The Japanese Journal of Gastroenterological Surgery
Online ISSN : 1348-9372
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CASE REPORT
A Case of Laparoscopic Ligamentotomy for Median Arcuate Ligament Syndrome Diagnosed by Selective Angiography and Intra-Arterial Pressure Measurement
Junpei KawaiMasahiro FukadaTakeshi HoraguchiYuta SatoItaru YasufukuJesse Yu TajimaShigeru KiyamaYoshihiro TanakaKatsutoshi MuraseNobuhisa Matsuhashi
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2024 Volume 57 Issue 11 Pages 543-550

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Abstract

正中弓状靱帯症候群(median arcuate ligament syndrome;以下,MALSと略記)は,正中弓状靱帯によって腹腔動脈起始部が圧迫されることにより食後の腹痛や動脈瘤を来す疾患であるが,確立された診断基準はない.近年では消化器の機能異常に起因する疾患の病態が解明されるようになり,機能性ディスペプシアや,過敏性腸症候群の中にも本疾患の正しい診断に至らず,腹部症状に対し長期病悩期間を有する患者が存在していると考えられている.今回,食後の腹痛を訴える患者に対して,さまざまな検査を行うも診断確定に至らずに苦慮したが,選択的血管造影ならびに動脈内圧測定検査所見に基づいてMALSと診断し,治療しえた1例を経験したため報告する.

Translated Abstract

Median arcuate ligament syndrome (MALS) is a condition that causes postprandial abdominal pain and aneurysms due to compression of the origin of the celiac artery by the median arcuate ligament. Diagnostic criteria for this disease have yet to be established. However, the pathogeneses of diseases caused by gastrointestinal function abnormalities have recently been elucidated, and consequently, it is believed that patients with functional dyspepsia and irritable bowel syndrome may experience prolonged abdominal symptoms without being diagnosed with MALS. Here, we report a case in which MALS was diagnosed and treated using selective angiography and intra-arterial pressure measurement in a patient presenting with postprandial abdominal pain that was challenging to diagnose.

 はじめに

正中弓状靱帯症候群(median arcuate ligament syndrome;以下,MALSと略記)は,正中弓状靱帯によって腹腔動脈(celiac artery;以下,CAと略記)が圧迫されることが原因で食後の腹痛や動脈瘤を来す疾患である1).欧米からの症例報告が多く,国内におけるMALSの認知度はいまだ高くないのが現状である.今回,食後の腹部症状に関して長期病悩期間を有する患者に対して,選択的血管造影と動脈内圧測定検査を実施しMALSと診断し,治療しえた1例を経験したため報告する.

 症例

患者:31歳,アメリカ人男性

主訴:食後の腹痛,体重減少

現病歴:2年前より食後の腹痛を自覚するようになり医療機関を受診された.腹部単純CT,上下部消化管内視鏡検査,腹部超音波検査による原因検索が実施されたものの,明らかな異常所見は認められず,精査目的に当院消化器内科へ紹介となった.小腸カプセル内視鏡検査ならびに超音波内視鏡検査を追加で実施したが,特記すべき異常所見は認められず機能性ディスペプシアもしくは,過敏性腸症候群と診断された.その後も内服・食事治療を開始されたが改善は見られず,症状の増悪と13 kgの体重減少を来した.

再度原因検索目的に造影CTを実施した結果,腹部症状の原因となる明らかな異常所見は認めなかったが,正中弓状靱帯の肥厚と腹腔動脈起始部の狭窄を認めた.鑑別疾患として正中弓状靱帯症候群が挙げられ,治療目的に当科へ紹介となった.

既往歴/併存症:Adison病,橋本病

内服薬:ヒドロコルチゾン(20 mg/日),フルドコルチゾン(0.1 mg/日)

身体所見:179 cm,59 kg,BMI:18.4,腹部平坦軟,圧痛なし.

