2019 Volume 52 Issue 4 Pages 198-204
症例は74歳の男性で,自宅で転倒し下顎を打撲した.その後胸のつかえ感や食欲低下を訴えていた.転倒から2週間後,自宅で倒れているところを発見され救急搬送された.胸部X線検査,CTにて義歯誤飲による食道損傷を疑い,上部消化管内視鏡検査を施行すると胸部下部食道に義歯と食道全層に及ぶ損傷を認めた.義歯は可動性不良で内視鏡による除去は困難であった.受傷から長期間経過し,縦隔炎を併発しており,穿孔部の縫合閉鎖は困難と判断し胸腔鏡下に食道切除する方針とした.手術は腹臥位で行った.胸部下部食道周囲は高度の炎症を伴い膿瘍化していた.同部位の食道壁から義歯の一部が露出していた.義歯は鉗子で牽引して胸腔内に誘導し,バッグに回収した.腹腔鏡操作後に臍部から体外に摘出した.損傷した食道は切除し,頸部食道瘻,胃瘻,空腸瘻を造設し手術を終了した.術後は合併症なく経過し,術後第21病日に療養目的に転院となった.

A 74-year-old man lost consciousness and arrived at our hospital by ambulance. He had experienced chest tightness and appetite loss for two weeks after falling and bruising the lower jaw. A chest X-ray and CT images revealed a denture with clasps in the lower thoracic esophagus. Endoscopic removal was difficult because the denture did not move. For this reason, a surgical approach was selected. The patient was placed in the prone position with left-lung ventilation. The esophagus was dissected and the upper thoracic region was then transected via a thoracoscopic approach. An abscess had formed around the damaged lower esophagus and the clasps of the denture protruded outside the esophageal wall. The denture was removed from the esophagus and immediately placed in a plastic bag to avoid contamination and injury. With the patient in the dorsal position, we performed laparoscopic dissection of the esophageal hiatus from the abdominal cavity, then the thoracic esophagus and the denture in the bag were pulled into the abdominal cavity. A perforated duodenal ulcer was diagnosed intraoperatively and omental repair was also performed. The abdominal esophagus was transected and specimens were removed via the umbilical wound. A cervical esophagostomy, gastrostomy, and jejunostomy were created. The surgical duration was 322 minutes and blood loss was 170 ml. No major postoperative complications arose and the patient was transferred to an affiliated hospital on postoperative day 21.
食道穿孔の原因としては特発性,医原性,外傷性,異物性などが挙げられる1).中でも異物による食道穿孔は,食道異物症例の5.6%~9.7%を占めるとされ2)3),特に有鈎義歯は鋭利な部分を有し,粘膜損傷や粘膜刺入,穿孔を来しやすい4).このため義歯誤飲は外科的治療を要することが多いが,解剖学的にも周囲に重要臓器が存在するため重篤な合併症を併発することも多く,患者の全身状態,併存症,初療開始時期に応じて適切な対応が必要である.今回,我々は義歯誤飲による食道穿孔に対して胸腔鏡下手術を施行した1例を経験したので報告する.
患者:74歳,男性
主訴:胸部つかえ感,食欲低下
既往歴:陳旧性脳梗塞,高血圧
現病歴:自宅で転倒した際に下顎を打撲し,その後胸部つかえ感や食欲の低下を訴えるようになった.転倒から1週間後,近医受診し下顎X線検査を施行されたが,特に異常は指摘されなかった.転倒から2週間後,自宅トイレで倒れているところをホームヘルパーが発見し,救急要請した.
入院時現症:体温35.2°C,血圧150/123 mmHg,脈拍82回/分・整,JCS3,視触診上頸胸腹部に異常なし.下顎に打撲痕あり.
血液生化学検査所見:白血球23,800/μl,CRP 2.27 mg/dlと炎症反応は高値を示し,血中ヘモグロビン値8.8 mg/dl,ヘマトクリット27.5%と貧血を認めた.クレアチニン2.3 mg/dl,尿素窒素71 mg/dl,総蛋白6.5 g/dl,Na 156 mmol/l,血小板48.7×104/μl,と脱水が疑われた.
胸部X線検査所見:下縦隔に義歯を認めた.明らかな縦隔気腫,皮下気腫は認めなかった(Fig. 1).

Chest X-ray imaging findings. The denture is evident in the lower mediastinum (arrow).
胸腹部造影CT所見:胸部下部食道に義歯をX線高吸収構造物として認めた.構造物は大動脈に近接していた(Fig. 2a).縦隔気腫を認めたが明らかな膿瘍形成は認めなかった(Fig. 2b).

