2023 Volume 56 Issue 2 Pages 94-99
特発性食道破裂は食道内圧の上昇により食道壁が全層で破裂する疾患で,時間とともに重症化し致命的となる.早急な治療が必要であり,これまで開胸手術が外科治療の中心であったが,近年は鏡視下手術の報告が増えている.当院では2013年12月から2018年10月に特発性食道破裂に対する腹腔鏡手術を5例経験したため,その有用性について検討した.穿孔部位は胸部下部食道左側が1例,腹部食道左側が4例で,全例で穿孔部の縫合閉鎖と胃穹窿部による被覆が行われた.手術時間は中央値で190分,出血量は10 mlであった.合併症は2例に胸水貯留と1例に肺炎を認めたが,縫合不全は認めなかった.死亡例はなかった.腹腔鏡手術は緊急手術としても許容しうる手術時間で,より低侵襲かつ確実な穿孔部の処置が可能であり,胸部下部および腹部食道における特発性食道破裂において有用な術式となりうることが示唆された.
Spontaneous esophageal perforation, which is a rupture of the whole layer of the esophageal wall due to an increase in esophageal pressure, is a critical disease with high mortality. The standard procedure for treatment of spontaneous esophageal perforation is surgery with conventional thoracotomy, but some recent reports have described surgery with thoracoscopy or laparoscopy. We reviewed 5 cases of spontaneous esophageal perforation treated with laparoscopic surgery in our hospital between December 2013 and October 2018. The sites of perforation were in the left wall of the lower thoracic esophagus (n=1) and in the left wall of the abdominal esophagus (n=4). The perforated area was repaired by hand-sewn sutures and covered by the fundus of the stomach in all cases. The median operation time was 190 min and the median blood loss was 10 ml. Two cases had pleural effusion and one had pneumonia as postoperative complications, but there was no anastomotic leakage and no mortality. These outcomes indicate that laparoscopic surgery has an acceptable operation time and enables reliable and less invasive repair of the perforated area. Thus, we believe that it is a useful procedure for treatment of spontaneous esophageal perforation of the lower thoracic and abdominal esophagus.
特発性食道破裂(Boerhaave症候群)は嘔吐などを契機とした内圧の急激な上昇により食道壁が破裂する疾患である1)2).胃内容物による縦隔,胸腔の汚染により縦隔炎,膿胸を来し,時間経過とともに敗血症性ショックに至る予後不良な疾患であり,その死亡率は10~40%と報告されている3)4).近年は画像診断の向上や手術手技,集中治療の進歩により改善傾向が見られるが,その成績はいまだ満足できるものではない5).手術治療は胸腔内の汚染が強く,かつ耐術可能な症例が適応となり,主に開胸アプローチによる穿孔部の縫合および縦隔,胸腔内の洗浄が行われてきた6)7).しかしながら,食道破裂症例は全身状態不良のことも多く,開胸手術による片肺換気および胸壁の破壊による高度の侵襲が致命的となる可能性もある.近年の鏡視下手術の普及に伴い,食道破裂治療においても腹腔鏡あるいは胸腔鏡手術の報告が散見されており8)~11),治療の低侵襲化による成績向上が期待されるが,まれな救急疾患であるためまとまった症例数での報告は少ない12).今回,当院において腹腔鏡手術を施行した特発性食道破裂症例5例における臨床的特徴および治療成績からその有用性を検討した.
2013年12月から2018年10月に当院で経験した特発性食道破裂症例7例のうち,腹腔鏡手術が行われた5例を対象とした.2例は保存的治療にて治癒した.背景因子として手術時期,年齢,性別,基礎疾患,発症時間,術前ショックの有無,穿孔部位,発症形式,手術因子として術式,手術時間,出血量,合併症,在院日数,転帰について検討を行った.
