2025 Volume 96 Issue 1 Pages 55-61
This study examined the possibility that a principal's leadership is related to different levels of teachers' group identity. The results of a web-based survey of school teachers revealed that the transformational and empowering leadership of principals were positively related to teachers' group identity at the relational as well as the collective level of group identity. The transformational leadership, "providing intellectual stimulation," was positively associated with "identification with the administration" and "identification with the organization" at the relationship level of group identity and at the group level, while "providing individualized support" was positively associated with "identification with the administration" at the relationship level of teachers. A principal empowering leadership was positively associated with teachers' total group identification scores. Based on these results, we discuss principals' leadership that contributes to reducing teachers' sense of busyness and promoting team schools.
教育現場は,旧来から問題視されていたいじめや不登校に加え,近年,急激な社会の変化に伴うグローバル化や情報化,少子高齢化など複雑さを増す諸課題への対応に追われている。文部科学省も,これらの課題は各教員が個々に対処するよりも,チームで取り組むことを重視し,2015年には「チームとしての学校の在り方と今後の改善方策について(答申)」(中央教育審議会,2015)を示した。そこでは学校の組織としての在り方や,学校の組織文化に基づく業務の在り方などを見直し,「チームとしての学校」を作り上げていくことの重要性を述べている。
チームとしての学校(以下,チーム学校とする)を実現するには,個々の教員がばらばらに行動するのではなく相互に情報共有や場に応じてスムーズに役割分担を行う状態を確立することが必要と考える。本研究は,このような状態の教員集団は,高い集団同一性を持つ集団と考え,この集団同一性と校長のリーダーシップとの関連を検討する。
集団同一性とは,「その集団と一体であるという認識」である(Ashforth & Mael, 1989)。組織のメンバーが組織と同一化しているとき,メンバーの自己概念には個人の自己同一性に加え,組織の同一性も含まれるとされる(Tajfel, 1978)。すなわち,教員が教員集団と一体感を感じる場合,そこには,2種類の同一性が生じていることになる。つまり,教員集団の中で他のメンバーと異なる個人としての自己概念,そして教員集団の一部として運命を共にするような集団的な自己概念である。
近年,リーダーシップ研究では,集団に所属するフォロワー,つまり集団のメンバーの視点でリーダーシップを捉える研究が進められている。例えば,Lord & Brown(2004)は,「リーダーシップとは,フォロワーの自己概念を変化させる過程である」と述べている。そして,文脈に応じて自己についてのスキーマが活性化し,反応する状態を作動自己概念と呼んでいる。Lord & Brown(2004)はこの作動自己概念の考えに基づき,フォロワーの自己概念には個人レベル,関係レベル,集団レベルの3つのレベルがあると指摘している。このことから,教員集団をフォロワーと考え,教員の自己概念が校長のリーダーシップで変化したと考えると,それは,教員の自己概念が個人レベルから関係レベルや集団レベルへと変化したと説明できる。
