2023 Volume 56 Issue 1 Pages 27-33
症例は37歳の男性で,腹部膨満,食思不振,体重減少で前医を受診された.当院に紹介となり,CTで多量の腹水と下行結腸腫瘍,腹膜播種を認め,下部消化管内視鏡検査で下行結腸に不整な隆起を伴う全周性の1型腫瘍を認めた.PET-CTで下行結腸腫瘍,鎖骨上窩・縦隔・傍胸骨・腹膜・大網にFDGの集積を認めた.下行結腸腫瘍の生検で確定診断に至らず,審査腹腔鏡を施行した.免疫染色検査でNUT陽性,FISH法でNUT遺伝子の再構成を認めnuclear protein in testis midline carcinomaと診断した.多剤併用化学療法を施行したが,急速な病状の進行により初診から約6か月で永眠された.Nuclear protein in testis midline carcinomaは遺伝子異常を有する非常にまれな疾患である.疾患特異的な組織像がなく進行期で発見されることが多い.現時点で効果的な治療法は確立しておらず,今後も症例の蓄積と検討が必要である.
A 37-year-old man visited another hospital with complaints of abdominal distention, anorexia, and weight loss. He was referred to our hospital. CT showed massive ascites, a descending colon tumor, and peritoneal dissemination. A colonoscopy revealed a fully circumferential irregular type 1 tumor in the descending colon. FDG-PET showed FDG accumulation in the descending colon tumor, supraclavicular fossa, mediastinum, paratrachea, peritoneum, and omentum. Biopsy of the descending colon tumor failed to provide a definite diagnosis. Therefore, staging laparoscopy was performed. Immunohistochemical staining was positive for nuclear protein of the testis (NUT) and fluorescence in situ hybridization (FISH) showed rearrangement of the NUT gene. Therefore, the patient was diagnosed with NUT midline carcinoma and treated with multiagent chemotherapy. However, due to rapid progression of the disease, he passed away about six months after the initial diagnosis. NUT midline carcinoma is a very rare disease with a genetic abnormality, and is often detected at an advanced stage without any disease-specific histology. Effective treatment for NUT midline carcinoma has not been established, and further studies and accumulation of cases are needed.
Nuclear protein in testis midline carcinoma(以下,NUT carcinomaと略記)は,鼻副鼻腔を含む頭頸部領域,上部消化管,気道,縦隔,膀胱など身体の正中線上にある臓器に発生する上皮系悪性腫瘍で,NUT遺伝子の再構成により定義される1).疾患特異的な組織像がなく組織診断が困難であり,比較的若年者に発症することから,診断時には既に進行期の状態であることが多い2).今回,我々は病理学的診断が困難であった腹膜播種を伴う下行結腸腫瘍に対し,審査腹腔鏡を行い確定診断に至った原発不明のNUT carcinomaの1例を経験したので報告する.
患者:37歳,男性
主訴:腹部膨満,食思不振,体重減少
既往歴:特記事項なし.
家族歴:特記事項なし.
生活歴:喫煙:20本/日×17年間.飲酒:機械飲酒.アスベスト曝露歴なし.化学物質曝露歴なし.
現病歴:腹部膨満,食思不振,体重減少で前医を受診し,腹部CTで多量の腹水と下行結腸腫瘍,腹膜播種を認めた.下部消化管内視鏡検査で下行結腸に1型腫瘍を認め,当院紹介となった.
入院時現症:身長168.4 cm,体重77.0 kg.腹部は膨満かつ軟で,圧痛や腫瘤の触知なく,腹膜刺激症状は認めなかった.
血液検査所見:WBC 8,100/μl,CRP 1.87 mg/dlと上昇し,LDH 504 U/lと高値であった.CEA 1.2 ng/ml,CA19-9 9.0 ng/mlは正常範囲内であったが,CA125 299 U/ml,可溶性IL-2受容体1,630 U/mlと高値であった.
下部消化管内視鏡検査所見:下行結腸に不整な隆起を伴う全周性の1型腫瘍とS状結腸0-Ip腫瘍を2か所に認めた(Fig. 1).

Lower gastrointestinal endoscopy revealed a descending colon, type 1 tumor.
病理組織学的検査所見:下行結腸腫瘍生検組織のHE染色では紡錘形や類円形の核を有する胞体の不明瞭な細胞の増殖を認めたが,病理学的確定診断は得られなかった.
腹部単純CT所見:下行結腸に不整形の腫瘤影,多量の腹水と腹膜肥厚,腸間膜内に多発する小結節を認めた(Fig. 2).

