The Japanese Journal of Psychology
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Research Reports
"Stumbling" in responses to psychological scales and support from clinical psychologists
Ayako BabaKyosuke BunjiAya Fukushima
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2025 Volume 96 Issue 1 Pages 48-54

Details
Translated Abstract

This study defines "stumbling in responses" (hereinafter called "stumbling" ) as the difficulty a client has in giving a valid response about their condition to a certain situation, psychological scale, or item. This study explored the presence, situation, and clinical psychologists' support for clients' stumbling in clinical situations from the perspective of clinical psychologists. An open-ended web-based survey of clinical psychologists showed that 99 out of 103 valid respondents noticed stumbling. Qualitative analysis revealed various situations causing stumbling, the diversity of clients' expressions, clinical psychologists' support, and different characteristics of stumbling in the collected responses. Quantitative analysis of co-occurrence frequencies and rates showed that the situation was related to stumbling, and that stumbling was related to support. These results are expected to facilitate the development of appropriate methods for stumbling prevention and support.

「心理に関する支援を要する者の心理状態の観察,その結果の分析」は心理職の業務の1つであり(厚生労働省,2015),心理検査はその主なツールである。心理検査の代表的な方法に質問紙法がある。質問紙法とは,質問項目に対して選択回答や自由回答を行うものであり,一般的に心理尺度が用いられる。心理尺度とは,個人の心理的傾向(感情・状態・態度・行動等)の程度を測定するために,関連する複数の項目から作られた物差しである(堀,2001)。臨床場面で心理尺度を用いる場合,回答を集計・数値化し,カットオフ値や標準データとの比較により回答者の特徴を知る。心理尺度を用いたアセスメントの長所として,比較的簡便に実施できる,回答者のペースで回答できる等がある(宮下,1998)。

自記式の心理尺度が物差しとして機能するためには,回答者が自身の状態を適切に回答する必要がある。しかし自記式調査の回答プロセスは複雑であり(レビューとして,Lee et al., 2022; Schwarz, 2007等),様々な要因により誤りが生じうる。その要因として,尺度内容や回答状況(レビューとして,DeCastellarnau, 2018),回答者に関するもの(レビューとして,Danielle & Jason, 2023),およびその相互作用(Ziegler, 2011)が知られている。

特に回答者の認知能力にばらつきがある臨床場面においては,認知的アクセシビリティが重要である(Kramer & Schwartz, 2017)。認知的アクセシビリティとは,認知的要求を軽減したり認知的プロセスをサポートしたりするアセスメント設計により,回答者が項目を解釈し,意図したとおりに回答できるようにすることを意味する。具体的には,内容・レイアウト・管理手順それぞれの最適化が求められるようになってきている。

回答中に生じた誤り,すなわち妥当性の低い回答は,さまざまな手がかりによって検出される。たとえば,Minnesota Multiphasic Personality Inventory-3(MMPI-3)日本語版(MMPI-3日本版研究会,2022)では,妥当性尺度が用意されており,その得点によって回答の妥当性を検証できる。調査研究においては,こうして検出された妥当性の低い回答を半ば機械的に除外することも珍しくない。しかし,回答の妥当性には,認知能力そのものの課題だけでなく,集中困難や易疲労性といった症状・特性も影響しうる。加えて状況によっては,心理的抵抗感が妥当性に影響を及ぼす可能性も否定できない。したがって臨床場面では,妥当性の低い回答を単純に排除するのではなく,その背景にある負担感や困難感を精査し,適切な支援につなげることが重要と考えられる。このためには,様々なクライエント(Client: 以下,Clとする)に様々な尺度を実施し,回答のサポートをしている可能性がある,心理職の認識を明らかにすることに意義があろう。

「回答へのつまずき」の定義 以上を踏まえ本研究では,Clが心理尺度に対し,自身の状態を適切に回答できないこと全般を「回答へのつまずき(以下,つまずきとする)」として扱う。つまずきは,回答を諦める行動,答えづらい感覚,一貫性のない回答結果等,様々な形で表れることが想定された。

