2018 Volume 51 Issue 4 Pages 301-307
症例は72歳の男性で,真性多血症にて血液内科に通院中,定期血液検査でC-reactive protein高値を示し精査を行った結果,上行結腸癌およびそれによる腸閉塞症と診断された.全身状態の安定を図ったが腸閉塞は改善せず緊急手術を施行し右半結腸切除を行った.術直後より創部および腹腔ドレーンから血性排液を認めた.血液検査所見で汎血球減少,凝固機能異常およびFDP高値を認め,播種性血管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation;以下,DICと略記)の状態であった.周術期を通して頻回の輸血を必要とし,また感染症を併発しそれにたいする治療を並行し行った.集学的治療を行ったが奏効せず術後37日目に全身出血傾向,多臓器不全のため死亡した.真性多血症合併症例の手術成績は特に緊急手術例では不良であり,手術術式の選択,DIC対策などについて配慮が必要である.
真性多血症(polycythemia vera;以下,PVと略記)1)とは造血幹細胞の異常に起因し,骨髄増殖性腫瘍(myeloproliferative neoplasma;以下,MPNと略記)の1亜型である.PV合併症例の周術期における出血,血栓症のリスク,死亡率は高く慎重な管理が望まれる.今回,我々はPVを合併した上行結腸癌,腸閉塞症の1手術例を経験したので報告する.
患者:72歳,男性
主訴:定期血液検査異常
現病歴:PVを血液内科でフォローアップ中,C-reactive protein(以下,CRPと略記)高値を指摘された.CTで上行結腸腫瘤,それに伴う口側腸管の拡張および左尿管閉塞による左水腎症を認めたため精査加療目的で入院した.
既往歴:7年前にPVと診断された.他にじん肺,腰椎圧迫骨折.
家族歴:特記事項なし.
入院時現症:身長154.0 cm.体重45.6 kg.眼瞼結膜に貧血,黄疸を認めなかった.腹部に圧痛などの所見は乏しかった.血圧119/81 mmHg,脈拍数96回/分.動脈血酸素飽和度91と低値であった.
入院時血液検査所見:赤血球数577×104/μl,白血球11.4×103/μl,血小板数16.6×104 /μl,ヘモグロビン(Hb)19.0 g/dl,ヘマトクリット(Ht)58.4%であった.PTは80.3%,APTTは35.0秒,フィブリノーゲン436 mg/dl,アンチトロンビンIII 83.5%,D-ダイマー31.9 μg/ml,FDP >120.0 μg/mlであった.血清腫瘍マーカーはCEA 71.0 ng/ml,CA19-9 14.6 ng/mlと高値であった.CRP 15.8 mg/dlであった.
上部消化管内視鏡検査所見:胃粘膜萎縮発赤を認め萎縮性胃炎と診断された.
胸腹部造影CT所見:上行結腸肝彎部の壁肥厚および所属腸間膜内リンパ節腫大を認めた.壁肥厚部より口側の上行結腸は拡張していたが小腸の拡張は認めなかった(Fig. 1).左水腎症を認めたが明らかな尿管狭窄の原因となる腹腔内腫瘤などを認めなかった.明らかな肺炎像を認めなかった.
Enhanced CT examination revealed a tumor (arrow) in the ascending colon with intestinal dilatation (arrowheads).
左水腎症に対して入院同日,左尿管ステントを留置した.同時に採取された尿の肉眼所見,尿検査所見および培養検査で感染を示唆する所見を認めず尿路感染症は否定的であった.尿管狭窄の原因は定かでなかった.また,SpO2の低値はCT所見では明らかな肺炎の所見を認めず,じん肺に伴う拘束性障害によるものと診断し,いずれもCRP上昇の原因ではないと診断した.
下部消化管内視鏡検査所見:上行結腸肝彎部に全周性の2型腫瘍を認め完全閉塞の状態であった.生検の結果は中分化型腺癌であった.
以上の検査所見より,上行結腸癌とそれに伴う腸閉塞と診断した.入院時CT所見および下部消化管内視鏡検査所見では腸閉塞の状態が考えられたが腹部所見が乏しいことおよび少量ではあるが排便を認めたため全身状態の改善を優先した.しかし,第5病日に施行したCT所見において腸閉塞の改善を認めずその2日後,緊急で手術を施行した.手術直前のHb 16.7 g/dlであり瀉血などのPVに対する積極的介入は必要なしと診断した.手術は右半結腸切除術,3群リンパ節郭清を施行した.手術時間は2時間10分,輸液量は2,000 ml,出血量225 mlであった.
