The Japanese Journal of Gastroenterological Surgery
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CASE REPORT
A Case of Laparoscopic Inguinal Hernia Surgery for a Transplanted Side Medial Inguinal Hernia after Renal Transplantation
Sho UedaToshiki KobayashiKenta NishitaniSeiichiro TadaTomoyasu TakayanagiKeisuke KawamoritaYosuke HashimotoKei YonezawaMasato Maeda
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2023 Volume 56 Issue 11 Pages 608-614

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Abstract

本邦における腎移植件数は増加しているが,腎移植後の鼠経ヘルニア手術を経験することはまれである.症例は60歳の男性で,右腸骨窩に腎移植の既往があるが廃絶し透析管理となっている.右内鼠経ヘルニア嵌頓で受診し,用手還納したが3日後に小腸の浮腫による腸閉塞を認めた.腸壊死の所見は認めず保存的治療で軽快した.初診時から30日後に腹腔内到達法による腹腔鏡下鼠経ヘルニア手術(transabdominal preperitoneal approach;以下,TAPPと略記)を施行した.観察できる範囲で小腸に異常所見は認めなかった.腹膜前腔には癒着を認め解剖の同定が困難であった.ヘルニア門のみメッシュで被覆し尿管,移植腎は損傷せず手術を終了した.腎移植後の移植側鼠経ヘルニアに対するTAPPは熟練した術者であれば選択肢となるが,腹膜前腔の剥離が少ないLichtenstein法が推奨されると思われた.

Translated Abstract

Renal transplants are increasing in Japan, but inguinal hernia surgery after renal transplantation is still rare. The patient was a 60-year-old man with a history of renal transplantation to the right iliac fossa, which was discontinued and he was managed on dialysis. The patient presented with a right medial inguinal hernia that had been repaired and was manually repatriated. Three days later, he presented with intestinal obstruction due to edema of the small intestine. There was no evidence of intestinal necrosis and the patient was treated conservatively. Thirty days after the initial visit, a laparoscopic transabdominal preperitoneal approach (TAPP) was performed. As far as we could observe, there were no abnormalities in the small intestine. The anatomy was difficult to identify because of adhesions in the preperitoneal space. Only the hernia portal was covered with mesh, and the ureter and transplanted kidney were not damaged. The Lichtenstein procedure is recommended because of its reduced dissection of the preperitoneal space, although TAPP for transplant side inguinal hernia after renal transplantation is an option for a skilled surgeon.

はじめに

本邦における腎移植件数は年々増加傾向にあるが1),腎移植後の移植側で発生した鼠経ヘルニア手術を経験することはまれである.腎移植後,移植側で発生した内鼠経ヘルニアに対し腹腔内到達法による腹腔鏡下鼠経ヘルニア手術(transabdominal preperitoneal approach;以下,TAPPと略記)を施行した1例について報告する.腎移植後鼠経ヘルニアに対する手術報告例は検索しえたかぎり自験例を含め31例のみで,TAPP法の報告は4例であった2)~24).腎移植後鼠経ヘルニアの発生機序や至適術式について文献的考察を加えて報告する.

症例

患者:60歳,男性

主訴:腹痛

既往歴:不安定狭心症,慢性腎不全,腎移植の手術歴

現病歴:20代で右腸骨窩に腎移植の既往があるが廃絶し,現在は透析管理となっている.腹痛で当院を受診し,右鼠経ヘルニアの嵌頓を認めた.用手還納後に単純CTを撮像すると腸管は還納されていたが内側鼠経窩に液貯留を認め,内鼠経ヘルニアの嵌頓であったと診断した(Fig. 1a).また,右腸骨窩には移植腎を認めた(Fig. 1b).経過観察入院を行い,翌日著変なく退院したが3日後に腹痛で再入院となった.単純CTでは内側鼠経窩には大網が陥入しており,腸管の嵌頓は認めなかったが,骨盤内の小腸浮腫による腸閉塞を認めた(Fig. 1c, d).嵌頓していた小腸の浮腫と考え保存的治療を行い,7日後に軽快退院した.初診時から30日後に鼠経ヘルニア手術を施行した.術式は小腸の観察も行うためTAPP法を選択した.

Fig. 1 

a. Fluid collection in the medial inguinal fossa led to diagnosis of medial inguinal hernia. b. Transplanted kidney in the right iliac fossa. c. Greater omentum in the medial inguinal fossa. d. Intestinal obstruction due to small bowel edema in the pelvis.

入院時現症:身長 165.9 cm.体重 51.8 kg.腹部は平坦・軟で,右側腹部から鼠径部にかけて腎移植の手術痕を認めた.右鼠径部に手拳大膨隆を認めたが,還納は可能であった.

入院時血液検査所見:BUN 26.7 mg/dl,Cre 9.04 mg/dl,その他特記すべき異常所見はなかった.

