2025 Volume 58 Issue 3 Pages 129-137
症例は72歳の男性で,cStage IIの胸部食道癌と診断された.食道温存希望が強く化学放射線療法(chemoradiotherapy;以下,CRTと略記)を施行した.CRT終了の69日後に,吐血,出血性ショックで救急搬送され,大動脈食道瘻と診断,胸部大動脈ステントグラフト内挿術(thoracic endovascular aortic repair;以下,TEVARと略記)を施行し救命した.その後,縦隔炎のコントロールが保存的に困難となり,TEVARから30日後に右開胸食道亜全摘,頸部食道瘻造設,食道亜全摘の22日後に,左開胸大動脈ステントグラフト抜去,下行大動脈置換を施行した.縦隔炎は治癒し,大動脈置換の35日後に自宅退院した.退院後3か月経過し,食道の再建手術を検討していた矢先に全身に多発転移が出現した.退院から7か月経過した現在,外来通院にて化学療法を施行している.
A 72-year-old man was diagnosed with stage II esophageal cancer and treated with chemoradiotherapy (CRT) for esophageal preservation. At 69 days after the end of CRT, an aortoesophageal fistula was diagnosed and emergency thoracic endovascular aortic stent graft repair (TEVAR) was scheduled. After TEVAR, conservative control of mediastinitis proved to be difficult. As a result, at 30 days after TEVAR, right transthoracic subtotal esophagectomy and cervical esophagostomy were performed. Thereafter, at 22 days after esophagectomy, the patient underwent left transthoracic removal of an infected aortic stent graft and replacement of the descending aorta. At 35 days after aortic replacement, mediastinitis had healed and the patient was discharged. Many metastases developed over the whole body three months after discharge. Esophageal reconstructive surgery was discontinued and outpatient chemotherapy was initiated.
進行食道癌に対する化学放射線療法(chemoradiotherapy;以下,CRTと略記)では,穿孔や穿通などの致死的合併症の可能性があり,大動脈との交通を来すと大動脈食道瘻(aortoesophageal fistula;以下,AEFと略記)を発症する1)~3).AEFの治療として胸部大動脈ステントグラフト内挿術(thoracic endovascular aortic repair;以下,TEVARと略記)は低侵襲であるが,縦隔炎を来した場合はTEVAR単独では根治不可能であり,食道切除やステント抜去,大動脈置換などの根治的開胸手術が必要になる4)5).食道癌に対するCRT後に発症したAEF,出血性ショックに対して,緊急でTEVARを行い,縦隔炎に対して食道切除およびステント抜去,大動脈置換の2度の開胸手術を行うことで救命しえた症例を経験したので報告する.
患者:72歳,男性
主訴:つかえ感
既往歴:舌癌術後(pT1N0M0,pStage I),洞不全症候群(ペースメーカー留置),高血圧,脂質異常症
生活歴:喫煙10本/day×52年間,飲酒1合/day
現病歴:2022年11月につかえ感を主訴に受診した.
血液検査所見:Cre 1.15 mg/dl軽度腎機能障害,SCC 1.0 ng/ml腫瘍マーカー上昇なし,その他異常は認めなかった.
上部消化管内視鏡検査所見:気管分岐部直下後壁右側壁に1/2周性の3型病変と口側方向へ伸びる全周性0-IIb病変を認めた.組織型はsquamous cell carcinomaであった(Fig. 1).
造影CT所見:胸部中部食道後壁に壁肥厚あり.大動脈への明らかな浸潤なし(Fig. 2).
以上より,食道癌,Mt,SCC,70 mm,Type 3+0-IIb,cT3r,cN0,cM0,cStage IIと診断した(食道癌取扱い規約第12版).
経過:術前化学療法(neoadjuvant chemotherapy;以下,NACと略記)後に手術の方針とした.レジメンはDCF(ドセタキセル+シスプラチン+5-FU)を推奨するも希望されず,FOLFOX(5-FU+ロイコボリン+オキサリプラチン)を選択した.2022年12月より開始したが,1クール途中で異型狭心症を発症,NACの継続は困難と判断した.手術を推奨したが食道温存を希望され,CRTの方針となった.レジメンはより有害事象の少ないものを希望されたため,S-1単剤,放射線は50.4 Gy/28 frを照射することとし,2023年1月より開始した.2023年5月(CRT終了59日後)に施行した上部消化管内視鏡検査では,食道の原発部は潰瘍のみ残存し,内視鏡的原発巣non-CR/non-PDと判断した(食道癌取扱い規約第12版)(Fig. 3).この内視鏡検査の10日後,吐血・出血性ショックで救急搬送された.治療経過から,AEFを疑い造影CTを施行した.食道癌原発部の食道壁は菲薄化,一部壁欠損し,同部位と接する大動脈には仮性動脈瘤の形成がみられ,胸部食道癌CRT後縦隔穿破,下行大動脈仮性動脈瘤と診断した(Fig. 4).再出血時には救命できない可能性があり,緊急でTEVARを施行した.
