2021 Volume 54 Issue 3 Pages 193-199
症例は77歳の男性で,健診にて肝機能障害を指摘された.近医で施行した腹部USで胆石を認め,当院消化器内科を紹介となった.精査の結果,胆石症の手術目的に当科入院となった.術前の腹部USでは胆囊頸部に3.0 cm大の囊胞を認めた.造影CT,MRIでは胆囊内に結石多数と,胆囊頸部に3.0 cm大の囊胞性病変を認めた.胆石症,胆囊腺筋腫症と診断し腹腔鏡下胆囊摘出術を施行した.胆囊頸部に4.0 cm大の囊胞を認め,内容は透明粘液であった.切除標本では肉眼的に胆囊内腔と交通を確認でき,病理組織学的検査所見では囊胞全体が拡張したRokitansky-Aschoff sinus(以下,RASと略記)であり,最終診断は胆囊壁内囊胞とした.胆囊壁内囊胞は報告例が非常に少なくまれな疾患であり,臨床的・組織学的定義は確立されていない.今回,我々は胆囊内腔との交通を有した胆囊壁内囊胞の1例を経験したため報告する.
A 77-year-old man was admitted for liver dysfunction and gallstones found in abdominal US. A 3.0-cm cystic lesion at the neck of the gallbladder was also found on abdominal US. Contrast-enhanced CT and MRI also showed many stones in the gallbladder and a 3.0-cm cystic lesion at the neck of the gallbladder. A diagnosis of cholelithiasis and gallbladder adenomyomatosis was made, and laparoscopic cholecystectomy was performed. The resected specimen was a 4.0-cm cyst at the neck of the gallbladder, with communication between the gallbladder lumen and the cyst. An incision showed that the cyst was filled with clear mucus. Histologically, the cyst was an enlarged Rokitansky-Aschoff sinus, and the pathological diagnosis was an intramural cyst of the gallbladder. This kind of cyst is rare, with very few reports, and its clinical and histological features have not been established. There are no reports of cases in which communication between an intramural cyst of the gallbladder and the gallbladder lumen was confirmed, and therefore, the section was examined macroscopically and histologically in detail. We report this case as the first example of an intramural cyst of the gallbladder with communication with the gallbladder lumen.
胆囊壁内囊胞は報告例が非常に少なくまれな疾患であり,臨床的あるいは病理組織学的定義は確立されていない1).成因としては,何らかの誘因によりRokitansky-Aschoff sinus(以下,RASと略記)と胆囊内腔との交通が遮断され,胆囊壁内でRASが拡張して囊胞を形成するといわれているが2),詳細は明らかではない.今回,我々は胆囊内腔との交通を有した胆囊壁内囊胞の1例を経験したため,本邦学術誌に報告された胆囊囊胞10症例1)~10)と比較検討して報告する.
症例:77歳,男性
主訴:検査異常
既往歴:高血圧,早期胃癌,大腸ポリープ,閉塞性動脈硬化症
現病歴:2019年6月の健診にて肝機能障害を指摘された.近医で施行した腹部USで胆石を認め,当院消化器内科を紹介受診した.精査の結果,胆石症の手術目的に2019年10月当科入院となった.
入院時現症:身長173 cm,体重66.7 kg,腹部は平坦・軟で,腫瘤を触知せず,圧痛を認めなかった.
血液検査所見:AST 91 IU/l,ALT 114 IU/l,ALP 249 IU/lと軽度の肝酵素の上昇を認めた.腫瘍マーカーはCEA 3 ng/ml,CA19-9 8 U/mlと正常範囲内であった.ウイルスマーカーはHBs抗原,HCV抗体ともに陰性であった.
腹部US所見:胆囊内に5~10 mm大の胆石多数と,胆囊頸部付近に30 mm大の囊胞を認めた(Fig. 1a).
a) Abdominal US of the gallbladder showed gallstones of 5–10 mm and a 30-mm smooth hypoechoic cystic lesion at the neck of the gallbladder (arrow). b) Contrast-enhanced CT showed gallstones, slight thickening of the gallbladder walls, and a 30-mm cystic lesion in the neck of the gallbladder (arrow). c, d) MRI showed a cystic lesion in the neck of the gallbladder (arrows). The cyst in these images is not obviously communicating with the gallbladder.
腹部造影CT所見:胆囊内に結石を複数個認め,胆囊壁軽度肥厚を認めた.また,胆囊頸部に接するように30 mm大の囊胞を認めた(Fig. 1b).
MRI所見:胆囊頸部に内部均一な囊胞を認めたが,胆囊との明らかな連続性は確認できなかった(Fig. 1c, d).
以上の所見から,胆石症,胆囊腺筋腫症と診断した.囊胞に関しては胆囊腺筋腫症による胆囊頸部の拡張か肝囊胞と考えられた.胆石症に対して腹腔鏡下胆囊摘出術を施行した.
