2023 Volume 56 Issue 2 Pages 87-93
症例は66歳の男性で,Fabry病による慢性腎不全に対して維持透析中であった.右肺癌に対して肺部分切除を施行後膿胸の増悪のため,ICUで全身管理中に小腸穿孔,汎発性腹膜炎を来し当科紹介となった.原因不明の小腸穿孔として緊急手術を施行した.術中所見では,Treitz靭帯より約200 cmの部位での小腸穿孔,腸間膜側から腹腔内への穿破を認め,腹腔内汚染は著明であった.小腸を約20 cm切除し,洗浄ドレナージ,回腸人工肛門造設を行った.切除標本では粘膜面に多発潰瘍を認め,その1か所に穿孔を認めた.病理組織学的検査では,サイトメガロウイルス(cytomegalovirus;以下,CMVと略記)免疫染色検査で潰瘍部に一致して陽性細胞が検出され,CMV感染による小腸穿孔と診断した.CMV感染による消化管穿孔はまれであるが,免疫不全患者ではその存在を常に念頭に置く必要があり,早期診断・治療が重要である.
The patient was a 66-year-old man on maintenance dialysis for chronic renal failure due to Fabry’s disease. Due to worsening of empyema after partial lung resection performed for right lung cancer, small intestine perforation and panperitonitis developed during systemic management in the intensive care unit. The patient was referred to our department and emergency surgery was performed for small intestine perforation of unknown cause. Intraoperative findings showed perforation of the small intestine about 200 cm from the ligament of Treitz, perforation from the mesenteric side into the abdominal cavity, and significant intraperitoneal contamination. A 20-cm length of the small intestine was resected and the remaining intestine was washed and drained. Ileostomy was then performed. The resected specimen showed multiple ulcers on the mucosal surface, one of which was perforated. Immunohistopathological examination revealed cells that were positive for cytomegalovirus (CMV) in the ulcer area, leading to diagnosis of small intestinal perforation due to CMV infection. Gastrointestinal perforation due to CMV infection is rare, but should be considered in immunocompromised patients. Early diagnosis and treatment are particularly important.
消化管サイトメガロウイルス(cytomegalovirus;以下,CMVと略記)感染症は,口腔から直腸にまで全ての消化管が感染部位となりうる,免疫不全患者,担癌患者,化学療法施行時,または臓器移植患者などで問題となる比較的まれな病態である1).今回,CMV感染による小腸穿孔を来したFabry病患者の1例を経験したので報告する.
症例:66歳,男性
主訴:腹痛
既往歴:Fabry病(49歳~:酵素補充療法),慢性腎不全(55歳~:腹膜透析,61歳~:血液透析),大動脈弁閉鎖不全症,僧帽弁閉鎖不全症(60歳:大動脈弁置換術・僧帽弁形成術・冠動脈バイパス術),心室細動(64歳:植込み型除細動器),痙攣発作(64歳~:レベチラセタム内服).
家族歴:妹,甥,姪:Fabry病
現病歴:Fabry病で腎臓内科に通院中であった.右肺癌に対して呼吸器外科で胸腔鏡下右肺部分切除術を施行した.術後経過問題なく第11病日に転院となったが,第14病日に発熱あり,術後膿胸の診断でメロペネムを開始し,第21病日に当院へ転院となった.胸腔ドレナージ,抗生剤治療を行ったことで一度症状は改善したが,第38病日に透析時より循環動態不安定となりICUに入室し,循環管理のもと胸腔ドレナージを継続しつつ,第40病日にバンコマイシンを追加,第41病日にミカファンギンNaを追加した.第45病日の胸部レントゲンで腹腔内遊離ガスを指摘され,腹部CTで小腸穿孔,汎発性腹膜炎の診断となり当科紹介となった.
初診時現症:身長166.4 cm,体重58.5 kg,血圧100/60 mmHg,心拍数80回/分,体温38.0°C,酸素飽和度100%.腹部は板状硬で広範に自発痛,圧痛,反跳痛を認めた.
血液検査所見:WBC 17,420/μl(Neut 91.5%),CRP 20.21 mg/dlと炎症反応の上昇を認めた.TP 5.3 mg/dl,Alb 2.2 mg/dlと低栄養状態であった.
胸腹部造影CT所見:腹腔内遊離ガスおよび大量の腹水を認めた.右下腹部小腸壁の限局的な壁肥厚および腸管膜内膿瘍を認めた.小腸穿孔による汎発性腹膜炎が疑われた(Fig. 1).

Abdominal CT showed a large amount of ascites and free air (a) and thickening of the small intestinal wall and air-containing fluid collection in the mesentery (arrowheads) (b).
以上より,原因不明の小腸穿孔による汎発性腹膜炎と診断し緊急手術を施行した.
手術所見:上下腹部正中切開で開腹すると,腹腔内に広範に腸液の混じった汚染腹水を認めた.穿孔部はTreitz靭帯より約200 cm尾側の回腸で,腸間膜側に穿破し,腸間膜内に膿瘍を形成しており,同時に同部位から腸液が腹腔内へ漏出していた(Fig. 2).膿瘍を形成した間膜を含めて約20 cm小腸を切除し,腹腔内を洗浄した.口側,肛門側腸管を後壁のみAlbert-Lembert縫合で吻合し,同部位で回腸双孔式人工肛門を造設した.直腸膀胱窩,左横隔膜下,右横隔膜下にドレーンを留置し,手術を終了した(手術時間:1時間58分,出血量:少量).

