The Japanese Journal of Gastroenterological Surgery
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CASE REPORT
A Case of Prolonged Inflammatory Reaction Due to Intraperitoneal Residual Barium after Barium Peritonitis Surgery That Was Successfully Treated with Steroid Pulse Therapy
Yuki BandoNaoki YamamotoKentaro ChikamoriHiroto HosoyaTakahito OmineTakuya TakamiMasao FujiwaraJunji KomoriYasuhide Ishikawa
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2024 Volume 57 Issue 12 Pages 648-653

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Abstract

症例は55歳の男性で,上部消化管造影検3日後に下腹部痛を自覚した.S状結腸の穿孔に伴う急性汎発性腹膜炎の診断で,ハルトマン手術を施行した.術後,継続的な抗菌薬治療や腹腔内膿瘍のドレナージ後も熱発と炎症反応高値が遷延した.遺残バリウムによる腹膜炎と考え,ステロイドパルス療法を施行し改善を認めた.術後198日目に人工肛門閉鎖術を施行し問題なく経過している.感染コントロールが良好にもかかわらず炎症が遷延する際には,異物反応による腹膜炎の可能性を念頭におく必要がある.バリウム遺残による腹膜炎の遷延に対するステロイドパルス療法は有効な治療法の一つになりうると考えられる.

Translated Abstract

A 55-year-old male presented with lower abdominal pain three days after undergoing an upper gastrointestinal series. The patient was diagnosed with acute generalized peritonitis secondary to sigmoid colon perforation, and a Hartmann’s operation was performed. Postoperatively, despite administration of antibiotics and drainage of an intra-abdominal abscess, the patient had persistent fever and a prolonged inflammatory response. Peritonitis associated with intraperitoneal residual barium was suspected, prompting initiation of steroid pulse therapy, which reduced the inflammatory response. On postoperative day 198, the patient underwent a colostomy reversal without complications. This case suggests that in patients with persistent inflammation despite good infection control, the possibility of peritonitis due to a foreign body reaction should be considered. Steroid pulse therapy may be an effective treatment option for managing prolonged peritonitis associated with intraperitoneal residual barium.

 はじめに

上部消化管造影検査後の大腸穿孔発生率は100万件中1.88例と報告されており極めてまれである1).また,腹腔内の遺残バリウムに対する異物反応として術後炎症反応が遷延した報告も散見され,自験例と同様にステロイドが著効した報告がある2)~5).今回,我々はバリウム腹膜炎術後の炎症反応の遷延に対しステロイドパルス療法が有効であった1例を経験したため,文献的考察を加えて報告する.

 症例

症例:55歳,男性

主訴:下腹部痛

既往歴:特記すべき事項なし.

家族歴:特記すべき事項なし.

現病歴:検診の上部消化管造影検査後3日目の朝より下腹部の激痛を自覚し前医受診した.下部消化管穿孔の疑いで当院へ紹介となった.

来院時所見:意識清明.顔面は苦悶様であった.体温36.7°C.血圧117/88 mmHg,脈拍139回/分,腹部は平坦で下腹部を最強点に全体に圧痛,筋性防御を認めた.

血液検査所見:WBC 3,630/μl,RBC 590×104/μl,Hb 18.6 g/dl,Plt 20×104/μl,PT-INR 0.96,APTT 1.8秒,BUN 21.0 mg/dl,Cr 0.94 mg/dl,CRP 0.66 mg/dlと明らかな異常所見は認めなかった.

腹部単純CT所見:腹腔内に多量のfree airを認めた.S状結腸周囲から骨盤内に腸管外へのバリウム便の漏出を認めた(Fig. 1).

Fig. 1  Leakage of barium stools from the intestinal tract around the sigmoid colon and into the pelvic region.

診断:上部消化管造影検査後のS状結腸穿孔と診断した.

手術所見:腹腔内には便汁による汚染腹水を多量に認め,バリウム便がS状結腸を中心に骨盤腔から臍上部付近までの腸間膜や腹膜に付着していた.

S状結腸に穿孔を認め,穿孔部にバリウム塊を触れた.穿孔部を含め炎症所見を認めた約15 cmのS状結腸を切除し,Hartmann手術を行った.生理食塩水10 lで腹腔内を洗浄し,可能なかぎり腸管表面や腹膜に付着したバリウム便を除去した.手術時間は3時間8分,出血量は50 mlであった.

