2021 Volume 54 Issue 5 Pages 321-327
胃癌術後の吻合部出血の頻度は約1%程度と比較的まれな合併症であり,吻合部以外の部位からの出血はさらにまれである.症例は77歳の男性で,冠動脈疾患精査中に抗血小板薬2剤併用療法(dual antiplatelet therapy;DAPT)施行後の貧血を契機として胃癌と診断された.幽門側胃切除術,D2郭清を施行したが,術後14日目に残胃出血を認めたため,上部消化管内視鏡検査を施行した.胃内は血液で充満しており出血源の同定は困難であり,内視鏡的止血は施行できなかった.造影CTにて吻合部や縫合部から離れた部位での短胃動脈から胃内への血管外漏出像を認め術後22日目にTAEを施行し止血を得た.TAE施行後残胃虚血を認めたが,保存的加療にて血流は改善し術後65日目で経口摂取可能となり,術後89日目に退院した.
Anastomotic bleeding after gastric cancer surgery is a relatively rare complication with a frequency of about 1%. Bleeding from the remnant stomach other than at the anastomotic site is particularly rare. The patient in our case was a 77-year-old man who was taking dual antiplatelet medications for cardiac coronary artery disease, and was diagnosed with anemia caused by gastric cancer. He underwent distal gastrectomy with D2 dissection for gastric cancer, and unexpectedly vomited massive blood on postoperative day (POD) 14. The hemorrhage point in the remnant stomach could not be detected using upper gastrointestinal endoscopy, and endoscopic hemostasis could not be performed. Contrast-enhanced CT showed an extravasation from the short gastric artery to the inside of stomach free from the anastomotic site or suture site. We performed transcatheter arterial embolization (TAE) and stopped the bleeding on POD 22. Despite secondary ischemia of the remnant stomach caused by TAE, the patient recovered with conservative management, started oral intake on POD 65, and was discharged on POD 89.
胃癌術後の吻合部出血の発生頻度は約1%程度と比較的まれな合併症であるが,合併症発症時は,緊急的な処置が必要な重篤な合併症である1).吻合部以外の部位からの残胃出血はさらにまれであり,本症例では造影CTにて吻合部より離れた部位からの残胃出血を認め,内視鏡的止血を試みた.しかし,残胃は凝血塊で充満しており内視鏡的には出血源の同定は困難であったためTAEを施行し止血を得た.さらに,TAEにて止血後に残胃の広範な虚血を認めたが,保存的加療にて残胃の虚血と粘膜壊死が軽快したため報告する.
患者:77歳,男性
主訴:貧血
現病歴:約2年前より労作時に胸部圧迫症状があり徐々に頻度が増加してきたため循環器内科を受診され,冠動脈造影を施行されたところ左回旋枝に75%狭窄を認めた.抗血小板薬2剤併用療法(dual antiplatelet therapy;以下,DAPTと略記)開始後に貧血を認めたため上部消化管内視鏡検査施行したところ胃体中部大彎に2型病変を指摘された.生検にて高分化・中分化腺癌であり,CTなどにより,胃癌M,Gre,Type 2,30 mm,cT4aN2M0 cStage IIIと診断された.冠動脈狭窄に対する治療は胃癌術後に施行する方針とし,循環器内科に確認後にDAPTは中止した.
既往歴:膀胱癌に対して経尿道的膀胱腫瘍切除術後,虫垂炎術後.
薬歴:アスピリン,プラスグレル塩酸塩,アトルバスタチンカルシウム水和物を内服していたが胃癌指摘後から退院まで全て休薬した.
入院時現症:腹部平坦・軟,圧痛なし.腫瘤触知せず.
手術所見:幽門側胃切除術,D2郭清術,Billroth I法再建術を施行し,右側腹部より吻合部後面に10 mmデュープルドレーンを1本留置した.再建はリニアステイプラーと環状ステイプラーを用いて,大彎側と十二指腸のhemi-double stapling techniqueで吻合を行った.吻合孔はリニアステイプラーで閉鎖した.病理組織学的検査結果は,Type 2,72×51 mm,pap>tub2>por2,pT3(SS),pN3b(18/68),Stage IIIBであった(Fig. 1).
The resected specimen was a type 2 tumor. Histologically, the tumor of 72×51 mm was diagnosed as pap>tub2>por2, pT3 (SS), pN3b (18/68), Stage IIIB.
