2025 Volume 58 Issue 3 Pages 169-176
症例は48歳の女性で,3年前の健診で胸部異常陰影を認め,CTで左上腹部腫瘍を指摘された.無症状で経過していたが,1年前の前医CTで腫瘍の増大傾向を認め,手術目的に当科紹介となった.当科初診時,触診で左上腹部に腫瘤を触知し,CTでは左上腹部に長径10 cmの膵尾部,胃体上部,左横隔膜に接し,一部壁在結節を伴う後腹膜囊胞性腫瘍を認めた.PETでは壁在結節に高集積を認め,CEAとCA19-9は上昇していた.腫瘍は増大傾向で悪性が疑われたため,手術の方針とした.上腹部正中切開で開腹し,腫瘍の膵尾部,脾門,左横隔膜への浸潤が疑われ,膵体尾部脾後腹膜腫瘍切除術,横隔膜合併切除を施行し,腫瘍を穿孔させることなく肉眼的に完全に摘出した.病理組織学的には壁在結節に肉腫様成分を伴う後腹膜原発粘液性囊胞腺癌であった.術後補助化学療法としてS-1を内服中であるが,現在術後6か月で再発なく経過している.
A 48-year-old female visited a local hospital 3 years ago due to an abnormal finding on a chest X-ray at her annual medical check-up. CT revealed a cystic tumor in the upper left abdomen. Follow-up CT one year ago showed that the tumor had gradually increased in size and she was referred to our hospital. A physical examination revealed a palpable mass in the left upper abdomen. Contrast CT showed that the retroperitoneal cystic tumor was 10 cm in diameter and had a mural nodule. This tumor was adjacent to the tail of the pancreas, the upper region of the stomach, and the diaphragm. High accumulation of FDG in the mural nodule was detected on FDG-PET. Serum CEA and CA19-9 were elevated. Since increasing tumor size, elevation of serum levels of tumor markers, and abnormal uptake at the mural nodule on FDG-PET suggested malignancy, resection was performed. After a midline incision of the upper abdomen, findings suggested that the tumor had spread to the tail of the pancreas, hilum of the spleen, and part of the diaphragm; therefore, the retroperitoneal cystic tumor was completely removed by distal pancreatectomy and splenectomy with partial resection of the diaphragm without intraoperative tumor rupture. Pathologically, the tumor was diagnosed as primary retroperitoneal mucinous cystadenocarcinoma with a mural nodule of a sarcomatoid component. The patient has received S-1 as adjuvant chemotherapy and there has been no evidence of recurrence for 6 months after the operation.
後腹膜腫瘍はまれな疾患である.後腹膜には上皮組織が存在しないためその多くが非上皮性腫瘍であり,後腹膜腫瘍における上皮性腫瘍の頻度は3.6%と低い1).粘液性囊胞腫瘍の発生母地としては,卵巣,膵臓,虫垂の順に多いが,後腹膜発生は極めてまれとされている2).今回,後腹膜囊胞性腫瘍を摘出し,壁在結節に肉腫様成分を伴う後腹膜原発粘液性囊胞腺癌(primary retroperitoneal mucinous cystadenocarcinoma;以下,PRMCと略記)であった1例を経験したので報告する.
患者:48歳,女性
主訴:なし.
既往歴:右乳房悪性葉状腫瘍(右乳房全摘術),帝王切開
家族歴:なし.
現病歴:3年前の健診で胸部異常陰影を認め,CTで左上腹部腫瘍を指摘された.無症状で経過していたが,1年前の前医CTで腫瘍の増大傾向を認め,手術目的に当科紹介となった.
入院時現症:身長153 cm,体重42.6 kg,BMI 18.2.触診で左上腹部に弾性硬な腫瘤を触知した.
入院時血液検査所見:CEA 11.4 ng/ml,CA19-9 548 U/mlと軽度上昇を認めた.
上部消化管内視鏡検査所見:胃体上部後壁に腫瘍による壁外圧迫を認めたが,胃内腔への腫瘍の露出はなかった.
CT所見:左上腹部に82×100×87 mmの壁に小石灰化が散在する後腹膜囊胞性腫瘍を認め(Fig. 1a),腫瘍は膵尾部(Fig. 1b),胃体上部(Fig. 1c),左横隔膜(Fig. 1d)に接していた.

FDG-PET所見:腫瘍は造影で増強される壁在結節を伴い(Fig. 2a),同部位に一致しmaximum standardized uptake value(SUVmax)12.7の集積亢進を認めた(Fig. 2b).

MRI所見:腫瘍内部はT1強調像で高信号(Fig. 3a),壁在結節は拡散強調像で高信号(Fig. 3b)を認め,同部位ではapparent diffusion coefficient(ADC)が低下していた(Fig. 3c).