目的 本研究の目的は,次の3点を明らかにすることであった。(a)自記式の心理尺度実施において,心理職はClのつまずきを認識しているか。認識しているのであれば,(b)どのような心理尺度・Clについてどのようなつまずきを捉えているか。(c)心理職はClのつまずきにどう対応しているか。これらを明らかにすることで,つまずきに関する現場知を議論の俎上に載せ,心理尺度を用いた臨床実践に関する議論を促進することが期待される。

方法

調査の手続き

2023年2月から4月にかけて,オンライン調査を行った。臨床心理士および公認心理師が多数登録し著者らが投稿可能な心理系学術団体・職能団体等のメーリングリスト8件および著者らの知人に,調査の概要およびアンケートフォームのURLが記載された依頼文を送付し,調査への協力と依頼文の拡散をお願いした。調査の参加条件は「現在,臨床心理士あるいは公認心理師の資格を有している」,「臨床場面でClを対象に心理尺度を実施した経験がある」の2点とした。

調査では,臨床経験年数や主な活動領域等のデモグラフィック項目を尋ねた後,前述の「『回答へのつまずき』の定義」を示したうえで,「あなたから見て,クライエントが心理尺度への回答に『つまず』いていると気付いた経験はありますか。」という項目を「よくある」,「たまにある」,「全くない」の3択で尋ねた。このうち「全くない」以外を選択した研究協力者に,該当するケースの詳細を自由記述にて尋ねた。「1. それは,どのような状況で,どのような尺度・項目に回答しているときでしたか。」,「2. そのときの回答者の様子や特徴を教えてください。」,「3. その『つまずき』に気付いた際,あなたはどのようなサポートをしましたか。」についてはケースごとに分けて回答するよう教示し,「4. 回収後や採点時に,回答された内容から,『つまずき』に気付いたことはありましたか。」についても補完的に尋ねた。自由記述に進む前には,設問文をよく読み回答しているかを判断するためInstructional Manipulation Check項目(IMC項目;Oppenheimer et al., 2009)を配置し,違反者は即時回答中止とした。

なお,本研究は金沢大学人間社会研究域「人を対象とする研究」に関する倫理審査委員会の承認を受けて実施した(承認番号:2022-29)。

分析

分析対象 計124名から回答を得た(うち21名はIMC項目違反により回答中止)。残った103名の回答のうち,つまずきに気付いた経験を尋ねる項目において「全くない」以外の回答をした99名に4項目の自由記述回答を求めた。これをケースごとに分割して分析に使用した。

回答内容の再分類 一部の回答において,質問項目と記述内容が対応していないもの(たとえば,自由記述項目3「その『つまずき』に気付いた際,あなたはどのようなサポートをしましたか。」にClの様子が記載されている)が見られた。そこで,ケースごとに4項目全ての回答を実際の記述内容に応じて「A. つまずきが見られた状況・尺度項目の内容」,「B. つまずき時のClの様子」,「C. つまずきに対する心理職の対応」,「D. 回収した回答から気付いたつまずき」の4グループ(以下,グループA―Dとする)へ再分類した。この作業は3名の分析者(著者)の合議によって行った。

コーディング グループごとに各記述に対するコーディングを行った。手続きは以下のとおりであった。

はじめに,意味のまとまりごとに,内容を要約するラベルを付与した。他のグループに分類された同一ケースに関する記述も適宜参照した。たとえば,グループBに分類された記述(description: 以下,(D)とする)「手が止まる様子がたびたび見受けられ,『どういう意味ですか?』と尋ねられることがよくあった。(D)」を例に説明する。まず「手が止まる様子がたびたび見受けられ(D)」に対してラベル(label: 以下,(L)とする)「手が止まる(L)」を付与した。続いて「『どういう意味ですか?』と尋ねられることがよくあった(D)」については,意味が不明瞭であったため,グループAに分類された同一ケースに関する記述「YG性格検査の項目全般において言葉の古さにより意味が理解できない(D)」を参照し,「語句について質問する(L)」を付した。

並行して,使用したラベルのリストを作成した。具体的には,既にラベルを付与した要素と共通する要素に対しては,リストから既存ラベルを付与し,新たな要素に対しては新規ラベルを作成・付与すると同時にリストに追加した。その度にリスト内のラベル同士の類似性・相違性に基づき,暫定的な上位概念を更新した。この上位概念をカテゴリ(category: 以下,(C)とする)と呼ぶ。以上の作業は1名の分析者が行った。