血液検査所見:ALB 4.9 g/dl,Cre 0.76 mg,T-Bil 1.6 mg/dl,AST 32 U/l,ALT 78 U/l,WBC 5,041/μl,HGB 14.2 g/dl,PLT 186,000/μl,FT3 3.59 pg/ml,FT4 1.3 ng/dl,TSH 4.2 μIU/ml,ACTH 27.2 pg/ml,コルチゾール10.6 μg/dl.T-BilとAST,ALTは軽度上昇を認めた.その他,明らかな異常所見は認めなかった.

腹部造影CT所見:正中弓状靱帯と考えられる軟部組織の肥厚とそれによるCA起始部の圧迫と狭窄を認めた(Fig. 1a).膵十二指腸アーケード血管には明らかな動脈瘤の形成は見られなかった.

Fig. 1  Abdominal contrast CT. (a) Preoperative. (b) Postoperative. The CA was stenotic due to the thickening of the median arcuate ligament before the operation. After the operation, the narrowing of the CA improved and the diameter of the CA was dilated.

腹部症状の原因検索のために各種検査を実施するも,確定診断につながるような明らかな異常所見は認められなかった.唯一,造影CTにおいて正中弓状靭帯による腹腔動脈起始部狭窄を認めたが,動脈瘤形成などの随伴画像所見を認めなかったため手術治療を選択する診断根拠としては不十分と判断した.内科・血管外科・放射線科との合同検討会を行い,腹腔動脈起始部狭窄による臓器血流低下が症状を引き起こしている可能性は否定できないため,選択的血管造影および動脈内圧測定検査を用いた血流評価を追加で実施する方針とした.

選択的血管造影検査所見:CAを造影すると呼気時においては,CAから左胃動脈(left gastric artery;以下,LGAと略記),総肝動脈(common hepatic artery;以下,CHAと略記),脾動脈(spleen artery;以下,SPAと略記)の造影は良好であり,末梢血管まで描出された(Fig. 2a).一方で吸気時においては,著しくCAの造影効果が低下し,末梢側の血管も描出不良であった(Fig. 2b).

Fig. 2  Celiac arteriography. The red line indicates blood flow. (a) Blood flow from the CA to the LGA, CHA and SPA was clearly imaged during exhalation. (b) The imaging effect from the CA to the peripheral artery decreased during inhalation.

上腸間膜動脈(superior mesenteric artery;以下,SMAと略記)造影では,SMA灌流領域の血流は十分保たれているものの膵十二指腸アーケード形成が乏しく,胃十二指腸動脈(gastroduodenal artery;以下,GDAと略記)と右胃大網動脈(right gastroepiploic artery;以下,RGEAと略記)が造影されるのみであった(Fig. 3a, b).血管造影検査においても動脈瘤形成を疑う所見は認めなかった.

Fig. 3  Superior mesenteric arteriography. Images during (a) exhalation and (b) inhalation. At both times, the SMA was clearly imaged. Pancreatic arcade was scarce. In imaging from the SMA, the CA was visible only through the RGEA and GDA.

選択的動脈内圧測定検査所見:続いて吸気時と呼気時におけるLGA,GDA,RGEA,そしてSMAの動脈内圧測定検査を実施した(Fig. 4).一貫してGDAとRGEAはSMAとLGAに比較して血管内圧が低い傾向を認め,特に吸気時にその傾向が強くなる特徴を認めた.

Fig. 4  Arterial tonometry. Each arterial pressure was measured during inhalation and exhalation. The mean blood pressure in the GDA and RGEA was lower than that in other arteries, especially during inhalation.

これらの所見から,吸気状態においてCA狭窄が増悪しCAの灌流領域における血流低下を来していることが推察された.加えて,膵十二指腸アーケードの形成が乏しくSMAからの側副路としてRGEAしか存在しない点も吸気状態での供血量不足を助長し,結果として胃や十二指腸での血流低下を来し腹部症状の原因となっている可能性が考えられた.

以上より,正中弓状靱帯による腹腔動脈起始部狭窄が腹部症状の原因として十分に考えられると判断し,腹腔鏡下靱帯切開術を行う方針とした.

