2022 Volume 55 Issue 6 Pages 351-359
症例は67歳の男性で,嚥下時のつかえ感を主訴に受診し,上部消化管内視鏡検査にて胸部下部食道に2型腫瘍とその周囲に0-IIc病変を認めた.生検にて扁平上皮癌および神経内分泌細胞癌を認め,胸部下部食道癌(cT3N2M0 cStage III)の診断に至った.FP療法(5-fluorouracil+CDDP)を2コース施行し,胸腔鏡下食道亜全摘術,2領域+#101郭清,胸骨後経路胃管再建術を施行した.術後2か月目に多発リンパ節転移,肝転移を来した.神経内分泌細胞癌の転移を想定しIP療法(CPT-11+CDDP)を開始したが,Trousseau症候群を併発した.その後もIP療法を継続したが病態の進行を認め,術後7か月で永眠した.根治切除後に急速な転移再発を認め,Trousseau症候群を合併した食道mixed neuroendocrine-non-neuroendocrine neoplasmsの1例を経験したため報告する.
A 67-year-old man visited our hospital with a complaint of dysphagia. Upper gastrointestinal endoscopy revealed a type 2 tumor surrounded with a type 0-IIc tumor in the lower thoracic esophagus, and biopsy revealed squamous cell carcinoma and neuroendocrine cell carcinoma. With a diagnosis of lower thoracic esophageal carcinoma (cT3N2M0 cStage III), the patient underwent thoracoscopic subtotal esophagectomy with gastric tube reconstruction via a retrosternal route, along with two-field and #101 lymph node dissection after two courses of FP (5-fluorouracil+CDDP) therapy as neoadjuvant chemotherapy. Two months after surgery, CT revealed multiple lymph node metastases and liver metastases. IP (CPT-11+CDDP) therapy was given based on the assumption that the metastases were of neuroendocrine cell carcinoma, but the patient developed Trousseau’s syndrome. IP therapy was continued, but the metastatic disease progressed and the patient died 7 months after surgery. We report this case as an example of mixed neuroendocrine and non-neuroendocrine neoplasms of the esophagus with rapid progression of postoperative metastatic recurrence accompanying Trousseau’s syndrome.
食道神経内分泌細胞癌(neuroendocrine carcinoma;以下,NECと略記)は比較的まれな疾患であり,一般的にその悪性度は高く,早期からリンパ節転移,遠隔転移を来し予後不良とされる1).進行・再発食道NECに対しては,手術適応の有無や放射線照射の是非や最適化学療法のレジメン選択などについて標準治療が確立されているとは言いがたい.また,Trousseau症候群は,悪性腫瘍に伴う予後不良な脳血管障害として認識が広まりつつある病態である2)3).
今回,我々は扁平上皮癌(squamous cell carcinoma;以下,SCCと略記)とNECからなる食道mixed neuroendocrine-non-neuroendocrine neoplasms(以下,MiNENsと略記)に対して術前化学療法(neoadjuvant chemotherapy;以下,NACと略記)としてFP療法(5-fluorouracil+cisplatin)を行った後に根治手術を施行するも術後急速に転移再発を来し,Trousseau症候群を併発した1例を経験したため報告する.
症例:67歳,男性
主訴:嚥下時のつかえ感
既往歴:高尿酸血症,虫垂炎術後
内服薬:フェブキソスタット
喫煙歴:過去喫煙者,20本/日30年間
飲酒:7回/週,ビール500 mlと焼酎水割り4杯/日
現病歴:嚥下時のつかえ感を自覚し近医を受診した.施行された上部消化管内視鏡検査にて,下部食道潰瘍を指摘された.精査の結果,胸部下部食道癌(cT3N2M0 cStage III)の診断となり,治療目的に当科紹介となった.
初診時現症:身長165 cm,体重73 kg,BMI 26.8,血圧153/89 mmHg,脈拍61回/分,PS(ECOG)1
上部消化管内視鏡検査所見:門歯31~37 cmに2型腫瘍とその周囲に亜全周性の0-IIc病変を認めた(Fig. 1A, B).生検にて,0-IIc病変からSCCを認めた.2型腫瘍は,粘膜上皮にはSCCを認め,上皮下の細胞は小型細胞の増殖像を認めた(Fig. 2A).免疫組織化学染色の結果,上皮下細胞はchromogranin A(–),synaptophysin(+),CD56(+)であり,Ki-67はvery high-labeling indexを示し,small cell typeのNECとSCCからなるMiNENsと診断した(Fig. 2B~D).
