2020 Volume 53 Issue 12 Pages 1002-1008
症例は87歳の開腹歴のない女性で,頻回な嘔吐を認め,当院を受診した.腹部CTでは著明な胃拡張,十二指腸水平脚への逆行性腸重積およびTreitz靭帯周囲に一塊となった小腸を認めたため,逆行性腸重積を伴った内ヘルニアの診断で,緊急手術を施行した.術中所見では,横行結腸間膜窩に2 cmのヘルニア門を認め,15 cmの空腸が陥入し,さらに逆行性に十二指腸へ重積していた.用手的に整復したところ,脱出腸管には壊死は認めず,また術中内視鏡で腫瘍性病変は認めなかったため,ヘルニア門を縫縮して手術を終了した.術後経過は良好で,術後第14病日に退院した.横行結腸間膜窩ヘルニアに十二指腸への逆行性腸重積を合併した極めてまれな1例を経験したので報告する.
An 87-year-old woman with no history of abdominal surgery visited our hospital because of frequent vomiting. Since abdominal plain CT revealed gastric distension, the jejunum intussuscepted into the duodenum in a retrograde fashion and a mass was formed by the small intestine around the ligament of Treitz. An emergency laparotomy was performed for a suspected jejunal internal hernia accompanied by retrograde intussusception. Operative findings showed a 15-cm portion of the most proximal jejunum to be herniated and incarcerated in the transverse mesocolon through an orifice 2 cm in diameter formed at the mesocolic fossa. The invaginated intestine was reverted manually and had no necrosis. Intraoperative esophagogastroduodenoscopy revealed no neoplastic lesions, so the orifice was closed by suture. The postoperative course was uneventful. We report this rare case of transverse mesocolon hernia into the mesocolic fossa accompanied by retrograde intussusception.
腹腔内の内ヘルニアの一つである腹膜窩ヘルニアは,腹膜窩を通じて後腹膜腔に腸管が脱出する疾患で1),その中で横行結腸間膜窩ヘルニアは3.7%と非常にまれな疾患である2).また,肛門側腸管が口側腸管に陥入する逆行性重積は,腸重積の中でも頻度が0.6~1.9%とされる非常にまれな病態である3).今回,横行結腸間膜窩ヘルニアに逆行性腸重積を合併した極めてまれな症例を経験したので報告する.
患者:87歳,女性
主訴:嘔吐
既往歴:うつ病,認知症,陳旧性胸膜炎,肺炎,開腹手術歴なし.
生活歴:特別養護老人ホームに入所中.PS 4,意思疎通困難.
現病歴:2019年4月に未明から頻回な嘔吐を認め,当院の救急外来受診した.
入院時現症:血圧126/80 mmHg,脈拍113回/分,体温37.6°C.腹部は平坦・軟で,自発痛や圧痛は認めなかったものの嘔気や嘔吐を認めた.また,四肢に拘縮が見られた.
入院時検査所見:WBC 12,300/μl,CRP 0.18 mg/dlと軽度炎症反応の上昇を認めた.Hb 13.1 g/dl,Na 129 mEq/l,K 4.8 mEq/l,Cl 93 mEq/l,BUN 14 mg/dl,CRE 0.78 mg/dlと嘔吐に伴う低Na血症,低Cl血症を認めた.
腹部単純CT所見:胃から十二指腸にかけて残渣と腸液で著明な拡張を認めた(Fig. 1a, b).また,十二指腸に連続した空腸がTreitz靭帯周囲で一塊となり,囊状に包まれるような所見を認め,内ヘルニアと診断した(Fig. 1b).このヘルニア囊は上腸間膜動静脈の左側,下腸間膜静脈の腹側で,左頭側の後腹膜方向へ進展していた(Fig. 1b, d).さらに,十二指腸水平脚では逆行性に空腸が陥入する所見を認めた(Fig. 1c).
Axial abdominal plain CT showed gastric distension (a), a dilated duodenum, a sac-like mass formed by the small intestine around the ligament of Treitz (yellow arrowheads) (b), and the jejunum intussuscepted into the duodenum in a retrograde fashion (red arrowheads) (c). Coronal reconstruction of plain CT showed the jejunum protruding to the left cranial side of the superior mesenteric artery (orange arrowhead) (d). White arrowheads indicate the inferior mesenteric vein.
