2023 Volume 56 Issue 9 Pages 496-503
症例は66歳の男性で,膵尾部の神経内分泌腫瘍に対して腹腔鏡下膵尾部切除術を施行した.術後2日目に突然の背部痛が出現し,緊急造影CTにて右前腎傍腔の血腫と前下膵十二指腸動脈瘤を認めた.術前には認めなかった腹腔動脈起始部狭窄(celiac axis stenosis;以下,CASと略記)が出現しており原因と考えられた.腹部血管造影下に上腸間膜動脈からアプローチをして前膵十二指腸動脈に対して選択的にコイル塞栓術を施行した.再出血なく術後33日目に退院となった.術後3か月の造影CTではCASは消失しており急性正中弓状靭帯症候群(acute median arcuate ligament syndrome;以下,AMALSと略記)の発症が疑われた.今回,我々は腹腔鏡下膵尾部切除術後にAMALSが原因と考えられるCASにより前膵十二指腸動脈瘤破裂の1例を経験したため報告する.

A 66-year-old man underwent laparoscopic distal pancreatectomy for a neuroendocrine tumor in the pancreatic tail. On postoperative day (POD) 2, he developed sudden back pain, and enhanced CT revealed a hematoma in the right anterior pararenal space and an anterior inferior pancreaticoduodenal artery aneurysm. Celiac axis stenosis (CAS), which was not observed preoperatively, was also present and was thought to have caused the aneurysm. Selective coil embolization of the anterior pancreaticoduodenal artery was performed via the superior mesenteric artery under abdominal angiography. The patient was discharged on POD 33 without rebleeding. The CAS had disappeared on enhanced CT at 3 months postoperatively. We suspected that the CAS was due to development of acute median arcuate ligament syndrome (AMALS). There have been several reports of AMALS after pancreaticoduodenectomy, but no reports of AMALS after laparoscopic distal pancreatectomy, making this an extremely rare case.
膵十二指腸動脈瘤(pancreaticoduodenal artery aneurysm;以下,PDAAと略記)は腹部内臓動脈瘤の2%を占めるまれな疾患であり1),腹腔動脈起始部狭窄(celiac axis stenosis;以下,CASと略記)を成因とすることが知られている.術前指摘されていないCASが術後早期に出現し,臓器虚血を引き起こした症例は過去に少数例ながらも報告があり,急性正中弓状靭帯症候群(acute median arcuate ligament syndrome;以下,AMALSと略記)が原因と考えられている.今回,我々は腹腔鏡下膵尾部切除術後にAMALSが原因と考えられるCASによりPDAA破裂を来した1例を経験したため文献的考察を加えて報告する.
患者:66歳,男性
主訴:なし.
既往歴:心筋梗塞,労作性狭心症,高血圧症,脂質異常症,糖尿病.心筋梗塞を6年前に発症し,右冠動脈に対して薬剤溶出性ステント(drug-eluting stent;以下,DESと略記)を留置された.1年前には左前下行枝にDESを追加留置された.アスピリン,プラスグレル塩酸塩による抗血小板薬2剤併用療法(dual antiplatelet therapy;以下,DAPTと略記)中であった.
生活歴:飲酒歴なし.喫煙歴は20歳から20本/日×38年.
現病歴:検診目的に施行したCTで膵尾部に腫瘤性病変を認めたため精査目的に紹介となった.腹部造影CT,腹部MRIにて膵尾部に境界明瞭な16 mm大の多血性腫瘤を認め,超音波内視鏡下穿刺吸引生検で,神経内分泌腫瘍(neuroendocrine tumor;以下,NETと略記)G1の診断に至った.ソマトスタチン受容体シンチグラフィではリンパ節転移や遠隔転移を疑う集積は認めないことから腹腔鏡下膵尾部切除術の方針とした.DAPT中であったため,プラスグレル塩酸塩は手術7日前より休薬し,アスピリンは継続した状態で手術を施行した.
手術所見:気腹圧は10 mmHgで左右側腹部に逆台形状に配置した5ポートで手術を開始した.網囊を開放し左側は胃脾間膜まで切離を行った.右側の大網切離は網囊右界まで行い,その後胃壁を腹壁側に挙上し術野確保をした.腎前筋膜腹側の疎性結合織を剥離層として脾臓を含めた膵体尾部領域の授動操作を行い,脾動脈蛇行部を膵上縁で確保し後胃動脈分岐部以遠で切離した.膵体尾部移行部で膵実質と脾静脈を自動縫合器で一括離断し,膵断端にドレーンを留置して手術終了とした.腹腔動脈起始部のリンパ節郭清は施行しなかった.手術時間は4時間21分,出血量は15 mlであった.