次に3名で話し合い,各記述に付与する最終的なラベルと,ラベルの上位概念であるカテゴリを確定した。なおグループBについては特に記述内容が多岐にわたったため,グループKJ法(川喜田,1986)のグループ編成の手続きを援用し,3名で一からカテゴリ生成を行った。

共起の確認 以上の手続きによって確定したラベルをもとに「どのような属性のClおよび項目ではどのようなつまずきの状況が見られやすいか」,「つまずきの状況に応じて心理職はどのような対応を取っているか」を明らかにするため,グループA-B,B-C間の全ラベル対の共起頻度を算出した。また,あるラベルが特定のラベルと特異的に共起している程度を表す指標として,ラベル対の共起頻度を各ラベルの出現回数で除した共起率を求めた。なおグループDは,特定のケースに関するグループA-B-Cの流れとは異なる内容であったため,この分析には含めなかった。

結果と考察

研究協力者の属性

Clのつまずきに気付いた経験を問う項目の回答は,「よくある」26名,「たまにある」73名,「全くない」4名であった。「全くない」以外の99名の平均年齢は38.15歳(SD=10.03),性別は男性27名,女性71名,無回答1名であった。保有資格は,臨床心理士かつ公認心理師88名,臨床心理士のみ6名,公認心理師のみ5名であった。経験年数は平均10.32年(SD=7.91)で,直近で関わっている臨床領域(複数選択)は医療・保健44名,教育23名,大学・研究所17名,産業・労働15名,福祉15名,私設心理相談(開業)4名,司法・犯罪・矯正1名であった。心理尺度使用頻度は,1年に1回以下11名,半年に1回以下17名,2―3ヵ月に1回以下15名,1ヵ月に1回以下7名,1ヵ月に2―3回21名,週に1回以下12名,週2回以上16名であった。使用尺度の上位5つは,Tokyo University Egogram(TEG: 東大式エゴグラム)63名,Autism-Spectrum Quotient(AQ: 自閉症スペクトラム指数)58名,Beck Depression Inventory(BDI: ベック抑うつ質問表)47名,Self-rating Depression Scale(SDS: うつ性自己評価尺度)48名,State-Trait Anxiety Inventory(STAI: 状態-特性不安検査)40名であった。99名から得られた計173ケースのうち,自記式尺度でない4ケース,調査等臨床場面以外に関する2ケース,回答不十分で分析に適さないと判断された1ケースを除外し,166ケースを分析対象とした。

