2020 Volume 53 Issue 1 Pages 54-60
症例は86歳の女性で,2008年に左側大腸炎型の潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis;以下,UCと略記)と診断され,他院で加療されていた.2018年2月に高熱,血便を認め,UCの増悪が疑われ当院紹介となった.入院後,意識レベルの低下と貧血の進行を認めた.UCの急性増悪と考え,結腸全摘,回腸人工肛門造設術を施行した.手術後も意識レベルの改善を認めず,髄膜刺激症状を認めたため,髄液検査を施行した.蛋白・細胞数上昇,髄液糖/血糖:0.25(<0.4)であり,細菌性髄膜炎と診断した.術前の血液培養でListeria monocytogenesを認めたため,リステリア髄膜炎と考えられた.症状は抗生剤アンピシリンとゲンタマイシンの投与にて改善した.本症例は,活動性のUCであり,消化管から菌が侵入したと考えられた.UCに合併したリステリア髄膜炎は本邦では極めてまれな症例であり報告する.
An 86-year-old woman was originally given a diagnosis of left-sided colitis-type ulcerative colitis (UC) in 2008 and received treatment at another hospital. In February 2018, high fever and bloody stool were noted, and she was referred to our hospital because of UC exacerbation. The patient was found to be affected by a reduced level of consciousness and anemia progression, and total colectomy and ileostomy procedures were performed for acute exacerbation of UC. Following surgery, the level of consciousness did not improve and meningeal symptoms were observed, thus a cerebrospinal fluid examination was performed. Cerebrospinal fluid test findings showed elevated protein and cell counts, and a cerebrospinal fluid glucose/blood glucose ratio lower than 0.4, which led to a diagnosis of bacterial meningitis. Furthermore, preoperative blood culture findings revealed Listeria monocytogenes, thus the case was considered to be Listeria meningitis. The condition of the patient improved with antibiotic administration of ampicillin and gentamicin. This was an active UC case, in which bacterial invasion from the digestive tract was considered to have occurred.
リステリア髄膜炎は,細菌性髄膜炎の約0.7%であり,まれである1).リステリア髄膜炎は,本邦では新生児における主要起炎菌の一つとされているが,米国では,明らかな基礎疾患を持たない高齢者や妊婦などの成人や,免疫不全状態の人においても主要起炎菌の一つとして考慮すべきとされている2)3).潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis;以下,UCと略記)に合併した細菌性髄膜炎は本邦ではまれであるが,ステロイドやアダリムマブ(adalimumab;以下,ADAと略記),インフリキシマブ(infliximab;以下,IFXと略記)などの治療によって易感染性の状態にあるため,念頭に置く必要がある.
症例:86歳,女性
主訴:発熱,血便
現病歴:2008年に腹痛,血便で発症の左側大腸炎型のUCで,5-アミノサリチル酸製剤や,ステロイドなどで加療していた.2012年にステロイド依存性のため,チオプリン製剤や白血球除去療法を行うも,ステロイドが離脱できず,2013年にADAを開始し,ステロイドを離脱した.ADAの効果減弱のため2015年にIFXに変更し,以後症状は安定していた.2018年2月中旬に高熱,腹痛を認め近医を受診した.炎症反応上昇と血便を認めたため,UCの再燃と判断し,当院転院となった.
既往歴:2型糖尿病,左変形性股関節症,甲状腺機能低下症
家族歴:特記すべきことなし.
入院時身体所見:身長154 cm,体重43 kg,BT 38.2°C,BP 139/82 mmHg,HR 75回/分.意識清明で,Glasgow Coma Scale(以下,GCSと略記)はE4,V5,M6であった.腹部所見では左側腹部から下腹部にかけて圧痛を認めた.
入院時血液検査所見:WBC 4,480/μl(Stab 27.5%,Seg 64.5%,Lym 3%,Mono 2%),CRP 27.71 mg/dl,Hb 9.8 g/dl,血糖249 mg/dl,PT-INR 1.03,D-Dimer 1.63 μg/ml,赤沈1H 54 mmと高度の炎症と貧血を認めていた.
入院時便培養所見:明らかな異常所見は認められず,Clostridium difficile toxinは陰性であった.
入院時の臨床的重症度分類:便回数は8回/日で,血便を認め,BT 38.2°C,Hb 9.8 g/dl,赤沈1H 54 mmであり,重症と診断した.
入院時胸腹部骨盤造影CT所見:直腸から横行結腸にかけて壁肥厚を認め,UCによる変化と考えられた(Fig. 1).
