2024 Volume 57 Issue 12 Pages 596-603
血栓性微小血管症(thrombotic microangiopathy;以下,TMAと略記)は,溶血性貧血,血小板減少,血栓による臓器障害の3徴候からなる予後不良な疾患群である.今回,我々はTMAの中でも特に予後不良である,胃癌を原因とした2次性TMAに胃全摘を施行し術後管理に難渋した1例を経験したので報告する.症例は73歳の男性で,突然の腸炎症状で発症し,急激な状態悪化により救急搬送され,胃癌による2次性TMAと診断された.血漿交換と透析を施行しながら胃全摘術を施行し,血漿交換と血液透析は離脱できたが,縫合不全を発症し長期瘻孔の治癒遅延を認めた.吻合部の排出遅延による重症食道炎,誤嚥性肺炎を併発し術後7か月で永眠された.2次性TMAは原疾患の治療が第一選択となるが,周術期管理を十分に行っても創傷治癒遅延を認める場合があることを念頭におき,治療方針を決定する必要がある.
Thrombotic microangiopathy (TMA) is a life-threatening syndrome that is characterized by hemolytic anemia, thrombocytopenia, and microvascular thrombosis, and results in severe organ damage. We report a case of cancer-related TMA secondary to gastric cancer. The patient was a man aged 73 who was brought to the emergency department with severe diarrhea. He was diagnosed with TMA induced by gastric cancer based on clinical manifestations, laboratory information and imaging findings. Open total gastrectomy was conducted for gastric cancer with hemodialysis and plasma exchange. After the operation, TMA symptoms were improved, and hemodialysis and plasma exchange were withdrawn. However, the patient experienced protracted fistula healing of esophagojejunal anastomotic leakage, resulting in severe esophagitis and obstruction, and died 7 months after surgery due to aspiration pneumonia. This case shows that surgery for a primary tumor with cancer-related TMA can improve TMA symptoms, but complications such as protracted fistula healing should be considered. There is a need to recognize the characteristics of TMA and determine the treatment strategy, including the surgical indication.
血栓性微小血管症(thrombotic microangiopathy;以下,TMAと略記)は細血管障害性溶血性貧血,血小板減少,血小板血栓による臓器障害の3徴候を有する.障害臓器は腎臓,心臓,腸管などさまざまで,軽症から重症までさまざまな病態を呈しうる1).TMAは病因により,a disinteglin-like and metalloproteinase with thrombospondin type I motifs 13(以下,ADAMTS13と略記)低下による血栓性血小板減少性紫斑病(thrombotic thrombocytopenic purpura;以下,TTPと略記),病原性大腸菌による溶血性尿毒症症候群(hemolytic uremic syndrome;以下,HUSと略記)に分類され,その他を広義の非典型溶血性尿毒症症候群(atypical HUS;以下,aHUSと略記)と称する2).近年,aHUSの中で特に補体系の異常な活性化によるものを狭義のaHUSとし,これ以外の薬剤,移植,膠原病などに伴うものを2次性TMAとする分類が提唱されている3).2次性TMAの中でも,悪性腫瘍に続発するTMAの報告はあるが,非常に予後不良な疾患であり,これまでに手術を施行したという報告はない.今回,我々は胃癌による2次性血栓性微小血管症に対し胃全摘術を施行し,術後縫合不全の治療に難渋した1例を経験したので報告する.
患者:73歳,男性
主訴:嘔吐,下痢
既往歴:高血圧,開腹胆囊摘出後,糖尿病
家族歴:なし.
現病歴:下痢・嘔吐など急性胃腸炎が急激に悪化し体動困難となり救急搬送され,破砕赤血球を伴う溶血性貧血(Hb 9.7 g/dl,LDH 1,327 U/l,I-Bil 0.8 mg/dl)と腎機能障害(Cr 4.98 mg/dl),血小板減少(5.9×104/μl)を認め血液内科にてTMAと診断された.FDP(20 μg/ml),D-dimer(9.5 μg/ml)は上昇を認めたが,PT,APTT,AT-III,Fibは正常範囲内でDICは認めず,骨髄生検では異形細胞は認められなかった.成人発症のTMAであることからTTPやaHUSの可能性も考慮し速やかに血漿交換と透析が開始された.ADAMTS13活性は74%と正常でTTP は否定的であり,志賀毒素陰性,補体制御因子の異常は認めなかった.
