2018 Volume 51 Issue 6 Pages 439-444
症例は72歳の男性で,左上腹部痛,左背部痛を訴え近医を受診した.腹部エコーで脾腫瘍を疑われ,当院紹介となった.腹部造影CTで脾周囲の血腫と挫傷と思われる脾実質のdensity低下を認めた.経過観察中のCTで脾門部周囲の軟部組織陰影が増大し,PET/CTで脾周囲に集積亢進を認めた.脾悪性腫瘍,膵癌などを否定しえないため手術を施行した.脾臓は超手拳大に腫大しており固く,胃,横行結腸,横隔膜と強固に癒着しており,浸潤を疑った.脾摘,膵尾部切除,胃・横行結腸部分切除,横隔膜合併切除術を施行した.病理組織学的所見から,脾周囲後腹膜IgG4関連疾患と診断した.本症は,全身諸臓器の腫大や肥厚と血中IgG4高値,組織学的に著しいIgG4陽性形質細胞浸潤などを認める疾患群である.膵臓,後腹膜などに好発するが,脾出血を契機として診断されることはまれであるため報告する.
IgG4関連疾患(IgG4-related disease;以下,IgG4-RDと略記)は,全身諸臓器の腫大や肥厚,血中IgG4高値,病理組織学的に著しいIgG4陽性形質細胞浸潤などを特徴とする疾患である1).本症は膵臓,後腹膜などに好発するが,脾出血を契機として診断されることはまれであるため報告する.
患者:72歳,男性
主訴:左上腹部痛,背部痛
既往歴:57歳時,胃潰瘍に対し幽門側胃切除術
家族歴:特記すべきことなし.
現病歴:約1か月前から持続する左上腹部から左上背部の疼痛を訴え,近医を受診した.腹部エコーで脾腫瘍を疑われ,精査加療目的に当科紹介となった.
入院時身体所見:身長159.4 cm,体重47.5 kg.腹部は平坦,軟で圧痛なく,腫瘤を触知しなかった.上腹部正中に手術痕を認めた.
初診時血液検査所見:WBC 6,610/μl,Hb 10.2 g/dl,Ht 32.1%,Plt 24.4×104/μl,血清アミラーゼ 239 IU/l,HbA1c 5.8%と,軽度の貧血および血清アミラーゼの上昇を認めた.
初診時腹部造影CT所見:脾周囲に血腫の形成と,脾内部に挫傷と思われる実質のdensity低下を認めた(Fig. 1a).
Contrast-enhanced CT findings. a (at initial visit): A perisplenic hematoma and low-density areas in the spleen suspicious of splenic contusions. b–d (at 5 months follow-up): There are enlarged soft tissue masses around the hilum of the spleen and wall-thickening of the stomach and colon.
これらの結果から,明らかなエピソードはなかったが,なんらかの外傷による脾損傷を疑った.当科受診時には発症当初より疼痛が改善傾向にあったことから,経過観察としていた.5か月後に施行したCTで,脾門部周囲の軟部組織陰影の増大と,残胃壁および脾彎曲部の結腸壁の肥厚を認めた(Fig. 1b~d).
PET/CT所見:脾周囲にstandardized uptake value(以下,SUVと略記)max 5.95,脾彎曲部の結腸にSUV max 6.58の集積亢進を認めた(Fig. 2).
PET/CT scan with FDG findings. Increased uptake in the perisplenic area (arrowhead, SUV max of 5.95) and in the descending colon (white arrow, SUV max of 6.58).
上下部消化管内視鏡検査所見:残胃壁および結腸壁に異常所見を認めなかった.
以上より,明らかな腫瘤を認めないものの,脾原発悪性腫瘍,膵癌などを否定しえず,手術を施行した.
手術所見:上腹部正中切開で開腹した.脾臓は超手拳大に腫大しており固く,胃,横行結腸,横隔膜と強固に癒着しており,浸潤を疑った.脾摘,膵尾部切除,胃・横行結腸部分切除,横隔膜合併切除術を施行した.手術時間4時間39分,出血量1,884 gであった.
摘出標本肉眼的所見:病変は12×11 cm大の腫瘤を形成していた.割面では,膵尾部,脾臓,血腫が一塊となっており,全体が線維性の厚い被膜に覆われていた.脾実質内にも血腫を認めた(Fig. 3).
Resected specimens. a: The tumor is 12×11 cm in size. b: The cut surface shows the tail of the pancreas (P), the spleen (S), and the hematoma (H), coated with thick fibrous films. The hematomas are also found in the splenic parenchyma (arrow).
病理組織学的検査所見:膵尾部および脾臓に主座をおく炎症性腫瘤を認めた.リンパ球,形質細胞,好酸球浸潤を伴う線維化の強い病変で,膠原繊維の花筵状配列や膵管周囲炎,閉塞性静脈炎を伴っていた.癒着した胃壁,結腸壁,横隔膜にも同様の病変が連続していた(Fig. 4).免疫組織化学におけるIgG4/IgG比は約40%であった.脾周囲後腹膜IgG4-RDと診断した.
Pathological findings. a (HE staining): A markedly fibrous tumor infiltrated with lymphocytes, plasma cells and eosinophils located predominantly in the tail of the pancreas and the spleen. b (IgG staining): Many IgG positive (brown) plasma cells. c (HE staining): Storiform fibrosis. d (elastic van gieson staining): Obliterative phlebitis (arrow).