以上のことから,教員が,集団レベルで自分を捉えるようになれば,集団の一員として集団目標に沿った行動を自然と取るようになると予測できる。他方で,個人レベルに留まるなら,同一性を高めるのは個人の役割内活動に限定されるため,他者と協働しながら業務にあたる意識が低くなる可能性が考えられる。また,関係レベルの場合は,その対象となる他者が校長であれば,校長が好む行動は積極的に行う一方で,同僚と協調的な行動をとる重要性にはあまり意識が向かないと予測できる。逆に,同僚との関係レベルの場合には,同僚との交流や協力は活発に行うが,それは必ずしも校長が求める集団目標と関連するとは限らない可能性がある。この視点で記述するなら,有効に機能するチーム学校とは,教員集団のメンバーが,個人的関心や個別の人間関係よりも,学校目標やチームにむけて,状況をよくすることに関心が向く,集団レベルの自己概念を持っている状態であると想定できる。
集団同一性に関する研究は多く行われている。例えば,集団同一性が高い人は,組織の価値や信念を内面化して,実際の課題環境についても積極的にモニターする(Martin & Epitropaki, 2001)。これに関し,Kark et al.(2003)は,変革的リーダーシップが集団同一性に及ぼす影響について検討し,集団メンバーがリーダー個人に対して抱く個人的同一性つまり,関係レベルの同一性が高ければそのメンバーはリーダーへの依存傾向を強めること,他方で,集団同一性が高ければメンバーのエンパワーメントが高くなることを見出している。このことから,教員の集団同一性が高くなれば,教員は組織の価値や信念を踏まえながら自発的に自己決定し,行動する可能性がある。加えて,教師が自発的に自己決定できる状態は,職務ストレスの軽減と関連することを示す研究(Pearson & Moomaw, 2005)がある。
OECDが行ったTALIS2018の結果では,日本の教員はOECD加盟国等48ヵ国・地域において労働時間が最も多いとされており(国立教育政策研究所,2018),教員の多忙とそれに伴う多忙感やストレスは深刻な問題である。これについて,労働時間の長さは,制度の変更や社会的理解などが必要であり,容易には改善できないが,職務ストレスは,現在勤務する職場のリーダーが様々な働きかけを変えれば軽減できる可能性が高い。この時,集団同一性の考えを援用するなら,リーダーの働きかけで教員の集団同一性を高めることで教師のエンパワーメントを高め,多忙な教員の職務ストレスを軽減させることに資する可能性があると考えられる。この可能性を検討するためにも,リーダーシップと集団同一性の関連についての研究は必要ではなかろうか。
ところでParker & Haridakis(2008)は,集団同一性について,集団で生じる側面,個人の認知から生じる側面を扱う2つの系統の研究があることから,両者を統合した尺度を開発した。この尺度は集団同一性を「管理職との結びつき」,「同僚との結びつき」,「組織との同一視」,「目標と価値の統合」の4つの下位因子で構成している。そしてこの4つの下位因子を詳細にみると,自己と他者との関係レベルに関する認知,そして自己を組織・集団の一員としてとらえる集団レベルの認知の両方が含まれている。つまりこの尺度は,集団同一性について,集団で生じるレベルと個人間の関係で生じるレベルの2段階のレベルを測定できると考えた。そこで本研究では,このParker & Haridakis(2008)の尺度について,「管理職との結びつき」,「同僚との結びつき」については管理職,同僚とのコミュニケーションを通して形成された関係レベルの同一性,「組織との同一視」,「目標と価値の統合」については,自己を組織の一員として認知する集団レベルでの同一性を測定しているととらえることにした。
さて,それでは校長のどのようなリーダーシップが教員の集団同一性に影響を及ぼすのだろうか。多くの課題を抱える教育現場ではあるが,教育現場のリーダーシップに関する研究は日本では特に少ない。例えば西山他(2009)は,校長からの変革的リーダーシップが学校内の教育相談システム・コーディネーション行動を促進すること,校長の配慮的リーダーシップが職場の協働的風土を促進すること,さらにそれらが,教育相談の定着に影響することを明らかにした。このように,校長のリーダーシップが職場風土や教育相談の定着などに関連することが明らかにされているものの,校長のリーダーシップが教員集団そのものにどのような影響を及ぼしているのか,つまり,校長のリーダーシップとフォロワーとしての教員の集団同一性の関係については十分に研究されていないと言える。
最近のリーダーシップ研究で,フォロワーの集団同一性を変化させるとして注目されているものに変革的リーダーシップがある。前述のように,Kark et al.(2003)は変革的リーダーシップと集団同一性の関連について検討し,変革的リーダーシップがリーダーとの関係に伴う関係レベルの同一性と集団レベルの同一性の両方にポジティブに関連することを明らかにしている。すなわち,校長が変革的リーダーシップを取っていた場合,教員集団は関係レベルの同一性と集団レベルの同一性の両方が高まる可能性がある。しかしながら,Kark et al.(2003)の研究では,集団同一性について,同僚との関係レベルでの同一性については取り上げていない。
