2023 Volume 56 Issue 3 Pages 165-172
症例は23歳の男性で,下大静脈浸潤を伴う局所進行膵頭部癌に対してgemcitabine(1,000 mg/m2)+nab-paclitaxel(125 mg/m2)を3投1休で計4コース施行した.終了後の画像検査において,原発巣は41%の縮小を認め,下大静脈合併切除を伴う膵頭十二指腸切除術を行った.手術検体の病理組織像は化学療法の効果によると考えられる線維化や炎症細胞浸潤がみられ,viableな癌細胞は明らかでなく,pathological complete responseと判定した.術後2か月目よりS-1内服(120 mg/body/day)による術後補助化学療法を16週間行った.現在,術後21か月(診断確定後30か月)で無再発生存中である.
The patient was a 23-year-old man who was diagnosed with locally advanced cancer of the pancreatic head and associated invasion of the inferior vena cava. He was treated with four cycles of 1,000 mg/m2 gemcitabine+125 mg/m2 nab-paclitaxel chemotherapy, with three administrations and one rest period in each cycle. After chemotherapy, diagnostic imaging showed that the primary lesion had contracted by 41%, and pancreatic head and duodenal resection was performed, along with inferior vena cava resection. Histopathological images of resected samples showed fibrosis and inflammatory cell invasion, which were considered to be effects of chemotherapy. No viable cancer cells were visible and a complete pathological response was assumed to have been achieved. The patient was administered 120 mg/body/day S-1 orally as postoperative adjuvant chemotherapy. At 21 months after surgery, and 30 months after definitive diagnosis, the patient is currently alive without recurrence.
NCCN腫瘍学臨床診療ガイドライン2020年第1版において,膵癌は切除判定基準により“resectable(切除可能)”,“borderline resectable(切除可能境界)”,“unresectable(切除不能)”の3段階に分けられ,腫瘍が下大静脈に接触している場合は切除可能境界とされている1).切除可能境界膵癌に対する治療戦略として,術前補助治療が注目されているが,予後の向上に対する有効性はいまだ確立されていない.今回,我々は下大静脈浸潤を伴う局所進行膵頭部癌に対してgemcitabine(以下,GEMと略記)+nab-paclitaxel(以下,nab-PTXと略記)による術前化学療法によりpathological complete response(以下,pCRと略記)が得られ根治的切除が可能であった1例を経験したため,文献的考察を加えて報告する.
患者:23歳,男性
主訴:なし.
既往歴:特記事項なし.
生活歴:飲酒歴:機会飲酒,喫煙歴:なし.
家族歴:特記事項なし.
現病歴:心窩部痛,嘔吐を主訴に近医を受診し,急性膵炎,膵頭部囊胞性病変の診断で保存的加療を行い軽快した.7か月後,症状が再燃したため近医を再診し,急性膵炎の再燃の診断で入院した.膵頭部囊胞性病変に対して,経十二指腸的囊胞ドレナージを行いステントを留置し,腫瘍内容物を病理検査に提出したところ,低分化型腺癌の結果であった.若年発症の進行性膵癌の診断で,根治的切除目的に開腹手術を行った.開腹所見では腹膜播種やその他の転移は認めなかったが,膵頭部癌が下大静脈に約7 cmにわたり浸潤を認め,切除不能の判断となった.腫瘍による十二指腸の圧排が認められたため,胃空腸吻合術を施行する方針となり,Treitz靭帯より35 cm肛門側の空腸と胃大彎側を順蠕動で吻合した.化学療法目的に,近医再診から3か月後に当院へ紹介となった.
現症:身長168.8 cm,体重53.4 kg,体表面積1.605 m2,結膜に貧血・黄疸なく,胸腹部に異常所見は認めなかった.下肢浮腫なし.
血液生化学検査所見:肝胆道系酵素,膵酵素に異常なく,CEA 1.5 ng/ml,CA19-9 3.6 U/ml,Span-1 2.3 U/ml,DUPAN-2 51 U/mlと腫瘍マーカーは正常範囲内であった.
腹部造影CT所見(前医での術前):膵頭部に61 mm×49 mm大の乏血性の腫瘍性病変を認め,下大静脈,左腎静脈への浸潤を伴っていた.門脈や上腸間膜動脈などその他の血管への浸潤は認めなかった.他臓器転移や明らかなリンパ節腫大,腹水は認めなかった(Fig. 1).
Abdominal contrast CT before chemotherapy: (A) An ischemic tumorous lesion measuring 61×49 mm was found in the pancreatic head. (B) The tumor had invaded the inferior vena cava (black arrow) and left renal vein (white arrow).
前医での膵腫瘍内容物の病理検査:分化傾向に乏しい癌腫であり,低分化型腺癌と診断した.免疫染色検査では,腫瘍細胞はAE1/AE3(+),CAM5.2(+),CK7(–),CK20(–),CD56(–),chromogranin-A(–),synaptophysin(–)の結果であった(Fig. 2).
Results of a pathological examination of the tumor conducted by a previous physician. The tumor showed a weak tendency toward differentiation. The most probable diagnosis was poorly differentiated adenocarcinoma.