2. 手術術式開脚仰臥位とし,腹腔鏡下胃切除術に準じた5ポートで手術を開始した.Nathanson Hook Liver RetractorTM(ユフ精器(株))を用いて肝外側区を圧排して視野を確保した.小網を切開し右横隔膜脚に沿って漿膜を切開し,腹部食道を食道裂孔より全周性に剥離した.食道をテーピングにより牽引しつつ口側に向け剥離し,穿孔部を確認した(Fig. 1a).筋層の裂創よりも粘膜の裂創が長い場合もあり,一部筋層を切開して粘膜裂創の両端を確実に同定した.縦隔の視野が狭い場合は,横隔膜の腱中心を切開した後に左右横隔膜に支持糸をかけ食道裂孔を左右に開大した.壊死組織のデブリードメント後に,穿孔部の粘膜と外膜・筋層を層々に3-0吸収糸で結節縫合した(Fig. 1b).胃穹窿部の漿膜筋層を食道縫合部の背側(Fig. 1c)および腹側(Fig. 1d)の外膜・筋層に3-0吸収糸による結節縫合で固定し,被覆(fundic patch)した(Fig. 1e).必要に応じて胃横隔間膜を切離し,胃穹窿部を授動した.短胃動静脈の処理は行わなかった.縦隔,胸腔を十分に洗浄した後にそれぞれにドレーン留置を行うが,胸腔内の汚染が重度の場合は胸部にポートを追加し,胸腔鏡下に洗浄およびドレーン留置を行った(Fig. 1f).
Intraoperative findings of laparoscopic surgery. a. The perforated area of the left side of the lower esophagus was confirmed after an incision in the small part of the muscular layer. b. The perforated area was repaired by hand-sewn interrupted layer-by-layer sutures after debridement of necrotic tissues. c, d. The gastric fundus was sewn on the posterior wall and then the anterior wall of the perforated area. e. The whole circumference of the repaired area was covered by the gastric fundus (fundic patch). f. The thoracic cavity was lavaged thoroughly under thoracoscopic control when the contamination was severe. Abbreviations: D, diaphragm; E, esophagus; F, fundus; L, lung. Dotted circle: perforated area; outlined arrow: stitch of mucosa of the perforated area; white arrow: stitch of muscularis of the perforated area; outlined arrowhead: stitch between the gastric fundus and posterior wall of the perforated area; white arrowhead: stitch between the gastric fundus and anterior wall of the perforated area.
年齢は中央値で61歳(56~76)であり,性別は全て男性であった.基礎疾患は2例が発作性心房細動を有していた.発症から手術までの時間は8時間(7~16)で,術前ショック症例は認めなかった.穿孔部位は胸部下部食道左側が1例,腹部食道左側が4例であり,発症形式は全例が胸腔内穿破型であった(Table 1).
Age | Sex | Comorbidity | Time to treatment (h) | Sepsis | Site of perforation | Noncontained leak | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 76 | male | — | 7 | — | abdominal, left | + |
2 | 61 | male | — | 8 | — | abdominal, left | + |
3 | 60 | male | — | 13 | — | abdominal, left | + |
4 | 63 | male | PAF | 7 | — | lower thoracic, left | + |
5 | 56 | male | PAF | 16 | — | abdominal, left | + |
手術術式は,全例で穿孔部の直接縫合閉鎖と胃穹窿部による被覆がお行われ,食道切除やドレナージのみの手術は行われなかった.手術時間は中央値で190分(143~230),出血量は10 ml(10~50)であった.合併症は2例でドレナージを要する左胸水貯留,1例で肺炎を認めたが,縫合不全は認めなかった.在院日数は23日(16~38)であり,死亡例はなく生存率は100%であった(Table 2).
Procedures | Operation time (min) | Blood loss (ml) | Complication | Hospital stay (days) | Death | |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | Primary repair+fundic patch | 215 | 10 | Left pleural effusion | 38 | — |
2 | Primary repair+fundic patch | 190 | 10 | — | 23 | — |
3 | Primary repair+fundic patch | 143 | 10 | Left pleural effusion | 27 | — |
4 | Primary repair+fundic patch | 230 | 10 | pneumonia, PAF | 23 | — |
5 | Primary repair+fundic patch | 161 | 50 | — | 16 | — |
特発性食道破裂は比較的まれな救急疾患であり,病因として飲酒後の嘔吐が70~80%を占め,中年層の男性に好発する13)14).破裂部位は解剖学的に脆弱とされる胸部下部食道左側が90%前後と最も多く15),穿孔形式は縦隔胸膜が維持される縦隔内限局型と,縦隔胸膜まで損傷され胸腔内と交通を有する胸腔内穿破型に分類される10).
縦隔内限局型については保存的治療が行われることが多い一方で16),胸腔内穿破型については手術による破裂創の早期縫合閉鎖と縦隔・胸腔内の洗浄およびドレナージが標準治療とされてきた15)17).本疾患を含め救急疾患に対する手術治療は可能なかぎり短時間での施行が望まれるため,従来は左開胸アプローチが主に行われてきた.しかし,食道破裂患者は全身状態が不良で,長期の集中治療管理を要することもあり,開胸操作および分離肺換気による呼吸,循環動態への負荷は術後経過に大きな影響を及ぼすと考えられている9).