後腹膜原発の粘液性囊胞腺癌,粘液成分を含む肉腫,後腹膜原発消化管間質腫瘍などを鑑別とし,上部消化管内視鏡検査で腫瘍の胃内腔への露出はなく生検による術前の確定診断は困難であり,腫瘍は経時的に増大し,腫瘍マーカーの上昇と壁在結節にPETで悪性を疑う集積亢進を認めたため,手術適応があると判断し,術中に腫瘍の穿孔を回避するため開腹術を選択した.
手術所見:上腹部正中切開にて開腹した.腹水貯留や播種性病変はなく,腹腔洗浄細胞診はClass Iであった.視野を確保するために横切開を加え,ト字切開とした.膵背側で弾性硬の平滑な腫瘍を触知し,胃への浸潤はなく,左側結腸,左腎・副腎から剥離可能であったが,腫瘍背側は左側頭側において左横隔膜へ強く固定され可動性は不良で膵尾部と脾門へ広範囲に接し浸潤が疑われた(Fig. 4a).マージンを確保した安全な手術を施行するため,横隔膜,膵体尾部,脾臓を合併切除する方針とし,腫瘍を穿孔させることなく肉眼的に完全に摘出した(Fig. 4b).横隔膜は5×7 cmの全層欠損となったため,連続縫合で閉鎖し,膵切離断端にドレーンを留置し,手術を終了した.

病理組織学的検査所見:肉眼的に囊胞は単房性で合併切除した横隔膜との癒着は認めたが,膵臓や脾臓とは連続せず,囊胞の破綻や囊胞壁からの腫瘍の露出は認めなかった.囊胞内はチョコレート状物質で充満しており,一部に壁在結節を認めた(Fig. 5a).組織学的には,囊胞壁の多くは腫大核を有する異型の粘液円柱上皮によって裏打ちされているが(Fig. 5b),壁在結節では乳頭状構造や腺腔状構造を形成しながら間質に浸潤し(Fig. 5c),一部では紡錘形(Fig. 5d)またはラブドイドな形態の異型細胞(Fig. 5e)が増殖する肉腫様の成分を認めた.免疫組織化学染色では,異型上皮はCK7陽性,CK20一部陽性,TTF-1陰性,GATA-3陰性,PAX-8陰性,ER陰性,WT-1陰性であった.肉腫様成分はAE1/AE3一部陽性,CK7陰性,CK20陰性,αSMA陰性,desmin陰性,S-100陰性,CD34陰性であった.また,間質細胞の一部はER陽性,α-inhibin陽性であった.以上より,病理組織学的にPRMCと診断した.