手術所見:臍部にoptical法で5 mmトロッカーを挿入し10 mmHgで気腹を行った後に,左右の臍横に5 mmトロッカーを挿入した.腹腔内に癒着は認めず,観察できる範囲で小腸に異常所見は認めなかった.右腸骨窩に移植腎を認めた(Fig. 2a).内側鼠径窩に約20 mmのヘルニア門を認め,術前診断どおり内鼠経ヘルニア(JHS分類:M2型)と診断した(Fig. 2b).通常の鼠径ヘルニアと比べ,内鼠径輪と臍動脈索の距離が開大しており解剖の理解が困難であった(Fig. 2c, d).フック型の電気メスでヘルニア門外側の腹膜を切開し,腹膜前腔の剥離を行った.前回手術による瘢痕を認め,臍動脈索は屈曲していた.外側の瘢痕化が特に強く,内鼠経輪や下腹壁動静脈,精管,精巣動静脈の同定は困難であった(Fig. 2e).剥離も困難であったため,内側鼠経窩の腹膜前腔のみ剥離し,ヘルニア門周囲のみメッシュで補強する方針とした.剥離途中,腹膜前腔の背側を膀胱に向かって走行する索状物を認め移植尿管と思われた(Fig. 2f).10×10 cmに形成したウルトラプロ®(ETHICON)メッシュを展開し,背側では辺縁が移植尿管に接しないように注意した(Fig. 2g, h).キャプシャー®(バード)でメッシュを腹壁に固定し,腹膜を3-0モノクリル®(ETHICON)で連続縫合し手術を終了した.

Fig. 2 

a. Transplanted kidney in the right iliac fossa. b. Hernia orifice of about 20 mm in the medial inguinal fossa, leading to diagnosis of medial inguinal hernia. c. Compared to a typical inguinal hernia, the distance between the internal inguinal ring and the medial umbilical ligament was greater, making the anatomy difficult to understand. d. Typical lateral inguinal hernia. e. External scarring was particularly severe, and identification of the internal inguinal ring, inferior abdominal wall artery and vein, spermatic duct, spermatic artery and vein was difficult. f. A cord-like object ran dorsal to the preperitoneal space toward the bladder, and was thought to be a transplanted ureter. Strong adhesions and scarring were noted. g. The edges of the mesh were not in contact with the transplanted ureter. h. Surgical schema.

術後経過:術後1日目に合併症なく退院した.現在までに術後5か月が経過しているが鼠経ヘルニアの再発は認めていない.

考察

日本臨床腎移植学会の報告では,新型コロナウィルス感染パンデミックの影響を受けた 2020年度を除いた2019年度までは献腎・生体腎をあわせた腎移植件数は年々増加傾向であった.2019年度は2,057件で,減少した2020年度でも1,711件であった1).腎移植と鼠径ヘルニア発症リスクの関連について述べた倉田ら2)の報告では,腎移植後患者の4.9%に手術側の鼠径ヘルニアを発症し,対側の発症は認められなかったと報告している.腎移植手術時には横筋筋膜を切開するため,これが術後に鼠径ヘルニアを発症する直接的な原因になると考察されている.しかしながら,腎移植後の鼠経ヘルニア手術症例を経験することはまれである.腎移植時に腹膜前腔の操作が及んでいるため,鼠経ヘルニア手術時には移植尿管を含む解剖の同定が困難になっていると考えられる.移植尿管に影響が生じる可能性もあり,鼠経ヘルニアを認めても経過観察されている症例が多いと思われる.

医学中央雑誌で1964年から2021年の期間で「腎移植」,「鼠経ヘルニア」をキーワードに,またPubMedで1950年から2021年の期間で「inguinal hernia」,「renal transplantation」をキーワードに検索したところ(会議録は除く)移植後鼠径ヘルニア手術の報告は30例のみで,TAPP法は3例のみであった.自験例は31例目でTAPP法4例目となる(Table 12)~24).全例男性で,年齢は32歳から80歳で平均年齢は60歳であった.前立腺癌術後であればほぼ外鼠経ヘルニアであるが,判明しているだけで併存例を含め内鼠経ヘルニアは10例認めた.合併症の報告は5例であった.Selmanら3)はMcVay法で移植尿管を結紮し無尿となったために一時的な腎瘻を造設し,後日結紮部を切除して尿管膀胱再吻合したと報告している.Kobayashiら4)はMcVay法で膀胱をヘルニア囊と誤認して結紮し損傷し,後日膀胱損傷部の再縫合と後壁補強を行ったと報告している.Parkら12)はPHS法を,Tseら13)はTAPP法を,Verouxら18)はmesh plug法を施行し,移植尿管の狭窄を来したと報告している.これらをTable 1にまとめた.McVay法,PHS法,TAPP法は腹膜前腔を剥離する必要があり,mesh plug法はplugが腹膜前腔に突出する術式である.腹膜前腔に操作が及ぶ術式では移植尿管や膀胱に影響が生じる可能性があるため,腹膜前腔に操作が及ばないLichtenstein 法を推奨する報告が多い.