術後経過:術後2日目に40°Cの発熱を認め,WBC 10,700/μl,CRP 25.7 mg/dlと炎症反応の上昇を認めたが,腹部症状には乏しかった.術後3日目に経口造影検査と造影CTを行った.経口造影検査では胃排泄遅延を認めたが,吻合部からの造影剤の漏出像は認めなかった.造影CTでは膵臓の腫大と周囲の炎症所見を認めたが,血液検査ではアミラーゼとリパーゼの上昇を認めなかった.しかし,膵炎の可能性が否定できなかったため絶食,点滴加療としていたが,炎症反応の改善を認めたため,術後6日目より食事開始し術後8日目に吻合部後面ドレーンを抜去した.術後10日目に発熱,腹痛,ドレーン抜去孔からの食物残渣様の排液を認めたため縫合不全を考え,CTを撮像したところ吻合部周囲に液貯留を認め縫合不全と診断した.同日透視下に胃管挿入と腹腔ドレーン再挿入を行い,胃管とドレーンからはともに食物残渣と茶褐色の排液を回収した.酸素化の低下と血圧の低下を認めていたため集中治療室管理とした.術後14日目に鮮血の吐血と,暗赤色の下血2回,胃管・ドレーンからの暗赤色の出血90 ml程度を認め,血圧は134/54 mmHgから94/63 mmHgへと低下し,脈拍は115回/分へと上昇を認めた.出血の後,ヘモグロビンは7.2 g/dlと著明に低下した.ダイナミックCTでは活動性の動脈出血は認めず,仮性瘤の形成も認めなかったため,赤血球輸血4単位と止血剤の投与を行った.胃内を冷水で洗浄し胃管の用手吸引を試みたが,胃管の排液は凝血塊であり十分なドレナージは困難であった.その後,胃管からの排液量は1日に250~500 ml程度認めていたがバイタルは安定していた.術後18日目に180 mlの吐血を認め,血圧は68/51 mmHgへと低下し,脈拍は98回/分へと上昇し,Hbは6.8 g/dlと低下を認めた.赤血球輸血を4単位行い,ダイナミックCTを撮像したが明らかな活動性の動脈出血は認めなかった.当初吻合部からの出血を想定しており,術後19日目に上部消化管内視鏡検査を施行した(Fig. 2)が,吻合部からの出血は確認できず,凝血塊により出血部位の同定はできなかった.その後,胃管からの出血量は1日に120~500 ml程度認めていたが,血圧は安定し,貧血の大きな進行は認めなかった.連日胃管よりスクラルファート,トロンビンを散布していたが,術後22日目に吐血し胃管からも400 ml程度の出血を認めたため,ダイナミックCT(Fig. 3)を撮像したところ,吻合部や縫合部からは離れた部位の残胃大彎側に胃内への血管外漏出像を認めたため同日に腹部血管造影を施行した.短胃動脈,後胃動脈の末梢側より血管外漏出像を認め,残胃の血流面を考慮してなるべく末梢側にて選択的にTAEを施行し止血を得た(Fig. 4).術後30日目に内視鏡検査を施行したところ胃内は壊死組織が充満しており,噴門部後壁から穹隆部の広範な虚血を認め白色・暗紫色を呈していた.採血検査ではCRPは19.4 mg/dl,WBCは30,000/μlと上昇を認めた.再手術による残胃全摘も考慮したが,TAEによる止血後の全身状態は安定しており,AST,ALT,LDHの上昇を認めなかったことより,頻回の採血検査施行・内視鏡観察継続下に,絶食と中心静脈栄養とし,スクラルファートと水酸化アルミニウムゲル・水酸化マグネシウムの胃内投与とプロトンポンプ阻害薬の投与を行い,保存的に加療する方針とした.当初は残胃全体にわたる広範な虚血,粘膜壊死像を認めていたが,徐々に虚血領域は狭くなり,粘膜虚血が改善するのが確認された(Fig. 5).また,縫合不全部の瘻孔部位も肉芽形成閉鎖を認め,術後65日目に経口摂取を再開した.術後78日目に腹腔ドレーンを抜去し術後89日目に退院した(Fig. 6).
Endoscopic images of the near side of the cardia of the residual stomach (a) and near side of the anastomotic region of residual stomach (b) at the time of bleeding. Endoscopy could not detect the bleeding point due to massive bleeding, and endoscopic hemostasis failed.
Dynamic CT showed a full stomach because of massive bleeding and extravasation from the short gastric artery.
Selective periphery arterial embolization was performed, taking into account the residual stomach blood flow.
Endoscopic images of the residual stomach at 8 days (a, b), 29 days (c, d), and 50 days (e, f) after TAE. Mucosal changes due to stomach ischemia improved. TAE: transcatheter arterial embolization.
Postoperative course. Mucosal changes gradually improved with conservative treatment for 50 days. DG: distal gastrectomy. TAE: transcatheter arterial embolization.