上部内視鏡検査にて胃癌(中分化-低分化型腺癌)を認めたため,2次性TMAと診断され緊急入院から17日目で手術目的に当科紹介となった.当科紹介時,血漿交換は8回施行されていた.また,蠕動不良による排出遅延で嘔吐を繰り返していたため,NGチューブによる減圧が行われていた.
紹介時血液検査所見:WBC 6,200/μl,CRP 0.10 mg/dl,Hb 7.8 g/dl,LDH 363 U/lで破砕赤血球を認め,PLT:15.3×104/μl,Cr:8.12 mg/dl,D-dimer:6.1 μg/ml,FDP:12 μg/mlであった.PT,APTT,AT-III,Fibは正常範囲内であった.
上部消化管内視鏡検査所見:胃粘膜は全体に発赤が目立ち浮腫状であった(Fig. 1a).胃癌は前庭部の3型病変で,狭窄は認めなかった(Fig. 1b).
胃透視検査所見:胃体部から前庭部にかけ高度の蠕動不全を認めた(Fig. 1c).
上部消化管内視鏡検査所見:胃体部に造影効果を有する壁肥厚を認めたが,明らかな漿膜露出を疑う所見は認めず,6番リンパ節に腫大を2個認めた.
紹介後経過:NCDの予測死亡率が,30日:39.4%,90日:23.3%と非常に高い状態であったが,TMAの治療には癌切除が必要と判断され,十分に説明を行ったうえで手術の方針とした.根治手術の可否の判断のために審査腹腔鏡を施行し,播種は認めず,洗浄腹水細胞診に悪性所見は認められなかった.審査腹腔鏡施行後,再度血小板の著明な低下を認め,2回の根治手術の延期を要した.審査腹腔鏡後,8回の血漿交換を施行し,血小板がPLT:7.2×104/μlに回復した時点で根治手術を施行した(Fig. 2).狭窄がないにもかかわらずNGチューブの排液量は700 ml/dayと排出遅延を認め,透視でも高度の蠕動障害を認めたことから,胃全摘の方針とした.
手術所見:審査腹腔鏡時に開腹胆囊摘出後の癒着を高度に認めたため開腹で,胃全摘,R-Y再建を施行した.組織は浮腫状で易出血性であった.術後診断はL,Type 3,T3(SS),N1,M0,cStage IIIで,手術時間は267分,出血量は125 mlであった.食道空腸吻合はEEA 25 mmを用いて行い,全周性に補強を行った.ドレーンを1本患者右側より挿入し,食道空腸吻合部背側に留置した.TMAによる凝固異常が予想されたため新鮮凍結血漿を術中4単位に加えて術後も8単位を投与し,術翌日に血漿交換を施行した.術後の血栓予防は通常の深部静脈血栓症予防プロトコールに沿ってヘパリン投与(1万単位/day)を行ったが,腎障害のため術翌日夕からのエノキサパリンナトリウムの投与は施行せず,理学療法のみを施行した.
病理組織学的検査所見:L,Type 3,30×25 mm,por1>por2>sig>tub2,pT1b2,INFc,Ly1a,V1b,pPM0,pDM0,pN2(2/18),pStage IIA.大網の脂肪組織内に出血や線維化,炎症細胞や異物巨細胞の集簇を認めた(Fig. 3).
