2024 Volume 57 Issue 8 Pages 367-373
症例は82歳の男性で,Miles手術の既往あり,約1年に1度の頻度で癒着性小腸閉塞症を繰り返していた.パーキンソン病の病勢悪化に伴い入院中であった.嘔吐があり,CTが施行された.拡張回腸から食道までの広範な粘膜下気腫,門脈内気腫を認め,手術治療の要否の判断を求め当科コンサルトとなった.骨盤内回腸で狭窄があり,腸管内圧上昇により粘膜下気腫を呈していると考えられた.バイタルサインや腹部所見に大きな異常なく,造影CTでは造影不良域のある腸管や腹腔内遊離ガスを認めなかったことから,保存的加療が妥当と判断した.保存的加療で症状は改善,気腫も速やかに消失した.腸管気腫症は腸管壊死などが原因の場合は緊急手術が必要となるが,薬剤性や特発性など保存的に改善が得られる場合もあり,原因に応じた対応が必要となる.今回,我々は食道を含め広範に気腫を認めたが,保存的加療により軽快を得られた1例を経験したため報告する.
An 82-year-old man had a history of having undergone a Miles procedure, which was complicated by repeated episodes of adhesive small intestinal obstruction approximately once a year. He was hospitalized for deterioration of his Parkinson’s disease. He experienced vomiting, and CT was performed. He was found to have extensive submucosal emphysema extending from the dilated ileum to the esophagus, as well as portal venous gas. Our department was consulted to determine whether surgical treatment was necessary. There was a stricture in the ileum, and the submucosal emphysema was thought to be due to increased intestinal pressure. His vital signs and an abdominal examination were unremarkable, and contrast-enhanced CT showed no poorly contrasted intestinal tract or intraperitoneal free air; therefore, conservative treatment was deemed appropriate. His symptoms improved, and the emphysema resolved. If the cause of pneumatosis intestinalis is intestinal necrosis, emergency surgery is required; however, in some cases, such as those with drug-induced or idiopathic causes, the condition can be managed conservatively. Here, we report the case of a patient with widespread emphysema that was relieved with conservative treatment.
腸管気腫症は,腸管囊胞様気腫症とも呼ばれ,腸管の粘膜下層や漿膜下層を中心に含気性囊胞を形成する病態である1)2).進行すると門脈ガスや腹腔内遊離ガスを生じることもあり,腸管壊死や消化管穿孔を伴う場合には緊急手術が必要となる.近年,保存的加療の適応についても議論されるようになり,必ずしも腸管気腫症,門脈ガス血症のみでは手術適応とはされなくなってきている3).一方で,広範な腸管気腫症は重篤な病態を反映しているとされ,手術適応とする報告もある4).今回,食道から胃,小腸にかけて広範囲に気腫を認め,門脈ガスも生じていたが保存的加療により軽快した1例を経験したため報告する.
患者:82歳,男性
主訴:嘔吐
既往歴:パーキンソン病,高血圧症,くも膜下出血,腰部脊柱管狭窄症.46歳時に直腸癌に対しMiles手術後であり,約1年に1度の頻度で術後癒着性腸閉塞症を発症していたが,保存的加療で軽快していたため,腸閉塞症に対する手術歴はなかった.
現病歴:ふらつき,呼吸困難感を主訴に救急外来を受診した.Hb 5.7 g/dlと高度の貧血と黒色便を認めたため,上部消化管出血を疑い,消化器内科に入院となった.輸血を施行し貧血は改善が得られ,入院6日目に上部消化管内視鏡検査を行ったが,その際には微小な潰瘍を散見するのみであり,明らかな出血の原因となる所見は認めなかった.経過中にパーキンソン病の病勢が増悪し,舌根沈下による気道閉塞が頻回となり,入院10日目に脳神経内科に転科した.気管切開,経管栄養(マーメッドワン®1,200 ml/日)を導入し加療を行った.経管栄養を開始後,問題なく人工肛門からの排便も見られていたが,10日目に嘔吐があったため,胸腹骨盤部CTが施行された.広範な腸管気腫像,門脈ガス像を認めたことから,手術加療の要否について,当科にコンサルトとなった.