術後状態は安定していたが,術後2日目の夜間に急激な背部痛が出現した.症状出現時にドレーン性状には明らかな異常所見はみられなかった.
身体所見:腹部は軽度膨満,軟で圧痛は認めなかった.血圧126/81 mmHg,心拍数98回/分と頻脈傾向であった.
血液検査所見:RBC 434×104/μl,Hb 11.7 g/dlと軽度の貧血の進行を認めた.APTT 28秒,PT活性88%,PT-INR 1.07と凝固機能異常は認めず,AST 28 U/l,ALT 15 U/lと肝酵素含め臓器血流障害を疑う所見はみられなかった.
腹部造影CT所見(吸気時撮影):右前腎傍腔に後腹膜血腫を認め(Fig. 1a),前下膵十二指腸動脈(anterior inferior pancreaticoduodenal artery;以下,AIPDAと略記)に術前(Fig. 2a)には認めていなかった4 mm大の紡錘状の動脈瘤が出現しており(Fig. 1b, 2b),同部からの出血が疑われた.血性腹水やfree airは認めず,撮影時には動脈瘤からの血管外漏出像は認めなかった.

Abdominal enhanced CT. (a) Axial section. (b) Coronal section. Retroperitoneal hematoma with internal aneurysm formation (arrowheads) was observed around the pancreatic head.

Enhanced 3D CT. A fusiform aneurysm of the AIPDA was not present preoperatively, but appeared on postoperative day 2 (arrowheads). (a) Preoperative. (b) Postoperative day 2. AIPDA: anterior inferior pancreaticoduodenal artery, GDA: gastroduodenal artery, PHA: proper hepatic artery, CHA: common hepatic artery, APDA: anterior pancreaticoduodenal artery, SMA: superior mesenteric artery.
術後早期に発症したAIPDA瘤破裂と診断し,再出血予防を目的として緊急interventional radiology(以下,IVRと略記)を施行する方針とした.
腹部血管造影所見:上腸間膜動脈(superior mesenteric artery;以下,SMAと略記)からアプロ―チし,選択的に第一空腸枝造影を行うと(Fig. 3a)AIPDA領域にCTで指摘した動脈瘤を認めたが血管外漏出像はみられなかった.動脈瘤の末梢側および中枢側をコイル塞栓して血行遮断を行った.再度SMA造影を行い十分な塞栓効果と良好な肝血流を確認した(Fig. 3b).背側膵動脈や横行膵動脈には動脈瘤形成や血管外漏出像はみられなかった.腹腔動脈へのアプローチは困難であったため造影は施行できなかった.

Abdominal angiography. (a) SMA angiography showed retrograde contrast of the celiac artery. (b) The hepatic artery was visualizable via the SMA, even after coil embolization of the AIPDA. SMA: superior mesenteric artery, AIPDA: anterior inferior pancreaticoduodenal artery, GDA: gastroduodenal artery, PHA: proper hepatic artery, CHA: common hepatic artery, APDA: anterior pancreaticoduodenal artery.
その後の経過は安定しており,抗血小板薬の再開後も再出血を来すことはなく術後33日目に退院となった.後方視的に再検討した結果,術前吸気時に撮影した造影CT(Fig. 4a)と比較しPDAA破裂時のCTでは正中弓状靱帯による腹腔動脈起始部の圧迫を示唆するhooked appearanceが出現しており(Fig. 4b),CASによる動脈瘤形成と考えられた.術前には腹腔動脈起始部には石灰化や動脈解離は認めず,指摘できる有意なCAS所見はみられなかった.その後もCTにてフォローを継続し(Fig. 4c),術後3か月の時点で撮影した腹部造影CTでは右前腎傍腔の血腫の消退を確認することができた.さらには動脈瘤の原因となったCAS所見は消失していた(Fig. 4d).

