The Japanese Journal of Gastroenterological Surgery
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SPECIAL REPORT
The Operation Record of Pancreaticoduodenectomy for Borderline Resectable Pancreatic Cancer Emphasizing Milestone of Surgery
Daisuke SatohShigehiro Shiozaki
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2020 Volume 53 Issue 3 Pages 299-305

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Abstract

手術記録は単なる記録ではなく考証的,教育的な側面を併せ持つべき書類であり,イラストを多く用いることが最も効率的,効果的と考える.合理的な手術手順,手術の中間目標となる視野をイラストでわかりやすく示した手術記録として,今回は膵頸部に存在する切除可能境界膵癌に対する亜全胃温存膵頭十二指腸切除の1例を呈示した.手術の中間目標となる場面を描くことによって手順を正確に理解でき,最も重要である『手術戦略を練る力』が養われると信じている.

はじめに

手術記録は単なる記録に止まらず,記録した医師にとっては反省とその後の改善を考察する重要な考証記録であり,また参照した医師にとっては手術戦略や手技などについて理解を深める教育的な文献,手術書のような面を併せ持つべき書類であると考えている.

手術記録へのこだわり

筆者が手術記録を通して目指している理想は,安全性,再現性の高い手術戦略を確立させることである.そのための手段として万人が(自分にとっても)容易に理解することができるイラストを多く用いることが最も効率的で効果的と考える.イラストによって,どのように手術を進めていけば容易で,効率的で,つまり安全性が高いか,また,そのためには実際にどのような視野をどのように作っていかなければならないかを具体的に示すことが可能である.手術記録の作成にあたっては,①合理的な手術手順を示す,②手術の中間目標となる視野を描く,③中間目標となる視野を再現性をもって現出させるのに必要な手順,鉗子や左手の動きを描く,といった点を重視している.

イラストへのこだわり

1)動きのあるイラストを描く:解剖書に載っているいわゆる静止画ではなく実際の手術における動きがわかるような解剖を描くことを心懸けている.そのためには術者,助手の鉗子の向きや左手の動きを描く必要性がある.

2)手術ビデオではわからない解剖を描く:最近では手術のビデオ撮影が一般的となり術野を後日いつでも見直すことができるようになったため,手術のイラストをあえて描く意義について懐疑的な傾向があるかもしれない.しかし,手術で実際露出されて視認可能な解剖はほんの一部であり,剥離されておらず見えていない解剖を透視するような能力が安全で正確な手術をするうえで必須である.この能力は,手術ビデオによってではなく実際の術野でしか得られない情報(組織の緊張や状態,感触など)を頭に焼き付けて見えていない解剖を想像し,見えている部位と統合した像をイラストに描く作業によって培われる.

3)簡略化したイラストを添付する:写実的なイラストだけではなく手術の手順や概念の理解のためには時に簡略化したイラストがその説明に有用と考えている(Fig. 1a, b).Fig. 1aでは肝十二指腸間膜の郭清を簡略化したイラストによって,脈管の腹側から順番に組織を観音開きして(動脈→門脈の順)背側に落としていくように郭清を進めること,胃十二指腸動脈(以下,GDAと略記)を切離して動脈の可動性が増した後に各動脈の背側を郭清すること,最後に#8pを郭清して門脈の右側に郭清組織を移動させ一塊とすること,といったポイントを提示しており,Fig. 1bでは上腸間膜動脈(以下,SMAと略記)周囲郭清(左側アプローチ)におけるSMA神経叢(以下,PLsmaと略記)の温存や郭清の方向,範囲を示している.

Fig. 1 

Deformation of illustration transforming a complicated shape into a more simplified shape. a: Lymph node dissection of hepatoduodenal ligament. b: left posterior approach to the superior mesenteric artery. CHA: common hepatic artery, RHA: right hepatic artery, LHA: left hepatic artery, GDA: gastroduodenal artery, PV: portal vein, BD: bile duct, SMA: superior mesenteric artery, SMV: superior mesenteric vein, IPDA: inferior pancreaticoduodenal artery, J1A: first jejunal artery.

上記の『こだわり』に留意して作成した,膵頸部に存在する切除可能境界膵癌(以下,BR-Aと略記)に対して施行した亜全胃温存膵頭十二指腸切除(以下,SSPPDと略記)の手術記録を提示して解説する.

症例

腫瘍は膵頭体移行部に存在し体部に主に存在したが,門脈直上まで腫瘍は及んでいた(Fig. 2a, b).腫瘍から連続する軟部影がSMA腹側に180°未満で接しており,BR-A膵癌と診断された.また,腫瘍は門脈にも脾静脈合流部の腹側で接しており浸潤の可能性があった.術前にゲムシタビン・ナブパクリタキセル療法(gem/nab-PTX療法)を2コース施行し腫瘍は21→12 mmに縮小しSMAに接していた軟部影はほぼ消失した.

Fig. 2 

a: The tumor shrink from 21mm to 12mm after neoadjuvant chemotherapy. b: The tumor is located in the pancreatic body, extending to the pancreatic neck. NAT: neoadjuvant treatment, T: tumor, CHA: common hepatic artery, RHA: right hepatic artery, GDA: gastroduodenal artery, SMA: superior mesenteric artery, SPA: splenic artery.

