The Japanese Journal of Gastroenterological Surgery
Online ISSN : 1348-9372
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ISSN-L : 0386-9768
SPECIAL REPORT
Drawing Illustrations for Operative Notes
Mizuo Hashimoto
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2020 Volume 53 Issue 10 Pages 844-854

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Abstract

手術記録は患者の診療に役立つものであるべきで,術中所見,手術内容がわかりやすく正しく伝わることが必要である.複雑な解剖や多様な病変の広がり,多彩な場の展開を文章で詳しく表現しようとしても,文字数が膨大に増え難解である.図は術野のイメージを直接的に伝えることができる有用な伝達手段であるが,正しい図を描くためには十分な術野の認識,手術の理解と描画テクニックが必要である.これらを向上させる努力をしなければならない.

はじめに

本論文は,日本消化器外科学会の「オペレコを極める」という日常の実際の手術記録を応募する企画から展開してきたものである.したがって,手術記録について私が大切と考えていることを論述し,実際に応募した手術記録を提示して何を留意して作成していったか解説を加えていく内容とした.提示した手術記録は生のものであり手は加えていない.誤字,間違い,読みにくさ,順序の乱れなど不備があるが,それらも含めて実際の手術記録の1例の雰囲気が読者に伝わり,何らかの参考になれば幸いである.

手術記録の要件

日本では医療法施行規則で手術記録は「一 手術を行つた医師の氏名,二 患者の氏名等手術記録をそれぞれ識別できる情報,三 手術を行つた日,四 手術を開始した時刻及び終了した時刻,五 行つた手術の術式,六 病名を記載すること」と定めており1),これらの項目が記載されていればそれで成立する.しかし,法律で決められた項目は最低限のもので,臨床においては手術記録は術中所見,手術内容を記して患者の診療に役立つものにするべきであり,実際にほとんどの手術記録で術中所見,手術内容が記載されている.

手術によって癌,炎症,外傷など疾患の状況が直接的に確認されるので,その正確な記載は大切である.また,剥離範囲,臓器・脈管の切離部位,再建方法など手術内容の記述は,手術合併症の治療や将来の手術時に必要な重要情報である.これらを記載して他の医療者にも手術の中身を理解し共有してもらえるようにすることで当該患者の今後の診療に役に立つ手術記録となるのである.

図を描くことの必要性

次に,手術内容が他者にわかりやすく正しく伝えるために何が必要か考えてみる.消化器外科手術の術野の特徴に以下のことが挙げられる.

1.解剖学的複雑性:各種臓器,脈管が立体的に重なり存在し変異もある.

2.病変の多様性:癌,炎症の程度,広がりは症例毎に違い,手術内容もそれに応じて変化する.

3.多彩な術野:遠景,近景,多方向からとさまざまな場面が展開していく.

他科の手術でももちろん同様な部分もあるが,消化器外科領域はより術野が複雑多様である.

一般的に文書における伝達手法は文字であるが,複雑な場面を表現するのに文章では膨大な文字数を要するし,どんなに詳細に記述しようと読者に実際の術野のイメージを抱かせることは困難である.卑近な例でいえば見た絵を口頭で伝えて他者に描いてもらう伝達ゲームで正しく描いてもらえることは少ない事実がある.手術記録の場合,読む相手も外科医であれば解剖や一般的な術野の知識,経験があるので補って理解するが最後は推測になってしまう.そうなると術野の様子を図に描いて提示する方法が直接的であり,正しくわかりやすく伝えられる可能性が高いと考えられる.