以上より,膵癌取扱い規約第7版に準じcT4,cCH0,cDUX,cS1,cRP1,cPV0,cA0,cPL1,cOO1(下大静脈(inferior vena cava;以下,IVCと略記),左腎静脈),cN0,cM0,cStage IIIと診断した.化学療法はGEM+nab-PTX療法(GEM 1,000 mg/m2,nab-PTX 125 mg/m2)を選択し開始した.
臨床経過:GEM+nab-PTX 2コース終了後のCTでは,腫瘍は42 mm×32 mmまで縮小し,32%の縮小率を得た(Fig. 3A, B).この時点でpartial response(以下,PRと略記)と判定したが,微小転移のコントロール目的にさらに2コース追加する方針とした.GEM+nab-PTX 4コース終了後のCTにおいて,腫瘍は36 mm×30 mmと41%の縮小率を得,引き続きPRと判定した(Fig. 3C, D).化学療法による有害事象として脱毛を認めたが,その他の有害事象を認めなかった.GnP療法後の臨床診断はcT4,cCH0,cDUX,cS1,cRP1,cPV0,cA0,cPL1,cOO1(IVC,左腎静脈),cN0,cM0,cStage IIIであった.CTで腫瘍が前壁のみへの浸潤と想定され,腫瘍縮小に伴いIVCとの接触範囲が縮小したため,下大静脈は再建可能と判断し,化学療法導入から6か月後に膵頭十二指腸切除術および下大静脈合併切除術を施行した.
(A, B) Abdominal contrast CT after 2 cycles of chemotherapy (GEM+nab-PTX). The tumor had decreased in size to 42×32 mm, showing a contraction of 32%. (C, D) Abdominal contrast CT after 4 cycles of chemotherapy (GEM+nab-PTX). The tumor had decreased in size to 36×30 mm, a contraction of 41%.
手術所見:上腹部正中切開にて開腹し,肝転移,腹膜播種がないことを確認した.Kocher授動を先行することが可能であり,右腎静脈には浸潤なく温存可能であった.腫瘍は下大静脈・左腎静脈に浸潤を認めたが,門脈や上腸間膜動脈への浸潤はなかった.下大静脈への浸潤部の頭側と尾側において下大静脈をテーピングし,テストクランプを行い血行動態の変化がないことを確認した.この時点で下大静脈再建困難時には単純離断の選択肢も可能と考え,切除可能と判断した.門脈・上腸間膜動脈との間は剥離可能であり,腫瘍背側の浸潤部のみを残す形とした.上腸間膜動脈左側のレベルで左腎静脈を確保し自動縫合機を用いて切離した.左腎静脈を切離した部位から右側へ向かって剥離していき,腫瘍と下大静脈との間を可及的に剥離した.腫瘍の浸潤は下大静脈前壁側に限局しており,浸潤長は約8 cmであった(Fig. 4A).下大静脈の前壁側を楔状に合併切除して検体を摘出したのちに,大伏在静脈グラフトを用いて下大静脈の前壁の欠損部のグラフトパッチ再建を行った(Fig. 4B).手術時間は11時間41分,出血量は1,100 mlであった.
(A) Invasion of the tumor was limited to the anterior wall side of the inferior vena cava (triangles) and the length of invasion was approximately 8 cm. (B) Following wedge resection of the anterior wall of the inferior vena cava, graft patch reconstruction of the defect of the anterior wall was performed using a great saphenous vein graft (triangles).
病理組織学的検査所見:手術検体は肉眼的に腫瘍の下大静脈への浸潤を認めた(Fig. 5).化学療法の効果によると考えられる線維化や炎症細胞浸潤がみられ,viableな癌細胞は明らかでなく,治療効果はGrade 4(完全奏効)と判定した.リンパ節転移を認めなかった.
(A, B) Tumorous invasion of the inferior vena cava (black arrow) was observed on visual examination of the resected sample.
術後経過:術後,膵液瘻Grade Bを発症したが保存的加療により軽快し,術後33日目に退院した.術後2か月目よりS-1内服(120 mg/body/day)による術後補助化学療法を16週間行った.現在,術後21か月(診断確定後30か月)で無再発生存中である.
膵頭部癌では,その解剖学的特徴から周囲主要脈管へ容易に浸潤を来すことが知られているが,下大静脈への浸潤はまれとされ頻度は1.4%との報告がある2).NCCNガイドラインにおける切除可能性分類では,腫瘍が下大静脈に接触している場合は切除可能境界と定義されている1).本邦の膵癌取扱い規約第7版においては,下大静脈浸潤の頻度が低く,実臨床に即していないとして切除可能境界からは除外されている3).膵癌の下大静脈浸潤の腫瘍学的意義や予後への影響は不明であるとされるが,下大静脈の内膜に浸潤する腫瘍の場合には早期肺転移の潜在的なリスクがありうるとされている2).膵癌の下大静脈浸潤に対する手術症例の報告は少ないが,楔状切除で対応可能であれば安全に手術が遂行できるとの報告がある4).医学中央雑誌で1964年から2021年6月の期間で「膵癌」,「下大静脈浸潤」をキーワードとして検索した結果(会議録除く),原発性膵癌の下大静脈浸潤に関しての報告は3件,5症例認めた.4症例では膵頭十二指腸切除術と下大静脈の楔状切除術が施行され,1症例は単開腹となっている.