Abdominal CT. An irregularly shaped mass was found in the splenic flexure (white circle). Ascites and peritoneal thickening, and multiple small nodules were present in the mesentery (white arrows).
腹水検査所見:CEA 0.5 ng/ml,CA19-9 3.0 ng/mlと低値であったが,CA125 684 U/ml,ADA 35.4 U/l,ヒアルロン酸13,800 ng/mlと高値を示した.培養検査は一般細菌,抗酸菌ともに陰性であり,細胞診ではリンパ球とともに中皮と思われる細胞が多数出現していたが,悪性細胞は陰性と判定された.
FDG-PET/CT所見:下行結腸腫瘍に集積(SUV max:7.8),腸間膜・腹膜や大網腫瘤にFDGの異常集積(SUV max:5.9)を認めた.鎖骨上窩・縦隔・傍胸骨に集積を伴う軟部組織濃度域(SUV max:9.2)を認めたが,肝臓・脾臓・骨・肺野に異常集積を認めなかった.
頸部リンパ節生検所見:リンパ節の正常構築は見られず,びまん性,充実性に類円形核を有する細胞が全体に単調に増殖していた.核クロマチンは繊細で,小型核小体が見られた.悪性リンパ腫をはじめとする血液系悪性腫瘍,Ewing肉腫およびその類縁腫瘍,低分化上皮系悪性腫瘍,胞巣型横紋筋肉腫,線維形成性小円形細胞腫瘍といったいわゆる円形細胞性悪性腫瘍を鑑別に挙げ,免疫染色検査を行ったが,血液系悪性腫瘍,上皮系悪性腫瘍,Ewing肉腫,胞巣型横紋筋肉腫,線維形成性小円形細胞腫瘍はいずれも否定的であった(Table 1).一方,Ewing肉腫類縁腫瘍であるCIC肉腫については除外できず審査腹腔鏡を施行した.
| (+) | (±) | (–) |
|---|---|---|
| CD99 cyclinD1 ERG |
bcl-6 | CD3, CD5, CD10, CD19, CD20, CD22, CD23, CD31, CD34, CD38, CD45, CD56, CD79α, CD123, CD138, CD1a, TDT, bcl-2, BOB1, Oct-2, MUM-1, EBER, c-Myc, PAX5, MPO, Myogenin, CKAE1/AE3, desmin, D2-40, WT1, s-100, NKX2.2 |
Cervical lymph nodes were stained by the indicated antibodies. Nodes were divided into groups with positive, weakly positive and negative staining.
手術所見:開腹時に約5 lの淡緑色腹水を認めた.術中細胞診はClass Vであった.易出血性の腫瘍が薄く腹壁全体を被覆していた.大網やダグラス窩,モリソン窩に容易に崩壊する腫瘍による結節が多発していた(Fig. 3).

Intraperitoneal findings. (A) The peritoneum and serosa were surrounded by a collapsible and readily hemorrhagic tumor. (B) Tumor nodules around the liver and omentum.
病理組織学的検査所見:審査腹腔鏡で採取した腹腔内腫瘍の組織所見は頸部リンパ節生検とほぼ同様で,類円形核の細胞がびまん性に増殖していた(Fig. 4).免疫染色検査結果も頸部リンパ節生検と同様であったが,新たにNUT陽性であることが確認され,FISH法にて NUTM1遺伝子の再構成も認められた.この結果を踏まえ,下行結腸腫瘍,頸部リンパ節腫瘍でもNUTの免疫染色検査を行ったところ,陽性であった(Fig. 5).以上より,原発不明のNUT carcinomaと診断した.

Histological examination. (A–D) Bundles of spindle-shaped cells and some cells with round nuclei in cervical lymph nodes (A, B) and the intraabdominal tumor (C, D). Nuclei of spindle-shaped cells are enlarged and mitotic figures are scattered.