発症時現症:体温35.9°C,脈拍106回/分,血圧120/80 mmHg,酸素飽和度99%(室内気),呼吸数25回/分.気管切開が施行され挿管中だが,意思疎通は可能で苦悶様表情はなかった.腹部膨満軟,全体に圧痛を認めたが,反跳痛や筋性防御などの腹膜刺激症状は認めなかった.
血液検査所見:白血球19,100/μl,CRP 4.06 mg/dlと炎症反応の上昇を認めた.尿素窒素23 mg/dl,クレアチニン1.34 mg/dlと軽度腎機能障害を認めた.
動脈血液ガス分析(室内気):pH 7.425,pCO2 32.5 mmHg,pO2 90.2 mmHg,HCO3 20.9 mmol/l,BE –2.2 mmol/l,LAC 31 mg/dlと乳酸値の上昇を認めた.
胸腹部CT所見:胸部上部食道から回腸にかけての拡張と壁内気腫を認めた(Fig. 1a).骨盤内回腸にcaliber changeを認め(Fig. 1b),同部位より口側の腸管が連続して拡張していた.結腸は圧排されていたが,気腫は認められなかった.消化管の炎症を疑わせる肥厚や浮腫は,食道を含め認めなかった.全腸管の造影効果は保たれ,腹水や縦隔内,腹腔内に遊離ガスは認めなかった.また,門脈内に多量のガス像を認めた(Fig. 1c).
以上より,癒着性小腸閉塞症に伴う腸管気腫症,門脈ガス血症と診断した.腸管気腫像や門脈ガス像は顕著ではあったが,腹部所見は軽度であり,また腸管の壊死や穿孔を疑う所見を認めなかったことから,緊急手術が必要となる可能性を念頭に置いたうえで,慎重に保存的加療を開始した.経管栄養は中止し,経鼻胃管を用いて腸管の減圧を行った.胃管排液は非血性,便汁様であった.炎症反応上昇があり,bacterial translocationを来している可能性を考え,抗菌薬(Meropenem 1 g/日)の投与を開始した.
治療開始後は,特に症状の増悪なく経過し,白血球,CRPは速やかに改善が得られた.腎機能障害も一過性であり,改善した.治療開始3日目にCTを再検したところ,食道から回腸にかけての腸管拡張は軽快しており,腸管気腫像は胃にわずかのみ,門脈ガスは肝外側区に少量残存するのみであった(Fig. 2).治療開始11日目にCTを再検した際には,腸管気腫像,門脈ガス像はともに完全に消失していることを確認した.経管栄養を再開するも,以降の消化器症状の増悪を認めず,パーキンソン病に対する追加治療の後,療養型病院へ転院となった.