以上より,逆行性腸重積を伴った内ヘルニアの診断で,緊急手術を施行した.
手術所見:上腹部正中切開で開腹すると,横行結腸間膜窩にヘルニア門を認め,上部空腸が陥入し(Fig. 2a),さらに逆行性に十二指腸へ重積していた(Fig. 2b).Hutchinson手技を用いて整復したところ,約15 cmの空腸が腹腔内に還納され,それらの腸管には壊死所見は認めなかった.横行結腸間膜窩のヘルニア門は2×2 cmで,同部位より左頭側の腸間膜内に奥行き5 cmの空間を呈するヘルニア囊を形成し,そこに空腸が脱出し,嵌頓した空腸の一部が十二指腸水平脚まで逆行性に重積していたものと判断した(Fig. 2c).重積した空腸は,外観では浮腫状を呈しており,腫瘍性病変は触知しなかった.そこで粘膜病変を確認するために術中内視鏡を施行したところ,Treitz靭帯近傍の上部空腸の粘膜に10 cmに渡る全周性の軽度な虚血性所見を認めた(Fig. 3).重積の先進部となりそうな腫瘍性病変は認めなかったため,腸管の切除は不要と判断し,ヘルニア門を3-0非吸収糸で縫縮して,さらに空腸と横行結腸間膜を吸収糸で固定して手術を終了した.手術時間は73分で,出血量は少量であった.
Operative findings showed that a 15-cm portion of the most proximal jejunum was herniated and incarcerated in the transverse mesocolon through an orifice of 2 cm in diameter formed at the duodenojejunal fossa (white arrowheads) (a, b). The invaginated intestine was reverted manually and had no necrosis (gray arrowheads) (c).
Intraoperative esophagogastroduodenoscopy revealed no neoplastic lesions and a mild ischemic change of 10 cm in length in the upper jejunum located near the Treitz ligament.
術後経過:十二指腸および上部空腸の通過障害を考慮し,術後第6病日に上部消化管造影検査を施行した.Treitz靭帯近傍の上部空腸に10 cmの軽度な狭窄所見を認めたが,通過は良好であった(Fig. 4).その後経口摂取を再開し,術後第14病日に退院となり,術後9か月現在,再発を認めない.
An upper gastrointestinal series revealed mild stenosis of 10 cm in length in the upper jejunum located adjacent to the ligament of Treitz (gray arrowheads).
腹腔内ヘルニア(内ヘルニア)は,Steinke1)によれば,体腔内の異常に大きい陥凹,窩,裂孔に腹腔内臓器が入り込むことと定義され,腹膜窩を通じて後腹膜腔に進入する腹膜窩ヘルニア(傍十二指腸ヘルニア,Winslow孔ヘルニア,盲腸窩ヘルニアなど)と,腸間膜や大網などの裂孔に発生する異常裂孔ヘルニア(腸間膜裂孔ヘルニア,大網裂孔ヘルニアなど)に分類されている.ただし,手術などで形成された裂隙への臓器陥入は除外されている.横行結腸間膜における内ヘルニアも,同様に横行結腸間膜窩ヘルニア(腹膜窩ヘルニア)と横行結腸間膜裂孔ヘルニア(裂孔ヘルニア)がある4).横行結腸間膜窩ヘルニアは,横行結腸間膜根部にみられ,中結腸動脈の左側で,Treitz靭帯の頭側に存在する横行結腸間膜窩をヘルニア門として腸管が後腹膜方向に脱出する.一方,横行結腸間膜裂孔ヘルニアは,横行結腸間膜のあらゆる部位に発生する可能性があり,その裂孔をヘルニア門として腸管が脱出する4)5).
内ヘルニアの頻度はイレウス手術症例の0.5~1.2%程度と報告され6)7),比較的まれな疾患である.内ヘルニアの発生部位および発生頻度に関しては本邦では高橋ら2)が集計しているが,内ヘルニアの中で異常裂孔ヘルニアが全体の60%,腹膜窩ヘルニアが40%を占めている.腹膜窩ヘルニアの中では傍十二指腸ヘルニアが50.4%と最も多く,次いでWinslow孔ヘルニアは15.9%,盲腸窩ヘルニアは10.3%となっており,横行結腸間膜窩ヘルニアは3.7%と非常にまれな疾患である.