Intraoperative findings showed an abscess in the mesentery (arrowheads) 200 cm on the anal side from the ligament of Treitz.
標本所見:回腸間膜側に約5 mmの穿孔部を認めた.粘膜面は発赤,多発性の潰瘍を認め,その1か所に穿孔を認めた(Fig. 3).

Macroscopic findings of the resected specimen. The resected specimen had multiple ulcers (arrows) and a perforated ulcer (arrowheads).
病理結果:HE染色にて穿孔部近傍の潰瘍底部分に多数の巨細胞を認め,免疫染色検査でCMVが確認された(Fig. 4).

Histological examination of the intestinal ulcer showed invasion of inflammatory cells (a) and an intranuclear inclusion body that was positive in immunohistological staining of CMV (b, c).
術後経過:挿管,人工呼吸管理下のままICU管理し,術後4日目より経腸栄養を開始した.病理結果からCMV感染による小腸穿孔と判明したため,術後16日目よりガンシクロビルを開始した.なお,この際提出したCMVアンチゲネミア(C7-HRP法)は陽性であった.カテコラミン使用下で全身管理を継続していたが,Fabry病による心不全の悪化により循環の維持が困難となり,術後26日目に永眠された.
消化管CMV感染症は,口腔から直腸に至るまで全ての消化管が感染部位となりうる比較的まれな病態で,免疫不全患者,担癌患者,化学療法施行時,または臓器移植患者などで問題となる1).CMVの上皮細胞,血管内皮細胞,および線維芽細胞等への感染により,血管炎,続いて微小血管の血栓化から虚血が生じ,消化管粘膜障害を来すことで,出血や穿孔などのさまざまな症状の原因となる2).本症例は,Fabry病による慢性腎不全を基礎疾患とするcompromised hostである.それに加え,肺部分切除後の術後膿胸を併発しており,それに伴う長期の抗生剤使用歴があり,また低栄養状態であった.CMV感染症の要因として,敗血症に起因したsystemic inflammatory response syndrome(SIRS)による炎症性サイトカインやcompensatory anti-inflammatory response syndrome(CARS)における免疫系抑制の関与の可能性を示唆する文献もあり3),本症例ではFabry病をもったcompromised hostであるという背景に,膿胸による敗血症に長期抗生剤治療を行っており,CMV感染を発症する下地がそろった注意すべき症例であったと考えられる.
診断は,CMV抗体価の上昇,アンチゲネミア法,および病理組織診断で行うが,いずれも検査結果の確定に数日を要する4).本症例では,原因不明の小腸穿孔による汎発性腹膜炎として手術を施行し,病理組織学的検査において,免疫染色検査で潰瘍部に一致して陽性細胞を認めたため,術後2週間を要して確定診断に至った.CMV腸炎の治療は,免疫不全状態となりうる原疾患の治療と,抗ウイルス薬としてガンシクロビル,パラガンシクロビル,ホスカルネットなどが用いられる.大川ら5)は,免疫不全を背景とするCMV腸炎に対して,ガンシクロビルを使用し,約81%が有効であったとしている.本症例は,当初原因不明の小腸穿孔として加療し,病理組織診断での確定診断後にガンシクロビル投与を開始した.本症例では,潰瘍が腸間膜内に穿通し膿瘍形成をしていたため,当初は臨床症状に乏しかった可能性があり,腹膜炎診断時前に穿通を来していた可能性も考えられる.大谷ら6)は,CMV腸炎に対して早期の抗ウイルス薬投与の重要性を報告している.本症例では,臨床経過および患者の基礎疾患,全身状態を考慮し,当初よりCMV感染症の可能性を念頭に置いておくことで,早期診断および抗ウイルス薬をより早く投与できた可能性がある.
医学中央雑誌で1964年から2022年の期間で,「小腸穿孔」および「サイトメガロウイルス」をキーワードとして検索した結果,自験例を含めて16例であった(会議録除く,Table 1)7)~21).年齢の中央値は70歳(1~79)であった.前述の通り,全例が何らかの基礎疾患を有し,多くが免疫抑制状態を増強する契機を認めていた.今回検索した中でもCMVによる小腸穿孔は予後不良であり,周術期死亡率は56%と極めて高率であった.小倉ら22)は小腸穿孔68例を検討し,入院死亡率は0~40%としており,CMV感染に伴う小腸穿孔では,何らかの基礎疾患を持つ患者であることから死亡率が高くなったと考えられ,診断や治療に難渋したことが推察された.報告例の中には,剖検で確定診断がついたものや死後にCMV腸炎と診断された症例もあり,免疫不全を背景とした小腸穿孔はCMV感染の可能性を常に念頭に置く必要があると考えられる.本症例も,早期の手術で腹膜炎のコントロールはついていたが,Fabry病に伴う心不全に全身感染が加わり,循環の維持が困難となり救命できなかった.