図を描くことの課題

図を描くにはたくさんの情報が必要でごまかしがきかない.1本の線を引くには始点,方向,終点が決まらないと描けない.例えば血管を描く時,どの位置から出てどの向きに他の構造物とどんな関係で走行しどこで終わるか,さまざまな情報が必要となる.文章であれば血管走行の途中経路などを書かなくても成り立ってしまう.図は文章よりも情報量が多いため,いや正確には多くの情報を表すことができるため,その長所を生かすには十分な手術の理解と解剖知識を背景に術野の正確な認識と記憶によって膨大な情報を頭の中に蓄えなければならない.いざ図を描き始めると情報が不足している部分がたくさん出てきて,手術内容を必死に思い出し,解剖書を調べ,術前画像を見返し,膨大な時間をかけそれでも解決できずに終わってしまうことも多々ある.結果的に曖昧,ごまかし,不正確,間違いのある図になってしまう現実があることは認めねばならない.それでも,図を描いて得られる情報伝達上のメリットはとても大きく,我々はできるかぎり正確な図を描けるよう努力し,着実に図の質を高めていくしかないと考える.

ここで図を描くことの副次的な効果を挙げておこう.図を描く時に自分の術野の認識度,理解度がはっきりと眼前に突きつけられ自分の実力が確認できる.そして図を描くために手術解剖の勉強が必要となり,術野を見る意識も高くなる.結果的に手術技量の向上につながってくる.

もう一つの課題として絵を描くテクニックの習得がある.立体感,遠近感,質感などをある程度は表現しなければならない.残念ながら現状は個人の努力に任されている.描画の基礎的な教育,練習が外科教育のなかで提供されるようになると良いと思う.それでも一般的に外科医は絵が上手だと認識されていることが多い.実際なんともヘンテコな図しか描けなかった若手外科医達は,数年後には上手下手の差はあれど堂々とたくさんのことを表現した図を描くようになっている.

写真,動画について

図を描くことは個人の描画技量,術野の認識度などで質のばらつきがあり問題になるが,そうであるなら写真,動画などの画像はどうか.手書きの図よりも正確に場面を写し取り全ての構造物が見え色も再現できている.画像は絵よりも臨場感を強く持って訴えかけてくる実に有益な手段といえる.

問題は全てを映し出すが故に必要のないものも重要物と対等に描出されてしまうこと,したがって何を表現したいか意図を持って画像を撮らないと意味がわからないものとなる.撮影にも手術の理解度が影響するのである.

また,図は広範囲を1枚の絵に落とし込むことができ,深部状況を透見させて描くこともできる.画像ではできないことである.描画する図は柔軟性のある表現手段であり,やはり伝達手段として有用な方法である.

画像は絵と合わせて示すことで周囲の状況,見るべき構造物が意識され有用性が出てくるように感じている.

作図にかかる時間,労力

はじめのうちは膨大な時間,労力がかかるであろう.そのうち手術解剖の知識が増え,手術の理解度が高まり,描画テクニックが身についてくると,劇的に必要な時間,労力は減ってくる.

そして何も全ての手術で精細で色鮮やかな立派な図を描かなければならないわけではない.目的は手術内容を正しく伝えることであり,簡単な手術,定型的な手術などでは模式図などでも十分伝わればそれで良い.難しい手術,非典型的な手術,珍しい手術など図に大いにその効果を発揮してもらいたい場面で情熱を注いでいけば良いと思う.

手術記録の実例の解説

本症例は左胃動脈周囲に大きなリンパ節転移塊を持つ胃癌で,左胃静脈内を伸展してきた腫瘍栓が門脈本幹内に腫瘤を形成し腫瘍栓で門脈が閉塞しそうな状態にあった.

腫瘍栓を完全摘出すれば治癒切除となるが,門脈壁の部分切除,縫合閉鎖でいけるのか,狭窄を生じるなら静脈パッチを当てるか.門脈環状切除となった場合,膵上縁のわずかなスペースで門脈端々吻合,あるいは静脈グラフトを吻合できるかが,手術のポイントとなった.

Fig. 1
Fig. 1 

The first page of the operative note having the template to fill the essential informations.

