2022 Volume 55 Issue 7 Pages 456-463
孤立性の上腸間膜動脈(superior mesenteric artery;以下,SMAと略記)解離はまれな疾患で治療法も確立していない.手術とステント留置を行うも虚血性腸炎が遷延し再手術を要した症例を経験したので報告する.症例は38歳の男性で,造影CTで孤立性SMA解離と腸管造影不良を認め手術を行った.SMAにステントを留置し開腹すると右側結腸は壊死していたが小腸は壊死を免れていた.結腸右半切除術を行い,回腸人工肛門と横行結腸粘液瘻を造設したが高熱と腹痛が遷延した.造影CTではSMAと腸管に血流を認めたが広範な小腸浮腫を認めた.虚血性腸炎と考え保存的治療を継続したが,全身状態が悪化するため術後56日目に小腸を追加切除した.その後は状態改善し初回手術後113日目に退院した.SMA血行再建を行い,腸壊死を免れた場合も虚血性腸炎が遷延する場合は手術を検討すべきと考えられた.
Isolated dissection of the superior mesenteric artery (SMA) is a rare disease for which no cure has been established. We report a case in which ischemic enteritis persisted and required reoperation after surgery and stent placement. A 38-year-old man underwent surgery for isolated SMA dissection and poor intestinal angiography on contrast-enhanced CT. After a stent was placed in the SMA and the abdomen was opened, the right colon was found to be necrotic, but there was no necrosis in the small intestine. Right hemicolectomy was performed and an ileal stoma and transverse colon mucoid fistula were constructed, but high fever and abdominal pain persisted. Contrast-enhanced CT showed blood flow in the SMA and small intestine, but extensive small bowel edema was noted. Conservative treatment was continued because of ischemic enteritis, but the small intestine had to be additionally resected 56 days after surgery because the general condition worsened. Thereafter, the condition of the patient improved and he was discharged 113 days after the first operation. This case suggests that surgery should be considered if ischemic enteritis persists after SMA revascularization and avoidance of intestinal necrosis.
大動脈解離を伴わない孤立性の上腸間膜動脈(superior mesenteric artery;以下,SMAと略記)解離は,1947年にBauersfeld1)が15例の剖検例の中の1例として初めて報告したまれな疾患である.画像診断の進歩により近年報告例は増加傾向にあるが,いまだ治療方針は確立されていない.多くの症例は保存的治療で軽快しその後の経過も良好である2)~9).しかし,まれには腸管虚血,動脈破裂,動脈瘤化などのために手術あるいは血管内治療の適応となる場合がある3)~6).特に腸管虚血を合併すると,急速に腸管壊死から腹膜炎や敗血症に進展する場合があるため,速やかな治療が必要である.腸管壊死を伴った孤立性SMA解離に対し腸切除とSMAステント留置による血行再建を行ったが,保存的治療で軽快しない虚血性腸炎が遷延したため再度腸切除を要した症例を経験した.自験例の臨床経過を述べるとともに,文献的考察を加えて報告する.
患者:38歳,男性
主訴:腹痛,下血
既往歴:特記なし.
現病歴:2020年1月突然急激な腹痛を認め,前医へ救急搬送された.搬送中に下血を認め,造影CTにてSMA解離による腸管虚血と診断された.前医には心臓血管外科医が不在であったため手術目的に当院へ転院となった.当院到着時は発症から約10時間が経過していた.
入院時現症:意識状態はJapan Coma Scale I-2であった.バイタルサインは安定し腹膜刺激症状はなかったが,激しい腹痛を訴えていた.
血液検査所見:WBC 17,100/μl,Hb 13.4 g/dl,CRP 0.21 mg/dl,と炎症反応の上昇と軽度の貧血を認めた.血小板は20.7×104/μlと低下はなかった.LDH 259 U/l,CK 257 U/l,と筋逸脱酵素は上昇していた.動脈血液ガス分析では,pH 7.297,HCO3 20.1 mmol/l,BE –5.7 mmol/l,Lac 7.1 mmol/l,と代謝性アシドーシスと乳酸値の上昇を認めた.
造影CT所見:SMA起始部から約3 cmにわたって解離を認め,偽腔は開存していた.解離の抹消に血栓の形成を認め,広範な小腸と右側結腸にかけて造影不良があった(Fig. 1a~c).
(a, b) SMA dissection and thrombus formation. (c) Poor contrast in the small intestine and right colon.
以上より,SMA解離により腸管壊死に至っていると診断した.心臓血管外科と協議し,SMAにステントを留置し血行再建を行った後に腸切除を行う方針とした.
