2021 Volume 54 Issue 6 Pages 430-436
症例は55歳の女性で,主訴は腹痛で来院した.造影CTで16 cm大の境界明瞭な内部不均一な造影効果を伴う腫瘤を認め,栄養血管は左胃大網動脈であることから,大網原発腫瘍と診断した.腫瘍頭側にwhirl signを認め,大網捻転が腹痛の原因と推測された.血液検査では炎症反応とCA125の上昇を認めたが,明らかな虚血はないと判断し,予定手術とした.術中所見では,長径20 cmの尾側は凹凸不整な腫瘤を認め,周囲組織と癒着を認めた.腫瘍頭側で大網が720°捻転していた.捻転を解除し,栄養血管を処理し腫瘤を摘出した.両側卵巣は肉眼的に異常は認めなかった.病理学的組織診の結果,線維芽細胞が増殖しており,10%未満の顆粒膜細胞腫の成分を含んでいた.以上より,大網に発生したfibroma with minor sex cord elementsと診断した.異所性卵巣腫瘍はまれな疾患であるため報告する.
A 55-year-old female had a chief complaint of abdominal pain. Contrast-enhanced CT showed a 16-cm mass with a well-defined internal non-uniform contrast effect. The feeding vessel was the left gastroepiploic artery. A whirl sign was found on the cranial side of the tumor, suggesting that omental torsion was the cause of abdominal pain. A blood test showed an inflammatory reaction and an increase in CA125, but there was no obvious ischemia and an operation was scheduled. Intraoperative findings showed an irregular 20-cm mass on the caudal side and adhesion to surrounding tissue. The omentum was twisted 720° on the head side of the tumor. The torsion was released and the tumor was removed. No abnormalities were observed macroscopically in the bilateral ovaries. Pathological histology revealed proliferation of fibroblasts that contained less than 10% of granulosa cell tumor components. The final diagnosis was fibroma with minor sex cord elements in the omentum. We report this case as a rare example of an ectopic ovarian tumor.
大網腫瘍は一般的に無症状で,偶発的に発見されることが多い.大網原発性腫瘍は,炎症性腫瘤・囊腫・実質性腫瘍の三つに大別されるが,なかでも実質性腫瘍はまれであり,少数の報告例のみである1).さらに,大網原発腫瘍による大網捻転を来す症例はまれである.今回,捻転による腹痛を契機に発見された大網原発の顆粒膜細胞腫成分を含む線維腫を経験をしたので報告する.
患者:55歳,女性
主訴:腹痛
家族歴:特記事項なし.
既往歴:特記事項なし.
現病歴:主訴の精査目的に腹部超音波を施行したところ10 cm大の腫瘤を認めたため当科へ紹介受診した.
入院時現症:身長142 cm,体重61 kg.腹部膨隆軟であるが,手拳大の可動性良好な腫瘤を触知し,軽度の圧痛を伴っていたが腹膜刺激症状は認めなかった.
来院時血液検査所見:白血球は正常値であったが,CRP 18.2 mg/dlと炎症反応の上昇を認めた.CEA 0.9 U/ml,CA19-9 2.4 U/ml,CA125 85.1 U/mlとCA125のみ高値であった.
腹部造影CT所見:16 cm大の境界明瞭で内部不均一な造影効果を伴う腫瘤を腹腔内に認めた.腫瘤は大網と連続しており,左胃大網動脈からの栄養血管が流入していた.腫瘍頭側の大網にwhirl signを認め,大網腫瘍捻転を疑った(Fig. 1).明らかな腹水は認めなかった.

(a) CT showed a 16-cm tumor occupying the abdominal cavity with a well-defined internal heterogeneous contrast effect. The feeding blood vessel was the left gastroepiploic artery with a whirl sign (arrow) on the head side of the tumor. (b–d) MRI showed mixed low and high signal regions in T1-weighted (b) and T2-weighted (c) images, and a non-uniform high signal in a diffusion-weighted image (d).
腹部MRI所見:T1強調像とT2強調像では低信号域と高信号域が混在していた.拡散強調像では不均一な高信号を認めた(Fig. 1).
以上より,大網捻転を伴う大網腫瘍(GISTや平滑筋腫疑い)と診断した.明らかな虚血はないと判断し,耐術能評価後に予定手術を施行した.
手術所見:全身麻酔・硬膜外麻酔下に手術を開始した.腹腔内には20 cm大の腫瘤を認めた.腫瘤は弾性硬であり,頭側は辺縁平滑,尾側は分葉状で周囲の腹壁と癒着を認めた.癒着は鈍的に剥離可能であった.腫瘤を腹腔外に牽引すると,頭側は大網から連続しており,左胃大網動脈から腫瘍内に栄養血管が流入していた.流入血管を含む大網は腫瘍頭側で720°捻転していた.捻転を解除し,流入血管を処理して腫瘍を摘出した.両側卵巣には腫大を認めず肉眼的に正常であった.手術時間は58分で,出血量は58 mlであった.腫瘍重量は1,074 gであった(Fig. 2).