得られたカテゴリとラベル

得られたカテゴリとラベルの一覧をTable 1にグループごとに示した。各カテゴリおよびラベルに該当する記述数は括弧内に記した。

Table 1

カテゴリおよびラベルの一覧

カテゴリ ラベル
注)各カテゴリ及びラベル名の( )内に該当したケース数を示す。
A.つまずきに気づいた尺度・項目の特徴
クライエントの属性(75) 発達障害・疑い(13),高齢者(12),子ども(9),学生(8),認知機能が低い(7),納得追求型(6),精神疾患(5),知的水準が低い(3),育児中(3),若者(1),成人(1),視聴覚機能が低い(1),アルコールの問題(1),パーソナリティに関する特徴(1),思考力がある(1),教育歴が短い(1),性被害の経験・疑い(1),他者への不信感(1)
項目の内容(70) 語句が難解(19),内容への違和感(7),該当経験なし(6),侵襲的な内容(6),ケースバイケース(6),項目が抽象的(5),表現が古い(4),知識を要する内容(4),性的な内容(4),対象状況不明(3),訳がぎこちない(3),項目が極端(1),未経験の想像(1),自己肯定項目(1)
実施方法(39) その場で実施(28),後で回収(6),受付実施(3),読み上げ実施(1),口頭実施(1)
選択肢(28) 順序尺度(17),頻度(11),中間的選択肢に制限(5),適切な選択肢なし(1)
尺度の全体的な特徴(16) 逆転項目(5),項目数が多い(3),項目間の対立(2),項目間の類似(2),対象期間不明(2),レイアウトがわかりにくい(1),対象期間に幅(1)
項目の形式(7) 項目に程度表現(2),ダブルバーレル(2),否定系の項目(1),項目が長い(1),二重否定(1)
B.つまずき時のクライエントの様子・特徴
特定の項目に手間取る(118) 空欄で進む(26),特定の項目に回答しないと伝える(7),後回しにする(4),手が止まる(35),特定の項目の回答時間が長すぎる(14),考え込む(11),首をかしげる(5),再読(3),漠然としたわからなさを伝える(13)
項目の指す内容がわからない(65) 項目の意味について質問する(22),語句について質問する(17),項目の指す状況について質問する(5),状況によって異なる場合の回答方法がわからないと述べる(5),状況によって異なる場合の回答方法について質問する(3),状況によって異なる場合の回答に悩む(3),項目の意味を理解していなさそう(7),項目の意味がわからないと述べる(4),語句の意味を理解していなさそう(2),語句がわからないと述べる(1)
回答形式に合わせて自分の状態を選択するのが難しい(28) 回答方法について質問する(6),回答方法を理解していなさそう(3),言語情報との齟齬(3),回答方法のわからなさを述べる(2),程度表現について質問する(6),自分の状態はどの程度に当てはまるか質問する(3),自分の状態はどの程度に当てはまるかわからないと述べる(2),程度表現についてわからないと述べる(1),程度表現を理解していなさそう(1),自分の状態はどの程度に当てはまるかわからなさそう(1)
回答に必要な情報の収集,整理ができない(10) 未経験事項の回答方法について質問する(3),未経験であると訴える(2),未経験事項の想像が難しそう(1),過去の経験を正確に思い出せていなさそう(2),聞かれていないことに惑わされる(2)
誠実な回答データを提供しない態度(9) 回答時間が短すぎる(3),意欲不足に見える(2),でたらめな回答だと明かす(1),尺度によらず回答しないと伝える(1),無視・無反応(1),持参しなかった(1)
注意・集中を最後まで維持できない(9) 疲れていそう(4),ペースダウン(2),脱線(1),行ずれ(1),尺度全体の回答時間が長すぎる(1)
特定の内容への回答について,感情的な抵抗感がある(6) 恥ずかしそう(3),回答をごまかしたと明かす(1),粗雑になる(1),特定の尺度に回答しないと伝える(1)
尺度の形式や内容へのひっかかりがある(5) 尺度の構造についてコメントする(3),不服そう(2)
実態との齟齬(2)
親に手伝ってもらう(1)
C.つまずきへのサポート
手がかりを示す(65) 意味説明(41),例示(5),図示(1),想起補助(5),選択補助(4),考え方の提案(4),個別最適化(5)
回答を促す(65) あるがまま(25),読み上げ(23),リトライ(12),再教示(5)
質問への対応(62) 意味の質問に回答する(28),語句の質問に回答する(12),回答方法の質問に回答する(10),回答を回避する(12)
心理的サポート(33) 見守る(17),受容と共感(10),気分転換(3),分割(1),延期(1),心理的安全の強調(1)
つまずきの積極的検出(27) 回答不備について質問する(14),回答不備の有無の確認(8),もやもやの確認(3),つまずきの確認(2)
無回答の積極的許容(11)
あきらめる(5) 中止(5)
つまずきの予防(3) 使用尺度を事前に検討する(2),注意喚起(1)
単純補助(2)
代理回答選択(1)
D.回収した回答から気付いたつまずき
無回答(39)
指示されていない回答方法 (26) 複数選択(19),中間選択(4),回答方法の間違い(3)
回答内容の矛盾(20) 尺度外矛盾(11),尺度内矛盾(9)
訂正(17)
特徴的な回答傾向(15) どちらでもない(9),ストレートライン(4),極端傾向(2)
欄外への記入(5)
解釈失敗の疑い(3) 意味の解釈失敗の疑い(2),二重否定の解釈失敗の疑い(1)
自己採点(1)

