2023 Volume 56 Issue 3 Pages 173-179
症例は72歳の男性で,検診で脾腫および脾臓内腫瘤を指摘された.過誤腫,炎症性偽腫瘍,悪性リンパ腫,sclerosing angiomatoid nodular transformation(SANT)が考えられたが,悪性疾患を除外できず,腹腔鏡下脾臓摘出術を施行した.術後に血小板増多および偽性高カリウム血症を呈した.後にJAK2-V617F遺伝子変異を伴う本態性血小板血症,骨髄線維症と診断された.病理組織検査では,限局性結節状髄外造血と診断された.髄外造血はいくつかの血液疾患に続発し,全身に造血腫瘤として現れることもあるが,脾臓限局性に結節状の腫瘤を形成することはまれである.血液疾患の既往のない患者において,髄外造血を鑑別に挙げ診断するのは非常に困難であるが,脾臓の限局性結節状腫瘤の鑑別には血液疾患の潜在や髄外造血も念頭におき治療戦略を決定する必要がある.
A 72-year-old man was found to have splenomegaly and an intrasplenic mass in a medical examination. Hamartoma, inflammatory pseudotumor, and sclerosing angiomatoid nodular transformation (SANT) were included as differential diagnoses, but malignant disease could not be ruled out; therefore, laparoscopic splenectomy was performed. A postoperative peripheral blood test showed extreme thrombocytosis and pseudo-hyperkalemia. Thereafter, the patient was diagnosed with essential thrombocythemia and myelofibrosis, with a mutant JAK2-V617F gene. The pathological diagnosis was focal nodular extramedullary hematopoiesis (EMH). EMH sequentially occurs in many hematological disorders, and sometimes presents as hematopoietic masses at several sites; however, presentation as a nodular mass localized in the spleen is rare. It is extremely difficult to diagnose EMH in patients without a past medical history of hematological disorders. However, for a focal nodular mass of the spleen, it is important to determine the treatment strategy with consideration of potential hematological diseases and extramedullary hematopoiesis.
髄外造血(extramedullary hematopoiesis;以下,EMHと略記)は血液疾患に随伴して生じ,さまざまな部位でしばしば造血腫瘤を形成する.しかしながら,脾臓に限局性結節状の腫瘤を形成するのはまれである1).加えて,血液疾患の既往のない場合,EMHを鑑別に挙げ,病理組織診断に至るのも困難を要する.今回,我々は未確診の脾臓内腫瘤に対し腹腔鏡下脾臓摘出術を施行した脾臓の限局性結節状EMHという稀有な症例を経験したため,若干の文献的考察を加え報告する.
患者:72歳,男性
主訴:検診異常(脾臓)
既往歴:慢性閉塞性肺疾患,高血圧,高尿酸血症
家族歴:特記事項なし.
現病歴:検診で施行した腹部超音波検査にて,脾腫および脾臓内腫瘤を指摘され精査加療目的に紹介受診となった.
入院時血液生化学検査所見:WBC 7,400/μl(Neutro 65.1%:Seg 55%,Stab 10%,Lymph 26.6%,Mono 6.7%,Eosino 1.1%,Baso 0.5%),Hb 12.0 g/dl,PLT 470×103/μl,PT-INR 1.14,APTT 29.1秒.IL-2 receptor 825 IU/ml
腫瘍マーカーは,CEA:1.0 ng/ml,CA19-9:7.0 U/mlと正常範囲内であった.その他特記すべき異常所見を認めなかった.
腹部CT所見:脾腫および脾臓内に9×7 cm大の分葉状腫瘤を認めた.腫瘤は単純CTで脾実質と等吸収域を示した.造影CTでは,動脈相で不均一な低い造影効果を示し,門脈相から平衡相へと徐々に造影効果は均一化を示した(Fig. 1).
CT revealed splenomegaly, and a 90×72 mm lobular mass was detected in the spleen. The mass had an isodense area with splenic parenchyma on plain CT (a). In enhanced CT, the tumor showed heterogeneous hypoenhancement in the arterial phase (b), and became gradually homogeneous from the portal venous phase (c) to the equilibrium phase (d).
診断および治療方針:身体的および検査所見より,過誤腫,炎症性偽腫瘍,悪性リンパ腫,sclerosing angiomatoid nodular transformation(以下,SANTと略記)が鑑別診断として挙げられたが,その大きさから悪性腫瘍の可能性を除外できず,腹腔鏡下脾臓摘出術を施行した.
術前に血液腫瘍含め血液疾患の可能性を考慮し血液内科へ依頼したが,指摘はされなかった.
手術所見:腹腔鏡下手術を施行した.体位は右半側臥位とし,臍部カメラポートと,上腹部逆台形の4ポートの計5ポートで施行した.右半側臥位としても脾門部の伸展は期待できず,脾臓の腫大によって脾門部の展開も不良となるため,出血時の対応として右半側臥位に移行できる準備をし,ベッドローテーションにて仰臥位で手術を行った.術中出血量は100 ml,無輸血で終了した.脾腫は認めたが,肝硬変,肝腫瘍,リンパ節腫大を認めなかった.