術後経過:術後5日目で縫合不全を発症し,再手術を施行した.胃全摘後1回,再手術後1回血漿交換を施行したが,審査腹腔鏡時とは異なり,血小板数は低下することなく回復し,胃全摘後10日目で透析も離脱可能であった.また,破砕赤血球はごく少量認めたが,貧血の進行は認めず,TMA所見は胃全摘により改善した(Fig. 2).一方で,縫合不全の再手術時には,食道空腸吻合部の前壁側を中心とした1/3周性の離開を認めた(Fig. 4a).洗浄ドレナージを行い,腹腔ドレーンを3本(吻合部前面,後面,左横隔膜下)留置し,経鼻ドレナージチューブを吻合部より肛門側に留置し,R-Y再建の空腸空腸吻合の肛門側に腸瘻を造設した.最終的に経鼻ドレナージチューブと吻合部後面ドレーンに排液を集約化し管理を行ったが,縫合不全部は術後3か月まで長期離開の状態が続いた(Fig. 4b).また,術後2か月頃より,経鼻ドレナージチューブと吻合部後面ドレーンの排液量が同時に周期的に異常増加し(合計2~3,000 ml),誤嚥性肺炎を頻回に併発した.排液はともに胆汁様の消化液であり,空腸空腸吻合部が原因と考えられたが,内視鏡上は狭窄所見を認めず,軽度の癒着や屈曲,機能的な排出遅延が疑われた(Fig. 4c).術後5か月で縫合不全部の瘻孔は著しく縮小するも高度の排出遅延を認めた(Fig. 4d).内視鏡上は器質的な狭窄は認めなかったが,透視検査では造影剤の著明な停滞を認め,誤嚥性肺炎により術後7か月で永眠された.
血栓性微小血管症は,微小血管症性溶血性貧血,消費性血小板減少,微小血管内血小板血栓による臓器機能障害の臨床症状により診断される疾患群である1).近年,TMAの病態解明に伴い病因別に分類され,その病因に基づいた治療戦略が確立されてきている.一方で,薬剤,移植,膠原病,悪性腫瘍などに伴う2次性TMAは,いまだその病因は解明されておらず,治療法も病因により異なる.血漿交換は,ADAMTS13インヒビターを伴ったADAMTS13活性低下を認める薬剤性TMAや膠原病関連TMAには有効と報告されている一方で,腫瘍関連TMAには無効であり,ステロイド,免疫抑制剤などの他のTMA疾患で用いられている治療も無効である4).全身状態が許せば化学療法が推奨されているが,腎機能障害などの臓器障害を伴うことが多いことから化学療法の施行は困難であることが多く,基本的には支持療法のみとなるため予後は極めて不良である5).また,TMAで認められる微小血管症性溶血性貧血(microangiopathic hemolytic anemia;以下,MAHAと略記)を発症する悪性腫瘍については,化学療法に反応性の場合は速やかに貧血所見の寛解が得られることが報告されている6).一方で,9割以上が転移を認める進行腫瘍であったと報告されており,治療施行の有無にかかわらず予後は極めて不良である.MAHAを伴う胃癌においても,化学療法を施行後の生存期間中央値平均は3か月と不良であり,MAHAにおける化学療法の予後改善における意義は明らかではない6)~8).
医学中央雑誌(1903年~2023年)およびPubMed(1950年~2023年)で「血栓性微小血管症」,「胃癌」をキーワードに検索したところ切除例の報告は認めなかった.胃癌におけるTMAに関しては,進行胃癌に対して化学療法施行中にTMAを発症した1例が報告されているが9),胃癌ではなく化学療法による2次性TMAであり病態は異なる.また,他の悪性腫瘍による2次性TMAにおける手術症例の報告では,1例多発肝転移を伴うS状結腸癌の原発巣切除後に腫瘍随伴2次性TMAと診断された報告があり,cetuximab単剤投与が施行されている10).この症例では,術前にD-dimer高値を認めるのみであったが,原発巣切除を契機にTMA所見の悪化(溶血性貧血,血小板減少)と炎症反応の上昇を認めており,根治できない場合は手術を行う意義は少ないと考えられる.また,この報告では臓器不全はなく,化学療法が癌の治療として施行され炎症反応の改善が得られたと報告されているが,TMA所見についての記載はなく,急性硬膜下血腫で死亡していることから,TMA患者に対する化学療法の忍容性については不明確である.