手術所見1:左上腕動脈から順行性にSMAにアプローチしたが,SMA真腔にガイドワイヤーが通過せず時間を要した.血管内超音波検査法(intravascular ultrasound;以下,IVUSと略記)を使用しSMA真腔を確認しステント(EpicTM Biliary Stent - Boston Scientific 8×60 mm)を留置した.ステント留置後に第一空腸動脈が造影された(Fig. 2a, b).その後に開腹すると盲腸から上行結肝彎曲部までは黒色壊死していた.小腸には広範に色調不良を認めたが壊死には至らず,蛍光法で確認すると血流が再開していた.肉眼的に色調が良好な部位はトライツ靭帯から80 cmほどであった.短腸症候群を回避するため小腸は終末回腸から約30 cmの部位で切離,結腸は上行結腸肝彎曲部で切離し結腸右半切除術を行った.吻合は行わずに小腸,横行結腸ともに人工肛門として挙上した.口側,肛門側ともに粘膜面の壊死は認めなかった.最終の血管造影を行い,SMAに血流不良がないことを確認し手術を終了した.
(a) Arterial dissection at the origin of the SMA. (b) Image of the first jejunal artery after SMA stent placement.
摘出標本所見:盲腸から上行結腸には粘膜の壊死を認めた.回腸切除断端と上行結腸切除断端には虚血性壊死は認めなかった(Fig. 3).
Mucosal necrosis was observed from the cecum to the ascending colon. There was no ischemic necrosis in the ileal and ascending colon resection margins.
手術後は,高熱と腹痛が遷延した.腸壊死による腹膜炎などを疑い,複数回造影CTを撮像したがSMA,辺縁動脈,小腸には血流を認めた.しかしながら,広範な小腸に著明な壁肥厚を認めた(Fig. 4a, b).炎症反応も高値であったが,プロカルシトニン値は低値で血液培養も陰性であったため虚血性腸炎と診断した.早期に残存腸管の肉眼的評価と人工肛門閉鎖のための再手術を行う予定であったが,全身状態を改善させてから再手術を行う方針とした.絶食,中心静脈栄養による保存的治療と再閉塞を予防するためにAspirin 100 mgの内服を行ったが改善しなかった.入院時56 kgであった体重は47 kgまで減少し,アルブミン値も1.0まで低下し栄養状態が悪化した.術後49日目に回腸瘻から注腸造影検査と内視鏡検査を行い小腸の粘膜を評価した.
(a) Blood flow in the SMA, marginal artery, and small intestine. (b) Prominent wall thickening was observed over a wide area of the small intestine.
注腸造影検査所見:回腸瘻から数係蹄に及ぶ回腸のケルクリング襞は消失し,蠕動運動も認めず鉛管状であった(Fig. 5).
There was disappearance of the ileal Kerckring folds extending from the ileal fistula to several snares, no peristaltic movement, and a tubular ileum.
内視鏡検査所見:狭窄があり,回腸瘻近傍までの観察であったが粘膜の脱落を認めた(Fig. 6).
Stenosis and mucosal shedding were observed in the vicinity of the ileal fistula.
保存的治療での改善は困難と考え,初回手術後56日目に再手術を行った.
手術所見2:腹腔内には高度な癒着を広範に認めた.虚血性腸炎と思われた小腸は一塊となり繭状に癒着していて剥離操作で多量の出血を生じた.トライツ靭帯から160 cm肛門側までの小腸は狭窄や癒着を認めず,同部までの小腸を切除する方針とした.癒着による解剖の同定が困難で副損傷を回避するため,切除腸管はいくつかに分割して切除した.低栄養状態であったため吻合は二期的に行う方針とした.口側断端に炎症所見の残存を認めたが壁肥厚は改善していたため,残存小腸の温存を優先し同部で小腸人工肛門を再造設し手術を終了した.
病理組織学的検査所見2:摘出した小腸のごく一部に腺管が残存していたが,粘膜上皮や腺管はほぼ脱落していた.小腸の壁構造に虚血による壊死はなかったが,全層性にリンパ球,形質細胞,好中球等の浸潤があり,強い炎症性変化を口側断端まで認めた(Fig. 7a, b).
(a, b) Gland ducts remained in a small part of the small intestine, but the mucosal epithelium and ducts were almost shed. There was no ischemic necrosis in the wall structure of the small intestine, but there was infiltration of lymphocytes, plasma cells, and neutrophils in all layers, with strong inflammatory changes. ow: oral wedge, aw: anal wedge.
手術後は経口摂取も可能となり全身状態と栄養状態は改善したが,軽度の腹痛が残存した.造影CTを撮像すると,小腸瘻から約20 cm口側まで腸管浮腫が残存していた.初回手術後98日目に人工肛門閉鎖術を行い小腸を25 cm追加切除した.小腸断端と横行結腸断端の粘膜が正常であることを確認し端々吻合した.残存小腸は135 cmとなったが,短腸症候群は認めず初回手術後113日目に退院した.
孤立性SMA解離はまれな疾患であるが,画像診断の進歩により近年報告例は増加傾向にある.しかしながら,いまだ標準的治療法は定まっていない.本邦の53例の報告例を検討した古川ら10)は,本疾患の発症年齢は31歳から78歳までの平均56歳であり,一般的な動脈硬化性疾患である虚血性心疾血や大動脈解離,閉塞性動脈硬化症の好発年齢よりも明らかに若かったと報告している.性別では男性49例,女性4例で圧倒的に男性が多い.
