The Japanese Journal of Gastroenterological Surgery
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CASE REPORT
Experience of Surgery for Advanced Gastric Cancer Performed after COVID-19 Infection
Tomoya NakanishiRyohei KawabataKazuhiro NishikawaYuki UshimaruNobuyoshi OharaYuichiro MiyakeSakae MaedaShin NakahiraKen NakataYoshihiko OgawaChihiro NishioYumiko YasuharaAtushi Miyamoto
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2022 Volume 55 Issue 5 Pages 317-323

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Abstract

新型コロナウイルス感染症(corona virus disease 2019;以下,COVID-19と略記)の感染拡大に伴い,COVID-19罹患歴のある癌患者に対して外科的治療を行う機会の増加が予想される.手術リスクの観点から,待機可能な手術はCOVID-19診断から7週目以降に予定することが推奨されているが,癌の進行や緊急性により7週の待機が困難な場合もあり,その場合の院内感染対策を含む周術期管理については十分に確立されていない.今回,我々は手術前にCOVID-19に罹患した進行胃癌患者に対し,COVID-19罹患後6週後に院内感染対策を講じて手術加療を行った症例を経験したので報告する.

Translated Abstract

The rapid increase in cases of coronavirus disease 2019 (COVID-19) has increased the number of patients undergoing surgical treatment after COVID-19 infection. If possible, it is recommended that surgical treatment should be delayed for at least 7 weeks following COVID-19 infection to reduce the mortality risk. However, in some cases delaying surgical treatment may be life-threatening due to rapid cancer progression and emergency situations. Here, we report a case of a patient with advanced gastric cancer who underwent surgery 6 weeks after COVID-19 infection with measures taken against nosocomial infection.

はじめに

2019年に発生した新型コロナウイルス感染症(corona virus disease 2019;以下,COVID-19と略記)はSARS-CoV-2がヒトに感染することによって発症する気道感染症である.2020年1月に世界保健機関(World Health Organization;以下,WHOと略記)が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(public health emergencies of international concern;PHEIC)」を宣言した以降も,COVID-19の拡大が続いており1),今後はCOVID-19に罹患した癌患者に対して手術加療を行う機会が増加することが予想される2).日本麻酔科学会はCOVID-19罹患既往患者の待機的外科治療の手術時期はCOVID-19の重症度,COVID-19関連症状の持続性,併存疾患と重症度,全身状態,原疾患の進行,緊急性,手術の複雑さ・侵襲度を総合的に考慮して判断することを提言している3)

手術リスクの観点から,日本麻酔科学会は待機可能な手術はCOVID-19診断から7週目以降に予定することを推奨しているが,癌の進行度や出血・通過障害などの症状などにより7週目以降まで待機できずに手術を施行する場合,より強化された周術期管理が行われる必要がある.

院内感染対策の観点から,軽症~中等症のCOVID-19では発症後10日間,重症のCOVID-19では20日間はウイルス排出の可能性が報告されているため,待機的な手術を行わないことが推奨されている3).一方,それ以降は上気道から複製能力のあるウイルスが排出されることはない4)とされているが,COVID-19感染対策に不安を抱くスタッフも少なくない.

今回,我々は手術待機中にCOVID-19に罹患し,厚生労働省の重症度分類で中等症IIとなり入院加療を要した進行胃癌患者に対して,院内で策定した「コロナウイルス罹患後患者における感染対策プロトコール」に基づいたCOVID-19対策を講じて,COVID-19罹患後6週後に手術加療を行った1例を経験したので報告する.

