2020 Volume 53 Issue 1 Pages 98-104
手術記録は公文書としての医療行為の記録だけでなく,合併症発生時の原因究明や再手術の際の参考になり,さらに自身・後輩のための教育ツールとしても重要な意味を持つ.したがって,正確で分かりやすいだけでなく,術者の思考や意図がわかるような記録である必要がある.これらを理解しやすくするためにイラストは最も重要であり,作成にあたっては幾つかポイントがある.筆者は「見ただけで手術がわかる」をモットーに手術イラスト描きに取り組んでいる.本稿では,腹腔内の状態,視野展開,術式の根拠などのオペレコに記載すべき要素をどのように表現するか,筆者が描いてきた手術イラストを抜粋しながら,我々の考えるイラスト描きのポイントを紹介する.
当科における手術記録は基本的に専攻医が作成し,指導医に添削指導してもらい,指導責任者である教授の承認を得て完了する.また,教室の方針としてイラストを重視しており,臨床カンファレンスでは術中のイラストを提示しながら術後報告を行う.イラストの中で,解剖や重要な手技に誤りがあると,カンファレンス中もしくはカンファレンス後に指導を受け,修正する.手術記録においてイラストは極めて重要であり,時にはA4何枚にも及ぶ文章より1枚のイラストが手術を端的に表すことは言うまでもない.手術記録の読み手は,紹介元の医師や再手術になった際の執刀医,術後管理をともに行う他の医師やメディカルスタッフ,カンファレンスに参加している学生,結果説明を受ける患者や家族などさまざまである.理解してもらうことが最も重要であり,イラストは複雑で理解しづらいものでなく簡潔で,重要なポイントを強調するように心がけるべきである.
本企画に提出した症例を提示する(Fig. 1).80歳,女性.下行結腸を主座とする長径11cm長の全周性の結腸癌で,腹壁および左卵管,左尿管への浸潤が疑われた症例であった.開腹時の写真(Fig. 2a)を見ただけでは腫瘍の広がりや全体像が把握できないが,イラスト(Fig. 2b)にすると下腸間膜動脈や左卵巣,腹壁との関係がわかりやすい.本手術のポイントは左尿管との剥離であり,ここでのイラスト描きのポイントは,尿管と腫瘍が近接する部分以外を全て授動し,尾側で尿管をテーピングしてから,最後に同部を剥離した様子が理解できることである(Fig. 2c).摘出後の腹腔内所見は,写真(Fig. 2d)では十分に伝わらないが,腹壁が合併切除され,Gerota筋膜が露出し,尿管が無事温存されたこと(Fig. 2e)をイラストで表現することで,腹腔内の状況が理解しやすく,後々腹部手術をすることになっても参考になる.
The operation record of left colectomy with combined resection of left oviduct and abdominal wall. The operation record in our department is consisted of manuscript and some illustrations.
(a) Photograph of the huge colon tumor. A huge expanding mass was located in the descending colon. (b) Schema of descending colon cancer and its surrounding organs. The tumor had invaded the left oviduct and abdominal wall. (c) Schema of surgical procedure. The tumor was adjacent to the left ureter, and removing the tumor from the ureter was the critical point in this operation. This schema illustrates that mobilization of the transverse colon and sigmoid colon was performed before dissecting the tumor from the ureter. (d) Photograph of the inside of the abdomen after colectomy. The abdominal anatomy cannot be understood from this photo alone. (e) Schema of the inside of the abdomen after colectomy. The abdominal anatomy and the operation we performed can be understood from this schema.
定型的な手術に関しての手術記録の記載法やイラストの描き方は,経験を積むとある程度型が決まってくる.しかし,非定型的な手術でイラストではどう表現すべきか苦慮する場合には,あらかじめ自分なりのイラスト描きのポイントや注意事項を決めておくことが重要である.イラスト描きの大原則は,デフォルメ,強調,簡素化である.オペレコの絵はあくまで差し込みのイラストに過ぎず,絵画ではない.重要なポイントは強調して,不要な部分は削ってシンプルに作成すべきである.すなわち写実的で芸術的な絵である必要性は全くない.我々は外科医であり,術後は患者の状態の把握と全身管理を最優先すべきである.患者の状態が安定し,1日の仕事が終了し,少しゆっくりできる時間でのイラスト描きをお勧めする.自己満足のために患者管理がおろそかになってはいけないと考えている.
イラスト描きの基本事項基本的にシンプルな絵を心がける.臓器の描き方では,輪郭を下書きした後に,ネームペンのようなしっかりした1本の実線でなぞる.筆者は癒着を斜線で表現することが多い.臓器の縁を多重線で描いてしまうと全体的に線だらけのごちゃごちゃしたイラストになってしまうからである.腹腔内の様子を描く時には,対象臓器だけでなく周囲臓器も描きこむ.近年ではポリサージェリーの患者さんも多く,癒着や既往を1枚で表現することは重要である.Fig. 3aは結腸右半切除術,Miles’手術後の横行結腸癌症例で,小腸の癒着の範囲や前回の再建の様子を表現している.Fig. 3bはS6肝細胞癌の症例で前回S5亜区域切除を行った部位に横行結腸が癒着している様子がわかる.肝細胞癌や大腸癌肝転移症例は再肝切除の頻度が高く,肝臓周囲の癒着の様子を正確に記載しておくことは再肝切除の際にも有用である.
