2020 Volume 53 Issue 10 Pages 776-783
症例は69歳の男性で,上部消化管内視鏡検査で,体中部大彎前壁に2型病変,体下部大彎後壁に0-IIa+IIc病変を有する同時性多発胃癌を認めた.腹部CTでは胃周囲リンパ節に複数個腫大を認めた.胃癌取扱い規約第15版による臨床分類にて,cT4aN+M0 cStage IIIと診断し,胃全摘脾摘術(D2+郭清,Roux-en-Y再建)を施行した.切除標本の病理組織検査では,体中部大彎前壁の2型病変は深達度T3(SS)の腺扁平上皮癌,体下部大彎後壁の0-IIa+IIc病変は深達度T2(MP)の低~中分化型腺癌であった.リンパ節には計13個の転移を認めた.最終病理診断は,pT3(SS)N3aM1(LYM)pStage IVであった.胃原発腺扁平上皮癌は胃癌全体の約0.2~0.6%に認められるが,腺扁平上皮癌と一般型胃癌の同時性多発例は極めてまれである.
A 69-year-old male patient was referred to our hospital to undergo treatment for multiple gastric cancers with the complaint of melena. Gastroendoscopy showed an ulcerative lesion surrounding an elevation in the middle gastric body and a shallow depressed lesion with marginal elevation in the lower gastric body. Biopsy specimens revealed poorly-differentiated adenocarcinoma and poorly- to moderately-differentiated adenocarcinoma, respectively. Enhanced abdominal CT imaging showed some enlarged lymph nodes in the perigastric region (cT4aN+M0 Stage III). We performed total gastrectomy and splenectomy with D2+ lymph node dissection. Histological examination showed that the former was a type II tumor with adenosquamous carcinoma invading into the subserosa. In addition, adenocarcinoma components were seen in the No. 16-b1-latero lymph node by HE. Since gastric primary adenosquamous carcinoma account for 0.2–0.6% of all gastric cancers, multiple synchronous gastric cancers with adenosquamous carcinoma and the common type are extremely rare and the clinical outcome remains to be elucidated.
胃原発腺扁平上皮癌は,胃癌全体の約0.2~0.6%を占めるまれな疾患であるが,腺扁平上皮癌を含む多発胃癌の報告例は極めて少ない1)2).組織型が異なる場合,各組織毎の転移能や悪性度の差は明らかでない.今回,我々は腺扁平上皮胃癌を含む同時性多発胃癌の1例を経験したので,文献学的考察を踏まえて報告する.
患者:69歳,男性
主 訴:黒色便
現病歴:2018年5月に黒色便を主訴に近医受診し,上部消化管内視鏡検査にて胃体上部に多発隆起性病変を指摘され,精査加療目的に当院紹介となった.
既往歴:糖尿病,肺結核
家族歴:叔母 胃癌,姉 膵癌
入院時現症:眼瞼結膜に貧血なし,眼球結膜に黄染なし,体表リンパ節は触知せず.
入院時血液生化学検査所見:Hb 10.6 g/dlと貧血あり.CA19-9 1,018 U/ml,CA125 84 U/mlと腫瘍マーカーの上昇を認めた.
上部消化管内視鏡検査所見:胃体中部大彎前壁に2型病変(Fig. 1a),胃体下部大彎後壁に0-IIa+IIc病変を認め(Fig. 1b),生検ではそれぞれ,低分化型腺癌と低~中分化型腺癌が検出された.

Upper esophagogastroduodenoscopy (EGD) findings. (a) The type 2 tumor at the anterior wall near the greater curvature side and (b) the type 0-IIa+IIc lesion at the posterior wall near the greater curvature side of the middle gastric body.
腹部造影CT所見:胃体部大彎側に粘膜面の隆起が見られ(Fig. 2a),胃周囲リンパ節に長径10~20 mm大の腫大を複数個認めた(Fig. 2b, c).また,左腎動脈下の大動脈周囲リンパ節に長径9.1 mm,楕円形の軽度腫大を認めたが,転移陰性と判断した(Fig. 2d).