A. An image from upper gastrointestinal endoscopy before neoadjuvant chemotherapy, showing a type 2 tumor surrounded by a type 0-IIc tumor in the lower esophagus. B. The tumor stained with iodine.
A. The type 2 tumor had squamous cell carcinoma in the mucosal epithelium, and small cell carcinoma in subepithelial cells. B, C. Immunohistochemical staining of the subepithelial cells was positive for synaptophysin (B) and CD56 (C). D. The Ki-67 labeling index was very high.
CT所見:下部食道に壁肥厚を認めた.胃噴門部に35×27 mmの腫大リンパ節を認めた.他臓器への転移は認めなかった(Fig. 3A, B).
A, B. Images from enhanced CT before neoadjuvant chemotherapy, showing thickening of the lower esophageal wall (A) and a swollen lymph node around the gastric cardia (arrow) (B).
血液検査所見:血液生化学検査に特記すべき異常所見を認めなかった.CEA 12.4 ng/ml,SCC 5.6 ng/mlと腫瘍マーカーの上昇を認めた.
臨床経過:食道癌 Lt,2+0-IIc,cT3N2M0 cStage III(食道癌取扱い規約第11版)と診断し,NACとしてFP療法(5-fluorouracil 800 mg/m2,CDDP 80 mg/m2)を計2コース施行した.2コース目は腎機能低下のため,CDDPを70 mg/m2に減量して行った.2コース終了後の画像所見は下記の通りであった.
上部消化管内視鏡検査所見:2型病変および0-IIc病変ともにやや縮小を認めたが,SD範囲であった.
CT所見:下部食道の壁肥厚は軽度改善し,腫大リンパ節はやや縮小を認めた.新規の転移巣は認めなかった.
手術所見:食道癌Lt,2+0-IIc,CT-cT2N2M0 CT-cStage III(食道癌取扱い規約第11版)に対して,硬膜外併用全身麻酔下に,胸腔鏡下食道亜全摘,2領域+#101リンパ節郭清,胸骨後経路胃管再建術を施行した(Fig. 4A, B).
A. Resected specimen of type 2 esophageal cancer. B. The specimen stained with iodine.
病理組織学的検査所見:腫大した核を持つ非角化型の中分化型SCCの増殖を辺縁に伴う,顆粒状濃染を示す核を持つ類円形小型細胞の結節を認め,小細胞型のNECと診断された.SCCは粘膜下層まで,NECは固有筋層の上層までの浸潤を認めた.SCCとNECは互いに接して分布するも,組織学的に互いの形態の移行は認めなかったため衝突癌と考えられた.成分の割合は,NECが70~80%程度,SCCが20~30%程度であった(Fig. 5A, B).郭清したリンパ節のうち,#7,#8a,#9に転移を認めた.#8aはSCC,#9はNEC,#7は両成分が共存した転移であった(Fig. 5C, D).なお,NACの組織学的治療効果判定はGrade 1aであった.以上より,食道癌Lt,NEC(small cell type)with SCC,CT-pT2(T3),INFb,ly2,v0,pIM1,pPM0,pDM0,pRM0,pN3(11/51),CT-pStage IIIであった.
A. Microscopic image of the primary tumor stained with HE. B. Same area as in A, stained for CD56. The images show small cell neuroendocrine carcinoma (lower half of A and B) accompanied by squamous cell carcinoma (upper third of A and B) in the marginal region. C. Microscopic image of No. 7 lymph node stained with HE. D. Same area as in C, stained for CD56. The images show the presence of both squamous cell carcinoma and neuroendocrine carcinoma components.