手術所見:ポート配置は腹腔鏡下幽門側胃切除術と同様の5ポート配置とした.手術操作が頭側となることを考慮して,臍頭側にカメラポートを挿入した.小網を切開して網囊を開放し,右横隔膜脚と胃間膜の境界を切開・剥離した後に,左横隔膜脚を露出して脾臓方向へ剥離を連続させた.腹部食道を確保してテーピングを行い,体外から牽引した.腹部食道背側,左右横隔膜脚交差部の奥で腹部大動脈前面を確認した.膵上縁の漿膜を切開し,LGAを確保してテーピングし,LGAからCA前面へ連続していく神経叢を切開した.CA基部前面から腹部大動脈前面に存在する厚みをもった組織を正中弓状靱帯と認識して(Fig. 5a, b),超音波凝固切開装置にて切離・除去した(Fig. 5c).術中超音波検査を行い吸気状態でもCAの血流が十分得られていることを確認して,手術終了とした(Fig. 5d).

Fig. 5  Surgical observations. (a, b) The anterior aspect of the aorta was identified on the dorsal side of the abdominal esophagus, and the direction of the operation was determined. Tissue from the root of the LGA through the CA to the anterior aspect of the aorta was resected as the median arcuate ligament. (b) is a schema of (a). (c) Because the median arcuate ligament was resected, the aortic anterior and CA were exposed, and nerve fibers remained on the surface. (d) When the ventilator was set to inspiratory, ultrasound confirmed the presence of blood flow in the CA.

術後経過:術後経過は良好で術後10日で退院となった.術後7日で撮影した造影CTでは,CA起始部狭窄は著明に改善していた(Fig. 1b).手術前は経腸栄養剤を中心とした食事しか摂取できない状態であったが,術後は通常形態に近い食事摂取が可能となり腹部症状も軽快した.術後5か月の時点で体重は術前からおよそ3.0 kgの増加を認めた.

 考察

正中弓状靱帯とは,大動脈裂孔を囲む左右の横隔膜脚を繋ぐ線維性靱帯であり,起始部は第1腰椎から第4腰椎に位置している2).CAは第11胸椎から第1腰椎レベルで分岐するが,分岐レベルには大きなばらつきがあることが報告されている3).CAの分岐が高位であったり,正中弓状靱帯起始部の低位や靱帯の過剰発育がみられたりするとCAが圧迫される可能性があるといわれている1)3).本症例では,CA分岐部は第12胸椎下で分岐しており,明らかな高位での分岐とは考えにくい所見であった.腹腔動脈起始部狭窄(celiac axis stenosis;以下,CASと略記 )の多くは無症候性であり10~25%の人に存在しているという報告もあるが,実際にMALSとして症状が顕在化するのはCASの1%程度といわれている4)5).MALSにおいて腹部症状が出現する機序として,CASによりSMAからGDAなどを介した膵十二指腸アーケードによって,SMA栄養領域そのものの血流が相対的に低下する盗血減少や腹腔神経叢刺激が挙げられている6)

現在,MALSに対して確立された診断基準は存在していない.したがって,画像所見だけでなく,臨床症状と照らし合わせながら診断する必要があり,さらに鑑別として挙げられるその他の消化管や胆道系疾患を除外診断する必要があると考えられている7).画像診断として,造影CTやMRAが使用されることが多いが,スクリーニングとして腹部USによるCAの血流評価を推奨する報告もある8)9).本症例では,CASが腹部症状の原因となっている可能性を追求する目的に選択的血管造影および動脈内圧検査を実施して,CA,SMA,LGA,RGEA,GDAの血圧ならびに血流評価を行うことが可能であった.その結果,CAの血流が呼吸によって著しく変化していること,そして膵十二指腸アーケードの形成が不十分であることが明らかとなった.また,MALSが与える影響を探索する目的で,血管造影に加えて今回は各動脈内圧の比較と呼吸性変化の測定を試みた.通常,冠動脈狭窄を評価する冠血流予備量比(fractional flow reserve)を測定する際に用いるプレッシャーワイヤーを使用した.PubMedおよび医学中央雑誌を用いて2000年から2023年12月の期間にて「median arcuate ligament syndrome,arterial tonometry」,「median arcuate ligament syndrome,arterial pressure measurement」,「median arcuate ligament syndrome,intravascular pressure measurement」,「正中弓状靱帯症候群,動脈圧測定」,「正中弓状靱帯症候群,血管内圧測定」をキーワードとして検索したところ(会議録除く),本症例のようにMALSの診断において動脈圧較差を測定した報告はなく,当院でも初めての試みであった.