Changes over time in CT (sagittal section) of the abdomen. The celiac artery was open preoperatively, highly stenosed at the time of PDAA rupture, and reopened 3 months postoperatively (arrowheads). (a) Preoperative. (b) POD 2, at the time of PDAA rupture. (c) POD 5. (d) Postoperative, 3 months. PDAA: pancreaticoduodenal artery aneurysms, POD: postoperative day.
腹部内臓動脈瘤のうちPDAAは2%といわれており,非常にまれである1).PDAAの成因はCASが約30%を占め2),その他動脈硬化や感染,炎症が挙げられる3).CASは無症候性に経過することが多い疾患であるが4),無症状の場合でも血行動態的に有意な腹腔動脈の圧迫が2.4~8%にみられる5).腹腔動脈系の血流の低下あるいは遮断により,膵十二指腸動脈アーケードを介したSMA系の相対的血流増加および血行力学的ストレスの増加が起こり,PDAA形成を来すことがある6)~8).①PDAA破裂時の死亡率は50%と高いこと1)や,②瘤径が小さくても破裂に至ること7)から積極的な治療が必要と考えられている.
CASは①血管自体の病変による内因性CASと②血管外の病変による外因性CASに分類される.内因性CASでは動脈硬化や動脈解離,大動脈炎,動脈瘤,線維筋性異形成などが原因となる.一方外因性CASでは正中弓状靭帯や腹腔神経節による圧迫などが原因となり9),もっとも代表的なのものが正中弓状靭帯症候群(median arcuate ligament syndrome;以下,MALSと略記)である.正中弓状靭帯は左右の横隔膜脚をつなぎ,大動脈裂孔を形成する線維性靱帯で,MALSとは靭帯が低位の場合に腹腔動脈を圧迫することで生じる症候群である10)11).診断には腹部CTやMRI,腹部超音波,血管造影を用いることが多い.特にCTでは矢状断にて腹腔動脈起始部が正中弓状靭帯により頭側から圧排され狭窄を示す特徴的なhooked appearanceと呼ばれる画像所見を呈する11).本症例でもPDAA破裂時にはCT矢状断で典型的なhooked appearanceを認め,術後早期に正中弓状靭帯による圧迫が顕在化した可能性が示唆された.
本症例と同様にMALSの中でもごくまれに術前指摘されていなかったCASが術後急性期に出現する症例があり,AMALSという疾患概念が提唱されている.医学中央雑誌(1964年~2021年),ならびにPubMed(1950年~2021年)で「急性正中弓状靭帯症候群」,「acute median arcuate ligament syndrome」をキーワードとして検索した結果,4例の報告12)~15)がみられた(Table 1).過去の報告例の全てが膵頭十二指腸切除術後であり,本症例のように鏡視下手術や膵尾部切除術後にAMALSを発症することは非常にまれであると考えられる.過去の報告例においては膵頭十二指腸切除術後で膵十二指腸アーケードが切離されたことで,AMALSの発症により肝臓や脾臓,残膵などの広範囲の臓器虚血を来した.本症例のように膵尾部切除術後では,臓器の血流障害は起こりにくいと考えられるが,一方で膵十二指腸アーケードの血管に動脈瘤の形成が起こりうる.本症例では症状出現時には血管外漏出像を確認できなかったが,AIPDA領域の動脈瘤の新規出現および周囲の著明な血腫形成より同部位が出血源であると判断した.膵尾部切除術後に術後出血を起こしやすい背側膵動脈や横行膵動脈領域に動脈瘤や周囲の血腫形成はみられなかった.また,本症例を含め過去全ての症例が術後1~3日目の早期の発症であり,さらに急激な経過をたどっていた.この点もAMALSの臨床的特徴の可能性があり,適切な診断と迅速な治療介入が必要であると考えられた.本症例は動脈硬化による血管壁の脆弱性に加え,AMALSの発症でSMA系の血流が急激に増加したことが早期の瘤形成に寄与したと考えられた.AMALSが出現した原因に関して,腹腔動脈領域のリンパ節郭清や手術体位,腹腔内臓器の圧迫の影響が考察されている.本症例においては腹腔動脈領域には手術操作は及んでおらず,術野展開や術後性変化などが原因として疑われた.術後5日目の時点ではCAS所見は残存し,術後3か月の時点で消失がみられたが,正確にどの時点でCASの改善があったかは不明である.