手術所見:胆囊は炎症所見を認めず,周囲との癒着もなかった.胆囊頸部の腹腔側に胆囊壁と連続するように囊胞性病変を認めた(Fig. 2a).
a) Surgical findings showed a cyst at the neck of the gallbladder. b) In macroscopic findings, the cyst was 40×35 mm in size and located at the neck of the gallbladder. c) A cross-section of the gallbladder cyst showed macroscopic communication between the cyst and the lumen of the gallbladder.
切除標本肉眼所見:囊胞は40×35 mm大であり,胆囊内腔に交通を認めた.胆囊内には黄褐色胆汁と,数mm大の黒色結石を多数認めた.囊胞内には透明な粘液が充満していた.囊胞と胆囊内腔との交通部を通るように,図の点線で割面を作成した(Fig. 2b).割面では肉眼的に交通部を認めた(Fig. 2c).
病理組織学的検査所見:病理組織学的に囊胞は胆囊内腔と交通を認めた(Fig. 3a).交通部の粘膜は大部分が脱落していたが一部残存した円柱上皮を認め,粘液腺の増生も認めた(Fig. 3b).囊胞は一層の円柱上皮で構成されており,異型細胞は認めなかった(Fig. 3c).囊胞周囲の胆囊壁にはRASが散在していた(Fig. 3d).これらの病理組織学的検査所見よりRASに粘液を中心とする内容物が充満することにより,RASが拡張し,囊胞が形成されたと考えられた.病理組織学的にRASの囊胞性変化による胆囊壁内囊胞と診断した.
a) Microscopic communication between the cyst and the lumen of the gallbladder (HE staining ×100). b) Mucosal epithelium (arrows) and mucous gland (square frame) in the wall at the penetration site (HE staining ×40). c) Single layer of columnar epithelium (HE staining ×400). d) Increased RAS (arrows) in the gallbladder wall around the cyst (HE staining ×100).
術後経過:術後の経過は良好で,術後3日で退院した.退院後,外来経過観察でも問題なく終診とした.
胆囊壁内囊胞は症例自体が少ないためにいまだに不明な点が多く,その発生機序や臨床的・組織学的な定義も確立していない1).一般的には,胆囊壁内囊胞は何らかの誘因により,RASと胆囊内腔との交通が遮断され,胆囊壁内でRASが拡張して囊胞を形成するといわれている1)2)5)~10).我々が医学中央雑誌(1964年~2020年)で,「胆囊囊胞」,「胆囊貯留性囊胞」,「胆囊壁内囊胞」をキーワードとして検索したところ(会議録を除く),本邦の報告例は10症例のみであった1)~10).自験例を含め11症例の概要内訳をTable 1に示した.発症年齢は50~80歳で,男性7例,女性4例であった.囊胞の所在部位は底部が最も多く6例であり,体部3例,頸部2例であった.囊胞の大きさは10~25 mm大のものが多く,自験例が40×35 mmと最も大きかった.囊胞の内容は粘液性が8例,漿液性のものは3例であった.術前診断は,「胆囊腺筋腫症疑い」が4例,「腫瘍性病変疑い」が3例,「胆囊囊胞疑い」が2例,「胆囊ポリープ」,「胆囊隆起性病変」がそれぞれ1例であり,画像上の診断は困難であると考えられた.病理組織学的所見で,RASの増生と囊胞状の拡張,RASの発達などが囊胞周囲の胆囊壁に確認された症例は実に11例中9例に認められた.このことからRASと囊胞の関係は極めて密接なものと推測できる2).我々の症例では病理組織学的に囊胞壁が胆囊粘膜と同様の単層の円柱上皮で構成されていること,囊胞周囲の胆囊壁にRASが増生していたことから,増生していたRASの一つが拡張することにより囊胞が形成されたと推測された.