胃切除術後早期の合併症として残胃出血があげられるが,そのほとんどの場合が吻合部からの出血であり,吻合部以外からの残胃出血はまれである.吻合部出血自体の発生頻度も約1%程度といわれている.Tanizawaら2)の報告によると2002年9月から2007年12月に胃切除を受けた胃癌患者1,400名のうち,術後吻合部出血を認めたのは6名であった.1,400名の患者の内訳は,幽門側胃切除が878名,噴門側胃切除が72名,胃全摘が450名であった.出血部位は,リニアステイプラーを用いた胃の離断線からが1例,環状ステイプラーを用いた胃十二指腸吻合からが3例,用手縫合による胃十二指腸吻合からが1例,環状ステイプラーを用いた食道空腸吻合からが1例であった.5名に対して内視鏡的治療を行い完全止血を得た.1名には内視鏡的治療は行わずに吻合部出血に対する再手術が行われた.平井ら3)は,1998年から2001年の間に幽門側胃切除術,Billroth I法再建を施行した161例での術後合併症を報告している.そのうち1例(0.6%)は心疾患のためワーファリンを内服していた症例でありその出血は吻合部から約1 cm口側の露出血管を伴う潰瘍からの出血であったと報告されている.医学中央雑誌で1964年から2019年の期間で「幽門側胃切除術」,「胃切除術」,「Billroth-I」,「合併症」,「後出血」,「術後出血」をキーワードとして検索した結果,自験例のごとく吻合部以外からの出血の報告は,上記1例のみであった.残胃出血を生じた原因について考察すると,膵液瘻に伴う腹腔内感染遷延による血管破綻からの出血がまず想定される.しかしながら,自験例では術後の吻合部後面ドレーンのアミラーゼ値は1,346 U/l(第1病日),57 U/l(第3病日),24 U/l(第8病日)と上昇を認めず,膵液瘻による縫合不全や,膵液瘻に伴う腹腔内感染遷延による血管破綻からの出血は否定的であると考えられた.また,縫合不全は術後10日目に,残胃出血は術後14日目に発症しており,両者の発症時期は近い.しかし,縫合不全部と出血部は距離が離れており,物理的な影響は否定的であり,両者の間に因果関係はないと考えている.また,縫合不全発症後から残胃出血発症までの間,胃管の排液は茶褐色であり,貧血の進行を認めず,縫合不全に伴う出血は少量であった.血液検査では,術後11日目の血小板数は37.4×104/μl,PT-INRは1.62,FDPは15 μg/ml,SIRSは4項目陽性であったため,急性期DICスコアは3点となり,DICの診断基準を満たさなかったため,縫合不全によるDICの影響は考えにくい.残胃出血の原因としては,出血部位が短胃動脈と後胃動脈の最末梢部の最も虚血が生じやすい領域と考えられ,さらに冠動脈疾患を併存した虚血に対する危険因子もあることから,残胃粘膜虚血により残胃に急性胃粘膜病変や潰瘍性病変を生じ,そのために動脈破綻を生じたのではないかと推察された.
残胃出血の治療方法としては内視鏡的治療,TAE,開腹止血術があげられる.内視鏡的治療は低侵襲ではあるが消化管への大量出血症例や,出血動脈の径が2 mm以上ある症例では内視鏡的止血は困難であるとされる.自験例では内視鏡的止血をまず試みたが,胃内血腫のため内視鏡的に出血点の同定は困難であり,内視鏡的止血は施行できなかった.比較的全身状態は安定しており,再手術による侵襲を考慮して残胃全摘の施行は選択せず,TAEを施行する方針とした.TAEでの消化管出血の止血率は75%前後と報告されており4),自験例でもTAE施行にて止血を得ることができた.
TAE施行後の残胃虚血が自然経過で改善を認めた報告は検索するかぎり以下の1例のみであった5).報告例では,膵頭部癌に対して亜全胃温存膵頭十二指腸切除,門脈合併切除再建術施行後の総肝動脈仮性瘤破裂,脾動脈仮性瘤破裂に対して,カテーテルを腹部大動脈から固有肝動脈まで留置して肝血流を温存した後に総肝動脈塞栓術,腹腔動脈・脾動脈塞栓術されていた.左胃動脈は元来原因不明であるが閉塞しており,塞栓により前庭部大彎の粘膜の壊死・脱落と胃角部前壁と大彎後壁の穿孔を認めたが,保存的加療にて穿孔部位は閉鎖し粘膜壊死は改善したと報告されている.左肝動脈より副左胃動脈が分岐する血管の破格のため残胃血流が改善したと考察されていた.自験例のごとく幽門側胃切除術後での残胃虚血の自然改善例の報告はない.幽門側胃切除術後の残胃は短胃動脈,後胃動脈,左下横隔動脈胃枝からの血流を受けている.自験例では,短胃動脈や後胃動脈の塞栓されなかった分枝および左下横隔動脈胃枝からの血流の存在により一旦は虚血に陥った残胃の血流が改善したと考えられるが,TAE施行にあたり短胃動脈と後胃動脈をなるべく末梢側で選択的に塞栓したことが幸いした可能性がある.
本論文の内容は第74回日本消化器外科学会総会で発表したものである.
利益相反:なし