2020 Volume 53 Issue 11 Pages 916-924
症例は56歳の男性で,15年前より痔瘻と診断され近医で加療されていた.難治性痔瘻増悪の診断で当科を紹介受診された際には,殿部から陰囊および陰茎にかけて多数の瘻孔と排膿が認められた.肛門管後壁の瘻孔からの生検にて痔瘻癌と診断した.また,腸管同士の瘻孔形成を認め,尿道・膀胱への瘻孔形成が疑われた.痔瘻は広汎かつ深部に及び,会陰部の炎症が強いため,まずS状結腸人工肛門造設術を行い,全身状態と会陰部の炎症所見を改善させたうえで,外性器を含む広汎な会陰皮膚組織切除を伴う骨盤内臓全摘を行い,会陰欠損部に対して腹直筋皮弁形成術を施行した.現在,術後19か月無再発生存中である.本例のように,腸管や尿道・膀胱への浸潤に加え,広汎な会陰部の皮膚浸潤が疑われる局所進展痔瘻癌に対しては,根治のために外性器切除を含めた広範囲の一塊切除が必要であると考えられる.
We present a case of locally advanced anal fistula cancer that was resected by total pelvic exenteration with genitalia resection and extensive perineal skin tissue resection. The patient was a 56-year-old man with a history of anal fistula treated at another hospital 15 years earlier. He was referred to our hospital for intractable anal fistula exacerbation and presented with many fistulas and drainage from the buttocks to the scrotum and penis. He was diagnosed with anal fistula cancer by biopsies from a fistula in the posterior wall of the anal canal. Preoperative CT and MRI revealed small bowel fistulas and suspected fistulas involving the urethra and bladder, which caused severe inflammation in the perineum. We performed sigmoid colostomy to improve his general condition prior to curative surgery. The patient then underwent total pelvic exenteration with genitalia resection, extensive perineal skin tissue resection, and treatment with a rectus abdominis musculocutaneous flap. He is currently alive without evidence of recurrence 19 months after surgery. For locally advanced anal fistula cancer with massive invasion into surrounding tissues and perineal skin, a wide en bloc resection including external genital resection is the preferred treatment.
痔瘻癌は難治性痔瘻に発生するまれな疾患であり,発生頻度は全痔瘻の0.1%,全大腸癌の0.2~0.3%と報告されている1)~3).痔瘻は肛門部診察では日常的に遭遇する疾患であるが,痔瘻癌は早期診断が難しく,進行癌で発見されることが多い.また,痔瘻癌手術では,切除断端陽性例が33.3%にも及ぶとの報告もあり2),広汎に切除を行う必要がある.今回,結腸-小腸瘻や尿道・膀胱浸潤を疑う局所進展痔瘻癌に対して,外性器を含む広汎な会陰皮膚組織の切除を伴う骨盤内臓全摘術にて治癒切除しえた1例を経験したので報告する.
症例:56歳,男性
主訴:発熱,殿部痛
既往歴:慢性肝炎,十二指腸潰瘍
家族歴:特記事項なし.
現病歴:15年前から痔瘻と診断され,近医にて保存的加療されていた.56歳時に,発熱と殿部痛を自覚して近医を受診したところ,難治性痔瘻と診断され,当院外科へ紹介となった.
現症:身長170.0 cm,体重62.0 kg,BMI 21.4 kg/m2,体温37.8°C,腹部は平坦・軟で,腫瘤は触知しなかった.殿部から陰囊,さらに陰茎中央部にかけて著明な発赤と腫脹があり,多数の2次孔と多量の排膿を認めた(Fig. 1).直腸指診で肛門管後壁に痔瘻の原発孔と考えられる径約1 cmの瘻孔を触知し,指診下に鉗子で生検を行い高分化型腺癌の診断を得た.また,問診にて気尿があることを確認した.
Observation of perineum. There was marked redness and swelling from the buttocks to the scrotum and central penis. In addition, many secondary orifices and large amounts of drainage and exudate were observed.
血液検査所見:白血球9,320/μl,CRP 12.39 mg/dlと炎症反応の高値を認めた.その他,アルブミン1.4 g/dlと著明な低栄養を認めた.CEAが2.7 ng/ml,CA19-9が26 U/mlと腫瘍マーカーの上昇は認めなかった.
腹部・骨盤造影CT所見:肛門周囲と直腸に造影効果を伴う壁肥厚を認めた(Fig. 2a).S状結腸と小腸に瘻孔を疑う所見を認め,また,膀胱・尿道内にairが認められた(Fig. 2b, c).明らかな遠隔転移は認められなかった.
