2018 Volume 51 Issue 5 Pages 342-349
症例は72歳の男性で,9年前に胃癌に対し胃全摘術をうけ,病理組織学的検査では低分化腺癌pT2(SS)N1M0 Stage II(胃癌取扱い規約第13版)であった.フォローアップの胸部CTで左肺上葉に小結節を指摘され,3か月後のCTで増大傾向が認められた.左肺S3aに16×13×11 mmの充実性結節があり,肺門縦隔リンパ節に有意な腫大はなかった.胸腔鏡下左肺上葉部分切除を行ったところ,術中迅速組織診断で腺癌と診断された.原発性肺癌の可能性もあり左肺上葉切除とリンパ節郭清を行った.病理組織学的検査で9年前の胃癌の転移として矛盾しない所見であった.胃癌の肺転移は,癌性リンパ管症や癌性胸膜炎としてしばしば見られるものの,孤立性転移は極めてまれで,胃切除後9年を経た転移は非常に珍しい再発形式である.
胃癌の転移再発形式は,腹部大動脈周囲などのリンパ節転移や肝転移,腹膜播種転移が一般的である.肺転移は比較的まれで,癌性リンパ管症や癌性胸膜炎として認められることがあるものの,孤立性転移は極めてまれである1)2).今回,我々は胃癌に対し胃全摘術を施行し,9年後に孤立性肺転移を認めた,極めて緩徐でまれな再発転移形式を示した1例を経験したので報告する.
患者:72歳,男性
主訴:自覚症状なし.
既往歴:66歳時と70歳時に肺炎で入院加療.70歳時に腸閉塞で入院加療.
現病歴:2007年9月,胃癌に対して胃全摘D2郭清(脾温存),Roux-en Y法再建を施行した.摘出標本では胃体上部から幽門前庭部にかけ小彎中心に12.0×7.0 cm大の4型腫瘍を認め(Fig. 1),病理組織学的検査では非充実型の低分化腺癌が主体(約60%)で,中分化管状腺癌の成分も混在(約40%)していた(Fig. 2a).T2(SS),INFγ,ly3,v2,N1,P0,H0,M0,Stage II(胃癌取扱い規約第13版)であった.同月からS-1療法(80 mg/m2,4週投与2週休薬)を11コース行った.5年目まで再発なく,以降も年に1回胸腹部造影CTを行っていたところ,2016年5月に左肺上葉に結節影を指摘された.同年8月のCTで増大傾向を認めたため,手術施行目的に入院となった.
Macroscopic findings of the resected stomach show a type 4 tumor of 12.0×7.0 cm in the lesser curvature from the upper body to the antrum.
Histopathological findings of the stomach tumor reveal that it contains non-solid type poorly differentiated adenocarcinoma (60%) and moderately differentiated tubular adenocarcinoma (40%) (a, HE staining, ×100). The tumor is partially positive for PAS (b, ×100), partially positive for CD10 (c, ×100), partially positive for CK7 (d, ×100), and at that point, positive for CK20 (e, ×100) and negative for CDX-2 (f, ×100).
入院時現症:腹部は平坦,軟で,上腹部正中切開創を認めた.胸部聴診で異常を認めなかった.
検査所見:腫瘍マーカーはCEA,CA19-9,CYFRAとも正常範囲内であった.その他の血液生化学検査では異常を認めなかった.
胸腹部造影CT所見:2016年8月のCTでは左肺S3aに16×13×11 mmの充実性結節をみとめた(Fig. 3).2016年5月のCTでは7×6×5 mm大であった.肺門縦隔リンパ節に有意な腫大はなかった.他に明らかな転移を指摘できなかった.
CT of the chest shows a solid tumor of 16×13×11 mm in the upper lobe of the left lung.
骨シンチグラフィー所見:転移を認めなかった.
頭部MRI所見:脳転移を認めなかった.
以上より,原発性肺癌,胃癌肺転移などが鑑別診断として考えられ,2016年10月に全身麻酔下に手術を施行した.