術後経過:術後経過は良好で,術後22日目に自宅退院した.術後1.5か月目のCTにて多発する傍大動脈リンパ節転移および多発肝転移の所見を認めた(Fig. 6A, B).手術時の病理組織検査でリンパ節転移のうち,#9はNEC成分であることから傍大動脈リンパ節もNECの転移を疑ったこと,またNACとして行ったFP療法の著効を認めなかったことから,IP療法(CPT-11 60 mg/m2,CDDP 60 mg/m2)を導入した.1コース目でGrade 4の好中球減少を来したため,2コース目からはCPT-11 50 mg/m2に減量して開始した.しかし,2コース目の途中で構音障害,右上肢の脱力を生じた.精査の結果,頭部MRIで左中大脳動脈領域を中心に多血管領域に渡って散在性の急性期脳梗塞の所見を認めたが(Fig. 7A~C),白質異常などは認めなかった.また,発症時の採血は,WBC 8,600/μl,RBC 350×104/μl,Hb 10.2 g/dl,Plt 14.1×104/μl,UN 26 mg/dl,Cr 1.03 mg/dl,Ca 8.6 mg/dl,CRP 0.05 mg/dl,PT-INR 0.96,APTT 23.9秒,Fib 117 mg/dl,D-dimer 7.8 μg/ml,CEA 8.7 ng/ml,SCC 3.9 ng/ml,CA19-9 52 U/ml,CA125 60.8 U/mlであった.全身に血栓性静脈炎を疑わせるような身体症状や皮膚所見は認めず,下肢の腫脹や疼痛,色調変化などの深部静脈血栓症を疑う所見も認めなかった.心臓超音波検査では,明らかな弁膜症は認めず,疣贅も認めなかった.また,ホルター心電図も施行したが,不整脈も認めなかった.以上より,Trousseau症候群による脳梗塞と診断し,ヘパリンによる2次予防療法を行った.症状は経時的に改善し,中等度の構音障害のみ残存した.ヘパリンの間欠的皮下注射による抗凝固療法を行いつつ,IP療法を再開したが,2コース目を終える前に多発脳梗塞の再発を認めた.Trousseau症候群によるPSの低下,転移巣のさらなる増大を認め,ニボルマブ療法行うも著効せず,本人家族と相談の元,best supportive care(BSC)の方針となり診断から約10か月,術後7か月で永眠した.
Enhanced CT 2 months after esophagectomy showing multiple para-aortic lymph node metastases (A, arrows) and liver metastases (B, arrowhead).
A, B, C. Diffusion-weighted images showing scattered acute cerebral infarctions centered on the left middle cerebral artery region and spanning the multivascular region (arrows).
食道癌のうちNECは,本邦では0.2%と非常にまれな発生頻度であり,予後は極めて不良で,5 年生存率が9%,50%生存期間は約6か月という報告もある4).早期から血行性転移やリンパ行性転移を来すことが多く,診断時に明らかな遠隔転移がなくても潜在的な転移の可能性を考慮し,化学療法や化学放射線療法を主体とした集学的治療が選択されることが多い5).欧米においてはリンパ節転移を含めたmetastatic diseaseに対しての手術療法は行うべきではなく,化学療法,放射線療法,あるいは放射線化学療法を行うべきとの報告もある6).現在,NECの標準的な治療はいまだ確立されていないが,いずれにせよNECにおける外科的手術の適応については慎重に考えなければならない.化学療法のレジメンに関しては,SCCに準じたFP療法や小細胞肺癌に準じてIP療法やEP療法(etoposide(VP-16)+CDDP)が用いられていることが多いが7),いまだに定まってはいない.現在,消化管・肝胆膵原発の切除不能・再発NECに対するIP療法およびEP療法のランダム化比較第III相試験が進行中であり,その結果で第一選択レジメンが明らかになることが期待されている.また,NECは,腫瘍組織がNEC単独で構成されるものと,SCCや腺癌などの他の癌腫成分が共存するMiNENsがある8).食道癌においては,46~57%がMiNENsに該当するという報告もあり9),NEC成分だけでなく,共存する組織成分の両方を考慮した治療方法を選択する必要があることも治療方針の確立を困難にしている一つの要因と考えられる.本症例では治療前診断でNECとSCCからなるMiNENsとの診断がついており,NAC前にはSCC成分が多いと判断したことからFP療法によるNACを選択した.効果判定はSDであったが腫瘍縮小効果は認められ,外科的な根治切除を行った.FP療法によるNACがNECに対しても有効であることを示唆した報告もあるが10),本症例におけるNACはSCC,NECともに効果は乏しかった.また,後方視的にみると,術前内視鏡生検では粘膜上皮にSCCを認め,上皮下はNECであったため,より転移の可能性の高い上皮下成分を重視すること,およびNECのほうがより悪性度が高いこと,以上の2点から,本症例でのNACはFP療法ではなく,IP療法やEP療法を行うほうが奏効していた可能性も考えられた.そして,術後早期に急速な転移再発を認め,NECに焦点を当ててIP療法を選択したが良好な転帰を得ることはできなかった.その点では外科的根治術を行うタイミングは慎重に判断するべきであり,本症例においてはNAC後の腫瘍はSD範囲の縮小に留まっており,NACをさらに継続するという選択肢の検討や,再度PET-CTを撮像して遠隔転移の有無を確認するなどの術前検討を入念にすべきであったかもしれない.さらには,その結果として放射線化学療法での局所制御を行うという選択肢をとるべきであったかもしれない.