「A. つまずきに気付いた尺度・項目の特徴」では,尺度や回答状況に関する記述と,Clに関する記述が得られた。尺度に関する記述の具体例としては,「語句が難解(L)」が付与された「『パーティーってどういうことですか?呑み会でいいですか?』と尋ねられた(D)」,「YGの(中略)『はにかみや』,『早合点』などの表現(D)」や,「順序尺度(L)」と「頻度(L)」が付与された「やや,たまに,しばしば,などの形容詞にどれくらいの違いがあるのかが感覚的に難しい(D)」等が見られた。「その場で実施(L)」等の回答状況に関するラベルは「実施方法(C)」にまとまった。

Clに関する記述には「発達障害・疑い(L)」,「子ども(L)」,「認知機能が低い人(L)」等のラベルが付与され,回答に苦慮しやすい「Clの属性(C)」があることがうかがえた。具体的には「発達障害疑いの方に(中略)設問の抽象的表現や違和感のある日本語に困惑する患者がいるように思います(D)」(「発達障害・疑い(L)」)等の記述があった。

以上の結果は,先行研究(例として,Danielle & Jason, 2023; DeCastellarnau, 2018)で妥当性低下の要因として指摘されてきた尺度要因・回答者要因それぞれについて,日本の臨床現場における具体的認識を表すものであった。

「B. つまずき時のClの様子・特徴」への記述からは,心理職は「項目の指す内容がわからない(C)」のような尺度の内容理解に関する困難,「回答形式に合わせて自分の状態を選択するのが難しい(C)」のような尺度の教示に従い回答することへの困難,「特定の項目に手間取る(C)」のような漠然とした困難等をつまずきと評価していることが明らかになった。

心理職がつまずきに気付くきっかけは,「『こういう意味ですか?それともこういう意味ですか?』と質問があり(D)」(「項目の意味について質問する(L)」)のようなClによる明示的な援助要請に限らなかった。なかには心理職により観察された行動(Clの「手が止まる(L)」等)や,心理尺度以外から知り得た「実態との齟齬(L)」(「他者から見た際に明らかにかけ離れた項目にチェックを入れていた(D)」)等が手がかりになるケースも見られた。

「C. つまずきに対する心理職の対応」では,「単語の辞書的な意味であれば伝え(D)」る「意味説明(L)」が最も多く見られた。また,「『思った通りで良いですよ』と声をかけた(D)」(「あるがまま(L)」)のように,心理職が回答に影響を与えないようにする配慮や,「『少しわかりにくいですよね』(中略)とフォロー(D)」のような,Clに「受容と共感(L)」を示す姿勢も見受けられた。さらに働きかけの程度が低く,無理せず回答をとばしてもらう「無回答の積極的許容(C)」や尺度実施自体「あきらめる(C)」例も見られた。一方で,心理職が「回収時に空欄,複数に○などあれば,尋ねていた(D)」(「回答不備について質問する(L)」)等の「つまずきの積極的検出(C)」を試みる例も見られた。調査設計上該当数は少なかったものの,「学歴等から冊子式か箱に入れる形式か,やりやすそうなほうを選び,(D)」(「使用尺度を事前に検討する(L)」)など「つまずきの予防(C)」に関する記述も見られた。こうした事前の対応は意識せずとも認知的アクセシビリティにつながっているものと考えた。

「D. 回収した回答から気付いたつまずき」としては,「無回答(C)」や,「どちらか迷う項目も多かったのか,複数個所に印を付けていた(D)」(「複数選択(L)」)等の「指示されていない回答方法(C)」が多く挙げられた。調査研究では除外されがちな「ストレートライン(L)」等の「特徴的な回答傾向(C)」も,臨床場面では,つまずきの表出としてアセスメントに利用されている現状がうかがえた。さらに,以上のような形式的に判断可能なつまずきだけでなく,心理尺度以外から得た情報と「回答内容の矛盾(C)」のような,内容的に推測されたつまずきも見られた。

ラベルの共起

得られた共起頻度および共起率に基づき,共起関係の可視化を行った。各グループ間で(a)共起頻度が3以上,かつ(b)いずれかのラベルに対して共起率が50%以上のラベル対の間に線を引き,1本でも線が引かれたラベルをFigure 1にまとめた。以降では,カテゴリ・ラベル名の頭に所属グループ(A―C)をあわせて記す。Figure 1の視覚的特徴として,「B. 手が止まる(L)」がグループAの複数のラベルと共起しており,「C. 意味説明(L)」がグループBの複数のラベルと共起していた。このことから,「B. 手が止まる(L)」様子は多様な回答者や尺度項目において見られ,心理職は多様なつまずきに対して「C. 意味説明(L)」して対応していることがうかがえた。