腸管気腫症は,1730年にDu-Vernoi5)が最初に報告した,腸管壁内に多数の含気性囊胞を形成する疾患であり,本邦では1901年にMiwa6)によって初めて報告された.本症は20~40歳の壮年男性に好発するとされる7).本症は原因疾患の有無により特発性と続発性に大別され,特発性の頻度は15~19%と報告されている8).続発性の場合の原因疾患としては,消化器疾患(イレウス,腸管壊死,炎症性腸疾患など),呼吸器疾患(慢性閉塞性肺疾患など),膠原病(強皮症,全身性エリテマトーデスなど)などが挙げられる9).そして,発生機序としては,①機械説:腸管内圧の上昇により粘膜に損傷が生じ,腸管内ガスが腸管壁内に侵入する,②細菌説:ガス産生菌が腸管壁内に侵入し,そこでガスを産生することで壁内ガスとなる,③化学説:トリクロロエチレン,ステロイド,免疫抑制剤,分子標的薬,α-グルコシダーゼ阻害薬などによる,④肺原説:肺疾患により肺胞損傷が起き,漏出した空気が縦隔・後腹膜を経由して腸間膜から腸管壁内に至る,などの種々の報告がある2)10).本症例においては,直腸術後であり,癒着性小腸閉塞症の所見があったことから,腸管内圧上昇によりその口側腸管に気腫を生じたと考えられるが,経管栄養を行っていたことや,上部消化管出血があったことから,胃粘膜の損傷から気腫を生じたことも完全には否定できない.実際に,経管栄養によって腸管気腫を来した報告11)も散見されはする.しかし,経管栄養開始後に腸閉塞となり,閉塞部位より口側に気腫が広がっていたため,腸閉塞が腸管気腫症の発症に最も関与したと考えられた.それに加え,パーキンソン病による腸蠕動低下が腸閉塞ならびに腸管気腫症の発症に寄与したと考えられる報告12)も散見される.
腸管気腫症の治療法としては,腸管安静や高濃度もしくは高圧酸素療法,原因薬剤がある場合はそれらの中止といった保存的加療が選択されることが多く,経過は良好であるとされる13).しかし,腸管気腫症に腹腔内遊離ガス像や門脈ガス像を伴い,保存的加療の適応か否かの判断に難渋することもしばしば経験する.
腸管気腫症と門脈ガス血症はしばしば合併しうるとされており,Wiesnerら14)は,これらの合併は腸管壊死を強く示唆し,死亡率は82%に上ると報告している.一方で,近年本症例のように,腸管気腫症と門脈ガス血症の合併が見られても腸管壊死が見られず,保存的加療で軽快する報告3)も見られるようになり,腸管壊死の有無を把握することが重要とされてきた.杉本ら15)は,腸管壊死の有無にかかわらず門脈ガスは生じうるが,腹膜刺激症状を認めた場合は高率に腸管壊死を伴うと報告している.そのため,治療方針の決定には腹膜刺激症状を含め腹部所見の程度の評価が肝要になると考えられる.本症例においても,腹部所見が乏しいことは腸管壊死を生じている可能性が低いと考えた一因である.
腸管壊死や消化管穿孔を伴う場合は,早急な外科的介入が必要である.山口ら4)は,腸管気腫症に腹腔内遊離ガス・門脈ガスを伴う場合について,腸管壊死や消化管穿孔の可能性が低くとも,①腸管気腫が広範囲に及ぶ,②腹部症状が強い,③全身状態が不良で高熱がある,④炎症反応上昇のいずれかを認める場合には外科的治療を強く考慮するべきと報告している.本症例は,食道にまで至る広範な気腫があり,門脈ガスを合併していたが,造影CTで腸管壊死を疑う所見がなく,全身状態や腹部所見に大きな異常を認めなかった.炎症反応高値,乳酸値の上昇を伴ってはいたが,嘔吐に伴う誤嚥でも起こりうること,乳酸値上昇は脱水でも起こりうること16),血液検査所見と腹部所見との間に乖離がみられることから,これら血液検査所見の上昇が腸管壊死から生じている可能性は少なく,腸閉塞とそれに伴う嘔吐から生じている可能性が高いと判断し慎重観察とした.経鼻胃管で腸管減圧を開始し,早期改善が得られたが,そうでなかった場合には,イレウス管挿入や,腸閉塞解除を目的に手術も検討された.手術を施行した際には,腸管に壊死が見られず,気腫のみがある状態であれば腸管切除することなく手術を終えることができると考えられる.