診断名,術式名はICD,Kコードなど標準化された用語への集約化が進んできている.しかし,これらは統計のための用語で消化器外科領域の実臨床に必要な情報を表現しきれないことがよくある.本例でも病名に門脈腫瘍栓を入れたいし,術式に再建方法や門脈部分切除の記載は臨床上必要である.私は,30年前外科医になった時に教えられたように,術後診断には切除標本所見まで含めて記載し,術式には郭清度,再建法,付随術式も記載することを続けている.これでタイトル部分を見ただけで手術の概要を把握することができる.

1枚目に手術手順の流れ,術中所見の概要を記載する.見やすいよう箇条書きにしている.手術内容は膨大なので標準的なこと,施設内で定型化されていることは適宜省略している.2枚目以降,白紙にポイントとなる場面の図を描き,図に名前,所見,判断内容,切離線などコメントを書き入れていく.

Fig. 2
Fig. 2 

The overview of the intra-abdomen.

開腹時の癌の状況,小腸の癒着状況のイメージがわかるような全体像を描いた.胃の表面に露出している癌の雰囲気,小網部分に透見されるリンパ節塊の状態を描いている.写真ではこのような全体を俯瞰した表現はできない.

Fig. 3
Fig. 3 

Showing the metastatic lymph nodes around the left gastric vessels and the tumor thrombosed left gastric vein.

胃の背側,左胃動脈周囲の腫大リンパ節の様子,手術操作が困難で覗き込むような雰囲気,腫瘍の詰まった左胃静脈の状況を示している.

Fig. 4
Fig. 4 

The vessels around the pancreatic head.

上の絵で膵下縁での静脈系の状況,確保の状態を描いた.

下の絵で,膵上縁の脈管の状況を示す.動脈走行の破格があり,総肝動脈が固有肝動脈と胃十二指腸動脈に分かれさらに胃十二指腸動脈から右肝動脈が分岐していた.この珍しい破格の状態をできるだけ立体感をもって正確に描いた.

Fig. 5
Fig. 5 

The process to resect the portal vein tumor thumbs.

上の絵は胃十二指腸動脈を固有肝動脈と右肝動脈の間で離断し,固有肝動脈の裏側にあった左胃静脈とそれに付着する周囲リンパ節塊を前方に引き出した図である.この時点で左胃静脈が門脈に入る部位が直視できた.左胃静脈合流部周囲の門脈壁は白色化していて腫瘍栓の浸潤所見である.膵上縁で門脈を脾静脈が合流する肩の位置でテーピングできた.

下の絵は腫瘍栓を摘出する様子を描いている.門脈内の腫瘍栓から距離をとって膵上縁で血管遮断鉗子をかけることができた.腫瘍栓の血管壁浸潤部をくり抜き,門脈内壁への炎症性癒着を鈍的に剥離して腫瘍栓を摘出した.

Fig. 6
Fig. 6 

The portal vein sutured continuously.

上の絵は,門脈壁欠損は1/3周であったが門脈径が2 cmととても太く,縦に長さ4 cmの連続縫合で閉鎖したところである.一部くびれがやや強い部分ができた状況を表している.

下の絵は,back upで静脈パッチ用に右外腸骨静脈を採取した図である.腫瘍栓摘出操作の前に書くつもりであったが,忘れていたため後に描いた.

Fig. 7
Fig. 7 

The reconstruct view of the gastrointestinal tract.

再建後の状態を描いた図である.再建時に行った操作を一通り書き込んである.

おわりに

手術記録作成にあたって,複雑な術野を表現し伝えるには図を描くことの必要性,重要性を述べてきた.もちろん写真や動画など他の表現手段も利用してよりわかりやすいものにしていけばよい.作図を容易にしきれいな図にするために描画ソフト,テンプレートなども使用するのも良いことである.

忘れてはならないのは,何を伝えたいのかということが大切で,その目的を達成させるようにできれば良いのである.また,伝えるべき内容は手術の理解,術野の認識があって見えてくるものであり,これらを高める努力も大切である.

良い手術記録とは自分の手術の内容を人に伝えたいという情熱が根底にあってできあがってくるのだと思う.

利益相反:なし

文献
 

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