| No | Author | Year | Age | Sex | Background disease | Trigger | Prognosis |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | Nagasue7) | 1991 | 1 | M | Biliary atresia | Immunosuppressant | Dead POD 285 |
| 2 | Yamada8) | 2003 | 75 | M | Malignant lymphoma | Chemotherapy | Dead POD 22 |
| 3 | Fujimoto9) | 2005 | 57 | M | HIV | Steroid | Dead POD 28 |
| 4 | Nishi10) | 2006 | 60 | M | Malignant lymphoma | Chemotherapy | Alive |
| 5 | Kitazono11) | 2008 | 77 | M | Malignant lymphoma | Chemotherapy | Dead POD 26 |
| 6 | Saito12) | 2008 | 30 | M | CKD | Steroid | Alive |
| 7 | Tokunaga13) | 2010 | 63 | M | AIDS | Steroid | Dead POD 11 |
| 8 | Murakami14) | 2011 | 75 | M | ALT | Chemotherapy | Dead POD 9 |
| 9 | Sugano15) | 2011 | 6 | M | IgAV | Steroid | Alive |
| 10 | Fujikawa16) | 2013 | 79 | F | UC | Steroid | Alive |
| 11 | Negishi17) | 2014 | 70 | F | CSS | Steroid | Alive |
| 12 | Yoshida18) | 2014 | 79 | M | CSS | Steroid | Alive |
| 13 | Kamima19) | 2014 | 71 | M | CKD, Psoas abscess | Infection | Dead |
| 14 | Nishimura20) | 2015 | 73 | F | ALT | — | Dead POD 28 |
| 15 | Yamamura21) | 2015 | 69 | M | PM/DM | Steroid | Alive |
| 16 | Our case | 66 | M | Fabry disease | Immunodeficiency | Dead POD 26 |
POD: postoperative day, HIV: human immunodeficiency virus, CKD: chronic kidney disease, AIDS: acquired immunodeficiency syndrome, ALT: adult T-cell leukemia, IgAV: IgA vasculitis, UC: ulcerative colitis, CSS: Churg-Strauss syndrome, PM/DM: polymyositis/dermatomyositis
また,本症例の背景疾患のFabry病は,リソソーム酵素の一つであるα-galactosidase A(以下,α-Gal Aと略記)の活性が低下することによりglobotriaosylceramide(以下,GL-3と略記)が全身に蓄積するX染色体劣性遺伝の疾患である23).α-GalAの不足は,腎臓,心・血管内皮などへのGL-3の蓄積,そしてそれに伴う腎機能障害,心血管・脳血管疾患などの合併症を生じ,慢性腎不全に至った後の生存期間は心血管合併症により10~15年程度である24)25)ことが知られている.本症例は,維持透析導入後から5年経過し,心血管病変に対する術後でもあり,Fabry病の特徴的な経過をたどっていた症例であった.Fabry病患者の消化管症状については,重篤な症状を来すことが少なく,循環器系や神経系の症状に比較しあまり注目はされていない.医学中央雑誌(1964年~2022年)で「消化管」,「Fabry病」で検索したところ,加賀田ら26)が報告したイレウス症状を呈したFabry病患者の剖検の報告のみであった.加賀田ら26)は,イレウスの原因としては,消化管の粘膜下および筋間神経叢の神経節細胞にGL-3の沈着に伴う神経節細胞障害に起因する蠕動運動障害,また中枢神経系の神経細胞や,下腸間膜動脈末梢枝へのGL-3の沈着に伴う中枢性の蠕動障害・腸管の虚血による影響を可能性として考察していた.本症例では,Fabry病による慢性的な腸管虚血があった可能性は否定できないが,自覚症状としては軽度の便秘の訴えがあった程度で,慢性的なイレウス症状など認めておらず,消化管の病理所見を含めてもFabry病との因果関係についてははっきりしたものはない.
消化管穿孔の治療としては,穿孔部切除,人工肛門造設,腹腔内ドレナージなど外科手術のみならず,穿孔の原因を明らかにし早期に治療を行うことが非常に重要である.本症例は,Fabry病という遺伝性疾患による慢性腎不全,心血管疾患などの併存疾患が多く,術後膿胸,それに伴う長期間の抗生剤投与や低栄養状態といった免疫能が低下した状態であったと考えられる.また,腸間膜側の穿孔で,間膜内に限局していた消化液が腹腔内に穿破したという標本所見からも,穿孔してからfree airが指摘され手術に至るまでにある程度の時間がかかっていたことが推察される.本症例では,術直後にCMV抗体価を測定すればもう少し早めに診断が可能で,抗CMV薬投与も術後16日目からではなく,早期から投与可能であったと思われる.早期の抗CMV薬投与が救命に繋がったとは言い切れないが,術後すぐにCMV感染を疑うべきであったと考える.治療のタイミングを逃さないためにも,本症例のような強い免疫抑制が疑われる病態下での消化管穿孔は,原因として CMV感染症も常に念頭に置き,早期に診断および治療を行うべきであると考えられた.
利益相反:なし