症例

患者:77歳,男性

主訴:ふらつき,黒色便

既往歴:脳梗塞,心房細動,慢性心不全,高血圧,慢性閉塞性肺疾患

現病歴:黒色便,ふらつきのため当院に救急搬送となった.来院時の血圧は85/52 mmHgで,血液検査で貧血(Hb値:7.1 g/dl)を認めたため,輸液蘇生とともに赤血球濃厚液を6単位投与した.緊急で上部消化管内視鏡検査を施行したところ,胃体上部に2型腫瘍を認め,同部位からの出血に対し,凝固による止血処置を行った(Fig. 1a, b).生検でpoorly differentiated adenocarcinomaが検出され,造影CTにて胃体上部の壁肥厚と所属リンパ節の腫大があり(Fig. 1c),胃癌cT4aN1M0,cStage IIIと診断した.その2週後に待機的な手術加療を計画していたが,手術予定日の1週間前に発熱を認めCOVID-19抗原検査にて陽性と診断されたため,胃癌手術を延期した.COVID-19に罹患した2日後に呼吸困難が出現し,その際のSpO2値は92%(room air)であり,厚生労働省の重症度分類では中等症IIに相当するため,他院に緊急入院し,酸素投与およびステロイド,レムデシビルの投与が行われた.入院後7日目には呼吸苦も消失し,SpO2値も97%(room air)と改善を認めたため,酸素投与を終了し,入院11日目に退院となった.その後に当院を再診し,耐術能と腫瘍進行度の再評価を行った.退院後初回の外来受診時(COVID-19罹患後3週目)にはEastern Cooperative Oncology Groupによるperformance status scale(以下,ECOG PSと略記)は3と低下し,疲労感を自覚していたが,翌週にはECOG PSは1まで改善し,疲労感も消失していた.CTでは新規の転移病巣は認めないものの,原発巣の軽度増大が疑われた.脳梗塞,心房細動,慢性心不全の既往により抗凝固薬(リバーロキサバン,クロピドグレル)は術直前まで継続の必要があり,出血のリスクが高いことに加え,腫瘍が増大傾向にあることを考慮し,周術期管理を強化したうえで,COVID-19罹患後6週目に手術を行う方針とした.

Fig. 1 

Preoperative imaging findings. (a, b) Upper gastrointestinal endoscopy showed a large ulcerated tumor with bleeding located from the cardia to the lesser curvature of the upper gastric body (arrow). (c) Enhanced abdominal CT showed gastric wall thickening (arrow).

現症:身長165 cm,体重63 kg,body mass index 23.1(kg/m2),その他特記すべきことなし.

血液検査所見:白血球:7,700/μl,Hb:8.9 g/dl(赤血球濃厚液6単位投与後),血小板:32.7×104/μl,BUN:15.5 mg/dl,Cr:0.76 mg/dl,TP:5.9 g/dl,Alb:2.9 g/dl,T-Bil:0.49 mg/dl,AST:15 U/l,ALT:13 U/l,LDH:153 U/l,CRP:0.07 ㎎/dl,CEA:46.9 ng/ml.

心電図所見:リズム整,不整脈なし.QT時間の軽度延長.

呼吸機能検査所見(COVID-19罹患前):%肺活量:86.4%,1秒率:50.21%

American Society of Anesthesiologists physical status(以下,ASA-PSと略記):Class III

胸部CT所見:COVID-19罹患直後は両側肺に多発する限局性のすりガラス陰影(Fig. 2a, b)を認めたが,COVID-19罹患後3週間で肺炎像の改善を認めた(Fig. 2c, d).

Fig. 2 

Chest CT images. (a, b) CT performed 2 days after COVID-19 infection showed several ground-grass opacities (GGOs) in the bilateral lung (arrows). (c, d) CT four weeks after COVID-19 infection showed that the GGOs were almost absorbed and some fibrotic stripes were noted in both lungs.

COVID-19のreal time-polymerase chain reaction(以下,PCRと略記)検査所見:

1回目(術前5日目):鼻腔PCR検査:cycle threshold値(以下,Ct値と略記)>40

唾液PCR検査:Ct値=34.17

2回目(術前4日目):唾液PCR検査:Ct値>40

3回目(術前3日目):唾液PCR検査:Ct値=35.39

術前管理:術前呼吸器外来を受診し,呼吸器内科より気管支拡張薬が処方され,呼吸法の指導も行われた.

院内感染対策として,「新型コロナウイルス感染症COVID-19診療の手引き 第5版」5)の隔離解除基準に基づき,患者はマスク着用のうえで総室に入院した.