術後経過:術後に著明な血小板増多を来した(POD3:1,140×103/μl,POD7:2,094×103/μl,POD10:2,585×103/μl,POM1:3,176×103/μl).ヘパリン化および低用量アスピリン,ヒドロキシカルバミド:1,000 mg/dayの投与を行い,術後約1か月をピークに血小板数の低下を認め,術後約4か月で術前値まで低下した.低用量アスピリンは術後8か月間で投与終了し,ヒドロキシカルバミドは14か月が経過した現在も投与継続中である.また,血小板増多とともに著明な血清カリウム高値を来したが,血漿カリウム値の正常を確認し,血小板崩壊による偽性高カリウム血症と診断し経過観察となった.術後膵液瘻(International Study Group of Postoperative Pancreatic Fistula(ISGPF)Grade B),腹腔内膿瘍(Clavien-Dindo分類 Grade II)を合併したが保存的に改善した.退院後,末梢血遺伝子検査および骨髄生検が施行されJAK2-V617F遺伝子変異を認め,骨髄線維症を伴う本態性血小板血症(essential thrombocythemia;以下,ETと略記)と診断された.術後14か月経過し現在も無再発にて外来通院中である.
摘出標本肉眼所見:脾臓 16×15×15 cm,重量:1,100 g
9×7 cmの単発で境界明瞭な白色調充実性の腫瘤を認めた(Fig. 2a).
Histopathological findings. A solitary, well-circumscribed, whitish solid mass of 9×7 cm was observed on the cut surface of the spleen (a). Extramedullary hematopoiesis including megakaryocytes, erythroblasts and granulocytes was present mainly in nodules (HE stain: ×4 (b), ×20 (c)). Immunohistochemical findings indicated CD61-positive megakaryocytes (d), CD71-positive erythroblasts (e), and myeloperoxidase-positive granulocytes (f) in the nodular lesion (×40).
病理組織所見:巨核球,赤芽球,顆粒球を含む髄外造血像が特に結節部を主体に観察された(Fig. 2b, c).免疫染色検査では,CD61+の巨核球,CD71+の赤芽球,myeloperoxidase(以下,MPOと略記)+の顆粒球が多数認められた(Fig. 2d~f).SANTとの鑑別のため施行した免疫染色検査(CD31,CD34,CD8)において,結節部でCD31+/CD34+/CD8–の血管の増生は目立たず,CD31+/CD34–/CD8+の血管の増生が目立った(Fig. 3).また,悪性リンパ腫との鑑別のため施行された免疫グロブリン軽鎖のin situ hybridizationの結果,kappa,lambdaの発現はしておらず偏りを確認することはできず,組織浸潤性も認めないため,悪性リンパ腫は否定的と診断した.
Immunohistochemical findings distinguishing EMH and SANT. CD31-positive (a) and CD34-positive (b) vessels were less frequent in nodular lesions of EMH. CD8-positive thin capillaries were observed in the center of nodules of EMH (c).
臨床において脾臓の腫瘤を検出することは容易だが,その良悪性の画像表現パターンがオーバーラップしているためにそれらを鑑別することは容易ではない.悪性疾患ではリンパ腫が最も多く,他に血管内皮腫,血管肉腫,転移性腫瘍などがある2)~4).
EMHはいくつかの血液疾患でしばしばみられ,骨髄機能障害または無効造血に続発する.発生部位としては,脾臓,肝臓,リンパ節,胸腺,心臓,乳房,前立腺,広間膜,腎臓,副腎,腺,胸膜,後腹膜組織,皮膚,末梢および中枢神経,脊柱管など,ほぼ全ての身体部位に可能性があり,さらに良悪性を問わず腫瘍組織内にも生じることがある.腹腔内EMHは肝臓,脾臓,リンパ節で頻繁に発生するが,主に肝脾腫の像を示し,肝脾内での限局性の腫瘤を形成することは極めてまれである.医学中央雑誌(1964年~2022年)およびPubMed(1950年~2022年)で「脾」,「髄外造血」,「腫瘍または腫瘤」,「spleen」,「extramedullary hematopoiesis」,「tumor or mass」をキーワードして検索したところ(会議録除く),自験例を含め10例認めた(Table 1)5)~13).男女比は7:3,血液疾患を伴わない症例は2例であった.腫瘍径中央値は6.7 cm,脾摘術は7例に施行されており,経過観察および脾温存されたのは2例であった.
No. | Author | Year | Age/Sex | Background hematological disorder | Tumor size (cm) | Biopsy | Splenectomy |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Gabata5) | 2000 | 73/F | PV | 5 | + | no |
2 | Yokoyama6) | 2000 | 61/F | PV | 7 | – | Partial |
3 | Du7) | 2002 | 57/M | Nothing | 9.8 | + | Total |
4 | Singer8) | 2004 | 79/M | MDS | 5.5 | + | Unknown |
5 | Wang9) | 2008 | 72/M | ITP | 5 | – | Total |
6 | Hudson10) | 2013 | 59/M | Nothing | 8 | + | Total |
7 | Imashuku11) | 2018 | 86/F | ET MF | 6.3 | – | Total |
8 | Ohtani12) | 2020 | 81/M | MPN | 6 | – | Total |
9 | Hosoda13) | 2021 | 68/M | ET | 7 | – | Total |
10 | Our case | 72/M | ET | 9 | – | Total |
PV: polycythemia vera, MDS: myelodysplastic syndromes, ITP: idiopathic thrombocytopenic purpura, ET: essential thrombocythemia, MF: myelofibrosis, MPN: myeloproliferative neoplasms.
