いて瘻孔を同定し切除することで尾側膵の可及的な温存が可能であり有用であったと考える.
利益相反:なし