CT findings. The denture is located in the lower esophagus of the chest (a; arrow) and emphysema is evident along the esophagus in the mediastinal region (b; arrows).
上部消化管内視鏡検査所見:切歯から40 cmの胸部下部食道に義歯を認めた(Fig. 3a).その口側に裂創を認めた(Fig. 3b).内視鏡的除去を試みるも,義歯は深く食道粘膜に刺入し可動性不良であり,副損傷の発生が懸念されたため,除去困難と判断した.脱水,貧血,縦隔感染疑いに対し補液,抗菌薬投与し,食道穿孔に対し同日緊急手術の方針となった.

Endoscopic findings. The clasp denture has stabbed the lower esophagus (a) and all layers of the esophageal mucosa are lacerated in the coronal direction relative to the denture (b; arrows).
手術所見:全身麻酔下に腹臥位で手術を開始した.左片肺換気とし,右肺を虚脱させた.中腋窩線第3肋間,後腋窩線第7肋間に5 mmポート,後腋窩線第5肋間,肩甲下線第9肋間に12 mmポートを留置し胸腔鏡操作を行った.
奇静脈弓やや尾側の胸膜切離を行い食道を同定し,食道と周囲組織との剥離を胸部中部食道から口側に向かって進めた.食道は損傷部口側の胸部上部食道で離断した.引き続き尾側に向かって同様の処理を進めると,胸部下部食道周囲の胸膜は高度の炎症を伴い著明に肥厚しており,膿瘍化を認めた(Fig. 4a).剥離操作を加えると内腔より膿汁の流出を認めた(Fig. 4b).同部位で脆弱な食道壁から義歯の金属部分が露出していた(Fig. 4c).義歯は可動性不良であったため,穿孔部に切開を加えこれを延長した.可動性が改善したことを確認し,副損傷を来さないように十分留意し鉗子で牽引,胸腔内に義歯を誘導した(Fig. 4d).胸腔内の副損傷や汚染防止目的に,義歯は直ちにバッグ内に回収した(Fig.-video 1).

Intraoperative findings. Thickened and abscessed pleura (a; yellow arrows). Oral esophagus stump (a; blue arrow). Pus discharges from the abscess (b). Intrathoracic findings (c). Part of the denture is exposed from the esophageal wall (d; arrow). The denture was pulled into the thoracic cavity using forceps (e).
Fig.-video 1 The thoracoscopic esophagectomy for perforation of the esophagus caused by accidental swallowing of the denture. The abscess discharges pus when the thickened, abscessed pleura is peeled. Part of the denture shows from the esophageal wall. The denture was pulled into the thoracic cavity with forceps and secured in a sterile plastic bag to avoid contamination and secondary damage.
続いて仰臥位に体位を変換し,臍部に12 mmポート,左右側腹部にそれぞれ5 mm(頭側外側),12 mm(尾側内側)ポートを留置し,腹部操作を開始した.十二指腸と肝臓とが癒着しており,鈍的に剥離すると十二指腸潰瘍穿孔の併発が明らかになった.長期間の摂食不能,義歯誤飲によるストレス性十二指腸潰瘍穿孔が疑われた.穿孔部には大網充填を施行した.
次に食道裂孔を開大し胸腔内と交通させると,バッグに入った義歯と食道を腹腔内に牽引した.食道は腹部食道レベルで離断しバッグに収納した.義歯,食道は臍部創より体外に摘出した.
経腸栄養管理目的に空腸瘻を,胃内ドレナージ目的に胃瘻を造設した.なお,胃瘻は胃管による二期的再建を想定して,胃体中部やや小彎側に20Fr胃瘻カテーテルを留置した.食道断端は頸部食道瘻とし手術を終了した.手術時間は322分.出血量は170 gであった.
摘出標本肉眼所見:食道粘膜面に全層に及ぶ裂創を認めた(Fig. 5a).摘出した異物は6×3 cmと大きく,蟹爪状の金属の鈎(クラスプ)を有するブリッジ状の義歯であった(Fig. 5b).