術後経過:術後1日目に飲水を開始し,術後6日目に膵切離断端に留置したドレーンを抜去した.術後より血小板高値で経過していたため,術後7日目にバイアスピリンの内服を開始し,同日食事を開始した.経過良好で術後20日目に退院し,術後腫瘍マーカーは正常化した.術後補助化学療法としてS-1を内服中であるが,現在術後6か月で再発なく経過している.
後腹膜腔は前方を壁側腹膜,後方を横筋筋膜に囲まれた空間3)であり,原発性後腹膜腫瘍は後腹膜腔に発生し後腹膜腔に所属あるいは連続する臓器以外の組織に由来する腫瘍である.後腹膜腔には原発性,転移性を問わずさまざまな腫瘍が発生し,後腹膜原発の悪性腫瘍は,全悪性腫瘍の0.1~0.2%4)を占め,組織学的には粘液癌,漿液癌,類内膜癌,明細胞癌,癌肉腫に分類され,粘液癌が最も多い5).
PRMCは,1977年のRothら6)の報告から2023年現在まで,本症例を含め87症例が報告されているが7),その発生機序は明らかになっていない.PRMCの発生機序として,後腹膜腔へ陥入した体腔上皮由来8),異所性卵巣由来6),奇形腫由来9),重複腸管由来10)の四つの仮説が報告されている.最も支持されている仮説は,後腹膜腔へ陥入した体腔上皮由来であり,胎生期の体腔上皮が卵巣生殖細胞原基,中皮細胞,ミュラー管へ分化する過程の途中で後腹膜腔に封入囊胞を形成し,粘液上皮化生を起こし,腺腫から腺癌へ進展すると推測されている8).後腹膜へ陥入した体腔上皮由来を支持する所見として,囊胞被覆上皮において粘液円柱上皮と中皮細胞との移行像を認めた症例が報告されている11).
本症例では腫瘍と粘液性囊胞腫瘍の発生母地として多い卵巣,膵臓,虫垂との連続性は明らかではなく,各種の免疫組織化学染色の結果から,臨床的にその他の原発となりうる病変を見いだせず,また患者は右乳房悪性葉状腫瘍摘出後であったがその転移を支持する組織学的所見に乏しかったため,PRMCと診断した.本症例の免疫組織化学染色では,多くのPRMC症例で陽性が報告されているCK7とCK2012)は異型上皮細胞で陽性であったが,中皮マーカーとなりうるWT-1は陰性であり体腔上皮由来を積極的に支持する所見は認めず,奇形腫の成分や壁外層の平滑筋や内腔に消化管粘膜も認めず奇形腫由来や重複腸管由来も否定的であった.一方間質細胞の一部がER陽性,α-inhibin陽性を呈し,卵巣間質に相当する組織と考えられ,発生起源としては異所性卵巣由来の可能性が示唆された.
PRMCは,中年女性の触診可能な腹部腫瘤(42.9%)や腹痛(23.8%)で発見されることが多いと報告されているが13),大部分の後腹膜腫瘍と同様に自覚症状に乏しく,スクリーニング検査時に偶発的に発見され,有症状時には腫瘍がすでに大きくなっていることが多い3).
PRMCの診断は一般的な後腹膜腫瘍と同様にUS,CT,MRIなどの画像で容易にでき,悪性を疑う所見として壁在結節や石灰化14)15)が報告されている.一方で腫瘍の良悪性の評価は画像所見のみでは限界があり,術前の生検が有用とされているが,Marcuら16)による後腹膜腫瘍の術前生検のreviewでは0.5~2.0%に播種を認めており,その適応は慎重に検討する必要がある.
腫瘍マーカーについては,PRMCでCEA,CA19-9,CA125の上昇が報告されているが,これらの腫瘍マーカーは良性腫瘍である卵巣囊腫,囊胞性リンパ管腫,囊胞性中皮腫などでも上昇する17)18).本症例を含め腫瘍摘出後に腫瘍マーカーが正常化するPRMCの症例が多いため,補助的診断または再発の早期発見には有用である.
PRMCの治療は基本的には腫瘍切除であり,他臓器浸潤例では合併切除術が施行されている19)20).腫瘍が卵巣腫瘍類似であることから以前は異常所見を認めない症例に対しても子宮・両側付属器切除の追加が推奨されていたが21),根拠に乏しく最近は否定的である22).術後補助化学療法の基準や標準的なレジメンは確立されておらず,被膜破綻例,周囲臓器への直接浸潤例,再発例に対して組織学的に類似している卵巣粘液性腺癌に準じたレジメンが施行されていることが多いが,奏効例は少ない12).
Myriokefalitakiら13)によるPRMCのmeta-analysisでは,5年生存率は75.4%と比較的予後は良好とされているが,根治切除後の再発率は40.4%と低くなく,松浦ら12)によるPRMCのreviewでは,術後再発または死亡群における被膜破綻例は56%と報告されている.また,後腹膜原発粘液性腫瘍の中では,良性の囊胞腺腫よりも境界悪性や粘液癌の方が多く11),病理組織学的に良性,境界悪性,悪性所見が混在し,良性から悪性への進展が推測されるPRMCの症例3)も報告されており,治療としてはできるだけ早期の被膜破綻のない腫瘍の完全摘出が望ましいと考えられる.本症例では被膜破綻なく腫瘍を完全に摘出できたが,同様に被膜破綻を伴わない腫瘍の完全切除後に腹膜播種再発を認めたPRMCに対し,近年切除不能な胃癌や大腸癌などの分化型腺癌に対して良好な治療成績をあげているS-1を開始し経過良好である菊池ら23)の報告を参考にS-1を術後補助化学療法として選択した.
医学中央雑誌で1903年から2023年の期間で「後腹膜原発粘液性囊胞腺癌」,「壁在結節」,PubMedで1950年から2023年の期間で「primary retroperitoneal mucinous cystadenocarcinoma」,「mural nodule」をキーワードとして検索した結果(会議録除く),壁在結節を伴うPRMCの症例報告は9例あった12)24)~30).PRMCの壁在結節は,Baergenら31)による上皮性卵巣腫瘍における壁在結節の組織学的分類に基づいて報告されていることが多く,(1)reactive lesionと(2)tumors(anaplastic carcinoma,sarcoma,carcinosarcoma)に分類され,reactive lesionは壁在結節に肉腫様成分のみを認める場合で良性とされている.検索した9例のうち本症例と同様腺癌に肉腫様成分を伴う壁在結節を認めたのはLeeら25)の報告した1例のみで,術後42か月再発なく経過している.壁在結節を伴うPRMCは予後不良とされ12),さらに壁在結節の組織型が退形成癌,肉腫様癌,肉腫の場合は,急激な経過をたどり予後不良因子となりうる可能性が指摘されている11)18).本症例の壁在結節には腺癌に一部肉腫様成分を認めたが,特定の間葉系組織への分化は示さず,上皮マーカーが一部陽性になることから,肉腫様癌に該当するものと考えられ,今後慎重に経過観察していく必要がある.
今回,後腹膜囊胞性腫瘍を摘出し,壁在結節に肉腫様成分を伴うPRMCであった1例を経験したので文献的考察を含めて報告した.PRMCの予後は比較的良好とされており,早期の被膜破綻を伴わない完全摘出が重要であるが,壁在結節を認める場合は予後不良であり,壁在結節の組織型と予後の関係については,今後症例の集積と検討が必要と考えられる.
利益相反:なし