術中管理:「新型コロナウイルス感染症COVID-19診療の手引き 第5版」5)および(Fig. 3)に示す院内で策定した「コロナウイルス罹患後患者における感染対策プロトコール」に基づいた感染対策を実施した.気管挿管,抜管,手術操作は陰圧管理が可能な手術室にて実施した.医療従事者の出入りを最小限にし,麻酔科医,看護師,外科医はゴーグル(またはフェイスシールド),N95マスク,滅菌ガウン,二重手袋,長靴袋を装着した状態で処置および手術を行った.手術は開腹胃全摘術・D2郭清・Roux-en-Y再建・腸瘻造設術を実施し,電気メスや超音波凝固切開装置を使用時に発生するサージカルスモークは可能なかぎり吸引することに努めた.

Fig. 3 

Clinical management protocol at our hospital for patients previously infected with COVID-19. *CDC guidance on ending isolation and precautions for adults with COVID-1919)20).

術後管理:術直後はネブライザーや気道吸引処置などエアロゾルが発生する処置を行う可能性を考慮して,high care unit内の個室で管理した.酸素マスクを用いて酸素投与を行い,術翌日にはバイタルサインは安定していたため酸素投与を終了し,患者がマスクを着用できることを確認した後に一般病床へと転棟し,通常の標準予防策による感染対策を行った.術後肺炎予防策として術翌日より早期離床や排痰指導,呼吸法の指導などを強化した呼吸リハビリテーションを導入した.術後2日目より飲水および腸瘻からの経腸栄養を開始し,術後5日目から経口摂取を開始した.呼吸器合併症を含め術後に重篤な合併症を認めず,術後16病日に退院となった.また,COVID-19の医療スタッフへの二次感染は認めなかった.

考察

COVID-19の感染拡大に伴い,COVID-19罹患患者に対して手術を行う機会が増えてきている6).日本麻酔科学会はCOVID-19罹患既往患者の待機的外科治療の手術時期はCOVID-19の重症度,COVID-19関連症状の持続性,併存疾患と重症度,全身状態,原疾患の進行,緊急性,手術の複雑さ・侵襲度を総合的に考慮して判断することを提言している3).また,COVID-19診断後0~2週,3~4週,5~6週の手術患者の死亡リスクは非感染手術患者のリスクに比べてオッズ比(95%CI)がそれぞれ4.1(3.3~4.8),3.9(2.6~5.1),3.6(2.0~5.2)と有意に高く,7週以降では非感染者と同等となることが報告されている7)ため,待機可能な場合は罹患後7週目以降に手術を行うことを推奨している.また,COVID-19罹患時に重症であった場合やCOVID-19関連症状が残存する場合は,7週間を超えても術後死亡リスクが高くなるため,より長期間の待機が有益となる可能性も報告されている4).一方で悪性腫瘍の治療では原疾患の進行や緊急性により長期の手術延期が適切でない場合もあり,COVID-19罹患に伴う周術期のリスクとのバランスを考慮して手術時期を決定することが重要である8)~10)

Fujiyaら11)はStage I胃癌では手術待機時間が6か月までであれば予後に影響しないと報告し,Yunら12)も韓国における人口ベースの後ろ向きコホート研究を行い,ハイボリュームセンターにおいては手術待機時間が1か月を超過しても予後には影響しないことを報告している.よって多くの場合,COVID-19罹患7週間後に手術を行うことは可能と考えるが,出血イベントのある場合や短期間で腫瘍の増大を認め,手術までの待機時間を長期にとることは困難と判断される場合は4),手術リスクが高い状況の中,周術期管理を強化して手術を行う必要がある.自験例では脳梗塞や心房細動,慢性心不全,高血圧などの既往歴があり,抗凝固薬を術直前まで中止することができず,COVID-19罹患後7週間未満ではあったものの,速やかな切除が必要と判断した.

