The Japanese Journal of Gastroenterological Surgery
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CASE REPORT
Peritoneal Serous Papillary Adenocarcinoma at the Wound Site of Appendectomy
Fumitoshi MizutaniHideo YamamotoHiroshi HasegawaTatsuyoshi YamamotoMasato MomiyamaYoshinori AoyamaKenji OmoriNaokazu HayakawaTakio Yokoi
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2018 Volume 51 Issue 9 Pages 582-589

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Abstract

症例は85歳の女性で,主訴は右下腹部腫瘤であった.70年前に施行された虫垂切除術の創部に1年前から腫瘤が出現し,出血や排膿が生じたので当科を受診した.腹部CTにて皮膚から腹壁全層にわたり,造影効果を有する55×40 mm大の分葉状腫瘤を認めた.生検結果では腺癌であった.血清CA125が高値であった.上部・下部消化管,卵巣,子宮,乳腺に異常所見は認めなかった.PET-CTでは病変部以外に右腋窩と右鼠径部に集積を認め,遠隔リンパ節転移が疑われた.原発の特定は困難であったため,組織学的診断と症状緩和を目的として手術を施行した.腫瘍は腹壁全層に広がっていた.少量の腹水を認め,細胞診では腺癌を認めた.両側卵巣は正常大であった.腫瘍摘出術および腹壁修復術を施行した.術後病理診断は腹膜漿液性乳頭状腺癌であった.卵巣切除術を併施していないが,術後に卵巣腫大は認めず,腹膜原発の可能性が高いと考えた.

はじめに

腹膜原発漿液性乳頭状腺癌は,卵巣の漿液性乳頭状腺癌に類似した組織像を示すが,卵巣には原発巣を認めず,広範な腹膜播種を伴う癌性腹膜炎の状態で発見されることが多い予後不良な疾患である1).また,精査を行っても腹膜播種を来す明らかな原発巣が特定できず,術前診断に難渋することが多い疾患でもある.今回,我々は虫垂切除術創部に発症し,表皮から腹壁全層にわたって浸潤していたが,明らかな腹膜播種を伴わない,まれな腹膜漿液性乳頭状腺癌の1例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.

症例

患 者:85歳,女性

主 訴:右下腹部腫瘤

家族歴:特記事項なし.

既往歴:70年前に虫垂切除術.糖尿病,高血圧,高脂血症.

現病歴:1年前から虫垂切除術の創部に腫瘤が出現し,1か月前から出血,排膿や疼痛を来したため当科を受診した.

来院時現症:身長150 cm,体重43 kg,体温36.2°C,血圧145/75 mmHg,脈拍80回/分,整.貧血,黄疸は認めなかった.右腋窩と右鼠径部に腫大したリンパ節を触知した.胸部には異常所見を認めなかった.腹部は平坦,軟で,圧痛は認めないが,右下腹部の虫垂切除創部に直径2 cm大の発赤した硬い腫瘤を二つ認め,出血,排膿,疼痛を認めた(Fig. 1).肝臓,脾臓は触知しなかった.

Fig. 1 

There are two solid tumors on the wound site of the appendectomy.

血液生化学検査所見:明らかな異常を認めなかった.腫瘍マーカーのCA125が1,738 U/ml(正常値<35)と高値を認めたが,CEA,CA19-9は正常範囲内であった.

腹部US所見:右下腹部に51.1 mm×43.3 mm×50.0 mmの内部不均一な分葉状腫瘤を認めた.Douglas窩に少量の腹水を認めた.

腹部造影CT所見:右下腹部の手術創部の腹壁全層にわたって造影効果を有する55×41×52 mmの分葉状腫瘤を認めた(Fig. 2).卵巣,子宮には異常所見を認めなかった.Douglas窩に少量の腹水を認めた.

Fig. 2 

Abdominal CT shows a 55-mm, enhanced lobulated tumor in the right abdominal wall.

上部消化管内視鏡検査,下部消化管内視鏡検査ともに異常所見は認めなかった.

PET-CT所見:右下腹部の手術創部に強い集積を認め(Fig. 3a),SUV maxは 22.3であった.右腋窩と右鼠径部にも腫瘤状の集積を認め,リンパ節転移が疑われた(Fig. 3b, c).各々のSUV maxは,右腋窩部が14.9,右鼠径部は19.5であった.他部位に集積所見は認めなかった.