Table 1 

Case reports of inguinal hernia after kidney transplantation

No. Author Year Age/Sex Hernia type Operation methods Complications
1 Selman3) 1985 58/M N/A McVay Ureteric stenosis
2 Kobayashi4) 2000 39/M Medial McVay Urinary bladder injury
3 Sánchez5) 2005 70/M Lateral Lichtenstein None
4 Furtado6) 2006 44/M N/A N/A None
5 Ingber7) 2007 72/M Lateral Polypropylene mesh None
6 Otani8) 2008 53/M N/A N/A None
7 Azhar9) 2009 76/M Lateral N/A None
8 Odisho10) 2010 58/M Lateral Lichtenstein None
9 Koizumi11) 2010 53/M Medial Lichtenstein None
10 Koizumi11) 2010 44/M Lateral Lichtenstein None
11 Park12) 2013 67/M Lateral PHS Ureteric stenosis
12 Tse13) 2013 57/M Lateral TAPP Ureteric stenosis
13 Kurata2) 2013 53/M N/A Mesh plug None
14 Kurata2) 2013 55/M Lateral Mesh plug None
15 Kurata2) 2013 69/M Lateral Mesh plug None
16 Kurata2) 2013 58/M Medial PHS None
17 Kurata2) 2013 69/M Medial Mesh plug None
18 Vyas14) 2014 32/M N/A N/A None
19 Kondo15) 2015 52/M Medial Lichtenstein None
20 Coelho16) 2016 77/M N/A Mesh plug None
21 Hakeem17) 2016 72/M N/A Vicryl mesh None
22 Veroux18) 2016 62/M Medial Mesh plug Ureteric stenosis
23 Lobo19) 2017 73/M Lateral Prolene mesh None
24 Bugeja20) 2018 75/M N/A Polypropylene mesh None
25 Matsuyama21) 2019 54/M Lateral TAPP None
26 Matsuyama21) 2019 43/M Lateral TAPP None
27 Arai22) 2019 80/M Lateral Direct Kugel None
28 Arai22) 2019 60/M Lateral, Medial Direct Kugel None
29 Nagata23) 2020 53/M Medial Lichtenstein None
30 Chang24) 2021 76/M Medial McVay None
31 Our case 60/M Medial TAPP None

No.=Number, N/A=not available.

当施設では鼠経ヘルニア手術の第一選択をTAPP法にしているが,前立腺癌術後などTAPP法が困難と思われる症例ではmesh plug法など鼠径部切開法を選択している.自験例もTAPP法は困難と思われたが移植腎は廃絶し透析管理になっていたことと,術前に小腸浮腫による腸閉塞を発症しており,小腸の観察を行えることからTAPP法を選択した.やはり腹膜前腔の剥離は困難で,自験例は内鼠経ヘルニアであったため内側鼠経窩のみ剥離し10×10 cmに形成したメッシュでヘルニア門から周囲3 cmまでの範囲を被覆できるようにした.松山ら21)の報告では腎移植後に行うTAPPの利点を盲目的操作が少なく尿管,膀胱を損傷するリスクが低いことと,移植腎と腹膜との間を剥離できればmyopectineal orifice(以下,MPOと略記)を十分メッシュで被覆できることを挙げている.しかしながら,手術操作の及んだ線維化の強い腹膜前腔の剝離操作は難度が高く,剝離後に複雑な腹膜縫合閉鎖を要する可能性もあり腎移植後の鼠径ヘルニアに対するTAPP 法は経験が豊富な術者が施行すべきと報告している.自験例では外側の腹膜前腔は特に癒着と瘢痕化が強く副損傷を回避するため剥離しなかった.移植尿管を確認しメッシュも接触しないように留置できたが,MPOの補強は不十分であった.前回手術による癒着と瘢痕化のため解剖の同定,剥離操作は困難で合併症の危険性も感じられた.術者である著者は熟練者ではないがTAPP法の執刀を約200例,助手を約150例経験しTAPP法で日本内視鏡外科学会技術認定医を取得している.腹腔鏡では観察にとどめ,鼠径ヘルニアの修復はLichtenstein法を行うhybrid法も検討していたが,鼠径部にまで腎移植時の手術痕があったことからLichtenstein法も容易ではないと思われた.ヘルニア門周囲の剥離までは通常例に近い剥離が可能だったこともありTAPP法を選択した.しかしながら,その後の剥離は難度が高く,上述のような術式となっている.移植腎と腹膜との間を剥離するのはさらに高難度で著者では行えなかった.いかに術者が経験豊富で副損傷を回避しMPOを補強できても,既報の考察から腹膜前腔に操作が加わることで移植尿管に影響が生じる可能性がある.本症例の経験からはhybrid法によるLichtenstein法を選択すべきであったと考えている.

移植腎側に発生した鼠径ヘルニア手術の際には腹膜前腔を走行する移植尿管を保護する必要があり,腹膜前腔に操作が加わらないLichtenstein法が推奨されると考える.TAPP法にも利点が報告されており,既報も少ないため否定はできない.ただし,TAPP法を選択する場合は,経験豊富な術者が執刀し移植尿管にメッシュが接触しないよう留意する必要がある.その場合もTAPP法に固執せず,hybrid法に切り替えるなど柔軟な対応が必要と考える.

利益相反:なし

文献
 

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