下大静脈合併切除を要する腹部手術における下大静脈の再建に関して,浸潤範囲が1/2周性未満の例では自己組織によるパッチ形成が最も適しているとされ5)6),1/2周性を超えたものには人工血管などのグラフトを用いた再建が有用とされ7),また下大静脈単純離断で再建を行わなくても重大な合併症はまれであるという報告もある8)~10).
自己組織によるパッチ形成では,人工血管を用いた再建と比較し,術後の抗凝固療法が不要である点が大きな利点である.パッチの素材は心膜11),左腎静脈12)などが一般的であり,その他にも大伏在静脈,腹膜,肝円索を使用した例も見られ,良好な結果が報告されている13)~15).本症例では,腫瘍の下大静脈への浸潤は前壁側に限局しており1/2周性未満と想定していたため,大伏在静脈グラフトを用いての再建を計画した.この方法の利点としては,採取範囲の拡張が容易であること,腹部操作と同時に採取可能であること,採取後の血行動態に与える影響が小さいこと,手技的に容易であることが挙げられる13).もし想定よりも腫瘍浸潤が広範囲であった場合には,人工血管を用いた再建や下大静脈単純離断が選択肢となったと考える.人工血管を用いた再建は膵頭十二指腸切除術においては感染の懸念もあると考え,下大静脈のテストクランプで循環動態の変動がなければ,下大静脈単純離断を行うことを検討していた.本症例では,下大静脈合併切除・再建に伴う合併症は認められず,R0切除が得られ,予後においても良好な成績が得られる可能性が示唆された.
切除可能境界膵癌は,腫瘍が主要血管に浸潤し,手術先行による外科的切除を施行しても高率に癌が遺残し,生存期間延長効果を得ることができない可能性があるものと定義されている16).切除可能境界膵癌においてはsurgery-firstの治療戦略ではR0切除を達成することが困難であり,NCCNガイドラインにおいても術前治療が推奨されている1).
切除可能境界膵癌に対する術前補助治療について,推奨されるレジメンや,化学療法と化学放射線療法のどちらを選択すべきかに関しては,明確なエビデンスがない.近年,遠隔転移を有する切除不能膵癌において,GEM単独療法と比較して有意に生存期間を延長するFOLFIRINOX療法17)とGEM+nab-PTX療法18)が標準治療と位置づけられるようになり,局所進行切除不能膵癌に対してもその治療成績が期待されている.また,これら二つのレジメンを切除可能境界膵癌の術前治療として組み入れる臨床試験も行われている.Ielpoら19)は,切除可能境界膵癌に対して術前治療としてGEM+nab-PTX±放射線治療併用療法を行い,切除可能境界膵癌の切除率は61.5%,予後は手術先行群19例の生存期間中央値13.5か月に対して術前治療群26例で43.6か月と有意な予後改善を報告している.本症例ではGEM+nab-PTXによる術前化学療法によってpCRという良好な治療効果が得られ,切除可能境界膵癌に対する術前治療としてGEM+nab-PTXが有効である可能性が示唆された.
膵癌に対する術前補助治療の投与期間に関しては定まった指標はない.切除不能膵癌においては,CA19-9の低下率が20~50%の症例では有意に化学療法後の予後が有効であったとの報告20)~22)があり,切除症例の選択として指標となるといわれている.また,進行膵癌に対する術前化学放射線治療後に50%以上のFDG-PETのSUVmax減少率を示す症例では有意に高い組織学的根治切除率を得られたとの報告23)や,切除不能膵癌に対して集学的治療後240日を越えて手術に至った症例での予後が良好であったとの報告24)がある.切除可能境界膵癌に関してこれらの指標が適用できるかは検討が必要である.
術前治療による術後合併症率の上昇は懸念されるところであるが,近年のsystematic reviewでは,術前化学療法後の手術は手術単独群と比較し術後合併症率を増加させないとする報告がある25)26).本症例では術前のGEM+nab-PTX療法による有害事象は特に認められず4コースを完遂でき,また周術期における明らかな悪影響を認めなかった.
膵癌において,術前治療によりpCRが得られる症例はまれであるが予後が比較的良好であることが報告されている27).一方でpCRが得られた症例で術後に遠隔転移を来したという報告も散見される28).進行膵癌においては術前治療によって良好な局所効果が得られたとしても,再発リスクを考慮し術後補助化学療法を積極的に施行し,慎重な経過観察が必要と考えられる.
今回,23歳の若年男性に発症し,GEM+nab-PTX併用術前化学療法によりpCRが得られ根治的切除が可能であった下大静脈浸潤を伴う膵頭部癌の1例を経験した.膵頭部癌の下大静脈浸潤に対する下大静脈合併切除は,R0切除が見込めるのであれば有用と考えられた.また,切除可能境界膵癌に対する術前治療としてGEM+nab-PTXが奏効する可能性が示唆されたが,今後のさらなる症例の蓄積が必要である.
利益相反:なし