Immunohistochemical staining of NUT antibody.
がんパネル遺伝子検査(FoundationOne® CDx)所見:Microsatellites status - MS-Stable,Tumor Mutational Burden - 8 Muts/Mb,CDKN2A/B p14ARF loss exon 1 and CDKN2B lossの遺伝子変異を認めたが,推奨薬はなかった.
治療経過:vincristine+doxorubicin+cyclophosphamide(VDC)療法による多剤併用化学療法を開始したが4コースで治療抵抗性となり,vincristine+actinomycin D+cyclophosphamide(VAC)療法に変更するも急速に病状が進行し,初診から182日目に永眠された.
NUT carcinomaは,1991年に初めて報告された上皮系悪性腫瘍で,NUT遺伝子の再構成により定義される1).鼻副鼻腔を含む頭頸部領域,上部消化管,気道,縦隔,膀胱など身体の正中線上にある臓器に発生する上皮系悪性腫瘍で,男女比はほぼ同等と報告されている3)4).発症年齢は0歳~82歳と幅広いが,小児や若年成人に比較的多く,頭頸部領域の発症平均年齢22歳とする報告をはじめ,全領域でも17歳未満が53%を占める報告や,平均年齢25歳と報告されるなど,全臓器にわたって若年で発症する傾向が強い5)~7).
本症例は,腹膜播種を伴う下行結腸腫瘍と多量の腹水を契機にNUT carcinomaと診断され,頸部リンパ節や腹腔内など遠隔臓器からも同様の腫瘍を認めた.PubMed(2012年1月~2022年2月)で「NUT midline carcinoma」をキーワードとして検索した結果,186例が抽出されたが,肺や頭頸部原発のNUT carcinomaに関する報告が大半であった.
NUT carcinomaは疾患特異的な組織像がないため,診断には抗NUT抗体による免疫染色検査や,RT-PCRやFISH法によりBRD-NUT融合遺伝子やNUT-variantを証明することが必要である8).なかでも,NUT免疫染色検査は感度87%,特異度100%であり,NUT carcinomaの診断に非常に有用である9).がんパネル遺伝子検査でBRD4-NUTが検出された症例もある10)11).本症例では,頸部リンパ節と下行結腸腫瘍の生検で悪性リンパ腫をはじめとするいわゆる小円形細胞腫瘍を鑑別に挙げて免疫組織化学的に検討したが,どの腫瘍にも合致せず診断に難渋した.最終的にNUT免疫染色検査とFISHにより確定診断に至った.
非常にまれな腫瘍であったが,審査腹腔鏡を行うことで腹腔内の肉眼所見が腺癌による腹膜播種所見と全く異なっていることを確認することができた.また,腹腔内腫瘍がリンパ節生検と同様の組織所見であり,両者が一連の腫瘍であることが確認できたことも確定診断に寄与した.これら診断上の情報量追加に加え,癌ゲノム検査など今後の追加検査に必要となりうる十分量の組織を確保することができたことから審査腹腔鏡を行う意義があったと考えられた.本邦では2021年8月から血漿CGP検査を用いた包括的がんゲノムプロファイリングが保険収載となり,腫瘍検体の採取が困難な場合は有用な選択肢となると考えられた.
NUT carcinoma 141例を集めた海外の報告12)では,BRD4-NUTM1融合遺伝子を認めた症例が99例(78%)と最多で,BRD3-NUTM1融合遺伝子が19例(15%),NSD3-NUTM1融合遺伝子が7例(6%),ZNF532-NUTM1融合遺伝子が1例(1%),ZNF592-NUTM1融合遺伝子が1例(1%),14例は詳細不明であった.
また,原発巣としては,胸部が71例(51%)と最多で,頭頸部58例(41%),骨軟部組織6例(6%),腎臓2例(1%)と必ずしも身体の正中線上に発生するとは限らず,71例(63%)で診断時にリンパ節転移や他臓器転移を認めた.平均生存期間は6.5か月と非常に予後不良であり,その中でも原発巣が胸部以外でBRD4-NUTM1融合遺伝子を認めない症例が予後良好で,NUT遺伝子の再構成にかかわらず,原発巣が胸部の症例が予後不良であった5)~7).
治療法に関しては,手術や放射線治療などの局所治療を第一選択とする報告がある一方で,Ewing肉腫のレジメンに沿って1サイクルの多剤併用化学療法(ビンクリスチン,ドキソルビシン,イホスファミド,シスプラチン)後,放射線治療を60 Gy行い,その後3サイクルの同様の化学療法を投与し,35週かけて治癒に至り,治療から13年経過後も生存している症例の報告13)や,シスプラチン併用の放射線治療に反応しなかった症例がEwing肉腫レジメンのIE療法で腫瘍縮小したとする報告14),軟部肉腫レジメンのGD療法で一度はCRに至った症例の報告15)もされており,全身化学療法を中心とする治療の方が有効であったとする報告もあり5),免疫 checkpoint阻害剤の使用例も報告されている11).Bauerら7)は,完全治癒切除が行えた場合や,初期治療で放射線治療を行った場合のみ,有意に予後が良好であったとしているが,実際に治癒切除が可能であった症例は9%であり,切除不能な症例が多くを占めるという現状がある.本症例は,手術による治癒切除が困難であったため,Ewing肉腫レジメンで奏効した症例報告に基づいて多剤併用化学療法を行った.現時点で効果的な治療法は確立していないが,近年,NUT carcinomaの治療薬として,遺伝子発現の調整段階を標的としたヒストン脱アセチル化酵素阻害薬(HDACi)やブロモドメイン蛋白に対する選択的阻害薬(BETi)の有用性が報告されており,現在,臨床試験が行われている16)17).
未分化で免疫組織化学的特徴に乏しい腫瘍の場合,NUT carcinomaを疑い,NUT抗体による免疫染色検査およびRT-PCRやFISH法によるNUT遺伝子の再構成の有無を確認することが推奨される.NUT carcinomaの診断および治療法確立のためにも,今後も症例の蓄積と検討が必要と考えられる.
本論文の内容は第114回近畿外科学会で発表したものである.
利益相反:なし