Contrast-enhanced abdominal CT examination findings. (a) The wall thickness at the anterior wall of the middle gastric body; (b/c) Some enlarged lymph nodes in the perigastric region; (d) Visible lymph node in the No. 16-b1-latero node.
以上より,胃癌取扱い規約第15版による臨床進行度分類にて①M,Gre,cType 2,cT4aN+M0 cStage III,②M,Gre,cType 0-IIa+IIc,cT2N+M0 cStage IIAと診断し,7月に手術を施行した.開腹所見では,主病変は胃体中部前壁に漿膜に露出する手拳大の腫瘤として触知した.洗浄細胞診を迅速診断に提出したが,Class 3の診断で明らかな悪性細胞は認めなかった.肝転移は認めなかった.回腸間膜と横行結腸間膜に小結節を認めたが,迅速診断に提出し陰性を確認した.続いてKocher授動術を行い,#16b1 pre/latをサンプリングし迅速診断に提出したが陰性(0/21)であった.以上より,根治切除可能な進行胃癌と診断し,胃全摘脾摘術(D2+郭清,Roux-en-Y再建)を施行した.
切除標本所見:胃体中部大彎前壁の病変(Lesion 1)は46×40 mm大の2型病変であり,胃体下部大彎後壁の病変(Lesion 2)は17×17 mm大の0-IIc病変であった(Fig. 3a, b).

(a) The resected specimen included the two malignant lesions. Lesion 1 was a Type 2 tumor with subserosal invasion, measuring 46×40 mm in size. Lesion 2 was a Type 0-IIc tumor with invasion into the muscularis propria, measuring 17×17 mm in size. (b) The extent of the tumor was mapped by red lines.
病理組織学的検査所見:Lesion 1は固有筋層までは中~低分化型腺癌が浸潤し,漿膜下層では扁平上皮分化を示唆する角化と細胞間橋が見られ,同部位のp40染色陽性が40~50%であり,T3(SS),Ly1c,V1bの腺扁平上皮癌の所見であった(Fig. 4a, b).術前生検では低分化型腺癌が検出されたが,扁平上皮癌成分は深部に存在していたため,腺扁平上皮癌の診断に至らなかった.一方,Lesion 2は,固有筋層に低~中分化型腺癌が見られたが,T2(MP),Ly1c,V1aの低~中分化型腺癌と診断され(Fig. 4c, d),扁平上皮癌成分は認められなかった.2病変は近接していたが,非腫瘍性粘膜が介在しており,異なる組織像で連続性はなく,同時性多発進行胃癌と診断した.リンパ節には計13個の転移を認めた(#3a(1/1),#4sb(1/6),#6(4/5),#7(2/9),#9(1/2),#11p(2/3),#11d(1/1),#16b1 lat(1/20)).リンパ節転移巣のほとんど低~中分化型腺癌が占めていたが(Fig. 5a, b),#6リンパ節(1/4)ならびに#4dの節外転移巣(1/3)には腺癌と扁平上皮癌が各々混在していた(Fig. 5c, d).#16b1 latは迅速診断で陰性と判断されたが,永久標本で薄切面が変わり,低~中分化型腺癌の転移を1個認めた.最終診断は,胃癌取扱い規約第15版による病理進行度分類にて①M,Ant,pType 2,pT3(SS),②M,Post,pType 0-IIc,pT2(MP)N3aH0P0CY0M1(LYM)pStage IVとなった.

Histopathological findings of the primary lesions. (a) Lesion 1 in the high-power view with HE revealed that the tumor cells had enlarged nuclei with prominent nucleoli, pink-colored keratinizing cytoplasm, and well-defined intercellular bridges. (b) Immunohistochemistry for lesion 1 showed that the tumor cells were about 40 to 50% positive for p40 staining. (c) HE for lesion 2 exhibited poorly- to moderately-differentiated adenocarcinoma. (d) p40 staining for the lesion 2 was negative.