Details of damage and denture. The esophageal wall is severely injured (a). The denture with clasp measures 6×3 cm (b).
術後経過:重大な合併症なく経過し,術後第21病日に,療養目的に転院となった.術後約7か月,現在に至るまで全身状態は問題なく経過している.リハビリテーション継続によりADLは改善傾向にあるものの,術前からの脳梗塞後遺症による構音障害や右不全片麻痺のため,二期的再建術の適応について慎重に検討中である.
義歯による食道穿孔は比較的まれな疾患である.特に胸腔鏡下に本疾患を治療した症例は極めて少なく,医学中央雑誌で1970年から2017年の期間で「義歯」,「食道」,「胸腔鏡」をキーワードとして検索したところ(会議録除く),症例報告は2例のみであった5)6).報告例は2例とも胸腔鏡下に義歯を摘出し穿孔部の閉鎖を施行した症例であり,胸腔鏡下に食道切除を施行した報告例は自験例が本邦初であった.
義歯誤飲症例の中で,特に蟹爪状の鋭い鈎(クラスプ)を有するブリッジ状の大型有鈎義歯は,鈎が咽頭や食道などの消化管粘膜を損傷,刺入することもまれではない4).損傷部位によっては気道への穿通,血管への穿通による出血を来す危険もある.自験例のように食道後壁を損傷した症例では大動脈や気管など重要臓器損傷の危険性も高く,慎重な対応が必要であると考えられる.さらに,穿孔後時間が経過し初療が遅れると,縦隔炎を来し致死的ともなりうる4).自験例でも穿孔後長時間経過し縦隔炎を生じていた.義歯誤飲症例の基礎疾患としては脳梗塞,統合失調症,認知症などが多い.これら基礎疾患のため,本人・家族ともに誤飲に気付かず初療が遅れることもある7).このため,脳梗塞や精神疾患などの基礎疾患を持つ患者が胸部つかえ感などの症状を訴えた場合には,異物誤飲も念頭におく必要がある.
義歯に限らず,異物による食道穿孔の治療は,保存的治療,内視鏡的除去,外科的治療とに分けられる.Cameronら8)は穿孔が縦隔内に限局し,穿孔部を通じて食道内にドレナージが良好で,臨床症状や感染徴候が軽度である場合には保存的治療が可能であると報告しているが,現在一定の見解は得られておらずさらなる症例の蓄積が待たれる4).可能であれば低侵襲性から内視鏡下での除去が望ましいが,穿孔異物が有鉤義歯の場合,鉤が食道粘膜を損傷しやすく,食道壁に刺入し固定されることで,時として内視鏡的摘出が困難となることも少なくない.有鉤義歯の内視鏡的摘出限界は3 cmとされ9),自験例では6 cmと大きく,食道粘膜に刺入しており摘出は困難であった.内視鏡的摘出が困難である場合には外科的治療を要するが,全食道異物症例中,内視鏡的摘出が困難で外科的治療を要した症例は0.2~3.6%であるのに対して,義歯異物症例に限ると9.5~33.3%とやや多い傾向にある10).また,有鈎義歯においては内視鏡的摘出時に副損傷を来し外科的治療が必要になる可能性もあるため,義歯誤飲症例では常に外科的治療も念頭において治療にあたる必要がある.外科的治療は,我が国においては食道穿孔部の閉鎖とドレナージが主流であるが,穿孔部の一期的閉鎖は発症後12~24時間以内に行わなければならないと報告されている11).また,過去には穿孔に対する開胸手術後の縫合不全による死亡例も報告されている12).自験例でも発症後約2週間経過しており,穿孔部に感染を認めたため,一期的縫合閉鎖は困難と判断し,食道切除の方針とした.さらに,全身状態から,再建後の縫合不全のリスクが高いと判断し,一期的再建は行わない方針とした.
術式に関し,一般的に開胸手術は胸壁の破壊を伴い手術侵襲も大きく,術後創感染を起こす危険性が高いのに対して,胸腔鏡下手術では低侵襲で創感染の危険性も低い13)~15).胸腔鏡下での手術は胸腔内の汚染物の除去が不十分になるとの指摘もあるが13),自験例では膿瘍部位は限局しており,十分な洗浄ドレナージが可能であった.また,腹臥位での胸腔鏡下食道切除術は中下縦隔の視野展開が容易であるとされている16).自験例でも義歯が下部食道に位置しており,良好な視野を得ることができたため,合理的な術式であったと考えられた.
以上から,義歯誤飲症例に対し外科的治療を行う際に胸腔鏡手術は非常に有用であり,選択肢の一つになりうる.しかし,胸腔鏡下食道切除術は食道癌における食道切除術の37.6%と,まだ広く普及しているとはいえない17).このため,その適応条件としては実施施設が胸腔鏡下食道手術に熟練していることがあげられる.
義歯誤飲症例は初療開始時期や併存症および全身状態を考慮し,症例に応じた適切な対応が求められる.その中で縦隔膿瘍を形成した重症例に対しても胸腔鏡下手術は有用と考えられ,さらなる症例の蓄積が期待される.
利益相反:なし