近年は開胸が及ぼす全身状態への影響を避けるため,経腹的アプローチが選択される場合も多く,さらに腹腔鏡手術の報告も散見されるようになった8)9)18).開腹手術においては,分離肺換気が不要,胃穹窿部や大網による穿孔部の被覆が容易,腸瘻の造設が可能,などが利点として挙げられる.腹腔鏡手術はそれらに加え,最小限の体壁破壊による低侵襲化,拡大視効果による正確な穿孔部の観察・同定,確実な縫合閉鎖に大いに貢献すると考えられる.また,縦隔胸膜および横隔膜の切開により容易に胸腔内に到達でき,かつ良視野での観察も可能である.さらに,経腹的な洗浄や,汚染が強い場合の胸腔鏡追加の要否判断を迅速に行うことも可能である.自験例は手術時間,出血量ともに許容できる値であり,また術後短期成績も良好であった.時間経過とともに容態が悪化する救急疾患においても,同等の手術時間が前提であれば,腹腔鏡手術が考慮されるべきであろう.
穿孔部の修復については,全例で単純二層縫合での閉鎖に加え,胃穹窿部による被覆(fundic patch)が行われた.発症24時間以上経過した症例では縫合不全が高率に合併するとされるが17),自験例はいずれも早期手術が達成できたこともあり明らかな縫合不全は見られず,被覆の有効性は不明であった.緊急手術においては不要な手技の省略と手術時間の短縮をはかるべきであるが,疾患の特性上,被覆が不要な症例を抽出することは困難であると考えられる.したがって,現時点では,全例に何らかの被覆を行う方針で臨むべきであろう.胃穹窿部あるいは大網による被覆はいずれも縫合不全予防に有効とされているが19)20),これまで両者を比較した報告はなくその優劣は不明である.大網は挙上性に優れるが組織の強さ・厚さに個人差があるため,時に縫合部との間の死腔が大きくなり,確実な被覆とならない場合も想定される.比べて胃穹窿部は挙上性についてはやや劣るものの,胃壁と縫合部を密着させることで死腔が少なく常に強固な被覆が可能であるため,第一選択と考えている.自験例は腹部食道4例と比較的低位の胸部下部食道1例であり,穹窿部を大きく授動せず比較的容易に被覆が可能であったが,穿孔部の位置や大きさにより,より高位まで被覆すべき場合には,胃横隔間膜の切離に加え短胃動静脈の処理も必要となるかもしれない.さらに,胸部下部食道であっても高位で穹窿部の挙上が困難な場合には,大網による被覆を考慮すべきである.
同じく低侵襲術式として胸腔鏡手術を第一選択とする施設もあり,その有用性に関する報告も散見される10)11)21)22).我々が腹腔鏡手術を選択する理由として,第一に腹腔鏡アプローチでは適切なポート配置によって比較的自由な鉗子操作が可能である点が挙げられる.胸腔鏡によるアプローチでは肋間からのポート挿入となるため鉗子の可動制限があり,縫合やその他の操作がより困難となる可能性が高いと考えている.第二に,上部胃癌,食道胃接合部癌の増加に伴い,腹腔鏡下の経裂孔的縦隔内操作を行う機会が増加している点を挙げることができる.食道手術症例は一部のhigh volume centerに集約化する傾向にあるため,胸腔鏡下食道手術に習熟しているチームは決して多くない.特発性食道破裂は救急疾患で,治療施設や術者を選択できない場合がほとんどであるため,治療の標準化という点において,腹腔鏡手術はより優れていると考えられる.一方で,特発性食道破裂の第2の好発部位は,割合は少ないものの胸部中部食道右壁であり9),その他の部位の報告も散見されるという点は重要である.我々は上部胃癌,食道胃接合部癌の手術経験から,腹腔鏡下に良視野で縦隔内操作を行えるのは胸部下部食道までと考えており,すなわち自験例の如く胸部下部および腹部食道における病変は腹腔鏡手術の適応,より高位の病変については胸腔鏡手術の適応とするのが妥当であろう.よって,術前の造影CT,食道造影などの画像検査による穿孔部の推定が術式決定において非常に重要である.
今回,少数例の報告ではあるが,特発性食道破裂における腹腔鏡手術の有用性を示すことができた.本症はまれな疾患であるものの,日常的な腹腔鏡手術のテクニックにより良好な成績が期待できることから,一般消化器外科医も術式に関する知識をチーム内で共有しておくことが肝要である.
利益相反:なし