既報の脾限局性結節状EMHの多くは脾腫を伴い,固く境界明瞭な結節像を示す8).CT画像では,均一な低吸収域を呈し,造影効果もほとんど認めない6)8)14).MRI画像について過去の報告では,T1強調画像で等吸収域,T2強調画像でまだらな高吸収域を示し,拡散強調画像で低吸収域を示すとされている13).ただし,MRI所見は脂肪の量と造血活動レベルに応じて信号特性は変化する可能性があるため15),画像所見は非特異的である可能性があり,診断の確実性を確保するためにフォローアップ画像が必要である16).
また,本邦報告例はいずれも血液疾患を背景にもつ症例であったが,本症例において,術前精査の段階で血小板異常高値を認めており,血液内科併診下にもかかわらず,骨髄増殖性疾患の存在とそれに伴う脾腫およびEMHを想起するに至らなかった.術後に著明な血小板増多を来したことより精査が行われJAK2-V617F遺伝子変異や骨髄生検により骨髄の線維化が判明した.ETなど骨髄増殖性疾患により,二次性骨髄線維症を来し骨髄造血スペースが障害され,髄外造血が誘発されるとされている8)17).術前にEMHを鑑別疾患に想起できなかった点,その結果生検や部分切除といった,脾摘を回避する治療方針の提案ができた可能性がある点については,反省すべきである.
脾限局性EMHの診断を確定するためには,生検または切除による組織学的検査が必要となる7).本症例は腹腔鏡下に脾摘を施行したが,脾摘後感染症リスクのみならず,ET患者においては過去の報告から脾摘後に著明な血小板増多(最大2,600×103/μl)および凝固障害による術後出血といった重篤な合併症を伴う恐れがあるため13),悪性疾患の可能性が低い場合には生検や部分切除術も考慮すべきである.ET患者の脾摘後血小板増多は,血栓および出血リスクを伴い,その原因の一つにvon willebrand factor機能異常があるとされている13).また,脾摘術後に通常の経過を逸脱した血小板増多を来した場合,背景にあるETを想起すべきであったことに加え,脾臓以外のEMHの存在を考慮し全身検索が必要であったと考えられる.本症例においては,術中に採取したリンパ節,術後に行ったCTではその他EMHの存在を示唆する所見は認めなかった.脾摘後血小板増多に対する治療は,血栓塞栓症の予防を目的とした低用量アスピリン投与が一般的であり,特に100×104/μlを超えるようなハイリスク症例の場合,厳重な血小板数の管理と,アナグレリド塩酸塩水和物やヒドロキシカルバミドの投与が考慮される18).これは背景に存在するETの血栓症高リスク群に対する治療としても推奨されている19).また,緊急時には血小板除去療法も選択肢の一つとなりうる20).近年では腹腔鏡下脾部分切除術の安全性,有用性に関する報告が多くされている21).脾腫症例に対する腹腔鏡下脾摘術においては,術中出血量の減少,開腹移行率の低下を目的とした脾動脈先行結紮・塞栓術の有用性が報告されている22)23).今回の症例では脾動脈先行結紮・塞栓術を施行せず完遂できたが,巨脾(径20 cm以上)症例に対しては,視野の確保や操作性を考慮すると脾動脈塞栓術を検討する余地があると考えられた22)24).
病理組織学的検討においては,当施設での確定診断が困難であったため,専門施設へのコンサルトの結果,CD61+の巨核球,CD71+の赤芽球,そしてMPO+の顆粒球が多数認められたことから,限局性結節状EMHの診断に至った.肉眼的に腫瘍部の線維化,結節形成を認め,当初SANTの可能性が考慮されたが,鑑別においては他施設SANT症例組織像と比較し,1)肉眼像で放射状の線維化が目立たない.2)結節部で,CD31+/CD34+/CD8–の血管の増生が目立たず,CD31+/CD34–/CD8+の血管の増生が目立つ,以上の点よりSANTは否定的と考えられた25).
脾臓の限局性腫瘤の鑑別としてEMHを念頭におく必要があり,特に骨髄増殖性疾患の病歴聴取は重要だが,既往がない場合も潜在している可能性を考慮すべきである.本症例のような稀有な疾患の可能性がある場合には,各科協力のもと慎重な治療方針の検討はもちろんのこと,最終診断においても専門施設との連携が重要であると思われた.
謝辞:愛知医科大学病院 病理診断科 佐藤 啓 先生には,本症例の病理組織学的診断に関しご相談させていただきました.この場を借りて深く御礼申し上げます.
利益相反:なし