Abdominal and pelvic contrast enhanced CT. (a) Wall thickening with a contrast effect from the perianal skin to the rectum, and a gaseous image in the right ischiorectal fossa. (b, c) Gases were found in the bladder (b) and urethra (c).
骨盤MRI所見:肛門管後壁に腫瘤形成を認めた(Fig. 3a).周囲には瘻管と考えられる囊状,管状構造が多数認められた(Fig. 3b~d).
Pelvis MRI. (a) A mass on the posterior wall of the anal canal. (b-d) Many sac-like and tubular structures that were thought to be the fistulas were observed from the mass to the caudal side and urethra.
下部消化管内視鏡検査所見:下部直腸に肛門管にかかる全周性の腫瘍性病変を認めた(Fig. 4a).肛門縁から約18 cmと35 cmのS状結腸に,瘻孔を疑う所見を認めたが,造影上は明らかな交通は認めなかった(Fig. 4b).回盲弁より回腸側に全周性の狭窄を認め,内視鏡は通過しなかった.同部位より造影剤を注入すると,S状結腸への造影剤流出を認めた(Fig. 5a).さらに,盲腸盲端部-S状結腸間にも瘻孔を認めた(Fig. 5b).
Colonoscopy. (a) Peripheral tumor of the anal canal in the lower rectum. (b) Suspected fistula in the sigmoid colon.
Endoscopic contrast examination. (a) A fistula between the ileal stenosis and sigmoid colon. (b) A fistula between the cecum and sigmoid colon.
膀胱鏡検査所見:球部尿道に強い狭窄を認めた.膀胱内は,膀胱頂部から前壁にかけて著明な浮腫と発赤を認めた.膀胱内および尿道内に明らかな瘻孔は認められなかった.膀胱内洗浄細胞診の結果は陰性であった.
殿部から陰囊,さらに陰茎中央部にかけて強い炎症を認め,またCRP 12.4 mg/dlと炎症反応高値,Alb 1.1 g/dlの著明な低栄養も認められたため,まずS状結腸双孔式人工肛門造設術を施行し,会陰部の炎症の軽減と全身状態改善の後に,根治手術を行う方針とした.人工肛門造設により会陰部の炎症は軽減したが,腹腔内の癒着が原因と考えられる通過障害を認めたため,食事摂取は困難であった.そのため,中心静脈栄養および流動食により栄養状態の改善を図った.しかし,栄養状態の改善には時間を要した.人工肛門造設後52病日には,炎症反応はCRP 0.191 mg/dlと正常化し,栄養状態もAlb 3.2 g/dlまで改善を認めた.ここで再度,癌進展範囲の検索を行った.腹部・骨盤造影CTでは,会陰部の炎症像とガス像は減少していた.骨盤MRIにおいては,尿道・膀胱への明らかな浸潤は認められなかったが,それらの周囲には初回同様の瘻管と考えられる囊状,管状構造が多数認められた.内視鏡による造影所見にて,回腸および盲腸とS状結腸との瘻孔を確認し,回腸,盲腸,S状結腸各々の瘻孔部から生検を施行したが,悪性所見やクローン病の所見は認めなかった.CTおよびMRIでは明らかな尿道・膀胱への浸潤は認められず,膀胱鏡検査にても膀胱や尿道に明らかな瘻孔は認められなかったが,初診時の会陰部の炎症が広汎かつ強度であり,CTで膀胱・尿道内にairを認め,気尿があったことから,外性器を含む骨盤内臓全摘術および,広汎な会陰部の皮膚欠損が予測されるため,腹直筋皮弁形成術を行う方針とした.
手術所見:人工肛門造設術後72病日に手術を施行した.腹腔内所見であるが,S状結腸人工肛門の肛門側のS状結腸と2か所の回腸(Treitz靭帯より約2.2 mと2.4 m)と盲腸が一塊となり,膀胱に強固に癒着していた.この一塊となった腸管同士と膀胱の間に瘻孔を形成していると考えられた.骨盤内臓全摘とともに,回腸・盲腸・S状結腸,外性器を一塊として切除した.会陰部では,炎症部と瘻孔を全て切除範囲に含めた皮切を行った(Fig. 6a).S状結腸単孔式人工肛門再造設,尿路変更のための回腸導管造設,右腹直筋皮弁による会陰形成術を施行した(Fig. 6b, c).手術時間は15時間44分,出血量は7,918 mlであった.