Trousseau症候群は,悪性腫瘍に伴う血液凝固亢進により脳血管障害を来す病態として認識されている2)3).脳組織ではトロンボプラスチンが豊富で,トロンビンの拮抗因子であるトロンボモジュリンが乏しいことが,播種性血管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation;以下,DICと略記)の標的臓器となり脳虚血に至る一因だと考えられている11).担癌患者の大規模剖検調査によると3,426例のうち256例が脳梗塞を合併していたという報告もあり12),診断はされていなくても潜在的に高い割合で起こっており,注意が必要なのではないかと考えられる.Trousseau症候群の原因となる悪性腫瘍は肺癌,消化器癌,婦人科腫瘍といった固形癌に多く13)~15),組織学的には腺癌が,病期としてはIV期が多数を占めていたとの報告もあるが16),NECとの関連性があるという報告は見つけることができなかった.明確なTrousseau症候群の診断基準は確立されておらず,担癌患者において脳卒中症状を認めた際に,心原性脳梗塞や感染性心内膜炎が除外された場合に診断される.また,病態として悪性腫瘍に関連した凝固能亢進によって発症したTrousseau症候群は,凝固能亢進と関連のない脳梗塞に比べてD-dimerが高いことから,簡易的なスクリーニングとしてD-dimerの上昇もTrousseau症候群の診断の一助になるとされている16)17).しかし,D-dimerの上昇については非特異的な指標であり,腫瘍性病変によるものと,大動脈疾患や深部静脈血栓や妊娠などによるものとの鑑別を要する点で注意が必要である.発症予防には,全身状態を良好に保つこと,脱水状態を避けることが必要であり,特に抗癌剤の副作用による嘔吐や下痢が続く場合には,十分な飲水または補液をするべきであろう.Trousseau症候群の根本的治療は原疾患の治療であるが,多くが手術不可能な進行癌であることや,血栓症によるADLの低下のため治療困難であることも多い.Trousseau症候群を発症した場合,生存期間中央値が4.5か月,診断から1か月以内の死亡率が25%であるという報告もあり,非常に予後不良となる13).現時点でヘパリンによる抗凝固療法のみがTrousseau症候群による脳梗塞の再発予防薬として確立されており3),Trousseau症候群における凝固充進状態の機序は多岐にわたるため,ワルファリンは効果が不十分とされている18).また,直接作用型経口抗凝固薬(direct oral anticoagulant;DOAC)についてはエドキサバンのヘパリン皮下投与に対する非劣性も報告されているが19),依然としてヘパリンが第一選択薬として推奨されている状況であり,在宅療養を行う場合にはヘパリンの間欠的皮下注射などが考慮される.本症例においても,Trousseau症候群を併発したためヘパリン持続点滴静脈注射による2次予防を行い,退院に際してヘパリン皮下注射に移行し化学療法を再開したが,脳梗塞の再発を認めた.持続点滴は安定したコントロールが得られる反面,患者の日常生活の制限が大きく,一方で間欠的皮下注射は負担が少ない反面,抗凝固の程度が変動するなどそれぞれ臨床的に問題が残ると考える.つまり,Trousseau症候群の問題点としては,①多発脳梗塞症状によりその発症自体が生命予後に寄与する可能性があること,②Trousseau症候群の併発によりその症状や治療によってQOLが損なわれること,③その結果として原疾患の癌治療に制約がかかりうること,④上記の問題点により予後不良になること,が挙げられる.実際に本症例は,術後化学療法を行っていく中でTrousseau症候群を合併しADLが低下したことが,化学療法の継続をより困難とさせる一因となり,その結果として悪性度の高いNECのさらなる進行,全身状態の増悪を招き,予後不良の転帰をたどった.食道癌におけるTrousseau症候群の合併の報告は多くなく,本邦では,Stage IVの食道癌に対して化学療法中に脳梗塞を発症した症例報告20)や,1施設にて発症したTrousseau症候群の74例について検討し,そのうち食道癌は4例であったとの報告21)はあるが,いずれの報告もその組織型などへの言及はされていなかった.食道NECとTrousseau症候群の関連は特に明らかではないが,食道NECの悪性度や転移能の高さからTrousseau症候群を合併する可能性は十分に考えられる.
以上より,Trousseau症候群が併発すると予後は不良でなおかつQOLを損なうことから,進行癌においてはTrousseau症候群の併発が起こりえることを念頭に置いて診療にあたる必要がある.また,D-dimer上昇例やDIC症例などの凝固異常を認める症例や,癌悪液質症例,経口摂取不良などで脱水状態に陥っている進行癌などのハイリスク症例においては積極的な予防に努めることが肝要である.
利益相反:なし