TEVARの手術所見および術後経過:大動脈造影では下行大動脈に突出部があり,仮性動脈瘤を形成していた(Fig. 5).仮性動脈瘤が中央になるように大動脈ステントグラフトを展開した.手術時間0時間31分,出血少量,輸血は術中に赤血球2単位,術後に赤血球2単位,FFP 4単位を投与した.術後は再出血なく経過した.TEVAR後より抗菌薬はtazobactam/piperacillin 18 g/dayを投与していたが,発熱と炎症反応高値が続いた.経鼻胃管からの経腸栄養を行い,食道潰瘍底の閉鎖を期待したが,潰瘍底にはステントが露出し,改善が見られなかった(Fig. 6).発熱と炎症反応高値は縦隔炎,ステント感染によるもので,保存的な感染コントロールは困難と判断した.2023年6月(TEVARから30日後),感染コントロール目的に食道切除の方針とした.手術侵襲を考慮し,再建は二期的に行う方針とした.二期分割食道亜全摘の第一期として,食道亜全摘,頸部食道瘻造設術を予定し,手術前日に経皮内視鏡的に胃瘻を造設(percutaneous endoscopic gastrostomy;以下,PEGと略記)した.食道再建を胃管再建で行う可能性も考慮し,PEGは胃体中部前壁のできるだけ大彎から離れた位置に造設した.
食道切除手術の手術所見および術後経過:右開胸食道亜全摘,頸部食道瘻を造設した.AEF部は,2横指程の瘻孔であり,術野からもステントがはっきりと視認できた(Fig. 7).食道は横隔膜レベルで切離した.手術時間4時間19分,出血量120 ml.術後より抗菌薬をmeropenem 3 g/dayとvancomycin 2 g/dayに変更し投与したが,微熱と炎症反応高値が遷延し,縦隔炎の状況が続いているものと判断した.術後9日目に採取した胸水培養からはKlebsiella peumoniae,Enterococcus faeciumが検出された.食道切除の22日後,ステント抜去,下行大動脈置換の方針とした.
下行大動脈置換の手術所見および術後経過:人工血管周囲に大網皮弁を留置するため,開胸する前に開腹し,右胃大網動脈を切離し左胃大網動脈を栄養血管とした大網皮弁を作成した.片肺換気にした後,腹部食道はそのままに,食道裂孔の左側腹側で横隔膜を5 cm切開し開胸した.大網皮弁を左胸腔内に挿入後,横隔膜は縫縮し,大網皮弁の根部を横隔膜に縫着固定した.また,開腹時にPEGは抜去し,胃瘻を再造設した.左開胸し,ステントの中枢側,末梢側でそれぞれ大動脈を全周剥離し,テーピングした.下行大動脈を縦切開しステントを露出すると,ステントおよびその周囲から混濁した液体が流出した.ステントは体外へ摘出した.大動脈切開部の背側には食道との瘻孔であった孔が確認できた.大動脈周囲は非常に硬く剥離困難で,テーピングした部分でしか全周剥離ができなかったが,食道との瘻孔部分とその周囲は切除し病理に提出した(Fig. 8).下行大動脈に人工血管を吻合した後,大網皮弁で被覆した.総手術時間10時間36分,出血量1,425 ml,輸血は赤血球18単位,新鮮凍結血漿18単位,血小板20単位を輸血した.術後の抗菌薬としては,食道切除後の胸水培養の感受性結果を考慮し,vancomycin 2 g/dayとcefmetazole 3 g/dayを4週間投与した.良好に経過し,術後35日目に自宅退院した.
病理組織学的検査所見:食道亜全摘の切除検体には,潰瘍周囲の平滑筋線維中に異型細胞をごく少数認めた.大動脈の切除検体には癌細胞は認めなかった(Fig. 8).
退院後経過:退院3か月後,食道の再建手術を検討していた矢先に,縦隔・肝臓・骨に多発転移が出現した.食道の再建手術は諦め,胃瘻からの経腸栄養を継続し,化学療法を行う方針とした.TEVARから10か月経過した現在,外来通院にて化学療法施行中である.
AEFの原因としては,胸部大動脈瘤破裂などの大動脈関連(約60%),食道悪性腫瘍(約20%),食道異物(約20%)が挙げられる6).食道癌患者のAEFは,癌の大動脈への直接浸潤や放射線照射,食道周囲の炎症などが原因とされている7)8).本症例では,食道癌CRT後の潰瘍に伴う食道周囲の炎症により下行大動脈に仮性動脈瘤を形成し,食道潰瘍と大動脈が瘻孔形成したと考えている.
AEFは致死的病態であるが,その治療としてTEVARは低侵襲であり,急性期の出血性ショックの救命には適している.しかし,TEVAR後に縦隔炎やステント感染,再出血の可能性があり,長期生存のためには,食道切除やステント抜去,大動脈置換といった根治的開胸手術を行う必要がある4)5).根治的開胸手術は,術後死亡率3.1%,院内死亡率18.8%とも報告され5),極めて侵襲の大きい治療であるが,大動脈関連のAEFでは,根治的開胸手術は周術期を乗り越えることができれば長期予後が望める治療である4)5).