(a) The tumor occupied the abdominal cavity. (b) The top of the tumor was smooth, but the caudal part of the tumor had an uneven surface. (c–e) The omentum, which includes the feeding blood vessels on the head side of the tumor, was twisted by 720°. (f) The tumor was 17.5×9.5 cm in size.
病理組織学的検査所見:腫瘍は17.5×9.5 cm大であり割面は黄白色,白色,灰白色,黒褐色の複数の腫瘤が癒合していた.腫瘍の大部分は紡錘形細胞の増生からなり,強い核異型は認めなかった.それらの紡錘形細胞の増生内に類円形の核を有する細胞が小集塊状,胞巣状に散在していた.鍍銀染色では紡錘形細胞間を取り巻くように鍍銀線維が配列していた.一方で類円形細胞は,集塊を取り巻くように鍍銀線維が配列し,個々の細胞間には鍍銀線維を認めなかった.免疫染色検査では,c-kitやS100蛋白が陰性であり,術前鑑別診断に上げていたGISTや平滑筋腫は除外された.類円形細胞は一部上皮性腫瘍のように管腔構造を呈していたが上皮のマーカーであるEMA陰性であり,卵巣間質性腫瘍の指標となるα-inhibin陽性であった.このことから顆粒膜細胞腫であると思われた.一部紡錘形細胞も同様の染色像を示すが,大部分の紡錘形細胞は上記染色は陰性であり,莢膜細胞腫成分を含む線維腫であることがわかった.内部には虚血によると思われる出血や壊死の目立つ部位を認めた(Fig. 3).

(a) The size of the mass was 17.5×9.5 cm and the split surface was fused with multiple yellow-white, white, gray-white, and black-brown tumors. (b, c) Most of the tumors included spindle-shaped cells. (d) Cells with rounded nuclei were scattered in small agglomerates and alveolar nests. (e) Silver fibers were arranged so as to surround individual spindle-shaped cells, and circular cells surrounded the agglomerates. (f-h) The circular cells were CAM5.2-positive (f), EMA-negative (g) and α-inhibin-positive (h).
結果:以上より,莢膜細胞を交えた線維芽細胞主体の腫瘤の中に,顆粒膜細胞の集塊が散在していると思われ,顆粒膜細胞成分が10%に満たないことから,fibroma with minor sex cord elementsと診断した.線維腫は通常良性腫瘍であるが,急激に大きくなったことや,癒合した腫瘤ごとに見ると顆粒膜細胞成分を10%以上含むものも認めるため,境界悪性病変と診断された.
術後経過:術後経過は良好で,術前に見られた炎症反応高値も改善し術後12日目に退院した.術後1か月目の外来時の採血でCA125 80 U/mlと依然異常値であったが,術後3か月,術後6か月ともにCA125 9.4 U/mlと正常値へ復していた.今後は外来で卵巣腫大の出現や,再発の有無を経過観察する方針である.
大網に発生する腫瘤は,炎症性腫瘤と囊腫,実質性腫瘍に分けられる.実質性腫瘍では腹腔内臓器原発の悪性腫瘍からの転移性腫瘍が大半を占めるため,大網原発腫瘍はまれである.過去の報告によると,転移性腫瘍を除外した大網腫瘍158例のうち54例(34%)が炎症性腫瘤であり,大網原発の実質性腫瘍は48例(46%)であった1).本邦での大網原発実質性腫瘍の報告例のうち,線維腫や線維莢膜細胞腫などの性索間質性腫瘍の報告は認めなかった.線維腫,線維莢膜細胞腫は卵巣腫瘍の一種である.卵巣腫瘍は表層上皮性間質性腫瘍・性索間質性腫瘍・胚細胞腫瘍の三つに大別され2),そのうち約5%を占める性索間質性腫瘍は,良性腫瘍である線維腫,莢膜細胞腫,境界悪性腫瘍の顆粒膜細胞腫,悪性腫瘍の線維肉腫を含んでいる.また,線維腫と莢膜細胞腫は,WHO3)でthecoma fibroma groupとして莢膜細胞成分と線維成分が種々の割合で混在する腫瘍群と定義されており,分類・境界は不明瞭である.その中で腫瘍内に性索成分を伴う間質性腫瘍は1983年に初めて報告された4)が,現在も少数の報告を認めるのみである.僅少な性索成分を伴う間質腫瘍の発生起源については,Fischelら5)が唱えている顆粒膜・莢膜細胞の相互転換の可能性を考えると,本疾患の腫瘍内部で認めた性索成分は莢膜細胞から変化した可能性が考えられた.
