2021 Volume 54 Issue 10 Pages 728-735
症例は76歳の女性で,3年前に肛門前方の無痛性腫瘤を触知し,数か月前から増大するため受診した.肛門前方の硬結を伴う2 cm大の皮下腫瘍が皮膚に露出し,表面は粘液で覆われていた.CTで腫瘍の肛門括約筋および膣への浸潤が疑われ,両側外腸骨リンパ節が腫大し,PET-CTで原発巣と両側外腸骨リンパ節に集積が亢進していた.生検でアポクリン腺癌や異所性乳房由来の腺癌が疑われた.両側外腸骨リンパ節転移を伴う会陰部アポクリン腺癌の診断で腹腔鏡下腹会陰式直腸切断・膣壁合併切除,両側外腸骨リンパ節摘出術を施行した.腫瘍は前方で膣壁上皮直下に達し後方では一部肛門管上皮に露出し,両側外腸骨リンパ節転移が確認された.アポクリン腺癌は浸潤性と転移性を獲得するまで数か月から数年の静止期があるとされる.会陰部の経時的に増大する皮下腫瘤ではアポクリン腺癌も鑑別疾患の一つとして考え,生検による早期確定診断が重要と考えられた.
A 76-year-old woman noticed a palpable tumor in the perineal region 3 years ago. She visited our hospital due to growth of the tumor for several months. A subcutaneous tumor with a diameter of 2 cm was located anterior to the anus, exposed to the skin and covered with mucus. Imaging revealed that the tumor had invaded the anal sphincter and the vagina, and had metastasized to the bilateral external iliac lymph nodes. A biopsy specimen indicated adenocarcinoma with apocrine differentiation, and the patient was diagnosed with perineal apocrine carcinoma with bilateral external iliac lymphatic metastases. Laparoscopic abdominoperineal resection of the rectum combined with vaginal wall and bilateral external iliac lymphadenectomy was performed. Pathologically, the tumor was found to have invaded to just below the epithelium of the vaginal wall anteriorly and partly to the epithelium of the anal canal posteriorly. Lymph node metastases were found in both external iliac regions. Apocrine adenocarcinoma may have a quiescent period of a few months to several years prior to developing invasive and metastatic potential. Therefore, it is important to make an early diagnosis of this tumor by biopsy.
アポクリン腺癌はアポクリン分化を伴う汗腺癌であり,皮膚悪性腫瘍の中では比較的まれで1),会陰部のアポクリン腺癌の報告例は特に極めて少なく,腫瘍の増大速度やリンパ節転移の様式などの腫瘍学的特徴については不明な点が多い.また,外科的治療を含む治療法についても確立されたものはない2).我々は外腸骨リンパ節への転移を伴った会陰部アポクリン腺癌に対して,腹会陰式直腸切断・外腸骨リンパ節摘出術を施行した症例を経験したので報告する.
患者:76歳,女性
家族歴・既往歴:特記事項なし.
現病歴:約3年前に肛門前方の無痛性腫瘤を触知し近医を受診した.組織学的検査は行われず,良性の皮膚腫瘍の疑いで経過観察されていた.しかし,数か月前から増大傾向を認めたため当院を受診した.
身体所見:肛門前方の皮下の硬結を伴う2 cm大の硬い腫瘍が皮膚に露出し,表面は粘液で覆われていた(Fig. 1).直腸診・内診では粘膜面には腫瘤ははっきり触知しなかったものの,直腸前壁および膣後壁に硬い腫瘤を触れ,直腸・膣との可動性は乏しかった.
Skin findings in the peritoneal region. The upper part of this figure shows the pubic side. The tumor was 2 cm in diameter, had subcutaneous induration anterior to the anus, and was exposed on the skin and covered with mucus.
血液検査所見:血算,生化学検査,腫瘍マーカー(CEA,AFP,CA19-9,CA125,CA15-3,SCC)はいずれも正常範囲内であった.
画像所見:造影CTでは腫瘍は径2 cmで膣と肛門の間に存在していた.辺縁優位の造影効果を伴い,造影効果は腫瘍に隣接する膣下端後壁と外肛門括約筋へ及んでおり浸潤が疑われた.直腸間膜内や鼠径部リンパ節の腫大はなかったが,両側外腸骨領域リンパ節は短径1 cmに腫大していた.造影MRIでもCTと同様に造影効果を伴う腫瘤があり,膣下端後壁および外肛門括約筋へ造影効果が連続していた.FDG-PET CTでは原発巣(SUV-max:5.7)と両側外腸骨リンパ節への集積があったが,鼠径部リンパ節への集積は認めなかった(Fig. 2).
Imaging findings. (a, b) CT and MRI revealed invasion of the external anal sphincter and vagina. (c, d) FDG-PET CT showed accumulation at the primary lesion and at bilateral external iliac lymph nodes.