横行結腸間膜窩ヘルニアは十二指腸空腸窩に生じるヘルニアである.十二指腸空腸窩は結腸間膜窩とも呼ばれ,通常成人の20%に見られ,腹部大動脈の左側で,十二指腸空腸曲と横行結腸間膜根部との間に存在する.深さは約3 cmで,上方は膵臓,左側は腎臓,背側は左腎静脈に囲まれており,開口部は円形で,右側下方に向かっていて,上十二指腸襞と下十二指腸襞の間に位置している8).発生的には,先天的な要因として腸回転の過程における不完全な膜の癒合や臓器の固定が関与したり,後天的な要因として腹腔内圧の上昇により,十二指腸空腸窩が拡大したりすることがあげられる4)9).自験例でも十二指腸空腸移行部の後腹膜への固定や横行結腸間膜との癒合が不十分であったと推測された.十二指腸空腸窩は横行結腸を挙上し,空腸を右側下方に牽引することにより,観察しやすくなり,Tambeら10)は解剖用献体10例,検死解剖45例,開腹手術症例45例の合計100例の検討から,18%の症例に認め,深さは1.5~3.5 cmで,開口部の幅は0.4~3.0 cmであったと報告している.自験例では術前の腹部CTならびに術中所見より,横行結腸間膜窩ヘルニアと診断した.自験例での腹膜窩の深さは5.0 cmで,開口部の幅は2.0 cmと従来の報告より深さが増大していたが,これらはヘルニア嵌頓によって腸管内圧が上昇し,ヘルニア囊が拡張したためと考えられた.画像診断としてはCTが有用で,Treitz靭帯近傍に小腸が集簇をつくり,囊状構造に包まれてみえる所見(sac-like appearance)が特徴的であり9),下腸間膜静脈の腹側に位置する.しかしながら,実際には術前診断は困難であり,自験例でも内ヘルニアと診断して手術となった.
Treitz靭帯周辺に生じる内ヘルニアには,他には左傍十二指腸ヘルニア,右傍十二指腸ヘルニア,横行結腸間膜裂孔ヘルニアなどがある.左傍十二指腸ヘルニアでは,ヘルニア門が右側を向いてヘルニア囊が下腸間膜動静脈の背側を通って下行結腸間膜の後方に陥入する.右傍十二指腸ヘルニアでは,ヘルニア門が左側を向いてヘルニア囊が上腸間膜動静脈の背側を通って上行結腸間膜の後方に陥入し,時に腸回転異常を伴うことがある.CTでは下行結腸間膜後方の左前腎傍腔や上行結腸間膜後方の右前腎傍腔にsac-like appearanceを認め,それぞれ下腸間膜静脈や右結腸静脈が腹側へ偏位している11).また,腸回転異常を伴っている場合は,上腸間膜動脈に対して上腸間膜静脈が左方に偏位している所見(SMV rotation sign)や,上腸間膜動脈周囲を小腸が渦巻き状に取り巻く像(whirl sign)を呈する場合がある.横行結腸間膜裂孔ヘルニアでは,CTで胃背側面,網囊およびMorrison窩などに脱出・拡張した小腸,支配血管のうっ血像・集中像,主幹腸間膜血管の偏位などが見られる12).
医学中央雑誌で1964年から2019年の期間で「横行結腸間膜ヘルニア」,「腸重積」をキーワードとして検索(会議録を除く)したところ,本邦における報告例は自験例を含め3例であり,いずれも十二指腸への逆行性腸重積を合併した横行結腸間膜窩ヘルニアであった(Table 1)9)13).以前の報告例では,60歳の男性と40歳代の女性で,いずれも腹痛・嘔吐を主訴とし,開腹歴はなく,術前にCTでそれぞれ逆行性腸重積を伴う内ヘルニアと横行結腸間膜ヘルニアと診断されていた.いずれの症例も,開腹で腸管切除することなく2 cm,3 cmのヘルニア門を単純縫合閉鎖していたが,後者の症例は術前にブチルスコポラミンで重積を解除することができ,その後に待機的に手術を施行していた.