CT image showing wall thickening from the rectum to the transverse colon.
入院時下部消化管内視鏡検査所見:直腸から左側結腸を中心に広範な粘膜脱落,出血を伴う著明な潰瘍形成を認め,UCの活動期内視鏡所見による分類では強度であった(Fig. 2).
Endoscopic appearance of the rectum to the sigmoid colon. There are remarkable multiple ulcers accompanied by bleeding.
経過:絶食,抗生剤メロペネム1 g×3回/日,タクロリムス6 mg/日投与を開始するも,症状の改善はなく,入院後2日目に意識レベルの低下を認め,GCSはE3,V4,M5であった.同日に胸腹部骨盤造影CTを行ったが肺塞栓は認められず,骨盤内に腹水を認めた.また,頭部単純CTでも明らかな異常所見は認められなかった(Fig. 3).髄膜刺激症状も認められなかった.腹部症状は意識レベルの低下により腹膜刺激症状などは評価困難であったが腹部全体に圧痛による開眼を認め,圧痛の範囲は拡大していた.入院時から重症の状態であり,下血も増加し,頻呼吸で意識レベルの低下を認め,血小板値14万/μl,GCS 12で,Sequential Organ Failure Assessmentスコアは3点であり,敗血症の状態であった.緊急MRIはすぐに施行困難な状況で,また全身状態不良で早期の外科的介入が必要な状態であり,UCの急性増悪によるものと考えられ,緊急手術目的に当科転科となった.
No abnormality was found in head CT.
手術所見:開腹所見では中等量の腹水を認め,左側結腸を中心にUCの病変を認め(Fig. 4),漿膜面の炎症は中等度であった.全身状態と年齢を考慮し,結腸全摘し,直腸は腹膜翻転部より少し肛門側で切離し,断端は腹膜とともに閉鎖した(ハルトマン手術とした).回腸人工肛門を造設し,手術を終了した.
In the resected specimen of the colon, inflammation of the mucous membrane was found around the left side of the colon.
術後経過:術後抜管は可能であったが,意識障害は改善しなかった.翌日に再度呼吸状態増悪し,再挿管を行った.血液培養からListeria monocytogenes(以下,L. monocytogenesと略記)が検出されていたこと(Fig. 5),術後第2病日に髄膜刺激症状,左上肢に痙攣などを認めたことから,髄液検査を行った.髄液は黄色透明で,髄液中の細胞数763/3 μl,蛋白249 mg/dl,糖46 mg/dl,多核球5,単球95,初圧12.5 cmH2O,血糖は184 mg/dlであった(Table 1).蛋白・細胞数上昇,髄液糖/血糖(cerebrospinal fluid glucose/blood glucose;以下,C-Glu/Gluと略記):0.25(<0.4)であったため,細菌性髄膜炎が疑われた.髄液の培養検査で菌は検出されなかった.髄液で単核球優位であったこと,血液培養からL. monocytogenesが検出されたことから,リステリアによる髄膜炎と診断した.同日から髄膜炎に対し,アンピシリン(ampicillin;以下,ABPCと略記)2 g×6回/日,ゲンタマイシン(gentamicin;以下,GMと略記)60 mg×2回/日を開始した.人工呼吸器からの離脱ができず,術後第18病日に気管切開を行った.術後第21病日に髄液所見は改善した(Table 2).意識レベルも改善し,その時点のGCSはE4,VT,M6であった.術後第22病日に抗生剤を中止とした.術後第41病日にスピーチカニューレに交換し,術後第51病日に内科転科となった.その後胃瘻造設を行い,リハビリテーション目的で転院となった.
Gram-stained image of Listeria monocytogenes.
C-Glu | 46 mg/dl |
C-protein | 249 mg/dl |
Cell number | 763/3 μl |
Multinuclear cells | 5 |
Monocytes | 95 |
Initial pressure | 12.5 cmH2O |
Final pressure | 10.5 cmH2O |
Properties | Yellow and transparent |
C-Glu | 53 mg/dl |
C-protein | 92 mg/dl |
Cell number | 78/3 μl |
Multinuclear cells | 0 |
Monocytes | 100 |
Initial pressure | 9.5 cmH2O |
Final pressure | 8.5 cmH2O |
Properties | Colorless and transparent |
UCにリステリア髄膜炎を合併した症例は極めてまれで,医学中央雑誌(1964年~2018年)で「潰瘍性大腸炎」,「細菌性髄膜炎」をキーワードとして検索したところ,本邦での報告例は3例であった.うち1例がL. monocytogenesによるものであった4).