摘出標本および病理組織学的検査所見:腫瘍径は35×20 mm,3/4周性の2型病変であった.病理組織学的所見は,pSS,tub2,ly3,v1,pN2,Stage IIIbであった(Fig. 2a, b).
a: Resected specimen of the ascending colon showed a type 2 mass. b: Histological examination of the tumor revealed moderately differentiated adenocarcinoma (HE, ×20).
術後経過:術直後より創部および腹腔ドレーンから血性排液を認めた.PV,MPNによる重篤な出血症状と診断し血小板輸血を施行した.血液検査の推移を示す(Fig. 3).血小板は緩徐な低下を示したが術後10日目以降,重度の血小板減少および臨床的出血傾向を認めたため血小板輸血を都度施行した.また,術後3日目に血液検査でPT-INRが上昇し凝固機能異常を認めたため新鮮凍結血漿輸血を施行した後PT-INRは比較的安定した推移を示した.手術後持続して38℃台の発熱およびWBCの上昇(10.3×103/μl~14.3×103/μl)を認めた.術後3日目に施行した血液培養の結果より敗血症と診断した.術前よりFDP高値を示し慢性播種性血管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation;以下,DICと略記)状態でありそこに容易に何らかの感染による敗血症性DICが併発したものと考えられた.抗生剤投与とともにトロンボモデュリンアルファを開始した.PMXの適応については周術期において明らかな腹膜炎状態ではないことや縫合不全などの手術関連合併症に伴うものではなく施行を見合わせた.術後3日目の尿培養検査は陽性であったが長期尿管ステント留置が原因と考えられステント交換および抗生剤投与を行ったが明らかな熱源とは考えにくかった.術後14日目,デュラフォイ潰瘍を併発したため絶食となり,以降徐々に全身状態の悪化を示した.術後33日目,全身出血傾向を認め多臓器不全に陥り術後37日目に永眠した.
Clinical course of our case.
PVは造血幹細胞の異常に起因し,MPNの1亜型に分類される1).臨床上,汎血球増加症を呈するが,特に赤血球が著しく増加する疾患である.基礎研究の分野ではJAK2 の遺伝子変異が本疾患の病態に深く関与していることが解明されているが2)これに関連する遺伝子変異がPV,本態性血小板血症および原発性骨髄線維症を網羅している3)4).即ちその観点からPV合併症例を診療する際に白血球,血小板の質的機能的変異にも留意する必要がある.
周術期管理における骨髄機能の重要性はいうまでもない.これまで本邦でのPV既往症例の腹部手術報告例は医学中央雑誌(1985~2015年,会議録を除く)で「真性多血症」,「手術」をキーワードに検索したところ17症例5)~20)と少ない(Table 1).これはPVの我が国の年間発生率は人口 10 万対 2という疫学に裏打ちされる1).本例を加えた18例の転機は術後合併症を9例(50.0%)に認め,出血が5例と最多であった.死亡例は2例であった.海外の報告ではWassermanら21)はPVの患者54例に対して手術を行い,術前治療が十分であった群での術後合併症は21%,死亡率は5 %であったのに対し術前治療のない,または不十分な群の術後合併症は83%,死亡率は37%と報告している.術前管理の重要性が示唆され,今後は本例のような緊急手術を必要とする症例に対してPV治療をどのように優先させるのかもしくは平行して行うのかという課題が残る.予定手術の場合,瀉血や骨髄抑制療法を行いPV 治療の目標とされるHt 45%未満,Plt 40.0×104/μl以下に管理することが推奨されている22)23).