術後経過:術後2日目よりISGPF国際基準Grade Bの膵液瘻を認めた.術後35日目よりプレドニゾロン25 mg/day内服開始した.この時点で血清IgG 2,077 mg/dl(基準値870~1,700),IgG4 160 mg/dl(同4.8~105.0)と高値であった.約2週間ごとにプレドニゾロンを5 mg/dayずつ減量し,5 mg/dayを維持量として継続中である.術後2年現在,血清IgG4は基準値内であり,画像上も明らかな再発を認めていない.
IgG4 -RDは,膵臓,肝胆,涙腺・唾液腺,後腹膜腔など全身臓器の腫大や肥厚と血中IgG4高値に加え,病理組織学的に著しいIgG4陽性形質細胞浸潤,線維化,閉塞性静脈炎などを認める疾患群と考えられており,既に単独臓器疾患として確立していた自己免疫性膵炎(autoimmune pancreatitis;以下,AIPと略記)をその代表とする1).IgG4-RDはアジア人に多い疾患であり,本邦における罹患率は人口10万人あたり年間0.28~1.08人と推定されている.また,50~70歳の中高年男性に好発する2).
疾患独自の診断基準があるIgG4関連AIP,Mikulicz病,腎障害および硬化性胆管炎を除く,IgG4-RDの包括診断基準を以下に示す1).1.臨床的に単一または複数臓器に特徴的なびまん性あるいは限局性腫大,腫瘤,結節,肥厚性病変を認める.2.血液学的に高IgG4血症(135 mg/dl以上)を認める.3.病理組織学的に以下の二つを認める.①組織所見:著明なリンパ球,形質細胞の浸潤と線維化,②IgG4陽性形質細胞浸潤:IgG4/IgG陽性細胞比40%以上,且つIgG4陽性形質細胞が10/HPFを越える.上記のうち,1)+2)+3)を満たすものを確定診断群,1)+3)を満たすものを準確診群,1)+2)のみを満たすものを疑診群とする.
後腹膜は本症の比較的頻度の高い罹患部位であり,自己免疫性膵炎に合併する膵外病変としても知られている3).また,特発性後腹膜線維症と診断される症例の30~60%はIgG4-RDに分類されると考えられている4).IgG4関連後腹膜線維症の主な罹患部位は,大動脈周囲,腎盂・尿管周囲,狭義の後腹膜(おもに骨盤内)であり5),脾周囲を中心とする病変はまれと考えられる.また,脾臓の炎症性偽腫瘍の組織所見でIgG4陽性形質細胞を認め,本症の準確診となった症例が報告されているが,その病変は脾臓内に留まっており,周囲への波及は認められなかった6).
IgG4-RDは病変が多臓器に及ぶ全身性疾患であり,PET/CTが本症における活動性炎症巣に高集積を示すことが知られている7).自験例においては膵外に波及したAIPとの鑑別が問題となる.膵内病変に関しては,組織学的にAIPの診断基準を満たしているものの,明らかな膵腫瘤やAIPを疑う画像所見を認めなかった.また,PET/CTで脾周囲に強い集積亢進を認めたが,膵臓には明らかな集積亢進を認めなかった.病理組織学的所見における病変の連続性からも,脾周囲後腹膜を主座とし,脾臓・膵尾部・胃・結腸・横隔膜を含む広範囲に病変の波及を呈したIgG4-RDと診断した.
診断基準においては,できるかぎり組織診断を加えて,各臓器の悪性疾患などと鑑別することが重要であると付記されている1).自験例において,術前に本症の疑いを持てば,画像所見と血清IgG4値に加え,経皮的あるいは内視鏡的針生検により確定診断に至り,手術を回避できた可能性が考えられた.
自験例は脾出血を契機に診断された.PubMedで「spleen」,「hemorrhage」,「IgG4」をキーワードに1950年から2017年まで,医学中央雑誌で「脾臓」,「出血」,「IgG4」をキーワードに1970年から2017年までの期間で検索したところ,脾臓またはその近傍の出血を伴うIgG4-RDは,会議録を除いて2例の報告があった.1例はAIPの脾静脈への波及による脾臓の鬱血が原因と考えられる脾臓破裂の症例8)で,もう1例はIgG4-RDによる全身の多発性動脈瘤に対する糖質ステロイド治療中に脾動脈瘤破裂を発症し死亡した症例9)であった.本症において出血を呈する症例はまれであると考えられる.
自験例の脾出血の原因として,脾実質内においても組織学的に閉塞性静脈炎の所見を認めたこと,切除標本で脾内血腫を認めたことから,脾実質内の静脈閉塞による鬱血が関与した可能性があるが,発症から手術までに時間が経っていることから推測の域を出ない.
IgG4-RDの治療はAIPに準じ,初期治療としてプレドニゾロン0.6 mg/kg/dayを2~4週間投与,その後3~6か月かけて5 mg/dayまで減量し,さらに2.5~5 mg/dayで3年間継続する方法が提案されている.しかしながら再発する症例が多く,再発例に対してはazathioprine,mycophenolate mofetil,methotrexateなどが多く用いられている10).自験例ではプレドニゾロン5 mg/dayで経過観察中であるが,今後も注意深いフォローアップが必要と考えられる.
利益相反:なし