腫瘍とGDA根部とは約1 cmしか離れていなかったため,膵切離断端の癌陰性を確実に得るには膵体部尾部切除よりも追加切除ができるSSPPPDの方が望ましいと判断した.ただし,腫瘍は膵体部に主座があったので,リンパ節#11p,7,9の郭清は必要と考え,SSPPDでは通常郭清しないこれらのリンパ節も併せて郭清することとした.

今回は膵頭十二指腸切除術の要点の一つである肝十二指腸間膜の郭清とSMA周囲の郭清について実際の手術イラストを提示する.

Fig. 3は肝十二指腸間膜の郭清における中間目標となる場面をイラストで順番に示している.肝十二指腸間膜の郭清では腹側から組織を観音開きにしていき,郭清したリンパ節を背側に順番に落としていくイメージで行っている.まず,左肝動脈(LHA),固有肝動脈(PHA),総肝動脈(以下,CHAと略記)の腹側を露出して,さらに本症例では併せてリンパ節#11p,7,9をen-blockに郭清した(Fig. 3a, b).剥離の方向,順番がわかるように矢印,番号をつけている.肝十二指腸間膜の郭清において,良好な視野を得るために早期に胆管を切離する(Fig. 3c).胆管を切離することで視野が展開され,温存すべき全ての動脈が確認でき,誤認することなくGDAを切離することが可能となる(Fig. 3d).GDAを切離すると肝動脈の膵臓への固定がなくなり可動性が良好となるので,それぞれにテーピングして全周性に郭清して背側に組織を落とす.CHAを牽引して視野を展開しながらリンパ節#8pを郭清して門脈の背側の組織と一塊とする(Fig. 3e).本症例では右肝動脈(以下,RHAと略記)が腹腔動脈から直接分岐していたので最後にRHAに沿って郭清した.このように切離,郭清する順番や,組織・脈管の牽引する方向などを決めてある程度定型化することで効率的に安全に郭清を行うことができる.

Fig. 3 

Lymph node dissection of hepatoduodenal ligament. CHA: common hepatic artery, RHA: right hepatic artery, LHA: left hepatic artery, GDA: gastroduodenal artery, SPA: splenic artery, RGA: right gastric artery, LGV: left gastric vein, CBD: common hepatic duct, LN: lymph node.

次にSMA周囲の郭清をイラストによって説明する.腫瘍はSMA腹側で接しており,margin確保のためにPLsmaの腫瘍接触部位を郭清する必要があったが,PLsmaの広範囲の郭清は術後難治性下痢を引き起こすため最小限の範囲に留めることが望ましいと考えた.よって,Kocher授動の際にPLsmaに対する郭清の背側の境界,いわゆる『受け』をつくっておいた(Fig. 4a).小腸を切離後にSMAの背側半周はPLsmaを温存する層で時計回りに剥離・郭清していき,6時方向から分岐する第1空腸動脈と下膵十二指腸動脈の共通管を同定して切離した(Fig. 4b).膵臓をSMAの左側で切離して(迅速病理で膵断端は陰性),膵頭部を門脈/上腸間膜静脈よりも先にSMAから剥離した.SMA右縁に沿って膵外神経叢第II部を切離した(この部位ではPLsmaは温存)(Fig. 4c).頭側のSMA中枢側では腹側で腫瘍と接していたので同部位のPLsmaは郭清した(Fig. 4d).この際にはKocher授動の際に引いていた背側のラインをメルクマールとして郭清を行い,PLsmaの郭清範囲を最小限に留めた.最後に膵頭部と門脈とを剥離し,腫瘍は脾静脈合流部の門脈腹側と固着し浸潤が考えられたので同部位を楔状切除して標本を摘出した.手術時間は7時間52分,出血量は50 mlであった.Fig. 5は切除後の術中写真である.

Fig. 4 

Dissection around the superior mesenteric artery.

Fig. 5 

The picture after excision. CHA: common hepatic artery, RHA: right hepatic artery, LHA: left hepatic artery, GDA: gastroduodenal artery, SPA: splenic artery, RGA: right gastric artery, LGA: left gastric artery, LGV: left gastric vein, PV: portal vein, SPV: splenic vein, IVC: inferior vena cava, IMV: inferior mesenteric vein, Panc: pancreas.

考察

今日までにはすでにさまざまな優れた外科解剖書が出版されている1)~5).しかし,これらは教科書であって,実際の手術において腫瘍の状況や解剖などは個々の症例ごとに異なる.外科解剖書で十分に学んだ後に,症例ごとに熟考して実際の臨床における個々の症例に応じた手術記録を作成することは,一人前の外科医となる過程で必須と考えられる.

このように手術記録は単なる記録ではないわけであるが,さらにイラストを用いて手術記録を作成することによって,他者のみならず自分にとってもより深く手術を理解できるようになる.イラストの作成にあたっては,実際の手術や動画ではわかりにくい(見えていない)脈管などの解剖を頭に思い浮かべて描くので,解剖書にある静止画のようなそのままの解剖ではなく,手術の流れに沿って変化する解剖,いわゆる手術の解剖が頭の中に焼き付けられる.また,イラストは単に解剖の理解への貢献に止まらず,手術の中間目標となる場面を描くことによって手順を正確に理解でき,最も重要である『手術戦略を練る力』が養われると信じている.

利益相反:なし

文献
 

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