No. | Author/Year | Age/Sex | Disease | Operation | Emergency? | DIC before operation | Prophylaxis | Complications | Outcome |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Mizutani5)/ 1991 |
66/F | Gatric ca | Total gastrectomy | no | no | — | DIC, ARDS | alive |
2 | Mizutani5)/ 1991 |
56/M | Gastric ca | Distal gastrectomy | no | no | — | leakage of anastomosis, bleeding, DIC | dead |
3 | Kinoshita6)/ 1992 |
74/M | Gatric ca | Distal gastrectomy | no | no | — | — | alive |
4 | Kawahira7)/ 1992 |
82/M | Gastric ca | Total gastrectomy | no | no | heparin, urinastatin | — | alive |
5 | Uotani8)/ 1996 |
77/F | Gastric aneurysm rupture | Aneurysm resection | yes | no | — | — | alive |
6 | Yoshida9)/ 1997 |
76/F | Transverse colon ca | Parietal colectomy | no | no | gabexate mesilate, FFP, heparin, AT-III | — | alive |
7 | Yoshizumi10)/ 1998 |
57/M | Gastric ca | Total gastrectomy | no | cyclophamide, etoposide | leakage of anastomosis | alive | |
8 | Suzuki11)/ 1999 |
64/F | Cholangiocellular ca | Right hepatic trisegmentectomy | no | no | gabexate mesilate | — | alive |
9 | Katayama12)/ 2001 |
75/M | Esophageal ca | Subtotal esophagectomy | no | no | nafamostat mesilate | bleeding | alive |
10 | Tonooka13)/ 2001 |
64/F | Gatric ca, Liver meta |
Total gastrectomy, Segmentectomy of the liver, Spleenectomy | no | no | gabexate mesilate, heparin, hydroxycarbamide | — | alive |
11 | Matsuda14)/ 2005 |
56/F | Rectal ca | High anterior resection | no | no | gabexate mesilate, low molecular weight heparin | bleeding | alive |
12 | Yamanaka15)/ 2008 |
56/M | Perforated duodural ulcer | Omental implantation repair | yes | no | gabexate mesilate | ARDS | alive |
13 | Harada16)/ 2008 |
61/F | Colon perforation | Colostomy | yes | no | — | wound infection | alive |
14 | Kojima17)/ 2009 |
66/M | Gatric ca | Total gastrectomy | no | no | gabexate mesilate, low molecular weight heparin | bleeding | alive |
15 | Masuko18)/ 2009 |
43/F | Idiopathic splenic rupture | Spleenectomy | yes | no | — | — | alive |
16 | Yamada19)/ 2012 |
71/F | Sigmoid colon ca | siLAC | no | no | fondaparinux sodium | — | alive |
17 | Yamada20)/ 2015 |
74/M | Pancreatic ca | SSPPD | no | no | gabexate mesilate | — | alive |
18 | Our case | 64/M | Ascending colon ca | Right hemicolectomy | yes | yes | — | bleeding, DIC | dead |
ca: cancer, siLAC: single-incision laparoscopy-assisted colectomy, SSPPD: subtotal stomach-preserving pancreaticoduodenectomy, DIC: disseminated intravascular coagulation, ARDS: acute respiratory distress syndrome, —: none
PV患者で問題となる臨床症状は赤血球成分の増加による血液粘稠度の亢進,血小板数の増加と機能異常に伴う血栓と出血に起因するものであるが,同時に第V・X凝固因子,アンチトロンビンIII,プラスミノーゲンの低下とFDPの上昇を認め,慢性low grade DICの状態であるといわれる24).通常は緩徐な経過をたどるが手術侵襲が加わることで組織内トロンボプラスチンが血中に遊離され外因系凝固機序の亢進とともにDIC状態が活性化される11)25).そのため予防的な抗凝固薬またはDIC治療薬の使用が推奨され 本邦報告17例中11 例(64.7%)で使用され,いずれも良好な結果であった.しかしながら,これまでの報告例の待機手術,緊急手術両者において術前に血小板減少,FDP上昇,凝固異常など認めずDICと診断しえる報告は見当たらなかった.PVは血小板高値を示す傾向にあるため20)DIC診断をマスクする可能性があることも問題の一つであろう.PV合併手術症例に対する慢性DICの客観的診断および予防的治療の意義については今後の症例の集積とともに検討されることを期待する26).
本例は術前,上行結腸癌に伴う腸閉塞の状態であり全身状態の改善をはかりつつ速やかに緊急手術を施行した症例である.術前の厚生省DIC診断基準27)スコアは6点であり(基礎疾患あり;1点,出血症状なし;0点,臓器症状なし;0点,血清FDP >120 μg/ml;3点,血小板32.8×103/μl;1点,血症フィブリン濃度357 mg/dl;0点,プロトロンビン時間(時間比)1.29;1点)DIC疑いの診断であった.日本血栓止血学会暫定案28)では(血清FDP >120 μg/ml;3点,血小板32.8×103/μl;1点,血症フィブリン濃度357 mg/dl;0点,プロトロンビン時間(時間比)1.29;1点,肝不全なし;0点)で5点であり造血障害型とみなすとDIC基準を満たし,日本救急医学会急性期DIC診断基準29)では(血清FDP >120 μg/ml;3点,血小板32.8×103/μl;1点,プロトロンビン時間(時間比)1.29;1点)は5点と基準を満たしており術前はDICの状態が妥当と考えられ,この点がこれまでの報告例とは決定的に異なる術前状態であった.術前の術式の検討として,低侵襲手術を選択することによりDICの活性化が回避できたかは明らかではないが,初回手術はストーマ造設による減圧にとどめ術後厳重なPVの管理ののちに二期的根治手術を予定することは十分検討に値すると考えられた.術直後に出血傾向を認めたため低用量未分画ヘパリン,DIC治療薬の使用を控えたが慎重に経過を見ながら選択肢に入れる必要があった.
利益相反:なし