手術所見:胸腔鏡下左肺上葉部分切除を行い,腫瘍を術中迅速病理組織診断に提出した.腺癌の診断を得たが,原発性肺癌か胃癌肺転移かの鑑別はできなかった.前者の可能性を考慮し,胸腔鏡補助下左肺上葉切除とリンパ節郭清を行った.
摘出標本肉眼所見:腫瘤は境界明瞭な孤立性白色結節で,径1.5 cm大,弾性硬であった.
摘出標本病理組織学的検査所見:腺管状,乳頭状に増殖する分化型腺癌が主体(約70%)で,低分化腺癌が混在(約30%)していた(Fig. 4a).既往の胃癌の組織像と類似している部分があった.特殊染色,免疫染色検査では,腫瘍細胞はPAS一部陽性(Fig. 4b),CD10一部陽性(Fig. 4c),CK7にほぼ全てが陽性(Fig. 4d),CK20に多くが陽性(Fig. 4e),TTF-1陰性,Napsin A陰性,CDX-2陰性(Fig. 4f)であった.2007年の胃癌の手術検体にも同じ染色を施行したところ,PASに多くが陽性(Fig. 2b),CD10にごく一部陽性(Fig. 2c),CK7に一部陽性,CK20に一部陽性,TTF-1陰性,Napsin A陰性,CDX-2に一部陽性であった.胃癌でCK7陽性の部位(Fig. 2d)はCK20にも陽性(Fig. 2e),CDX-2には陰性(Fig. 2f)であり,肺腫瘍の免疫組織所見と類似していた.以上の所見から,胃癌肺転移と考えられた.追加切除した左肺上葉には悪性所見は見られなかったが,大動脈弓下縁(肺癌取扱い規約第7版の#5)と上葉気管支周囲(#12u)リンパ節に1個ずつの転移を認めた.
Histopathological examination of the lung tumor reveals it to contain tubular and papillary adenocarcinoma (70%) and poorly differentiated adenocarcinoma (30%) (a, HE, ×100). The tumor is partially positive for PAS (b, ×100), partially positive for CD10 (c, ×100), positive for CK7 (d, ×100), positive for CK20 (e, ×100), and negative for CDX-2 (f, ×100).
術後経過:術後肺炎を生じたが軽快し,32日目に退院した.外来でS-1療法を開始したが,術後6か月目のCTで両側肺,左副腎,左鎖骨下リンパ節,縦隔リンパ節,腹部大動脈周囲リンパ節に転移を認め,左胸膜播種,左肺の気管支血管束肥厚を認めた.抗癌剤をramucirumab+paclitaxelに変更し腫瘍の縮小を認めたが,術後10か月目に肺炎で永眠した.
胃癌の術後再発の多くは5年以内に生じ,術後のフォローアップ期間も5年を一区切りとすることが多い.しかし,5年以降の晩期再発もまれに経験する3).過去の論文では胃癌術後5年以降の再発頻度は1.4~4.6%と報告されている4)~7).晩期再発部位は腹膜(24.5%),リンパ節(22.4%),肝臓(16.3%),骨(12.2%)の順で多く,肺は4.1%と低かった5).
胃癌からの肺転移は,ほとんどが癌性リンパ管症や癌性胸膜炎であり,孤立性肺転移は少ない.Kanemitsuら1)の報告では,胃癌の根治術を受けた3,076例のうち,血行性に再発を来したものは71例で,そのうち肺のみの転移は7例,さらに孤立性肺転移は4例(0.1%)に過ぎなかった.同様に坂口ら2)は,胃癌手術3,219例のうち,術後の孤立性肺転移で切除したのは7例(0.2%)であったと報告している.
