The Japanese Journal of Gastroenterological Surgery
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CASE REPORT
A Gastric Cancer with Myotonic Dystrophy
Shunsuke OhtaHirotoshi KobayashiAya MaekawaSou KasugaMasayo KawakamiNorio NoguchiKenichirou HabukaMichio Tanaka
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2018 Volume 51 Issue 6 Pages 400-405

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Abstract

筋強直性ジストロフィー症(myotonic dystrophy;以下,MDと略記)は,全身麻酔下の手術で,呼吸器合併症を引き起こしやすいとされる.症例は51歳の女性で,食事摂取不良を主訴に近医受診した.既往にMDがあった.血液検査ではHb 8.0 g/dlと貧血を認めた.また,術前の呼吸機能検査ではVC 0.93 l,%VC 37.8と拘束性換気障害を認めた.精査にて臨床病期はcStage IIIAと診断し,治療は,食事摂取困難,貧血という症状を有することから,手術を選択した.胃全摘術,D1+郭清,Roux-en-Y再建,腸瘻造設を施行した.麻酔は,全身麻酔に硬膜外麻酔を併用した.プロポフォールで導入し,筋弛緩は導入時に単回投与で,手術終了時に抜管した.術後は第3病日から経管栄養開始,第5病日に食事開始し,特に合併症はなく,第16病日に退院した.MD患者に合併した胃癌手術例の報告はまれであり報告する.

はじめに

筋強直性ジストロフィー症(myotonic dystrophy;以下,MDと略記)は体幹,四肢近位筋の筋強直症状を主体とする疾患で,心肺疾患や腫瘍を含めさまざまな疾患を併存しやすいとされる1).石灰化上皮腫や耳下腺良性腫瘍などの併存が多く報告されるも2)3),悪性腫瘍などの併存の報告はまれである.また,全身麻酔下での手術では,呼吸器合併症を引き起こしやすく,慎重な麻酔管理を要する4)5)

今回,我々はMDに併存した胃癌の手術症例を経験したため,文献的考察を加え報告する.

症例

患者:51歳,女性

主訴:食事摂取不良

既往歴:20年程前にMDの診断.四肢筋力低下,歩行障害を認める.拘束性換気障害も指摘されていた.

家族歴:特記すべき事項なし.

現病歴:上記主訴あり,前医受診された.上部消化管内視鏡検査にて胃体中部に潰瘍性病変認め,生検group V,胃癌の診断で当科紹介された.

血液検査所見:Hb 8.0 g/dl.血液ガス所見:PO2 67.5 mmHg,PCO2 46.7 mmHg.

呼吸機能検査所見:1秒量0.86 l,1秒率95.6%,肺活量(VC)0.93 l,%VC 37.8と拘束性換気障害を認めた.

上部消化管内視鏡検査所見:胃角部に著明な小彎短縮と壁硬化,中心に潰瘍を伴う易出血性の辺縁不明瞭な陥凹性病変を認めた(Fig. 1).生検でAdenocarcinoma,por2>tub2であった.

Fig. 1 

Upper gastrointestinal endoscopy reveals a type 3 cancer on the lesser curvature of the stomach (a, b).

腹部CT所見:胃体部小彎に造影効果を伴う壁肥厚を認めた.胃小彎側には,小さいながらも転移を疑うリンパ節腫脹を認めた(Fig. 2).他臓器転移はなく,臨床病期はcStage IIIAと診断した.

Fig. 2 

CT reveals an enhanced gastric wall thickening on the lesser curvature of the stomach (a). Small lymphadenopathy is observed along the lesser curvature, suggestive of metastasis (b). However, no organ specific metastasis or peritoneal dissemination is recognizable.

治療:MDによる換気障害から,手術に伴う危険性は高かった.しかし,貧血や食事摂取不良といった症状を有すること,本人,家族ともに手術治療を希望されたことから,手術の方針とした.手術は胃全摘術,D1+郭清,Roux-en-Y再建,腸瘻造設を施行した.手術時間は2時間41分,術中出血量は25 gであった.

麻酔方法:全身麻酔に硬膜外麻酔を併用した.プロポフォールで導入し,筋弛緩は導入時に単回投与した.手術終了後,筋弛緩薬の拮抗薬を投与し,抜管後に集中治療室(intensive care unit;以下,ICUと略記)へ帰室した.

切除標本所見:胃体上部から中部に存在する65×40 mmの5型病変であった(Fig. 3).

Fig. 3 

Resected specimen: A 65×40 mm type 5 lesion is identified in the upper-middle body of the stomach (a, b).

病理組織学的検査所見:組織型Adenocarcinoma,por2>tub2>muc(undiff.).壁深達度はpT4a(SE)まで達していた(Fig. 4).リンパ節転移は#2,#3a,#3b,#4sb,#4d,#6,#7,#9に認めた(24/38,pN3b).以上から,総合病期Stage IVaであった.

Fig. 4 

The histopathological type of the gastric tumor is por2>tub2>muc (a, b).

術後経過:術前の換気障害から術当日~第2病日までICU管理を行った.術前から高度の換気障害を認めていたため,無気肺の遷延からの肺炎発症は致命的リスクと考え,術後抜管時に輪状甲状切開を行い,Mini-Trach II®を挿入し,咳嗽の誘発,頻回な吸痰を行った.呼吸状態や疼痛管理に問題のないことを確認し,一般病棟帰室とした.離床は,リハビリテーション科に術前から腹式呼吸法の指導を依頼し,さらに第1病日からリハビリテーションを再開した.また,今回の手術では,術前から食事摂取不良による低栄養があることや,術後も嚥下能の低下や,自力での経口摂取が困難になる可能性を考慮して,腸瘻を造設した.第3病日から経腸栄養を開始した.第5病日に経口摂取を開始し,呼吸器合併症を起こすことなく,第16病日に自宅退院となった.退院後2か月は経腸栄養を併用されていたが,その後は経口摂取のみで経腸栄養は中止可能となった.現在術後10か月経過も再発は認めず,前医で経過観察中である.