今回得られた吸気時におけるGDAとRGEAの平均血圧が他の動脈内圧に比べて低いという結果は,吸気時生じるCAの血流低下の際,SMAからの血流のみでは血流不足に陥る可能性を示唆している.しかし,2年前になぜ食後の腹痛が出現し始めたという点においては,特に体重減少や体型の変化についてはその時点で認めておらず,明確な原因は挙げられなかった.文献的には呼気時に横隔膜が挙上することでCAが頭側に牽引され,正中弓状靭帯による狭窄が強くなり症状が出現するといわれている4).しかし,本症例の血管造影検査においては吸気時の血流および血管内圧低下という逆の所見が認められた.また,呼吸による腹部症状の変化は認められなかった.中村ら10)も同様に吸気時にCAの血流シグナルが低下する症例を報告している.中村ら10)は超音波検査を用いて血流の評価を行っていたが,近年の科学技術の進歩により,機器の性能が向上することで新しい病態が把握できるようになった可能性がある.CA起始部の位置や体格によって正中弓状靭帯とCAの相対的関係にはvariationがあり,呼気もしくは吸気状態と症状を紐づけた画一的な診断は困難かもしれない.今回の考察が一般的な見解かどうかについては今後症例を重ねて検討していく必要がある.

症例の多くは欧米からの報告であり,国内におけるMALSの認知度はいまだ高くないのが現状である.また,MALSは膵十二指腸アーケードへの相対的な血流増加による,血行力学的ストレスによって膵十二指腸動脈瘤形成を来す疾患といわれており11),過去に複数の報告がなされている.本症例ではおそらく先天的に膵十二指腸アーケード形成不全を伴っていたことで,アーケード領域の血管の拡張,蛇行,および動脈瘤形成といったMALSにおける典型的な画像所見は認められなかった.しかし,一方で,アーケード形成不全のため腹腔動脈領域の血流低下が助長され,腹部症状を引き起こしたと考えられた.術前は一貫してT-BilとAST,ALTが軽度高値で推移していたが,術直後よりこれらの数値は正常範囲内へ改善を認めた.この経過もCAの狭窄と膵十二指腸アーケード形成不全による,慢性的な肝血流の低下を反映していた可能性が考えられた.

本症例のようなMALSの慢性経過についての報告は少ない.近年,認知度が高まってきた機能性ディスペプシアや,過敏性腸症候群と診断されている患者の中にも本疾患が診断されずに,長期間に渡って腹部症状に悩んでいる患者が一定数存在している可能性がある.

本症例ではより侵襲の低い腹腔鏡手術を選択した.MALSに対する腹腔鏡手術は2000年にRoayaieら12)によって初めて報告されている.腹腔鏡のメリットとして,手術時間,疼痛コントロール,出血量,入院期間,経口摂取のタイミング,感染症の低下に加えて,拡大視による解剖認識の正確性が挙げられている13).今回は,カメラポートを臍部よりも頭側に留置することで,CA系を乗り越えて正中弓状靱帯を十分に視認することができた.また,先に腹部食道背側で大動脈前面を露出させることによって,LGAからCA,腹部大動脈前面へと連なる肥厚した組織を切離すべき正中弓状靱帯を含む組織として確保することができ,安全に必要十分な切離することが可能であった.

今回,原因不明であった食後の腹痛に対して選択的血管造影と血管内圧測定を実施し,その所見からMALSと診断し,腹腔鏡下靱帯切離術を施行した1例を経験した.MALSの臨床症状は一定ではないため長期間に渡る原因不明の腹部症状に対しては,MALSを鑑別に挙げる必要がある.一般的にはMALSの診断として造影CT矢状断が有用であるが,診断に難渋する場合は選択的血管造影,特に動脈内圧測定が診断の補助となる可能性が示唆された.

利益相反:なし

 文献
 

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