Fig. 3 

PET shows three uptake regions with a SUV max of 22.3. (a) primary carcinoma in the right lower abdominal wall. (b) metastatic right axillary lymph node. (c) metastatic right inguinal lymph node.

また,産婦人科を受診するも,卵巣および子宮に異常所見は指摘されず,乳癌検診でも乳腺に異常所見は認めなかった.

生検を行ったところ,管状,一部乳頭状に増生する腺癌と診断された.

以上より,異所性婦人科系腺癌,皮膚付属器腺癌などを疑い,手術治療を選択した.

手術所見:腫瘤より2 cmのmarginを確保し,周囲脂肪組織,外腹斜筋,内腹斜筋,腹横筋,腹膜を含めて一塊として切除した.腫瘤は腸管には浸潤していなかったが,腫瘤下端には大網が巻き込まれていた(Fig. 4).Douglas窩に淡血性の約20 mlの漿液性腹水を認めた.腹水細胞診は腺癌であった.腹膜にも大網にも明らかな播種は認めなかった.子宮,両側卵巣は正常大であり,肉眼的悪性所見を認めなかった.腹壁欠損部はオプティマイズドPCOメッシュ(Medtronic社)を用いて再建した.

Fig. 4 

The intraoperative picture shows that the tumor in the right lower abdominal wall involves the omentum (arrow).

病理組織学的検査所見:ルーペ像では,虫垂切除術創部に腫瘍が発生していた(Fig. 5).管状乳頭状に増生する腺癌が腹膜から表皮まで広がっていたが(Fig. 6a),腫瘍内に砂粒体(psammoma body)は確認できなかった.なお合併切除した大網には腫瘍性病変を認めなかった.また,免疫染色検査で,腫瘍組織はCK7(+),CK20(−),WT-1(+),PAX8(+),ER(+),vimentin(−),GCDFP(−),CDX(−)であった(Fig. 6b).

Fig. 5 

The tumor occupied the wound of appendectomy.

Fig. 6 

(a) Microscopic findings of the abdominal tumor show papillary adenocarcinoma (HE ×100). (b) WT-1 stains positive.

以上から,漿液性乳頭状腺癌と診断した.卵巣切除術を併施していないので,卵巣漿液性乳頭状腺癌は否定できず,厳密な意味では腹膜原発と断定できないものの,腹膜原発の可能性が高いと考えた.

術後経過:手術後,CA125は1,210 U/mlまで低下した.術後1か月よりcarboplatin AUC 5,paclitaxel 75 mg/m2による化学療法を開始した.1クール終了時にはCA125は505 U/mlまで低下した.3クール終了時に2,051 U/mlまで上昇し,癌性胸膜炎による右胸水貯留を来したため,胸水ドレナージ後にgemcitabineに変更した.術後10か月目の現在も外来にて化学療法を継続中である.術後に卵巣の腫大は認めず,やはり卵巣原発であることは否定的であった.

考察

原発性腹膜癌は,1959年にSwerdlow2)が世界で最初に報告し,大網,横隔膜,腸間膜を覆う腹膜中皮細胞,さらにはこれと連続性がある卵巣表層上皮細胞から多中心性に発生する腫瘍である.卵巣表層上皮性・間質性悪性腫瘍と同様の病態を示し,漿液性腺癌がそのほとんどを占める3).発生母地となる外分泌腺が存在しない腹膜からの腺癌の発生については,「卵巣表層上皮と女性の腹膜中皮はともに胎生体腔上皮を共通起源とし,ミューラー管上皮へ化生して腫瘍化する」というsecondary müllerian system説4)が従来は支持されてきたが,近年では卵管采遠位端の早期病変である卵管上皮内癌が起源であるという新説が注目されている5)