Histopathological findings of the lymph nodes. (a) Adenocarcinoma components were seen in the No. 3a, No. 4sb, No. 7, No. 9, No. 11p, No. 11d and No. 16-b1-lat lymph nodes by HE. (b) p40 staining was negative in these lymph nodes. (c) Squamous cell carcinoma components were seen by HE in the No. 6 lymph node and the extranodal No. 4d lymph node. (d) The tumor cells were focally positive for p40 staining.
術後経過:膵液瘻を合併し,二次的に食道空腸縫合不全・仮性脾動脈瘤を生じたが,穿刺ドレナージおよび経皮的動脈塞栓術にて軽快し,35病日に退院となった.術後補助化学療法としてSOX療法を施行中であり,術後1年現在,無再発で経過している.
胃原発腺扁平上皮癌は1905年にRollestonら3)によって初めて報告され,本邦では1937年に高城4)によって報告された.胃癌取扱い規約第15版では「腺癌成分と扁平上皮癌成分が,1つの病巣内に共存している癌をいう.本規約では病巣の1/4以上に扁平上皮癌組織の成分があるものとする」と定義している5).発症頻度は胃癌全体の約0.2~0.6%とされ1)2)6),好発年齢は50~70歳代,男女比は約2:1,胃体中下部の小彎側からの発症が多い2)6).5 cm以上の潰瘍形成型が多く,半数以上が漿膜浸潤陽性で,70~80%にリンパ節転移を認め,5年生存率は0~22%と予後不良である1)2)6)~13).一方,多発胃癌はそれぞれの病巣が正常胃壁を介して存在し,一方の病巣が他病巣からの局所進展または転移を除外できることと定義している14).リンパ節転移割合ならびに5年生存率は,単発胃癌と同程度であるとの報告が多い15).自験例では,非腫瘍性粘膜が介在しており,異なる組織像で連続性はなく,多発胃癌に相当する.
胃原発腺扁平上皮癌の組織発生は,粘膜病変として腺癌成分をもつものがあることや,1個の癌細胞に腺癌と扁平上皮癌の性質をもつものがあることから,腺癌の扁平上皮化生説が現在,最も広く受け入れられている2)6).従来から胃癌においては,組織多様性により癌の深部浸潤や増大に伴い,同一癌巣内において組織型が高分化型から悪性度の高い低/未分化型へ移行する可能性が指摘されている16).Lesion 1の漿膜下層にのみ扁平上皮成分が確認されたことは,深部で扁平上皮化生が生じ,腺癌成分がより悪性度の高い組織型に移行したと推察される.一方,多発胃癌の組織発生は,腸上皮化生を伴った萎縮の強い粘膜から多中心性に発生し,組織型の分化度は高くなると報告されている17).自験例では粘膜萎縮は認めるものの腸上皮化生は目立たず,2病変はいずれも未分化型であった.一般的な多発胃癌の特徴に合致する点は少なく,発生要因を慢性炎症による粘膜萎縮と考えるのは難しい.胃癌では突然変異よりも,エピジェネティックな異常,すなわちDNAメチル化異常によるがん抑制遺伝子の不活化のほうが高頻度であるといわれている18)19).胃粘膜のDNAメチル化異常の蓄積は,健常者,単発胃癌患者,多発胃癌患者の順に高くなるとの報告があり,DNAメチル化異常が今回の腺扁平上皮癌を含む同時性多発胃癌の発生に寄与した可能性があると考えられる20).