生検病理組織学的所見:HE染色では腫瘍細胞は好酸性の広い胞体を有し,真皮内に腺管/索状構造を形成して浸潤性に増殖する中~低分化腺癌で,免疫染色検査ではCK7陽性,CK20陰性,CDX2陰性,GCDFP-15陽性であった(Fig. 3).免疫染色検査からアポクリン分化を伴う汗腺癌,あるいは異所性乳房由来の腺癌と考えられた.
Microscopic pathological findings of skin biopsies (20×). (a) HE staining showed tumor cells that were moderately to poorly differentiated adenocarcinomas with broad, acidic sporangia, forming glandular/chordal structures in the dermis and growing invasively. (b–e) Immunostaining was positive for CK7 (b), negative for CK20 (c), negative for CDX2 (d), and positive for GCDFP-15 (e).
以上より,両側外腸骨リンパ節転移を伴う会陰部原発のアポクリン腺癌と診断し,手術を施行した.
手術所見:直腸・膣への浸潤が疑われたので,腹腔鏡下腹会陰式直腸切断・膣壁合併切除術を施行した.リンパ節郭清は下腸間膜動脈処理に伴う中枢側郭清とPET-CTで集積が認められた外腸骨領域の摘出のみとし,側方領域や鼠径部の郭清は施行しなかった.手術時間は311分,出血量は100 mlであった.
切除標本肉眼的所見および病理組織学的検査所見:肉眼的には皮下に境界不鮮明な径2.2 cmの白色結節があり(Fig. 4),組織学的には生検組織と同様に真皮内で増殖する腺癌が,前方では膣壁上皮直下へ浸潤し後方では一部肛門括約筋を貫き肛門管上皮に露出していた(Fig. 5).静脈侵襲と神経周囲浸潤が確認されたが,リンパ管侵襲は認めなかった.両側外腸骨リンパ節は転移陽性であったが,直腸間膜内リンパ節には転移はなかった.腫瘍の周囲には肛門周囲皮膚のanogenital mammary-like glands(以下,AGMLGと略記)が存在した.免疫染色検査ではエストロゲン受容体,プロゲステロン受容体はともに陰性で,汗腺あるいはAGMLG由来の中~低分化アポクリン腺癌と診断した.UICC(第8版,肛門管および肛門周囲皮膚腫瘍)ではT4N1bM0のStage IIICであった.
Resected specimen. The mucosal side of the specimen (a) and the cut specimen (b) are shown. The small black arrows show the tumor lesion.
Pathological findings of the resected specimen. HE staining and a loupe image of the surgical specimen. The tumor had invaded to just below the epithelium of the vaginal wall anteriorly and to the epithelium of the anal canal posteriorly.
術後経過:術後経過は良好で,術後21日目に退院した.術後補助化学療法は施行せず,術後30か月無再発生存中である.
アポクリン腺癌は皮膚癌の中では汗腺癌に分類されている.本邦では汗腺癌の発生割合は皮膚癌全体の2.6%であり3),その中でもアポクリン腺癌は頻度が少なくまれな皮膚悪性腫瘍である1).アポクリン腺癌の好発部位はアポクリン腺が高密度に存在する腋窩・陰部などだが,アポクリン腺が生理的に存在しない頭部・体幹・下肢にも生じることがある4)5).会陰部に発生するのはアポクリン腺癌の2.0%~6.5%と報告され1)6),アポクリン腺癌の中でも頻度は少ない.医学中央雑誌(1964年~2020年,会議録除く)およびPubMed(1950年~2020年)で「アポクリン腺癌」,「陰部/会陰部/肛門」,「apocrine」,「carcinoma」,「anal/anogenital」の語句を用いて検索を行うと14例の報告があった6)~19).
会陰部は,左右の坐骨結節を結ぶ線で前方の尿生殖三角部と後方の肛門三角部に分けられる.自験例は肛門三角部に発生したものに分類されるが,14例の報告のうち,肛門三角部に発生したものは7例で,陰囊/陰茎が4例,尿生殖三角部が2例,恥骨部が1例であった.
肛門三角部原発のアポクリン腺癌の7症例の一覧を示す(Table 1).年齢や性別に特に傾向はなく(男女比=3:5,40~70歳代),腫瘍径は10~50 mm(平均25.9 mm)である.治療は1例が放射線照射で,5例が局所切除術,自験例を含む2例は直腸切断および膣壁合併切除術が選択された.自験例は術後2年6か月無再発であったが,術後の再発の有無については,1年4か月無再発であった能浦ら9)の報告および3年無再発であったde la Torre Fernández de Vegaら15)の報告を除いて記載がなかった.