胃癌が肺へ転移する経路として,①門脈を介して肝臓経由で肺へ到達する血行性転移,②所属リンパ節転移(腹腔リンパ節)から胸管,静脈角,上大静脈を経て肺へ向かう血行性転移,③横隔膜を経て縦隔をリンパ行性に浸潤し,肺門・縦隔リンパ節から逆行性リンパ行性に肺内へ転移する経路があげられる8)9).分化型癌の肺への転移の多くは血行性であり,未分化型癌の肺転移は肺門部からの逆行性リンパ行性転移である場合が多いとされる10).自験例は低分化腺癌と中分化管状腺癌が混在していたが,肝臓など他の血行性転移がなく,肺門と縦隔にリンパ節転移があったことから,③の逆行性リンパ行性転移の可能性が高いと推測される.
転移性肺腫瘍の手術適応に関しては,Thomfordら11)が以下の4条件を提唱している.①耐術性に問題がないこと,②原発巣がコントロールされていること,③肺以外の遠隔転移や再発を認めないこと,④肺の転移巣が片側であること.自験例はいずれもみたしていた.
医学中央雑誌でキーワード「胃癌」,「肺転移」,「切除」で検索を行ったところ(2000~2016年,会議録除く),胃癌の肺転移切除症例は50例であった.このうち胃切除後5年以降に肺切除を行ったのは8例であった(Table 1)2)12)~17).記載のある症例は全て男性で,組織型は分化型であった.lyは7例中5例で陽性であった.病期はIAからIVまでさまざまであった.胃切除から肺切除までの期間は60~122か月で,この間に肝切除を行った症例,腸間膜リンパ節切除を行った症例,他の肺転移と副腎転移を切除した症例もあった.最初の再発部位が肺であったのは5例であった.肺転移の切除時の個数は,記載のある7例のうち,6例が1個で,1例が2個であった.術前に縦隔リンパ節腫大を指摘された症例はなかった.肺切除前の診断は,記載のある5例中3例が胃癌肺転移,2例が原発性肺癌であった.リンパ節郭清を行った記載があるのは2例で,このうち1例では自験例と同様に#5と#12uリンパ節に転移を認めた.予後は,肺切除後8か月~33か月生存中の4症例については,著者に直接郵便あるいは電子メールで予後調査を行った.その結果,8例中6例が死亡しており,2例は肺切除後5年以上の生存が得られていた.肺切除後の生存期間中央値は41か月で,5年生存率は25%であった.肺切除後の再発は肺4例,脳3例など(重複1例),7例中6例に認められた.
No. | Author | Year | Age | Sex | Histological type | T | ly | v | N | Stage | Adjuvant chemotherapy | Other metastasis before lung resection | Interval* | Number of lung metastasis | Preoperative diagnosis | Procedure of lung resection | Lymph node metastasis | Adjuvant chemotherapy after lung resection | Metastasis after lung resection | Prognosis after lung resection |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Inoue12) | 2002 | 68† | M | tub1 | SM | 1 | 0 | 0 | IA | 86 | 1 | primary lung cancer | right upper lobectomy without ND | no | lung | Alive (96 mo) | |||
2 | Tamura13) | 2002 | 67† | M | tub2 | SE | 2 | 0 | 1 | II | no | 68 | no | brain | Died of brain metastasis (6 mo) | |||||
3 | Sakaguchi2) | 2007 | 75‡ | M | pap | MP | 0 | 3 | 0 | IB | no | 60 | 1 | lung metastasis | segmentectomy | no | no | no | Alive (80 mo) | |
4 | Nishioka14) | 2009 | 40s | M | pap | SE | 0 | 0 | 1 | IIIA | 5'-DFUR | right lung (49 mo)→S-1, S-1+CPT | 79 | 1 | lung metastasis | left lower lobectomy | no | no | brain, lung | Died of brain metastasis (46 mo) |
5 | Tanai15) | 2010 | 64‡ | SE | III | 120 | 1 | Died (35 mo) | ||||||||||||
6 | Shimoyama16) | 2012 | 77‡ | M | tub1 | SS | 2 | 1 | 1 | II | liver (13mo, 73 mo)→resection, 5-FU | 122 | 1 | primary lung cancer | right S6 resection with ND1b | no | 5'-DFUR, S-1 | lung | Died of lung metastasis (56 mo) | |