| No. | Author | Year | Sex | Preoperative diagnosis | Operation method | Preoperative diagnosis of MALS | Date of MALS diagnosis | Clinical conditions caused by MALS | Treatment | Date of discharge |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | Sanchez12) | 2013 | Female | PDAC | PPPD | No | POD2 | Organ ischemia; Liver | Conservative | POD26 |
| 2 | Karabicak13) | 2016 | Male | PDAC | PD | No | POD1 | Organ ischemia; Liver | MAL incision | POD43 |
| 3 | Imai14) | 2018 | Female | PDAC | PD | No | POD3 | Organ ischemia; Liver, spleen, stomach, and remnant pancreas | IVR, MAL incision, pancreatectomy, splenectomy, and percutaneous transhepatic cholangiodrainage | POD216 |
| 4 | Hanaki15) | 2021 | Male | IPMN | SSPPD | No | POD1 | Organ ischemia; Liver, spleen, stomach, and remnant pancreas | IVR; Stenting of CA | POD82 |
| 5 | Our case | Male | NET | Lap-DP | No | POD2 | PDAA rupture | IVR; PDAA coiling | POD33 |
AMALS: acute median arcuate ligament syndrome, PDAC: pancreatic ductal adenocarcinoma, IPMN: intraductal papillary mucinous neoplasm, NET: neuroendocrine tumor, PPPD: pylorus-preserving pancreaticoduodenectomy, PD: pancreaticoduodenectomy, SSPPD: subtotal stomach-preserving pancreaticoduodenectomy, Lap-DP: laparoscopic distal pancreatectomy, MALS: median arcuate ligament syndrome, POD: postoperative day, PDAA: pancreaticoduodenal artery aneurysm, MAL: median arcuate ligament, IVR: interventional radiology, CA: celiac artery.
PDAA破裂の治療について過去の報告をまとめると,カテーテルによるコイル塞栓術や,外科的切除あるいは結紮術などが選択されていた.出血コントロールにおける緊急膵頭十二指腸切除術症例の死亡率は31%と高率であり16),手術適応に関しては十分検討する必要がある.近年では破裂時の出血コントロールとしてまずIVRを先行するケースがほとんどであり,PDAA治療の第一選択と考えられる17).ただし,IVRは①施行可能施設が限定されることや,②標的となる動脈瘤に対するカテーテルの選択的挿入が困難な症例が存在することが問題として挙げられる.加えて,IVRが可能であったとしても,①紡錘瘤の場合は治療後再開通リスクの可能性があること,②腹腔動脈の血流低下を伴っている場合はSMA側からの塞栓術により肝虚血などの臓器血流障害を引き起こす可能性があることに対しての注意が必要である.したがって,PDAAの塞栓術前には総肝動脈の血流評価を行い,必要であればCASに対してステント留置や血行再建,正中弓状靭帯切開などを検討し病態に応じた治療法の選択が重要となる18))~20).腹腔動脈起始部圧迫症候群に関するガイドラインにおいてはCAS治療の第一選択は正中弓状靱帯切開となっている.しかしながら,切開後も症状の消失がみられない場合や21),動脈瘤に対する塞栓術のみでもその後の瘤再発はないとする意見もあり一定の見解が得られていないのが現状である22).本症例は術前に指摘しうる正中弓状靱帯の所見がなく,AMALSの疾患概念を認識していなかったため,PDAA破裂時にはCASによるPDAA破裂と診断できなかった.後日AMALSの診断に至ったが,再出血や臓器虚血を疑う所見はみられなかった.したがって,周術期においてはCASに対する積極的治療は施行せず,入院下での慎重な経過観察を選択した.術後3か月のCTでCAS所見の消失およびアーケード血管における新規病変の出現がないことが確認されたことから引き続き経過観察を行う方針とした.
今回,膵頭十二指腸切除術後ではなく,腹腔鏡下膵尾部切除術後に発症したAMALSによるPDAA破裂の症例を経験した.術前にCAS所見が指摘されていなくても術後急性期にCASが出現するAMALSの認識は術後管理において重要であると考えられた.特に動脈硬化などの血管素因を伴う症例においてはAMALSによる一時的なCASであっても,動脈瘤の形成/破裂を来し急激な転帰をたどる可能性があり,注意が必要である.
謝辞 本稿を執筆するにあたって岐阜大学医学部附属病院放射線科の金子揚先生ならびに川田紘資先生に多大なご協力を頂きました.この場を借りて御礼申し上げます.
利益相反:なし