切除標本所見:腸間膜対側壁の長軸方向に5 cmの穿孔を認めた.

術後経過:術後3日目から食事を開始した.白血球数およびCRPの上昇や発熱が持続していたため術後10日目に腹部CTを施行し,脾臓周囲に腹腔内膿瘍を疑う液体貯留を認めた.また,術後13日目より38°Cを超えるスパイク様の熱型を認めた.タゾバクタム/ピペラシリン(4.5 g/回,4回/日)による抗菌薬加療を継続するも改善はなく,術後17日目に脾臓周囲の腹腔内膿瘍に対してCTガイド下穿刺ドレナージを施行した.術後23日目の腹部CTでは膿瘍腔は縮小したが,膿瘍腔から離れた腹膜に沿って遺残バリウムと思われるmetal densityと周囲脂肪織濃度の上昇を認めた(Fig. 2).術後14日目には白血球数および好中球率は改善し,発熱時の血液培養陰性,ドレナージ排液の培養結果でも大腸菌など感染の起因菌となりうる細菌は検出されなかった.しかし,その後も熱型の改善はなく,CRP値は14台と依然炎症反応は遷延していた.発熱および炎症の原因が遺残バリウムによる腹膜炎と判断し,術後27日目からメチルプレドニゾロン1,000mg/日×3日間のステロイドパルス療法を施行した.術後30日目には熱型および炎症反応は著明に改善し,術後32日目に退院となった(Fig. 3).退院後は発熱や炎症の再燃なく経過しており,術後108日目の腹部単純CTでは腹腔内のバリウム遺残は著明に減少し,脂肪織濃度上昇も認めなかった.術後198日目に人工肛門閉鎖術を施行したが,腹腔内の癒着は緩やかであった.

Fig. 2  Metal density and increased density of the mesenteric fat.
Fig. 3  Postoperative course.

 考察

バリウム製剤を用いた上部消化管造影検査は集団検診などで日常的に行われている.バリウムに関連した消化管穿孔の頻度は100万件中1.88例と報告されており,極めてまれな合併症である1).大腸内に停滞したバリウムにより血流障害が誘発され,脆弱化した腸管内圧が高まり穿孔を引き起こすとされている6).S状結腸は大腸の中でも解剖学的に内腔が狭く後壁の固定も乏しい.そのため,硬便の通過やそれに伴う蠕動運動による急激な内圧上昇と腸管壁の過度の伸展が起こりやすく,特に腸間膜対側が虚血および穿孔を来しやすいとされている7).自験例でもS状結腸の腸間膜対側が穿孔し,その肛門側にもバリウム混じりの硬い便塊が存在したことから,硬便に伴う通過障害による急激な腸管内圧の上昇や血流障害が起こり穿孔を来したと推測する.一般的な下部穿孔の死亡率は15%前後8)であるのに対して,バリウム腹膜炎の死亡率は本邦では22%9),海外では30~50%10)と高く非常に重篤な疾患である.その理由として,バリウムと便塊が腹腔内に同時に漏れることにより催炎症反応が相乗効果的に増加することが挙げられる11).また,バリウムは腹腔内に漏出後3時間程度で腹膜への癒着が始まり,3~5日で強固になるとされている12).バリウムへの異物応答として臓器表面に凝集したバリウム周囲に集簇したマクロファージによりTNFやIL-1β,IL-6が産生され好中球やリンパ球の遊走を促進・集積させる.さらに,産生されたIFN-γがマクロファージを活性化させることで炎症が高度になる13).そのためステロイドの抗炎症作用が効果的であると考えられる.

自験例は腹痛発症より約9時間後に緊急手術を施行しており,バリウムの腹膜への癒着が強固になりつつあったと考えられる.術中に約10 lの生理食塩水で洗浄するも結果的に腹腔内に残存したバリウムによる炎症反応の遷延を認めた.手術直後から抗菌薬投与を継続し,腹腔内膿瘍に対してはドレナージを行い,感染コントロールを行った.当初は感染の持続と考えていたが白血球の正常化および腹部CT所見,過去の報告例から遺残バリウムに伴う炎症が原因と判断しステロイド投与を行う方針とした.メチルプレドニゾロン1,000 mg/日を3日間投与し,投与翌日から解熱が得られCRPも著明な改善を認めた.その後,約半年間に渡るフォローでも再燃なく経過しておりステロイドの再使用も行っていない.ステロイドパルス療法は著効したと考える.