7 | Shimoyama16) | 2012 | 55‡ | M | tub2 | SI | 2 | 2 | 3 | IV | S-1 | peritoneum (simultaneous)→resection mesenteric lymph node (59 mo)→resection | 86 | 1 | left upper lobectomy with ND2a | #5, #12u | PTX, S-1 | lung, mediastinal LN | Died of lung metastasis (23 mo) | |
8 | Harada17) | 2012 | 55‡ | M | tub2 | SE | 1 | 1 | 0 | II | S-1 | lung (36 mo)→resection adrenal gland (50 mo)→resection, S-1 | 81 | 2 | lung metastasis | partial resection | S-1 | brain, muscle | Died of brain metastasis (30 mo) | |
9 | Our case | 72‡ | M | por2>tub2 | SS | 3 | 2 | 1 | II | S-1 | 109 | 1 | primary lung cancer | left upper lobectomy with ND1+#5 | #5, #12u | S-1 | lung, adrenal gland, subclavien LN, mediastinal LN, paraaortic LN | Died of pneumonia (10 mo) |
Histological type, T, ly, v, N, and Stage were written according to the Japanese Classification of Gastric Carcinoma, 13th edition. Procedure of lung resection and lymph node were written according to General Rule for Clinical and Pathological Record of Lung Cancer The 7th Edition by The Japan Lung Cancer Society. Italic letters were informed by the authors directly. *: Interval between gastrectomy and lung resection (mo), †: at gastrectomy, ‡: at lung resection, LN: lymph node
梅原ら8)の検討では,分化度の低い癌においてはリンパ管症型,胸水型の比率が高く結節型は少ない傾向にあり,特にリンパ管症型肺転移の形をとる組織型は圧倒的に低分化腺癌であった.また,乳頭腺癌,管状腺癌などの比較的分化度の高い癌では結節型の比率が高かった.手術適応になるのは結節型肺転移で,前述の8例はいずれも分化型であった.
Shionoら18) The Metastatic Lung Tumor Study Group of Japanは胃癌肺転移51例についてまとめている.胃切除から肺転移までの期間は0~181(中央値33)か月であった.肺切除後の生存期間中央値は29か月で,5年生存率は28%であった.肺切除後の再発部位は肺が48%と最多で,胸膜播種19%,脳10%と続く.肺転移までの期間が12か月以上では2年生存率73%,5年生存率31%に対し,肺転移までの期間が12か月未満では2年生存率17%で,有意差があったとしている.一方梅原ら8)は,肺転移が12か月以上か未満で,予後は変わらなかったとしている.前述の胃切除後5年以降に肺切除を行った8例の検討では,2年生存率は75%(6/8),5年生存率25%(2/8)で,Shionoら18)の報告の,肺転移までの期間が12か月以上の場合とほぼ同等であった.
自験例は胃切除9年後に孤立性肺転移を認めたまれな症例であった.肺切除後にS-1を投与したが,半年後に多発転移,癌性リンパ管症を認め,急速に進行した.遡及的にみると肺切除が有効であったとはいいがたいが,原発性肺癌を否定できなかったため行った.文献的には,肺切除後の再発率は高いものの,長期生存例も存在し,肺切除の有効性を否定することはできない.特に晩期再発で孤立性転移であれば,原発性肺癌との鑑別は困難で,診断的意味もかねて手術が選択されることが多いと思われる.患者の全身状態や,他の転移の出現の有無を慎重に見極め,患者と十分に話し合ったうえでの手術が望まれる.
謝辞 予後調査にご協力いただいた,国立病院機構呉医療センター・中国がんセンター呼吸器外科 原田洋明先生,公立学校共済組合近畿中央病院外科 西岡清訓先生,横浜市立みなと赤十字病院呼吸器外科 下山武彦先生,がん・感染症センター都立駒込病院呼吸器外科 堀尾裕俊先生に深く御礼申し上げます.
利益相反:なし