Case | Author/Year | Age/Sex | Chief complaint | History of laparotomy | Neoplastic lesion | Preoperative diagnosis | Approach | Herniated organ | Diameter of the mesenteric defect | Surgical procedure |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Kanemura13)/2015 | 60/M | abdominal pain vomiting | none | none | internal hernia | open | jejunum 20 cm | 2 cm | simple closure |
2 | Tochimoto9)/2015 | 40s/F | abdominal pain vomiting | none | none | transverse mesocolon hernia | open | none* | 3 cm | simple closure |
3 | Our case | 87/F | vomiting | none | none | internal hernia | open | jejunum 15 cm | 2 cm | simple closure |
*: Preoperative CT revealed the transverse mesocolon hernia, but intraoperative findings showed its hernia had reduced spontaneously.
肛門側腸管が口側腸管に陥入する逆行性重積は,成人腸重積の中でも頻度が0.6~1.9%とされる非常にまれな病態であり,管腔内の腫瘍や腸管吻合,胃瘻,イレウス管抜去に関連して発症した報告が散見される3).自験例のように,腫瘍性病変を認めずに逆行性腸重積を呈する病態は,胃切除後症例では,いずれの再建法でも発症するが,Billroth-II法再建でBraun吻合付加症例が最も多かった14).発症原因としては腸管の痙攣・蠕動異常などの機能的因子と,吻合口の過大・輸入脚の過長・逆蠕動を促す狭窄・癒着形成などの機械的因子が考えられている15).胃瘻症例では,バルーン付き胃瘻チューブが小腸に移動して,膨らんだ状態で牽引することが要因となっている16).イレウス管抜去症例では,先端および側孔に吸引された小腸粘膜が口側に手繰り寄せられて発症する.自験例では横行結腸間膜窩ヘルニアに逆行性腸重積の合併を認めた.術中内視鏡では腸重積の原因となるような腫瘍性病変は認めておらず,重積の機序としては,栃本ら9)の報告と同様,まず横行結腸間膜窩ヘルニアが生じ,横行結腸間膜根部のヘルニア門の内に陥入する小腸の範囲が拡がるにつれて,ヘルニア囊内の圧力が上昇する.もともと横行結腸間膜根部のヘルニア門周囲は腸管の陥入により圧の上昇を認めるが,口側となる十二指腸側の腸管内圧にはほとんど変化を認めない.やがてヘルニア囊内の圧力がさらに上昇すると,口側の腸管内圧よりも高くなり,逆行性に十二指腸側へ空腸重積が発症すると考えられた.その一方で,金村ら13)の報告では,重積の機序に関して食道裂孔ヘルニアに食道胃逆行性重積を発症した例を挙げ,頻回の嘔吐による腹圧上昇,不十分な腸管固定とヘルニアの関与により,横行結腸間膜窩に滑脱型のヘルニアが起こり,逆行性に重積が生じる可能性を示した.我々は前者の発生機序の可能性がより高いと考えている.同じように横行結腸間膜に生じる内ヘルニアである横行結腸間膜裂孔ヘルニアでは,裂孔部(ヘルニア門)から口側腸管および肛門側腸管が陥入しているため,陥入した腸管内圧やヘルニア囊内の圧力が上昇しても,ヘルニア門周囲の狭窄に伴う圧の方が高く,逆行性腸重積は生じにくいと推測される.
内ヘルニアは一般的に外科的処置が施行されるべきであるが,特に腸重積を認めた場合には,手術は不可避と思われる.手術では腸管壊死・腫瘍性病変の有無を確認し,腸管切除の必要がなければ,陥入した腸管の整復とヘルニア門の閉鎖を行う.手術としては腹腔鏡での解除も選択肢に上がるが,自験例では両上肢に拘縮を認め,腹腔鏡手術用のポート挿入部となる側腹部にスペースを確保することは困難と考え,開腹手術を選択した.患者の全身状態や解剖学的位置関係を把握できるような症例では,腹腔鏡手術も選択しうる術式の一つである.
横行結腸間膜窩ヘルニアに十二指腸への逆行性腸重積を合併した極めてまれな1例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告した.
利益相反:なし