Intraoperative findings. (a) Along with total pelvic exenteration, the ileum, cecum, sigmoid colon, and external genitalia were removed en bloc. In the perineum, skin incision was performed including the inflamed area, fistula, and external genitalia. (b) A marking showing the range for production of a right rectus abdominis musculocutaneous flap. (c) The perineum was formed with this flap. An end sigmoid colostomy was built in the left lower abdomen and an ileal conduit was made in the right middle abdomen.
切除標本所見:肛門周囲から背側および陰囊にかけて,多数の瘻孔形成が認められた(Fig. 7).
Macroscopic view of the resected specimen. (a) Numerous fistulas were observed from around the anus to the dorsal side, scrotum, and near the penile root. The sonde entered from the fistula near the penis root, went to the caudal side, and then exited the anus. (b) There was wall thickening from the anal canal to the rectum, and numerous deep fistulas were seen in this lesion.
病理組織学的検査所見:Tubular adenocarcinoma,moderately differentiated(tub2>muc),Rb-P,pT4,INFb,Ly0,V0,BD2,Pn0,pHM0,pDM0,pRM0,pN0,M0,p-Stage IIであった.下部直腸から肛門管に幅60~70 mmの範囲に多数の深い瘻孔形成が認められ,その瘻孔部に癌組織が認められた.中分化型腺癌と粘液癌が混在する像を呈していた.癌組織は筋層に浸潤するものの,前立腺への浸潤は認められなかった(Fig. 8).尿道への瘻孔部では肉芽組織を認めるものの,悪性所見は認めなかった.膀胱粘膜にも瘻孔形成が見られたが,腸管との連続性は確認されず,悪性所見は認めなかった.S状結腸から回腸と盲腸に複数の瘻孔が認められたが,悪性所見やクローン病の所見は認められなかった.
Histopathological findings. Tubular adenocarcinoma, moderately differentiated (tub2>muc), Rb-P, pT4, INFb, Ly0, V0, BD2, Pn0, pHM0, pDM0, pRM0, pN0, M0, p-Stage II. (a) Many deep fistulas were formed from the lower rectum to the anal canal, and cancer cells were found around the fistulas. There were also many mucus accumulations around the fistulas. Cancer cells had invaded the muscle layer, but had not invaded the prostate gland (HE stain ×5; black arrow: prostate gland; white arrow: muscle layer; yellow arrow: fistula). (b) Moderately differentiated adenocarcinoma and mucus accumulations were mixed around the fistula (HE stain ×40). (c) Mucinous carcinoma was present (HE stain ×200). (d) Moderately differentiated adenocarcinoma was clearly observed (HE stain ×200).
術後経過:仙骨部の褥瘡形成と軽度の皮弁血流障害を認めたが,保存的加療にて軽快した.両側の尿管回腸導管吻合部狭窄により尿路感染を繰り返し,さらに水腎症を来したため,保存的治療の後に,最終的に術後92日目に両側の経皮的腎瘻造設を行うことで合併症は軽快した.尿路感染の合併と腎機能障害の治療に難渋したが,食事摂取は良好であり,創傷治癒過程も比較的良好で,術後121日目に退院となった.現在術後19か月無再発で経過している.
痔瘻癌は,痔瘻が癌化したもので,大腸癌取扱い規約第9版4)では,「肛門管に発生する悪性上皮性腫瘍の腺癌および粘液癌の中で,長い痔瘻の既往がある患者に発生する癌」と定義されている.痔瘻そのものが難治性であり,長期化することが多いことから,早期診断・早期治療が困難な場合が少なくない.痔瘻癌の診断基準は,1)痔瘻が長期(10年以上)に渡り慢性炎症を繰り返す,2)痔瘻部に硬結と疼痛を認める,3)粘液様の分泌を認める,4)原発性の癌を直腸肛門部以外の部位に認めない,5)瘻孔の開口部が肛門管または肛門陰窩に存在する,の5項目によりなされる3).本症例では全ての項目を満たしていた.痔瘻癌の確定診断には,生検で癌を証明する必要があるが,痔瘻癌は炎症と感染を伴う複雑に分岐した瘻管を背景にしていることから,その一部に発生した癌を診断することは困難である5).内視鏡的生検や二次孔からの生検での診断率は42.9%と低く,偽陰性が多い6).そのため,体表の硬結部位や二次孔から繰り返し生検を行ったり,場合によっては腰椎麻酔下に広範囲切除生検や瘻孔の深部生検を行う必要があると報告されている7).