PubMedで1935年から2020年4月の期間で「fibroma OR fibrothecoma」,「omentum」をキーワードに会議録を除き検索すると,大網線維腫の報告は6例6)~11)のみであり(Table 1),大網原発の線維莢膜細胞腫の報告はなく,その他後腹膜12)やダグラス窩13),子宮広間膜14)原発の報告が3例のみであった.
| No. | Author | Year | Age | Sex | Size (cm) | Symptom | Histopathological type |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | Corbett6) | 1935 | 58 | F | — | abdominal discomfort | fibroma |
| 2 | Paksoy7) | 1998 | 65 | F | 10 | epigastric fullness and tenderness | fibroma |
| 3 | Kamiyama8) | 2001 | 47 | F | 17 | — | fibroma |
| 4 | Iusco9) | 2005 | 43 | M | 20 | epigastric and mesogastric pain | fibroma |
| 5 | Ono10) | 2009 | 32 | F | 14 | leg edema and anemia | fibroma |
| 6 | Khoo11) | 2017 | 51 | M | 10 | right scrotal swelling | fibroma |
| 7 | Our case | 55 | F | 20 | abdominal pain | fibrothecoma |
大網充実性腫瘍の診断としては,一般的に無症状で経過することが多く,有症状例は少数であるため偶発的に発見されることが多い.有症状例の中には,捻転による腹痛を契機に発見された症例も少数認められた15)~33).本症例の大網腫瘍の捻転の機序としては,術中に腫瘍尾側に癒着を認めたことから,鈴木ら15)の考察と同様に腫瘍の栄養血管付着部と反対側に軽度の癒着が起こったことで,栄養血管と癒着部をつなぐ線を軸として腫瘍が腹腔内で回転したと推測される.栄養血管が過捻転したことで腫瘍内に鬱血性変化が起こり,腫瘍周囲に無菌性の炎症がじゃっ起されて強い腹痛が生じたと考えられ,病理組織学的検査所見では内部に虚血によると思われる出血や壊死の目立つ部位を認めた.大網腫瘍は増大したのちに発見されることが多いため,周囲を圧排し局在の診断が困難なことがあり,卵巣腫瘍と術前診断された症例6)も認められる.また,組織型の術前診断は難しく摘出後に病理組織学的に確定診断がなされている.本症例は術前造影CTで左胃大網動脈から栄養血管が流入していることから,術前に大網腫瘍の診断が可能であったが,線維腫や線維莢膜細胞腫は極めてまれであることから術前に鑑別診断としては上がっていなかった.
大網に認められる異所性卵巣腫瘍の原因としては,卵巣腫瘍の大網転移の他に卵巣原発腫瘍が頸部捻転を来しautoamputationしたのち大網にreimplantationする説や,胎児期の発生の段階で原始生殖細胞が大網内に遊走し異所性卵巣となり腫瘍が発生する説,性腺間質細胞が性腺外へ迷入し腫瘍が発生する説などが考えられる.Autoamputationや異所性卵巣からの発生の場合,腫瘍内に卵胞組織など正常卵巣組織を含むことや,片側の卵巣欠損などの特徴がある.また,発生異常で異所性卵巣が発生する場合は,Muller管の異常があるため尿路系の異常も併発することが多い.本症例はそのような異常は認めず,また腫瘍内に卵胞などの正常卵巣組織も認めなかったことから,性腺間質細胞の迷入による発生,もしくは転移性卵巣腫瘍の可能性が考えられた.本症例では術中所見で両側卵巣に腫大はなく,肉眼的に正常であった.顆粒膜細胞腫の中には大網や腸間膜の転移巣が増大する一方で原発巣が腫大しない症例34)も報告されている.しかし,本症例は腫瘍の大半は良性腫瘍である線維腫(一部莢膜細胞腫)であり,境界悪性腫瘍の顆粒膜細胞腫成分は10%未満であったことからも転移の可能性は低いと考えられる.卵巣病変の有無については両側付属器切除を行わないかぎり,転移を否定することは不可能である.本症例では,術中所見で明らかな卵巣腫大がないこと,顆粒膜細胞腫の大網転移の場合は,境界悪性腫瘍である顆粒膜細胞腫成分が大半を占める腫瘍となるはずであることから,大網に性腺間質細胞が迷入したことにより生じた線維腫の可能性が高いと考えられた.そのため診断目的に追加手術として侵襲的な付属器切除術は行わず,腫瘍マーカーと画像検査による外来フォローの方針とした.
線維腫は転移や再発は認めない良性腫瘍であるが,本症例は大小の腫瘍が癒合した形態をとっており,各腫瘍の中に顆粒膜細胞腫成分を10%以上含む腫瘍も認められたことから,今後は境界悪性腫瘍に準じた厳重な経過観察が望まれる.
謝辞:本症例の病理学的診断にご協力いただきました,当院病理診断科の山内周先生に深謝いたします.
利益相反:なし