考察

MDは,罹患率は10万人に数人とまれな常染色体優性遺伝疾患であり,1909年にSteinertらにより初めて報告された筋強直・筋委縮を主体とする疾患である6).さらに,中枢神経障害(発達障害,認知障害),呼吸障害,心疾患(心伝導障害,心筋障害),眼症状(白内障,網膜変性症),内分泌異常(糖尿病,高脂血症)など多彩な全身症状を呈する.症状の程度には個人差があり,第19番染色体長腕のミオトニンキナーゼをコードしている遺伝子の3’側非翻訳領域内に存在する,CTGの反復数と臨床的重症度はほぼ相関するといわれている.

以前よりMDには腫瘍が併存しやすいといわれている.医学中央雑誌(1970年~2017年)において,「筋強直性ジストロフィー」,「腫瘍」で,会議録を除き検索したところ,石灰化上皮腫などの良性腫瘍を中心として97件の報告あり,関連性は高いと思われる.一方で,「筋強直性ジストロフィー」,「胃癌」で検索すると,自験例を含めて7例であった(Table 17)~12).日本の2017年胃癌罹患数は132,800人であり,総人口の0.1%になる.一方で,島ら13)は全国レベルのアンケート調査でMD患者1,873人中,胃癌は7例(0.4%)に併存したと報告している.MDの罹患自体が少ないため,本症例はMDと胃癌を併存した比較的まれな1例といえる.現在までにMDと発癌の遺伝的関連については明らかではない.

Table 1  Reported cases of MD with gastric cancer in the Japanese literature
No. Author/Year Age/Sex Operative method Postoperative complication
1 ​Yatabe7)/1999 49/M None None
2 ​Kasai8)/2002 50/M Total gastrectomy None
3 ​Suzuki9)/2003 50/M Distal gastrectomy None
4 ​Taniguti10)/2010 61/M Distal gastrectomy Respiratory failure
5 ​Shimada11)/2014 32/F Endoscopic resection Respiratory failure
6 ​Umeda12)/2016 44/M Distal gastrectomy Respiratory failure
7 ​Our case 51/F Total gastrectomy None

MD, myotonic dystrophy

MD症例の死因のうち,悪性腫瘍による割合は5%で,肺炎や呼吸器合併症が最も多いと報告されている14).呼吸機能については呼吸筋の委縮のため,横隔膜挙上や拘束性換気障害などの特徴的な所見を認める.したがって,術後に慢性的呼吸抑制から無気肺を合併し,人工呼吸器管理の継続が必要となる場合が多い4)

本症例でも,前医に数年前から拘束性換気障害の合併を本人は知らされており,術後の肺炎は致死的な合併症になりうると考えていた.よって,術後肺炎予防のために,術前から当院口腔外科に受診し,周術期口腔ケアを行い,さらには術後抜管時に輪状甲状切開を行い,Mini-Trach II®の挿入をした.これにより,積極的に咳躁を促し,頻回に吸痰を行った.結果,肺炎など呼吸器疾患の合併なく経過した.

また,麻酔管理において,筋弛緩薬はMDの病期進行により,感受性が増加して作用が遷延しやすいため,投与量を減量する必要がある12)15).本症例においても麻酔導入時に通常量の3分の1程度の筋弛緩薬を投与するも,追加投与は行わなかった.長期人工呼吸器管理は,呼吸筋をより脆弱化する可能性もあるため,術後,術前同様の換気状態を確認し,麻酔科に抜管を依頼した.

吸入麻酔薬は,筋肉の不随意収縮から筋強直が誘発されることがあり,完全静脈麻酔を推奨される.プロポフォールが調節性にすぐれることから,MD患者に使用される報告が多い16).本症例においてもプロポフォールで導入,維持管理を行った.

全身麻酔下で悪性腫瘍の手術がされたMD患者で,術前はMDの診断がついておらず,術後にMDと診断された報告例を3例認めた(Table 1,No. 4,5,6.)が,その内3例とも術後の呼吸器合併症をきっかけとして,精査の結果MDと診断されていた.術前にMDと診断し,その重症度を判断のうえ,麻酔科と連携をとり,周術期管理を行うことが,合併症の軽減につながることが示唆される.MD患者における呼吸器合併症の危険因子としては,Mathieuら5)が「MD 219例における手術後呼吸器合併症の発生リスクに関する研究」を行い,術後呼吸器合併症を発症した16例のリスク因子として,①手術施行時の年齢が37歳以上,②近位筋に及ぶ筋力の低下,③上腹部手術の3項目をあげている.本症例は全項目に当てはまるも,こうしたリスクを術前に評価し,対策を行うことで,問題なく自宅退院可能であったと考えられる.

現在,MD患者の平均寿命が50歳半ばであることから13),年齢的に悪性腫瘍との併存が少なかったものと考えられる.一方で,今後呼吸循環管理の進歩により,MD患者の生存期間が延長した場合,本症例のような手術例に遭遇する機会が増加するものと思われ,対応を検討しておく必要があると考えられる.

利益相反:なし

文献
 

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