痔瘻癌の治療としては,外科的治療が原則である.術式は直腸切断術または泌尿器系臓器浸潤があれば骨盤内臓全摘術が行われる8).近年では術前化学療法や放射線化学療法の有用性を述べる報告が散見される9)~12)が,痔瘻癌に対する術前化学療法の一定の見解が得られていないのが現状である.また,放射線治療により難治性会陰部創哆開の報告13)もあり,皮弁再建時などには特に注意が必要であるとされている.本症例において術前補助療法は考慮したが,来院時の会陰部の炎症が強く,栄養状態も極度に不良であり,それらの改善に長期を要したため(根治手術を行えたのがS状結腸人工肛門造設術後72病日),手術先行となった.
本症例では,来院時に殿部から陰囊,さらに陰茎中央部に至る広汎な炎症が認められ,また炎症反応高値と著明な低アルブミン血症が認められた.そのため,まずは炎症の制御と,術後の創傷治癒の観点から栄養状態の改善は必須と判断し,S状結腸人工肛門造設を施行した.そして,炎症軽減後に,再度癌進展範囲の検索を行った.CTでは尿道および膀胱との瘻孔形成が疑われ,MRIでは尿道周囲に瘻管形成が認められた.しかし,膀胱鏡検査やその際の造影検査では明らかな腫瘍浸潤や瘻孔は認められなかった.また,下部消化管内視鏡検査にて小腸-結腸間の瘻孔形成が認められたため,クローン病の合併も疑われた.以上より,明らかな尿道および膀胱浸潤は確認できないが,尿道周囲の瘻管形成があることから尿道および外性器の切除が必要であると考えられた.一方,膀胱温存で膀胱瘻の選択も考えられたが,結腸や小腸の膀胱への広汎かつ強固な癒着によって膀胱の大部分を合併切除する必要があったこと,また膀胱瘻の場合,生涯のカテーテル留置とその交換および採尿袋の携帯というデメリットがあることから,膀胱全摘を選択した.また,根治のためには,外性器切除を含む広汎な会陰皮膚組織と,瘻孔を形成している腸管を含めた骨盤内臓全摘による一塊切除が適切であると判断した.さらに,広汎な会陰部皮膚欠損が生じることは必至であるため,腹直筋による皮弁形成術を選択した.
術後経過として,両側の尿管回腸導管吻合部狭窄により,尿路感染を繰り返した.また,その影響と考えられる腎機能障害も遷延し,治療に難渋した.両側水腎症を来したため,両側の経皮的腎瘻を造設し,感染および腎機能障害は軽快を認めた.本症例はp-T4,p-Stage IIのhigh risk症例であり,術後補助化学療法を考慮する症例であったが,繰り返す尿路感染と遷延する腎機能障害を認めたことから,術後補助化学療法は施行しなかった.再建皮弁に関しては,仙骨部の褥瘡発症による処置が必要となったが,明らかな血流障害や創離開などは認めなかった.
医学中央雑誌を用いて1964年から2019年4月の期間で「痔瘻癌」,「外性器切除」をキーワードに検索したところ,1例の報告が認められるのみであった(Table 1)14).報告例は,陰囊膿瘍および複数の尿道瘻,尿道狭窄を来した局所進展痔瘻癌に対し,術前化学療法後に外性器切除を伴う骨盤内臓全摘術を施行した症例であった14).この報告例と同様,自験例は,拡大手術により治癒切除しえた貴重な症例であると考える.
No | Author/Year | Age/Sex | Years since onset of anal fistula | Diagnostic method | Neoadjuvant chemotherapy | Diverting stoma before curative resection | Image diagnosis after stoma ope. | Reason for genitalia resection | Reconstruct method | Histological type | Stage | Adjuvant chemotherapy | Recurrence free survival time |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Nishiwada14)/2013 | 68/M | 10 year | Biopsy in seton ope. | + | + | + | Fistula with scrotum, bladder, urethra | Gracillis musculocutaneous flap | muc | II | + | 15 month |
2 | Our case | 56/M | 15 year | Biopsy from primary orifice | − | + | + | Fistula with bladder, urethra, pneumaturia | Rectus abdominis musculocutaneous flap | tub2 >muc |
II | − | 19 month |
本症例のように,痔瘻が広汎かつ深部におよび,広汎な会陰部の炎症を伴う局所進展痔瘻癌の治療においては,切除断端陰性を得ることが重要である.そのためには,癌進展範囲を把握するための各種画像診断が必要であり,そして根治切除を行うためには,外性器合併切除や広汎な会陰皮膚切除を伴う骨盤内臓全摘術が考慮されるべきである.
利益相反:なし