PubMed(1950年~2017年6月)で「primary peritoneal serous papillary carcinoma」のキーワードで検索した結果,209文献の報告があった.医学中央雑誌(1970年~2017年6月)で「腹膜原発漿液性乳頭腺癌」のキーワードで検索した結果(会議録は除く),27文献30症例の報告があった.平均年齢60歳前後の閉経期以降の女性に好発しており6)7),腹部膨満や検診異常という非特異的な愁訴で受診するために早期発見が困難で,また発見時には既に腹腔内転移を来した進行例が大半であることから,予後不良な疾患であり,平均生存期間は17~24か月と報告されている8).腹膜癌は発生頻度が0.3人/100万人と報告9)されているように非常にまれな腫瘍と考えられてきたので,術前に鑑別疾患として挙げることは難しかった.一方,近年欧米を中心に増加傾向が指摘されており10),疾患の認知度も上がっている.本邦においては,これまで腹膜癌の報告は症例報告がほとんどであるため,正確な罹患数は不明であるが,その実数は従来考えられているよりも多いと推察される.疾患認知度が低いために,原発不明の癌性腹膜炎として治療されていることも少なくないと考えられる.日本婦人科腫瘍学会が中心となって腹膜癌の治療ガイドライン11)が作成されているが,消化器外科医がその存在を知らないのが実情であり,今後は本邦でも本疾患の認知度を上げていく必要がある.

原発性腹膜癌の病態は1993年にGynecologic Oncology Group(以下,GOGと略記)で提唱された診断基準1)で最も的確に表現されている.①両側卵巣の大きさは,正常大もしくは良性変化による腫大でなければならない.②卵巣外の病巣が,卵巣表層の病変より大きくなければならない.③顕微鏡的に卵巣の病巣は,以下の一つを満たさなければならない.(a)卵巣に病巣がない.(b)病巣は卵巣表層上皮に限局し,間質への浸潤がない.(c)卵巣表層上皮および間質に病巣があるが,病巣は5×5 mm以内である.(d)卵巣表層の病巣の有無にかかわらず,卵巣実質内の病巣が5×5 mm以内である.④腫瘍の組織学的および細胞学的特徴は,卵巣漿液性腺癌と類似もしくは同一でなければならない.その後,WHOの診断基準も作成されたが,その内容は上記したGOGの診断基準に準拠しており,④に該当する項目はない3)

腹膜癌の臨床診断に際しては,大網(特に大網腫瘤 omental cake),上腹部腹膜・腸間膜・骨盤内腹膜の腫瘤性肥厚,腸管壁の肥厚,多量の腹水,さらに血清CA125値の異常高値や腹水中の腺癌細胞の存在12)などの特徴的検査所見に加え,卵巣は正常大で,消化管,胆囊,膵臓,乳腺などの他臓器原発が除外できれば,腹膜癌を強く疑う13).腹水や腹膜播種も認めない非典型的な腹膜癌に対しては,診断的腹腔鏡下手術が有効であったという報告14)も増えている.低侵襲下に腹腔内を観察ができ,組織診が可能である.

腹膜癌の進行期分類は一般に卵巣癌のFIGO分類(International Federation of Gynecology and Obstetrics)が用いられており,治療も卵巣漿液性腺癌(III,IV期)に準じて行われる15).すなわち手術療法として可及的に最大限の腫瘍減量術と,卵巣癌に対する標準的化学療法である3週間毎のパクリタキセルとカルボプラチンの併用療法(conventional TC療法)を組み合わせた集学的治療が原則とされている.手術術式としては,腹膜癌の特徴として,約50%に子宮漿膜への顕微鏡的転移を,さらには約30%に子宮漿膜への肉眼的転移を認め16),子宮内膜細胞診では腹水中に出現するものと同様の腺癌細胞を認める場合があること17)から,進行卵巣癌の手術術式に準じて,腹膜癌でも卵巣切除術に加えて子宮全摘術も併施したほうが良いとされている.しかし,通常の可及的最大限の腫瘍減量手術では,その侵襲は大きく,手術時間の延長や出血量の増大,さらには深部静脈血栓症,胸水貯留などの周術期合併症のリスクも高まるので,慎重に術式選択を行う必要がある18)~20)