Figure 1

グループA,B,C間のラベルの共起関係

共起頻度が最大であったラベル対は「B. 語句について質問する(L)」-「C. 意味説明(L)」と「B. 項目の意味について質問する(L)」-「C. 意味の質問に回答する(L)」であった(14回)。前者については「B. 語句について質問する(L)」から「C. 意味説明(L)」への共起率も約82%と高く,Clから語句について質問された心理職はたいてい意味を説明して回答の手がかりを示していることが示された。このことから,Clから質問の形で明示的につまずきが表出された場合には,それに対して回答・説明するという必要十分な対応が行われる傾向がうかがえた。

一方,共起ラベルが割れた例としては「B. 項目の意味を理解していなさそう(L)」があり,「C. 読み上げ(L)」に留める対応と「C. 意味説明(L)」が同じ割合で共起していた。このことから,非明示的なつまずきに対してどの程度介入するかは,心理職によって判断が分かれるものと考えられた。よりつまずき状況が不明な「B. 手が止まる(L)」への対応は,「C. もやもやの確認(L)」,「C. 受容と共感(L)」,「C. 回答を回避する(L)」に割れた。これらはいずれも介入的なものではなく,困難感にフォーカスした対応であった。

まとめ

本研究では,臨床場面における心理尺度回答へのつまずきの現状を探索的に把握するため,オンライン調査を実施した。結果得られたカテゴリとラベルの多様さから,つまずきの要因(グループA)や表出(グループB,D)および対応(グループC)の幅広さが明らかになった(Table 1)。特にグループBのラベルの一覧から,心理職は,Clからの主体的な働きかけ,行動観察,心理尺度以外から得た情報との照合等によってつまずきを知覚していることが明らかになった。内容面では,Clが回答に十分な言語能力や認知的労力を割けていないなど,認知的アクセシビリティの不足(Kramer & Schwartz, 2017)が原因と考えられる状況に加え,心理的抵抗などを含むより広い状況をつまずきと捉えていることが示された。

さらにグループ間のラベルの共起関係の分析からは,つまずきの表出の仕方には,Clおよび尺度・項目の特徴に応じて異なるものと,複数場面で共通して見られるものがあることが明らかになった。心理職によるサポートは,基本的にはClの求めに応じて提供されていたが,時には心理職側から主体的に働きかけていた。以上の知見は,個人や組織で蓄積されてきた経験知を共有可能にするものである。一人職場であることの多い心理職にとって,ほかの心理職の臨床に触れる機会は貴重であり,日々の臨床を相対評価する一助となるであろう。

本調査は探索的段階であり,結果の解釈においては次の点に留意が必要である。第一に,研究協力者の年齢・臨床領域等に偏りが見られた点である。そのため,より幅広い属性をもつ心理職から回答を収集し,一般化可能な結果を得ること,領域で層化したデータ収集を行い領域の特殊性を明らかにすること,つまずきが発生しやすい項目・Cl属性の定量的評価につなげることが望まれる。第二に,本調査の結果が検査を実施した心理職の主観的記述に拠っている点である。そのためClを対象とした調査およびClの認識や体験も併せた検討が求められる。

今後の展望として,心理職個人の経験や知識に基づいて行われてきたつまずきの検出やサポートの方法を共有知とすることが考えられる。つまずきに関する議論を通じて,妥当性の低い回答を防いだり,心理的支援に活用したりする方法の発展に寄与することが期待される。

利益相反

本研究には開示すべき利益相反はない。

馬場 絢子 現所属:奈良女子大学

1

本研究結果の一部は,日本心理学会第87回大会(2023)で発表された。

2

Figure 1に描出されなかった共起,および研究協力者の属性として収集した「使用経験のある尺度」の一覧については,J-STAGEの電子付録とした。

3

本研究にご協力くださいましたみなさまに心より感謝申し上げます。

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