急性腸管虚血は重篤で死亡率が高い疾患であり,早期に血行再開ができないと腸管壊死から腸管切除が必要となる.また,腸管粘膜バリアの破綻から腹膜炎を発症して敗血症で死亡することも多い11).急性腸管虚血の原因としては,心原性の塞栓症が40~50%,動脈閉塞症に合併した血栓症20~35%,非閉塞性腸管虚血症(NOMI)5~15%とされる.SMA解離が急性腸管虚血の原因となることはまれである11).孤立性のSMA解離は急性腸管虚血の症状を呈することは少なく,保存的治療で軽快する場合が多いが,動脈瘤化,腸管虚血,難治性疼痛といった合併症を起こした場合には,侵襲的治療が選択される2)~9).
孤立性SMA解離が原因で急性腸管虚血を起こした場合も,他の疾患が原因である場合と同様に,血管内治療あるいは外科的手段による速やかな血行再建が必要となる.孤立性SMA解離による急性腸管虚血に対する外科的血行再建としては,バイパス治療や内膜のfenestrationなどが行われている.順行性に血管内治療を行う場合は,大腿動脈あるいは上腕動脈からアプローチし,カテーテルをSMAに進めた後に,ガイドワイヤーをSMAの解離した部分を通過させる必要がある12)13).上腕動脈アプローチの成功率が高いという報告があるが,孤立性SMA解離の場合はガイドワイヤーが偽腔に入る傾向が強く,真腔を通過しない場合がある12).自験例も真腔にガイドワイヤーを通過させるのが困難で,IVUSを使用した.
SMA解離に対するステント留置の成功例は2000年にLeungら14)によってはじめて報告された.報告例はまだ少なく,医学中央雑誌(1964年~2019年)で「上腸間膜動脈解離」,「ステント」をキーワードに検索したところ,会議録を除くと本邦では自験例を含め11症例のみであった.いずれも有効性が報告されているが,合併症のリスクも伴う.手技に伴って解離を悪化させる可能性や塞栓症を促す危険性がある.再閉塞を来す場合や分枝血管を閉塞させる恐れもあり,ステント留置後も少なくとも1剤の抗血小板剤の内服が好ましいと考えられる.
伊藤ら15)はステント留置後に遅発性小腸狭窄を認め小腸切除を行った症例を報告している.この症例の造影CT所見は,限局性の小腸壁肥厚を認め,腸管壁と辺縁動脈の造影効果が保たれていた.自験例の所見と酷似しており同様の病態であったと考えられる.遅発性腸管狭窄の原因として,分枝血管の再閉塞により,血流支配が最も遠くなる腸管が慢性虚血に陥ったことと報告しているが,血管内治療前後の虚血期間が関与している可能性も提示している.自験例も虚血から再灌流までに時間を要しており,虚血期間が病態に関与している可能性が高い.
虚血性腸炎は一過性型,狭窄型,壊死型に分類され,一過性型,狭窄型には絶食,補液による保存的治療が行われ,壊死型は緊急手術が適応となる.狭窄型で数か月狭窄が改善しない場合に待機手術を行う16).自験例は狭窄型の虚血性腸炎と思われたが,保存的治療を行うも改善を認めず全身状態が悪化するために手術を選択した.通常待機手術であれば狭窄部を含む腸壁が硬化した部分を切除し一期的吻合を行うが,自験例では栄養状態も不良であったため吻合せず,二期的に吻合を行った.
自験例においては,腸切除範囲と再手術施行時期の決定に苦慮した.初回手術では肉眼的に血流が良好な部位で腸切除を行うと,残存小腸は80 cmとなり短腸症候群で救命困難になると考えた.壊死に至らず,血行が再灌流している小腸は回復する可能性があり温存した.当初はsecond look operationとして早期に残存腸管の評価と人工肛門閉鎖を行う予定であったが,急激に全身状態が悪化した.造影CTで腸管血流を評価し腸壊死は認めず,広範な虚血性腸炎が要因と判断したため早期手術を中止し保存的治療を継続した.保存的治療では状態改善を認めず悪化していったが再手術を行うと大量小腸切除を免れず,再手術すべきか保存的治療を継続すべきか科内でも意見が別れた.結果としてさらに状態悪化すれば耐術できないと判断した術後56日目に再手術を行っている.再手術時は二期的に吻合せざるをえない栄養状態であったため可能なかぎり小腸を温存したが,口側約20 cmに炎症が残存し人工肛門閉鎖時には追加切除を要した.予定どおりsecond look operationを行っていた場合や,早期に再手術を判断していた場合には一期的な吻合と全身状態の早期改善が望めた可能性がある.残存小腸は初回手術時に予測した80 cmから135 cmに延長できており,SMAスンテントの効果と考える.
孤立性SMA解離に対するステント留置は有効な治療法であるが,再灌流までに時間を要した場合,難治性の虚血性腸炎を発症する可能性がある.保存的治療が無効であった場合には,早期に手術による腸切除を検討すべきと考えられた.
利益相反:なし