医学中央雑誌で1903年から2023年8月の期間で「バリウム腹膜炎」,「ステロイド」(会議録除く)をキーワードに検索したところ3件,PubMedで1950年から2023年8月の期間で「barium peritonitis」,「steroid」をキーワードに検索したところ1件であり,バリウム腹膜炎術後の炎症反応遷延に対してステロイドによる治療を行った報告は計4例のみであった.各症例でステロイド投与の量・期間・時期はさまざまであり(Table 12)~5),現時点で,使用するステロイドの種類や投与期間などに一定の見解はないが,全例で改善がみられている.ステロイド投与の際には副作用に留意する必要があり,メチルプレドニゾロンはプレドニゾロンよりミネラルコルチコイド作用が弱く,ステロイドパルス療法のような超大量投与ではメチルプレドニゾロンの選択が必要との報告がある14).また,上村ら4)は低用量・短期間のプレドニゾロン投与でも改善したと報告しており,パルス療法よりも副作用リスクの低い治療ができる可能性を示している.

Table 1 Reported cases treated with steroids for prolonged inflammatory reaction after barium peritonitis

No Author Year Steroid Duration (POD)
1 Tsutsumi 2) 2009 Methylprednisolone 1,000→75 mg/day

Prednisolone 30→5 mg/day
Details unknown
2 Tateno 3) 2014 Prednisolone 1,000 mg/day 3 (0–2)
3 Uemura 4) 2015 Prednisolone 10 mg/day 3 (31–33)
4 Kojima 5) 2017 Methylprednisolone 500→250→100 mg/day 9 (13–21)
5 Our case Methylprednisolone 1,000 mg/day 3 (27–29)

POD: postoperative day

バリウム腹膜炎の際には,遺残バリウムによる腹膜炎のほかに晩期の癒着性腸閉塞や膿瘍形成,肉芽種形成などの合併症の報告もあり15),その予防には可及的速やかに手術を行い,バリウムを完全に除去することが重要と考える.多量の食塩水での洗浄やウロキナーゼの併用がバリウム除去に有効であるとの報告もある16).しかしながら,術中にバリウムがどの程度除去できたかを正確に評価することは困難である.また,腹膜への癒着が強固となった時期では完全除去は不可能であり,腹腔内留置ドレーンからの排出も期待できないと考える.そのため,感染コントロールが良好にもかかわらず炎症が遷延する際には,異物反応による腹膜炎の可能性を念頭において,ステロイドパルス療法を行うことは有効な治療法となりうると考えられる.

自験例で開腹手術により人工肛門閉鎖術を行った際に,腹腔内の癒着は軽度で明らかな肉芽種の形成も認めなかった.ステロイドの免疫抑制作用が創傷治癒を遅延させるため17),ステロイド治療が癒着性腸閉塞や肉芽種形成の予防や治療に繋がる18)との報告がある一方で,あまり関連性がないとの報告もある19).また,検診後の消化管穿孔であることや社会的な背景から早期の人工肛門閉鎖が望まれることも多いが,ステロイド使用中では有意に縫合不全のリスクが高いと報告されており20),ステロイド投与終了後に手術を行う必要がある.この点でも低用量で長期間投与を行うよりも短期間のパルス療法を行うほうが良いと考えられる.しかしながら,その投与用量や期間に明確な根拠はないため,今後症例の集積を待ってさらなる検討が必要である.「有効性評価に基づく胃がん検診ガイドライン2014年度版」では上部消化管造影検査と上部消化管内視鏡検査は両者ともに推奨グレードBとされている.それぞれの検査の利点欠点を考慮して選択する必要があり,スキルス胃癌の診断に関しては上部消化管造影検査のほうが優位であるとの報告がある21).2005年に厚生労働省が医薬品医療機器等安全性情報にバリウムを追加し,検査後に水分を多く服用することや検査後数日間は排便の状況を確認することなどの注意喚起を呼びかけている.加えて,自験例のように下部消化管穿孔の合併症が起きた際には,死亡率の高い重篤な合併症となりうることのさらなる周知も必要と考えられる.健康な一般人に対する検診後の合併症は容認されがたく,合併症に際して救命は当然ながら可能なかぎり早期の社会復帰が要求される.この点においてもバリウム遺残による腹膜炎の遷延に対するステロイドパルス療法は有効な治療法の一つになりうると考えられる.

利益相反:なし

 文献
 

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