海外では局所進行胃癌に対して周術期化学療法の有用性が報告13)14)されており,COVID-19パンデミック下においても術前化学療法を行うことが提言されている15).本邦では切除可能進行胃癌に対する術前化学療法の有用性を明確に説明できるエビデンスは不足しており16),現在,切除可能進行胃癌に対する周術期化学療法の有用性を検証するJCOG1509試験が進行中である17)18).自験例においては術前化学療法を実施しなかったが,COVID-19感染後7週未満の手術を避けること目的として局所進行胃癌に対して術前化学療法を行うことは日常診療で考慮するべき治療選択の一つと考えられる.ただし,COVID-19罹患により高度の肺病変を呈する患者の場合は注意を要する.

COVID-19患者では発症後10日が経過していて,かつ少なくとも24時間の解熱(解熱剤を使用せずに)があり,かつ他の症状が改善していれば,隔離と予防策を中止できる.ただし,重症患者の一部が10日間を超えて複製能力のあるウイルスを産生する可能性があるので,そのような患者では発症してから最大20日間,隔離期間と予防策を延長する必要がある19).上記の隔離期間を過ぎた後もCOVID-19発症後から最大90日間は上気道からSARS-CoV-2 RNAが検出されることがあるが,その濃度の範囲では複製能力のあるウイルスが得られることはなく,PCR検査が陽性であっても感染性ありと判断することはできない4)ため,罹患後20日を過ぎてからPCR検査を行うことは一般的ではない.一方でPCRの検査値とウイルスの培養について,PCR検査のCt値が少なくとも35以上であれば上気道検体からCOVID-19のウイルス培養はできなかったという米国疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention;以下,CDCと略記)の報告19)20)もある.当院では厚生労働省の「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き 第5版」5),WHO21),CDC19)20),および欧州疾病予防管理センター(European Centre for Disease Prevention and control;ECDC)22)の規定を参考に,感染症対策チームがCOVID-19既感染患者における周術期の感染管理プロトコール(Fig. 3)を策定した.COVID-19罹患後20日の患者に対してPCR検査を行うことは一般的ではないかもしれないが,同プロトコールではPCR検査のCt値が35以上であればCOVID-19のウイルス培養はできないと判断されるとのCDCの報告を重視し,エアロゾルが発生する処置を行う時はCOVID-19罹患後の日数や自覚症状の有無に加え,PCR検査の結果に基づいた対応を適宜行うことにしており,自験例ではそれに基づいた感染管理を実施した.

全身麻酔下で手術を行う際,挿管・抜管時にはエアロゾルが発生し,電気メスや超音波凝固切開装置の使用時にはサージカルスモークが発生する.サージカルスモークによりCOVID-19感染が起こるかどうかは現状では不明であるものの,Mowbrayら23)はCOVID-19感染患者に対する手術ではサージカルスモークに配慮した感染対策を講じるよう推奨しており,具体的には開腹手術では電気メスや超音波凝固切開装置から2~3 cmの距離でサージカルスモークの吸引を行い,腹腔鏡手術ではultra low penetration airフィルターを有した排煙装置を使用することを推奨している24).自験例では2日連続してPCR検査のCt値が35以上であることを確認できていたが,医療スタッフからさらなる安全確保の希望もあり,関連部署と協議した結果,陰圧室にてゴーグル(またはフェイスシールド),N95マスク,滅菌ガウン,二重手袋,長靴袋を装着し感染対策を講じたうえで手術を施行し,術中のサージカルスモークは可能なかぎり吸引した.

感染症流行下では,医療従事者に掛かる業務上および心理的負担は甚大であるが,科学的根拠に基づいて感染対策を行うことは医療従事者への過剰な負担を避けることが期待される.今回,現時点で把握している情報を基に院内でCOVID-19感染対策プロトコールを暫定的に策定した.結果的にスタッフに二次感染はなく,症例の術後経過も良好であったことから,プロトコールはうまく機能したと考えられる.しかしながら,今後の知見の集積により,内容を修正していく必要があり,外科的処置が必要なCOVID-19罹患患者に対する感染対策の標準化が期待される.

今回,我々は術前にCOVID-19に罹患した進行胃癌に対して,院内感染対策を講じて手術加療を行った1例を経験した.

利益相反:なし

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