医学中央雑誌で1903年から2022年までにおいて「腸管気腫症」,「食道」をキーワードに,またPubMedで1950年から2022年までにおいて「pneumatosis intestinalis」,「esophagus」をキーワードに検索した結果(会議録除く),我々が検索しえたかぎりでは,食道に気腫を認めた腸管気腫症の報告例は本症例を含め8例のみであった(Table 1)17)~23).年齢の中央値は72歳(19~82歳)で,男性が5例,女性が3例であった.主訴は嘔吐や腹痛などの腹部症状がほとんどであったが,特に症状がなく,検査上偶発的に発見されるものも見られた17).食道に疾患が疑われるものは3例で,他5例は胃や小腸など他の消化管に生じた疾患が原因で気腫を生じていた.気腫の範囲としては,食道から胃や小腸まで連続する広範囲なものが多く,中には結腸にまで及ぶものも見られた20).反対に,食道のみに気腫が限局していた症例は2例であった.全症例が発症時に食道に気腫を生じており,経過で緩徐に食道まで気腫が進展した症例は見られなかった.門脈ガスに関しては,胃より肛門側に気腫が及ぶ症例6例では全例に見られた.気腫を来した原因としては腸管の閉塞によるものや,炎症によるものなどさまざまであったが,腸管壊死を来しており,手術が必要であったものは8例中1例のみであり18),それ以外に外科的介入を要した症例は見られなかった.その際にも,壊死を来した小腸の切除のみ施行し,その他広範な気腫腸管は温存されており,本症例が腸閉塞の解除目的に手術を施行した際にも,気腫腸管の全切除は不要と考えられる.
Case | Author | Year | Age | Sex | Chief complaint | Site of pneumatosis | Portal venous gas | Cause | Inflammatory | Treatment |
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1 | Chelimilla 17) | 2013 | 78 | F | none | only esophagus | not inspected | artificial respiration | not listed | none |
2 | Ng 18) | 2014 | 70 | M | vomiting | esophagus to small intestine | (+) | small bowel necrosis | (–) | small bowel resection |
3 | Muhammad 19) | 2017 | 78 | M | vomiting | esophagus to stomach | (+) | mallory-weiss syndrome | not listed | conservative |
4 | Perez Rivera 20) | 2019 | 19 | M | abdominal pain | esophagus to colon | (+) | gastrostomy | (–) | conservative |
5 | Virarkar 21) | 2019 | 41 | F | abdominal pain | only esophagus | (–) | cytomegalovirus esophagitis | (–) | conservative |
6 | Nakajo 22) | 2020 | 60 | F | vomiting | esophagus to small intestine | (+) | pyloric stenosis due to gastric cancer | (+) | conservative |
7 | Ito 23) | 2021 | 74 | M | vomiting | esophagus to small intestine | (+) | radiation esophagitis | (+) | conservative |
8 | Our case | 82 | M | vomiting | esophagus to small intestine | (+) | adhesive intestinal obstruction | (+) | conservative |
以上より,食道に腸管気腫を来している症例は,食道より肛門側の腸管にも広範囲に気腫が及ぶ傾向があり(6例/8例),一見すると重篤な画像検査所見を呈するが,それに反し,腸管壊死などの緊急性が高い疾患が原因である可能性は必ずしも高くないことが推察される.また,マロリーワイス症候群19)や食道炎21)23)により食道から気腫が発生した症例も散見され,その際は肛門側へと気腫が進展するが,原因疾患の治療により,外科的介入の必要なく保存的加療で軽快する可能性がある.しかし,食道に気腫を来す腸管気腫症は報告例が少なくまれであり,その傾向や治療方針の検討に関しては,今後も症例の蓄積が必要と考える.
今回,小腸から発生したと考えられる気腫が食道まで広範に及んだ腸管気腫症に対し,保存的加療により軽快した1例を経験した.広範囲の気腫が存在しても,腸管壊死など緊急に外科的介入を要する疾患との関連性がない可能性が示唆された.気腫の範囲にかかわらず,腸管壊死が存在しない場合は保存的加療が可能なため,腸管壊死の有無を総合的に判断する必要があると考える.
本論文は,第303回東海外科学会(2023年4月,名古屋)において発表したものを再考したものである.
利益相反:なし