No | Author | Year | Age | Sex | Location | Size (cm) | Content | Preoperative diagnosis | Pathological findings of the gallbladder wall around the cyst | Communication between the cyst and the gallbladder |
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1 | Monma3) | 1988 | 61 | F | neck | 1 | pale yellow mucinous | gallbladder cyst | Luschka duct in the cyst wall, a few RAS at the body | absence |
2 | Meguro4) | 1990 | 64 | M | fundus | 1.5×2.0 | mucinous+several black gallstones | gallbladder adenomyosis | no increase of RAS | absence |
3 | Asada5) | 1993 | 65 | F | fundus | 1.2×1.0 | clear mucinous+a gallstone | gallbladder tumor | increase of RAS, with dysplasia | absence |
4 | Yamada6) | 1995 | 52 | F | body | 2.5×2.0 | mucinous | gallbladder tumor | increase of RAS and cystic dilation. findings of adenomyosis | absence |
5 | Fujisawa7) | 1995 | 65 | M | fundus | 2.5×2.2 | serous | gallbladder adenomyosis | increase of RAS. Cholesterin crystal in the RAS | absence |
6 | Kondo8) | 1996 | 63 | M | fundus | 1.0×0.9 | mucinous | gallbladder tumor | increase of RAS | absence |
7 | Horie9) | 2000 | 50 | F | body | 1.4 | mucinous | gallbladder polyp | no increase of RAS | absence |
8 | Mori1) | 2002 | 69 | M | fundus | 1.7 | mucinous | gallbladder adenomyosis | increase of RAS and cystic dilation, several gallstones in the wall | absence |
9 | Aoyagi10) | 2003 | 80 | M | fundus | 1.3×1.2 | mucinous | cystic lesion | increase of RAS | absence |
10 | Suzuki2) | 2014 | 75 | M | body | 1.0×0.8 | jelly like brown mucinous | gallbladder cyst | increase of RAS | presence |
11 | Our case | 77 | M | neck | 4.0×3.5 | clear mucinous | gallbladder adenomyosis | increase of RAS and cystic dilation | presence |
今までの報告例では囊胞と胆囊内腔に交通を認めないものが11例中9例と多数を占めていた(Table 1).一般的に胆囊囊胞は,小結石や炎症に伴いRASが閉塞し胆囊内腔とRASとの交通が遮断されるため,交通がみられないと推察されている5).しかし,本症例では症例No. 102)と同様に囊胞と胆囊内腔とに交通を有していたにもかかわらずRASが拡大し粘液が貯留しており,その原因について考察した.RASは組織学的に胆囊粘膜上皮が筋層深部および筋層を貫いて漿膜下層に憩室様に陥入し,かつ胆囊内腔と交通する上皮と定義されている11).したがって,本例のように病理組織学的に囊胞壁に胆囊粘膜上皮を認めることと,囊胞と胆囊内腔との交通を認めることは胆囊囊胞の発生母地がRASである根拠の強い裏付けになると考えられる.これまでの報告で胆囊囊胞と胆囊内腔との交通を認めない例が多かった理由としては,病理切片作成時に交通部を含んでいなかった場合や,すでに交通部が炎症や結石の嵌入により遮断されていた可能性が考えられた.
また,本症例の病理組織学的検査所見では交通部の周囲に限局して粘液腺が増生しており粘液を産生していたことが示唆された.粘液腺の増生による物理的な閉塞や産生された粘液により交通部の流れは鬱滞していたと推測した.また,胆囊内に小結石を多数認めたことから,交通部に一時的に結石が嵌頓し閉塞機転となっていた可能性も考えられる.このような交通部が遮断された状況下でRAS内腔の上皮より産生された粘液が貯留し,RASの内圧が上昇することで囊胞状拡張を来したと推測された.
本症例ではこれまでの報告例と比較し囊胞が大きく発達していたこと,粘液腺が交通部周囲に増生していたことが特徴的であった.一般的に胆囊結石や炎症などの慢性刺激により胆囊粘膜の化生性変化を来すことで粘液腺の増生を来すと考えられている12).本症例では交通部で胆石の嵌入や,粘液による通過障害,それに付随する慢性炎症によるさらなる粘液腺の増生が長期間に渡り起こった結果と推察され,粘液腺からの粘液の分泌はRASが拡張するうえで重要な因子の一つとなりえることが示唆された.胆囊囊胞の定義は確立しておらず,胆囊腺筋腫症では胆囊壁内に拡張したRASによる小囊胞が認められることがある13).胆囊腺筋腫症は組織学的には組織標本上1 cm以内に5個以上のRASの増殖が見られ,そのために壁が3 mm以上肥厚を呈する病変と定義されているが1),自験例は組織学的に囊胞周囲や他部位の胆囊壁にも胆囊腺筋腫症を認めず,拡張した囊胞のみを認めた.この場合に胆囊囊胞と定義して矛盾しないと考えられる.また,今までの報告例は全て囊胞径10 mm以上のものであったが,胆囊囊胞の大きさに関する明確な定義はなく,組織学的な所見をもって胆囊壁内囊胞と定義することが妥当ではないかと考える.本症例では囊胞がいつから形成されていたかは定かではないが,今後時間経過に伴って慢性炎症,さらにはそれに伴う線維化により他症例と同様に交通部が遮断され確認できなくなることが推測される.つまり,本症例は交通部が遮断され線維化するまでの囊胞の発生過程の一端を見ていることが示唆された.
本症例のように肉眼的に胆囊壁内囊胞と胆囊内との交通部を確認し,かつ同部を組織学的に詳細な検討を行った症例の報告はない.しかし,これまでに本邦での報告例は少なく胆囊壁内囊胞の成因・病態に関して,今後の症例の集積による検討が必要と考えられる.
利益相反:なし