L. monocytogenesは人畜共通感染を引き起こすグラム陽性桿菌で,家畜に感染するとその糞便を介して環境に広く分布し,食肉,生乳,農産物などの食材に汚染がみられるとされている.冷蔵保存でも増殖可能である.汚染食品を経口摂取し,腸管に侵入・定着することで感染する5)~7).潜伏期間は11日から70日と幅が広く,原因食品の特定は困難である8).本症例でも,原因となるような食品は不明であった.L. monocytogenesは,通常は経口摂取後に胃酸で殺菌される.しかし,胃酸分泌抑制薬を内服していると,腸管まで到達する危険性が高くなるとされている7).今回の症例ではプロトンポンプインヒビター阻害薬を以前から内服していたため,感染のリスクが高かったと考えられた.
L. monocytogenesは高齢者や,糖尿病,およびステロイド,免疫抑制剤を使用している患者に対して敗血症および髄膜炎の原因となる2)3).軽度の下痢などの腸炎症状はリステリア感染の主な症状ではなく9),多くの症例では,急激な意識障害を伴い,38~39°Cの発熱,頭痛,嘔吐,痙攣など中枢神経症状を併発する頻度が高い5).一部の患者では,リステリア腸炎が典型的な症状に先行することがあり4),炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease;以下,IBDと略記)などは,腸管へのL. monocytogenes感染の危険因子である可能性があると報告されている10).また,IBDや膠原病などでよく使用される免疫抑制剤や生物学的製剤は,L. monocytogenes感染による臨床症状の発症リスクを高くするとされている3)4)7)11)~14).本症例では,入院時に便回数増多,血便と発熱を認めていたことから,リステリア腸炎がUCを悪化させ,敗血症と髄膜炎を引き起こし,意識障害が出現した可能性も示唆される.また,本症例は2型糖尿病を合併し,最近までIFXなどを使用しており,十分なリスクを有していた.
リステリア髄膜炎に対する治療は,ガイドラインによると,ABPCが標準治療とされており,GMの併用が推奨されている.投与期間は21日以上とされている15).また,全てのセファロスポリンに耐性であり,カルバペネム系の抗菌薬は臨床的に有効であったとする報告16)や,無効であったとする報告17)が混在する.本症例では髄膜炎を疑った直後からABPC+GMの投与を21日間行い,髄膜炎の改善を認めた.
リステリア髄膜炎は死亡率が17~27%と高い菌であり,迅速な診断と適切な抗菌薬治療の早期開始が必要となる18).しかし,リステリア髄膜炎は髄液培養の結果以外は特異的な所見に乏しく,さらに髄液や血液培養でも検出できないことも多く,診断は非常に難しいとされている1).また,髄液の所見として,細菌性髄膜炎では初圧高値,蛋白数上昇,C-Glu/Glu<0.4であることが特徴的とされており,リステリア髄膜炎の1/3の症例に,髄液で単核球優位の細胞増多を示すとされている19).今回は血液培養でL. monocytogenesを認めていたことと,髄液検査で単核球増多を認めていたことからリステリア髄膜炎と診断しえたが,免疫抑制療法を受けているUC患者が下痢や発熱の悪化などの病歴を有する場合は,鑑別診断においてリステリア腸炎を含めるべきである.
UCでは腸管粘膜バリア機構の脆弱性により消化管から菌が侵入することが考えられ,L. monocytogenes以外の菌も髄膜炎の原因として報告されている20)が,髄膜炎の症状が,高齢および免疫抑制剤で治療されているUC患者で観察される場合は,致死率の高いリステリア髄膜炎を考慮する必要があると考えられた.
今回の症例では,リステリア髄膜炎を手術前から発症していた可能性が高い.しかし,当科では以前に高齢者のUC患者の緊急手術症例の致死率が非常に高く,高齢患者の緊急手術が必要な症例では早期に判断し,より早期に手術をすることで周術期の死亡のリスクは軽減すると報告している21).今回の症例では,敗血症も併発しており,それによる意識障害も考えられる.また,高齢重症のUC症例で,転院時すでに手術適応であったことから,術前にリステリア髄膜炎と診断されていても,投薬のみで髄膜炎は改善した可能性はあるが,敗血症からの離脱は困難であり,早期の手術加療は必要であったと考えられる.実際に今回の症例では結腸全摘後には炎症反応は急激な改善を認めていた.また,このような症例では,長時間の手術は侵襲的であるため結腸全摘にとどめ,状態が安定してから分割手術を行うことが望ましいと考えられる.
利益相反:なし