(a) Schema of the transverse colon cancer after a right hemi-colectomy and Miles’ operation. Severe adhesion was seen in the right abdominal cavity, and functional end-to-end anastomosis was seen between the ileum and the transverse colon. (b) Schema of the hepatocellular carcinoma (S6) post S5 subsegmentectomy. Transverse colon and greater omentum had adhered to the liver.
イラストの数に関しては,見ただけで手術内容がわかるように,重要と考える場面毎に描く.通常の手術では4枚程度である.通常と違ったアプローチをした場合は,基本となる場面に加えその場面を作成する.Fig. 4は胃小彎後壁にあるGISTの症例であり,視野確保のため胃壁を腹壁に2針固定し胃を釣り上げて視野を確保した様子である.結果として腫瘍の切除も安定した視野のもと行えたことがわかる.このように手術毎の工夫点を記録として残しておくことで自身だけでなく,チームでの手技の定型化や後輩への教育にもなる.
Schema of gastric GIST located in the posterior wall of the gastric-angle. Two stitches attached the gastric wall to the abdominal wall (left). Wedge resection of the stomach was safely performed in good operative view (right).
手術が上手な外科医は,常に良い視野のもとで手術を遂行している.それは開腹であれば左手,腹腔鏡手術であれば左手の鉗子が適度なカウンタートラクションを作っているからであり,当然助手の視野展開も欠かせない.つまり,イラストに術者や助手の手・筋鈎を,腹腔鏡では鉗子を描き込むことで具体的な手術の様子が再現できる.Fig. 5は食道癌手術の経腹的下縦隔郭清の様子で,一旦切離した食道断端を牽引し,助手が腸ベラとクーパーで視野作りをしている様子を描いた.実際の手術では非常に見えづらい場所だが,不要な解剖は描かずに焦点を絞って描くことで,下縦隔リンパ節郭清における視野作りの方法を手術チームで共有することができる.
Schema of the lymph node dissection for esophageal cancer in the lower mediastinum region. An operative view was obtained using an intestinal spatula and scissors.
近年では,血管・消化管の切離や吻合に自動縫合器が欠かせない存在となった.自動縫合器はuniversal designであるものの,使う位置や方向に関しては術者の意図が表れる.膵癌腹膜播種の患者さんに対する胃空腸吻合を例にあげる(Fig. 6).単に吻合後の完成図を提示するだけでなく,partitioning,ステイプラーの挿入,エントリーホールの閉鎖,仕上がり図まで順を追って記載している.そこには,少しでも食べ物が流れやすいよう後壁に吻合を作成した術者の意図が表現されている.
Schema of procedure for the gastrojejunostomy. Describes the insertion of a stapler (left), closure of the entry hole (middle) and a final image of the anastomosis (right).
手術書や解剖書では写実的な絵がよく用いられ,白黒の絵なのにまるで3Dのように浮き上がって見える.それは,幾何学の理論,目の錯覚,濃淡などの技法によって成る.これらの手間をかけずにわかりやすいイラストを描くのに重要なのが色を塗ることである.Fig. 7に絞扼性腸閉塞の2枚のイラストを提示した.同じ絞扼性腸閉塞でも左図は鬱血を来しているが右図は明らかに壊死しているように見える.これは単に,赤っぽく塗るか紫っぽく塗るかの違いである.我々は手術中に,自分の目や触感で腸管の状態を判断している.すなわち,外科医は経験的に身につけた色彩感覚で壊死か否かを表現することができるはずで,これは一般の画家にはできない.Fig. 8は膵臓全体のIPMN症例に対して膵全摘を行った症例で,再建前に胃前庭部および十二指腸の色調が不良であったために同部を切り足した.これも血行が不良となった部分を茶色に塗るだけで術中の臨場感が読み手に伝わる.色を塗る際のポイントは,色の選択と縁を濃く塗ることだけである.腹腔内臓器には丸み,膨らみがあり,膨らんでいる頂点は光が当たって白っぽく,端は少し暗いために,端だけ濃く,膨らみは薄めに塗るだけで印象がだいぶ変わる.色を塗ることで3D効果,手術の臨場感を生むことができる.
Schema of strangulated ileus. The small bowel (colored red) indicates congestion (left) and the small bowel (colored purple) indicates necrosis (right).
Schema of total pancreatectomy for IPMN. After resection of the pancreas, the duodenal and gastric colors became worse. The duodenum and pyloric region were resected before reconstruction.
以上,イラスト作成におけるポイントを記載した.手術場面を頭の中で再現しつつ,誰が見ても手術の状況が理解できる記事の作成を心がけることで,臓器解剖や手術手技だけでなく,手術の進め方への理解や改善が可能となり,結果として手術の上達につながる.すなわち「オペレコを極める」ことが「手術を極める」ことにもつながると考え,オペレコ作成に取り組んでいる.
利益相反:なし