自験例は高齢で,初診時にすでに遠隔転移を認めていたうえに,本人と家族が根治術ではなく,組織診断と局所症状の緩和のみを希望したので卵巣切除術は控えた.このため,卵巣漿液性乳頭状腺癌を組織学的に否定できず,厳密な意味では腹膜原発と断定できなかった.多くの報告例でも,腹膜癌と術前診断ができずに,原発不明癌として手術が施行されているが,肉眼的卵巣病変を認めなかったために卵巣切除術が省略されており,厳密な意味では自験例と同様にGOGの診断基準を満たさないため,腹膜原発とは断定できないと考える6)7).一方,卵巣切除術の結果,肉眼的には病変を認めなかったが,組織学的に病変を認めた症例も報告されている21).原発不明癌に対して腫瘍切除術を施行する際には,腹膜癌の可能性を念頭におき,原発性腹膜癌の診断基準上で重要な卵巣切除術を併施するべきか検討することが重要である.自験例では術後の経過観察中においても,卵巣の腫大は認めず,やはり卵巣原発であることは否定的であり,腹膜原発の可能性が高いと診断した.

自験例の特徴としては,前述した特徴的な腹膜播種所見は認めず,虫垂切除術創部に出現した腫瘤が主訴で,検査異常が血清CA125の異常高値のみであったために術前診断に苦慮した.体表に露出した腹壁腫瘤の場合,臨床的には異所性婦人科系腺癌,皮膚付属器腺癌,あるいは消化器や乳腺など,その他の腺癌の転移を鑑別診断に挙げる必要があった.病理学的には悪性中皮腫,卵巣上皮癌との鑑別が必要であった.鑑別方法として免疫組織化学的検査が有効とされているが,腫瘍が体表に露出し,容易に生検が可能であったので,術前に詳細な免疫組織化学的検査を追加すべきであったと反省している.悪性中皮腫との鑑別は,CK5/6とCEA,腺癌の多くで陽性となるBerEP4,中皮腫で陽性となるcalretininの組み合わせにより,90%以上の症例で可能とされている22).また,Müllerian carcinomaに特異度が高く,単独でも免疫組織化学的に卵巣漿液性腺癌と悪性中皮腫との鑑別が可能なPAX8も導入されてきている23).卵巣上皮癌との鑑別に有用な免疫組織化学的マーカーが存在しないために,現状では前述したGOGの診断基準に基づいて施行するしかない.自験例では,免疫組織染色検査で上皮系マーカーであるcytokeratinのCK7(+)/CK20(−)という,卵巣非粘液性癌,乳癌,子宮内膜癌などを示唆する染色特性による組み合わせの結果と,卵巣・卵管・腹膜原発の漿液性腺癌でびまん性に強陽性を示すWT-1が陽性であったこと,前述のPAX8も陽性という結果から,総合的に腹膜漿液性乳頭状腺癌と診断された.間葉系マーカーであるvimentinやアポクリン上皮のマーカーであるGCDFPが陰性であったことから皮膚付属器腺癌は否定的であり,十二指腸から直腸までの粘膜上皮のマーカーであるCDX2も陰性で,他の消化器の腺癌の転移も否定的であった.

自験例は明らかな腹膜播種を認めなかったことと腫瘍下端部の腹膜が欠損していたことから,70年前の虫垂切除術創部下の腹膜から腫瘍が発症し,腹壁内を局所的に進行していったものと考えられる.腹膜癌は一般的には後腹膜リンパ節転移を約50~70%に認め,下腸間膜動脈より頭側の左側傍大動脈リンパ節に最も転移頻度が高い24)とされる.自験例は腹壁内進行という特殊性から,早期の段階で腋窩リンパ節や鼠径リンパ節へと転移した可能性があり,それもまた術前診断に苦慮する一因であった.同様の腋窩リンパ節転移症例として,腹膜播種のある卵巣癌で腹壁リンパ路を通り腋窩リンパ節に転移したと考えられる症例25)が報告されている.

本症例は虫垂切除術創部に出現した腫瘤が主訴で,検査異常が血清CA125の異常高値のみのまれな腹膜癌であったために術前診断に苦慮した.切除検体に対して,腹膜癌を考慮した免疫組織化学的検査を組み合わせることで最終診断が可能であった.今後同様の症例に対しては,腹膜癌も鑑別診断に含めて診療することが必要である.

利益相反:なし

文献
 

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