医学中央雑誌にて1903年から2023年12月の期間で「食道癌」,「大動脈食道瘻」,およびPubMedにて1950年から2023年12月の期間で「aortoesophageal fistulas」,「esophageal cancer」をキーワードに検索すると,調べうる範囲では食道癌が原因のAEFに対してTEVARが施行された症例が,自験例の他に8件報告されていた(Table 1)9)~16).いずれも切除不能食道癌の症例で,AEF発症前の治療として,7例に化学療法と放射線治療が,1例に化学療法が施行されている.AEFの診断に至った経緯としては,7例で吐血,出血性ショックで発症,1例で縦隔炎の精査CTで胸部大動脈に仮性動脈瘤を認め診断に至った.8例とも緊急でTEVARが施行され,1例は救命できずに死亡,6例は救命し一旦退院できたが,TEVAR後2~7か月で癌の進行により死亡,1例はTEVAR後にバイパス手術が施行され,半年経過し生存しているという報告であった.本症例のように,TEVAR後に縦隔炎,ステント感染を発症し,根治的開胸手術が施行された症例は存在しなかった.また,TEVAR後に化学療法が施行された症例も存在しなかった.
No | Author | Year | Age | Gender | TNM | Treatment before TEVAR | Process of diagnosing AEF | Symptoms and treatment after TEVAR | Prognosis after TEVAR |
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1 | Ikeda9) | 2006 | 64 | M | T4NXMX | chemotherapy | hemorrhagic shock | no symptoms, bypass surgery | alive |
2 | Fujisawa10) | 2017 | 42 | M | T4N1M1 | CRT | mediastinitis | no symptoms, no treatment | death, after 56 days |
3 | Ikegaya11) | 2019 | 67 | M | T4N1M0 | CRT | hemorrhagic shock | expand of fistula, esophageal and aortic stent | death, after 115 days |
4 | Guerrero12) | 2020 | 69 | M | CRT | hemorrhagic shock | perioperative death | perioperative death | |
5 | Iwabu13) | 2020 | 69 | M | T4N+MX | chemotherapy, radiation therapy | hemorrhagic shock | death, after 7 months | |
6 | Zhong14) | 2022 | 66 | M | T4N1M0 | CRT | hemorrhagic shock | no symptoms, no treatment | death, after 2 months |
7 | Owczarek15) | 2023 | 70 | M | T4N+MX | CRT | hemorrhagic shock | death, after 3 months | |
8 | Negoto16) | 2023 | 71 | M | CRT | hemorrhagic shock | expand of fistula, no treatment | death, after 103 days |
食道癌に対するTEVAR施行に関して,日本食道外科学会が食道外科専門医認定施設および準認定施設を対象に行ったアンケート調査をWatanabeら17)が報告している.報告では,大動脈浸潤を有する局所進行食道癌に対して,19施設,41症例でTEVARが施行されていた.本症例のように,吐血や出血性ショックで発症したAEFに対する緊急TEVARは20症例であった.残りの21症例は,食道切除手術前に予防的にTEVARが施行されていた.前者の生存中央値はTEVAR後135日であり,TEVAR後に根治的開胸手術が施行された症例は存在しなかったことが報告されているが,Table 1の8件の経過とも類似している.一方,後者の生存中央値はTEVAR後378日であった.18症例で食道切除が施行され,R0手術が施行された症例では長期予後が得られていた.食道再建に関しては,一期的再建が9症例(50%),二期的再建が9症例(50%)であった.
本症例では,根治手術適応の食道癌であったにもかかわらず患者が食道温存を希望した経緯もあり,TEVAR後の縦隔炎に対しても抗菌薬治療を第一選択とした.TEVARから1か月後,保存的には縦隔炎のコントロールが困難となったが,performance statusが保たれていたこと,遠隔転移がなくサルベージ手術により予後も期待できる可能性があることから,根治的開胸手術の方針とした.食道切除,大動脈置換を両側開胸にて一期的に行うことは過大侵襲であると考え,右開胸による食道切除後に全身状態が落ち着いた段階で左開胸にて大動脈置換を行った.食道再建に関しても二期的に行う方針であった.食道再建には至らなかったが,仮に再建を行う場合は,大動脈置換の際の大網充填のために右胃大網動静脈が切離されていたため,空腸再建または回結腸再建を選択する予定であった.
再発のため,食道再建を断念することになったが,食道切除および大動脈置換の2度の開胸手術により,縦隔炎を根治することができた.大動脈置換術後8か月経過した現在,栄養は胃瘻から投与し,外来通院にて化学療法を継続している.縦隔炎を根治させたことは,患者の延命とクオリティオブライフに一定の寄与があったと考える.
本症例の治療戦略は,食道外科医と血管外科医の存在,緊急TEVARや開胸手術後の術後管理に対応可能な環境が整っていたからこそ成しえたものである.明らかな大動脈浸潤がない場合も,進行食道癌に対してCRTを施行する際には,AEF発症の可能性も念頭において診療に当たることが必要と考える.また,本症例では救命のためにTEVARを施行したが,食道癌に対するTEVARは保険適応外使用である.
利益相反:なし