No | Author, Year | Gender | Age | Disease period | Tumor size (mm) | Lymphatic metastasis | Adenoma components | Treatment |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Thompson7), 1956 | Male | 43 | 6 months | NA | NA | NA | Radiation |
2 | Noura9), 1996 | Female | 46 | 2 years | 50 | None | Negative | Abdominoperineal resection of the rectum with the vaginal wall Hysterectomy and bilateral adnexectomy Lymphadenectomy (details unknown) |
3 | MacNeill12), 2005 | Female | 45 | 1 month | 20 | None | Positive | Wide local excision |
4 | Obaidat13), 2006 | Female | 67 | 3 months | 13 | None | Positive | Local excision |
5 | de la Torre Fernández de Vega15), 2008 | Male | 63 | 2 years | 25 | None | Negative | Local excision |
6 | Hall16), 2012 | Male | 71 | 1.5 months | 31 | None | Positive | Local excision |
7 | Gazivoda19), 2020 | Female | 72 | 1 year | 20 | None | Negative | Local excision |
8 | Our case | Female | 76 | 3 years | 22 | External iliac nodes | Negative | Abdominoperineal resection of the rectum with the vaginal wall Bilateral external iliac lymphadenectomy |
NA: not available
一般的にアポクリン腺癌は,発生・発育の途中で数か月から数十年に亘る非常に長い静止期の後に浸潤性と転移能を獲得すると考えられてきた20).Miyamotoら21)は腋窩のアポクリン腺癌5例を検討し,全てのアポクリン腺癌は腺腫成分を含んでおり,発生過程においてhyperplasiaからadenoma,さらにadenocarcinomaへと悪性化するというlinear progression modelを提唱している.Table 1のNo. 2,No. 5,No. 7の報告例,そして自験例では,症状出現から手術まで経過観察期間が1~3年と長期間であり,切除標本には腺腫成分を含まなかった.一方No. 3,No. 4,No. 6の3例では,症状出現から治療までの期間が1~3か月と比較的短期間で,病理所見で全ての症例で腺腫成分を含んでいた.このことから後者の局所切除を行われた3例は,他の症例よりも進行していない状況で手術が行われたため,腺腫成分を含んでいたと考えられ,肛門三角部においてもlinear progression model仮説が適応できる可能性がある.過去の他部位でのアポクリン腺癌でも,早期発見・診断の重要性について述べた報告22)23)があり,肛門三角部のアポクリン腺癌においても同様と考えられる.肛門三角部の皮下腫瘤では,アポクリン腺癌も鑑別疾患の一つとして考え,積極的な生検による早期の診断が重要と考えられた.
アポクリン腺癌に対する外科的治療については,症例数が少なく定型化された術式は存在しない2).自験例は肛門括約筋への浸潤と外腸骨リンパ節転移が疑われたため局所切除の適応外と判断し,腹会陰式直腸切断・膣壁合併切除および外腸骨リンパ節摘出術を選択した.切除標本の病理学的検査で周囲臓器への浸潤とリンパ節転移が確認されており,術前の身体所見と画像診断から選択した本術式の妥当性を示すものであると考えられる.
本症例の両側外腸骨リンパ節への転移経路は,二つの経路が可能性として考えられる.一つは,腫瘍が歯状線の肛門側に位置していたことから,会陰部から鼠径部に向かい鼠径部からさらに外腸骨リンパ節へと続く経路である24).もう一つは,上方向へのリンパ流として内腸骨動脈の外側を通り外腸骨動脈周囲へ向かう経路である25).本症例は,術前のPET-CTで外腸骨リンパ節のみに集積があり,外腸骨リンパ節以外の側方領域や鼠径部のリンパ節は転移を疑う所見を認めず,転移経路については明らかでない.アポクリン腺癌に対する予防的なリンパ節の郭清については意見が分かれており2),予防的な郭清を必要とする報告26)や,予防的な郭清は不要だが,術前にリンパ節転移が臨床的に指摘されていれば郭清を行うべきとする報告27),センチネルリンパ節生検を行い陽性であれば郭清を行うべきという報告1)などがある.自験例では,通常の直腸癌とは異なる部位でのリンパ節転移であり,転移経路がはっきりしない状況であったことから左右外腸骨領域リンパ節の摘出のみを行い,直腸癌に準じた側方領域の予防的郭清は行わなかった.鼠径部の郭清については,合併症としてリンパ漏18)や下肢浮腫28)などの合併症もあることから,予防的郭清は過大侵襲として実施しなかった.今後側方領域や鼠径部領域の転移が出現した際には郭清を行う予定とした.また,腫瘍学的には下腸間膜動脈根部の郭清は必要ないと考えられるが,手術侵襲として過大ではないと判断し下腸間膜動脈根部で切離した.
腋窩のアポクリン腺癌のリンパ節転移陽性例や中~低分化癌に対して術後補助化学療法26)29)や補助放射線療法27)30)を行った報告はあるが,化学療法のレジメンは確立されておらず,放射線治療の有効性も確立されていないことから,自験例においては術後補助化学療法や補助放射線療法は施行しなかった.発生頻度のまれなアポクリン腺癌は比較的経過が長い悪性疾患であり,症例の蓄積が適切な治療選択につながると考えられる.
非常にまれな会陰部に発生したアポクリン腺癌に対して,生検と画像診断により術前診断および治療方針の検討を行い,外科的治療により良好な経過を得られた症例を経験した.
本報告の要旨は,第73回日本大腸肛門病学会学術集会で発表した.
利益相反:なし