本邦における腺扁平上皮胃癌の同時性多発癌は,PubMedで1950年から2019年3月の期間で「adenosquamous carcinoma」,「stomach」をキーワードとして検索した結果,2例報告されている.1996年にToyotaら9)が腺扁平上皮癌と0-IIc型早期胃癌の1例を報告し,2012年にWatanabeら2)が胃体下部の3型腺扁平上皮癌と胃体上部の2型低分化型腺癌の1例を報告している.腺扁平上皮胃癌と腺癌の同時性多発例としては,自験例は3例目である(Table 1).背景粘膜の異なる,腺癌の扁平上皮化生と多中心性発癌が同時に起こる確率はそもそも低いと考えられる.また,現行の胃癌取扱い規約では腺扁平上皮癌に相当する病変の一部が第11版までは扁平上皮癌に含まれており,腺扁平上皮胃癌の割合が低く見積もられていた.さらに,全割していない症例も少なからず存在し,扁平上皮成分を含む同時性多発胃癌と診断できる症例が少ないことも要因として挙げられる.
| No. | Author/Year | Age/Gender | Pathology | Location | pMacroscopic type | Tumor size (mm) | pT | pN | M | Ads* in metastatic LNs | Neoadjuvant chemotherapy | Adjuvant chemotherapy | Recurrence | Outcome |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | Toyota9)/1996 | 72/M | Ads* | L | 2 | 80 | T4a | N1 | M0 | N/M** | No | Yes (UFT) | No | alive (4 years after surgery) |
| Other | M | 0-IIc | N/M** | T1b | ||||||||||
| 2 | Watanabe2)/2012 | 60/M | Ads* | M | 2 | 40 | T3 | N2 | H1/ M1 (LYM) |
Yes | Yes | Yes (S1) | Progression of liver metastasis | dead (7 months after surgery) |
| Other | M | 2 | N/M** | N/M** | ||||||||||
| 3 | Our case | 69/M | Ads* | M | 2 | 46 | T3 | N3a | M1 (LYM) |
Yes | No | Yes (SOX) | No | alive (7 months after surgery) |
| Other | M | 0-IIc | 17 | T2 |
Ads* adenosquamous carcinoma, N/M** not mentioned
胃原発腺扁平上皮癌は,高度な脈管侵襲を反映して肝転移再発およびリンパ節転移再発が多く1)2)7)21)22),肝転移巣とリンパ節転移巣では扁平上皮癌成分よりも腺癌成分が優位と報告されている23)~26).当院における過去48年間の病理学的検討では,腺扁平上皮癌のリンパ節転移巣における組織像は,腺癌のみが63.2%,扁平上皮癌のみが10.5%,腺癌と扁平上皮癌の混在が26.3%であり6),腺扁平上皮癌の転移能は腫瘍中の扁平上皮癌成分よりは腺癌成分の特徴を反映している.自験例においては,pN3a相当の高度なリンパ節転移を認め,大部分が腺癌であった.Lesion 1とLesion 2はいずれもリンパ管侵襲陽性であり,どちらの腺癌成分からの転移であるかを判断することはできなかったが,深達度はLesion 1の腺扁平上皮癌がより深く,腺扁平上皮癌の腺癌成分が多く転移した可能性は高いものと推察される.これまで腺扁平上皮癌と一般型腺癌において,深達度やステージ別に予後を比較した文献報告はないが,腺癌から扁平上皮へ移行するという組織が不安定な状態は,一般型腺癌と比べて予後不良となる要因になりえる.
予後不良な胃原発腺扁平上皮癌に対する有効な治療方法は確立されていないが,術後S-1投与後に長期生存を得られた報告や27),術前多剤併用化学療法により腫瘍縮小効果が得られた報告が散見される2)28)29).多発病変に対してWatanabeら2)は,一般型腺癌には抗腫瘍効果が確認できたが,腺扁平上皮癌の腺癌成分には効果がなかったと報告しており,腺扁平上皮癌の腺癌成分と一般型腺癌では腫瘍学的悪性度が異なり,胃原発腺扁平上皮癌に対しては,現行の胃癌に対する化学療法では十分治療効果が得られない可能性がある.
今回,我々は腺扁平上皮胃癌を含む同時性多発胃癌という極めてまれな1例を経験した.腺扁平上皮癌と一般型腺癌が同時発生した場合,転移巣の腺癌成分は鑑別が困難であり,手術や化学療法に対する抗腫瘍効果が病変毎に異なる可能性があり,さらなる症例の蓄積と検討が必要と思われた.
利益相反:なし