通常TMAの治療としての血漿交換は,5~7日連続して施行後に,血小板や腎機能をみて実施間隔を調整し,著効例では1~3回で効果が認められると報告されている4).本症例では,3回血漿交換を施行し血小板は回復傾向を得たが,腎機能は改善せず透析を要し,破砕赤血球は残存している状態であった.永続的に血漿交換を行うことは困難であり,TMAの治療には癌治療が必要とのことで,血液内科,腎臓内科と3科で治療方針につき検討を行った.NCDの予測死亡率も非常に高く,化学療法についても検討を行ったが,血小板減少の危険性,効果が得られるか確証がない中で,継続的に血漿交換を行うことは困難との判断で,十分にインフォームドコンセントを行ったうえで手術の方針とした.審査腹腔鏡であればTMAの病状への影響は少ないという予想の元で,播種の有無を確認するメリットが高いと考え審査腹腔鏡を施行したが,結果として150×104/μlまで回復していた血小板が再度高度減少を来し,根治手術までにさらに8回の血漿交換を要した.TMA患者においては一見安定した病状でも,ストレスで容易に病状が悪化し回復に時間とコストを要するため,必要最低限の侵襲となるような治療戦略が必要と考えられる.本症例においても,審査腹腔鏡で手術を開始し,根治性を確認した時点で胃切除に切り替えるなど,リスクに応じた対策が必要であった.また,手術の安全性を確保するにあたっては,血小板数は非常に重要な要因となるが,TMAにおいて血小板輸血は,血小板を新しく補充することにより血管内の血栓をさらに増大させるため原則禁忌となる.周術期の出血リスクも加味した手術適応や時期の判断が重要であり,本症例でも根治手術にあたっては2回の手術延期を要した.
本症例では,L領域の癌であったが高度の蠕動障害を胃体部まで認めたことから,術後の排出遅延のリスクを考え胃全摘を行った.結果として,食道空腸吻合部の前壁側での1/3周性の離開や,長期瘻孔治癒遅延など,高度な創傷治癒障害を認め治療に難渋し在院死となった.TMAのような非常にリスクの高い状況下においては,局所切除や幽門側胃切除などより合併症のリスクが低い術式や再建方法を選択すべきだったと反省される.本症例では胃切除後,血小板は回復し,術後10日で透析も離脱可能であり,TMA所見の改善を認めた.縫合不全の再手術時は腹膜炎を呈し,ストレスの強い状況下であったにもかかわらず,審査腹腔鏡後とは異なり血小板の低下は認めなかった.胃癌による2次性TMAに対しては,癌を切除することでTMAが改善すれば,2期的にQOLや機能の向上を目指した手術がより安全に施行可能と考えられ,まずはより侵襲の少ない術式を検討するべきである.
TMAは内皮細胞障害と血栓閉塞を特徴とし11),TMAで低下しているメタロプロテアーゼADAMTSは,組織修復や創傷治癒に関与するため12),患者の組織においても異常な血流障害・異物反応・創傷治癒障害が起こっている可能性がある.本症例の切除標本においても,臓器に血栓は認めなかったものの,癌部以外の正常組織の脂肪織内に出血性梗塞や炎症細胞浸潤を認めており,これらの病態が縫合不全部の長期瘻孔閉鎖不全に関与した可能性がある.また,TMA関連疾患の病態において,障害された内皮細胞から放出される好中球細胞外トラップ(neutrophil extracellular traps;以下,NETsと略記)という構造物により組織損傷を増悪することが報告されており,ヘパリンにこのNETsの産生予防効果があることが報告されている13).加えて,ヘパリンはTMAで増加するフォンヴィレブランド因子の血小板への結合阻害作用を持つこと1),実際に癌関連TMAでも治療経験が報告されていることから10),ヘパリンの持続投与がTMAの病態改善に有効な可能性がある.また,本症例は術後に食道空腸吻合部や空腸空腸吻合部の排出遅延を認めたが,いずれも内視鏡的には狭窄を認めなかったものの高度の排出遅延を来しており,TMAにおける異常な組織反応が関与していた可能性がある.TMA患者の手術にあたっては,異常な創傷治癒遅延や組織反応が起こる可能性を考え,縫合不全を想定したドレーン留置や,腸瘻の造設などの対策を行う必要がある.
今回,胃癌による2次性血栓性微小血管症に対して胃切除術を行い,血漿交換および血液透析からの離脱が可能であった1例を経験した.しかしながら,術後縫合不全の治療には難渋しており,術後創傷治癒遅延を認める場合があることを念頭においたうえで,術式および治療戦略を選択すべきである.
利益相反:なし