もう1つの候補は,エンパワーリングリーダーシップである。エンパワーリングリーダーシップは,チームに対して責任を与えること,この責任を用いるように勇気づけること,そしてチームにおける信頼感を伝えることの組み合わせで成り立つリーダーシップで(van Knippenberg, 2017),チームメンバーの心理的エンパワーメント,知識の共有やチーム効力感などを促進させてチームのパフォーマンスを向上させるリーダーシップである(例えば,Chen et al., 2007; Kirkman & Rosen, 1999; Srivastava et al., 2006)。
変革的リーダーシップはリーダーがビジョンを示すなど,リーダーからフォロワーへのタテ方向の影響が強くなる一方で,エンパワーリングリーダーシップの場合,リーダーが主となって行動するより,むしろメンバーが自律的に行動するヨコ方向の影響を促進するための行動と言える。メンバーが自律的に課題を解決しようとすると,特に学校現場のように多様な課題を抱える集団では,同僚間の連携や協力が必須となる。エンパワーリングリーダーシップがヨコ方向の影響を促進すると考えれば,校長のエンパワーリングリーダーシップは,教員の集団同一性のうち,特に,教員間のヨコの関係である教員間の関係レベルが特に意識されるようになると予測される。これに対して,校長の変革的リーダーシップは校長のタテの関係の影響であることから,教員の集団同一性のうち,校長とのタテの関係レベルが意識されると予測される。以上のことから,次の仮説が考えられる。
仮説1 校長の変革的リーダーシップは,教員の集団同一性のうち,集団レベルの同一性と校長との関係レベルの同一性に強く関連するだろう。
仮説2 校長のエンパワーリングリーダーシップは,教員の集団同一性のうち,集団レベルの同一性と同僚との関係レベルの同一性に強く関連するだろう。
そこで,本研究は,教育現場で働く教員を対象にした調査で,校長による変革的リーダーシップとエンパワーリングリーダーシップが教員の集団同一性の中の関係レベルあるいは集団レベルのいずれに強く関連するのかを検討する。またその結果から,教員集団の集団同一性を高めるための効果的な校長のリーダーシップの在り方について考察する。
2022年7月下旬に「24時間セルフ型アンケートツールFreeasy(フリージー)」が提供するWeb調査サービスにより,全国の15歳以上99歳以下,性別は男女,業種は教育業を対象として600名に調査を実施した。
属性項目では,校種(小学校,中学校,高等学校,特別支援学校,その他),雇用形態(正規教員,臨時的任用教員,非常勤講師,その他),職位(校長,副校長・教頭,それ以外)を尋ねた。また,項目を正しく読み回答しているかをチェックするための項目(この項目では「まったく当てはまらない」を選択してください)を入れた。
回答者600名について,次の手順で分析の対象者を絞った。まず,調査の依頼文で「本調査は学校(主に小,中,高校,特別支援学校等)の教員をされている方を対象としております。」と明記した。しかし,調査会社の属性制限には教育職と記入していた。そのため,対象としたい校種以外の教育職の人も回答できる状況となっていた。このためか,回答者の半数以上(309名)が校種で「その他」を選んでいたため,分析対象から除外した。次に残り291名のうち,正しく読み回答しているかチェックするための項目で誤った回答をしていた64名を除外し,さらに雇用形態で非常勤講師20名,その他33名を除外した。その後,職位を校長と回答していた4名を除外した。
以上の手続きを経て分析の対象となったのは,170名(男性96名,女性74名;平均年齢41.62歳,SD=11.56,23―72歳の範囲)の回答を有効とした。回答者の居住地に大きな偏りは見られなかった。
倫理的配慮 調査の冒頭の説明文で,匿名性が守られることを説明し,回答を承諾しない場合には画面を閉じるように明示した。本調査には侵襲性の高い項目は含まれず,回答に際する危険性はないと考えられたため,著者らの所属機関の倫理委員会の承認は受けなかったが,調査会社により不適切な調査項目がないことの確認を経たうえで実施された。
測定項目 校長の変革的リーダーシップはGeijsel et al.(2009)の15項目を採用した。これらは,「ビジョンの明確化」(項目例:「校長は学校の将来像の観点から,現在の問題を明確に示す」),「個別の支援の提供」(項目例:「校長は教師が自分の思いや気持ちを言葉にできるように支援する」),「知的刺激の提供」(項目例:「校長は教師が自分の関心を発展させ,新しいことに挑戦できるように励ます」)の3因子からなる。校長のエンパワーリングリーダーシップは鎌田・三沢(2020)の10項目を採用した。「校長は,教員の意見や提案をしっかりと受け止めてくれる」などの項目が含まれ,1因子である。集団同一性はParker & Haridakis(2008)の18項目を採用した。「管理職との結びつき」(項目例:「校長は私とは違う考えで組織を運営している(逆転項目)」),「組織との同一視」(項目例:「組織(職場)を抜けることになったら喪失感を覚えるだろう」),「目標と価値の統合」(項目例:「私は組織(職場)目標を大切にしている」),「同僚との結びつき」(項目例:「同僚は職場で何が起こっているのかを教えてくれる」)の4因子からなる。なお,これらの項目については,現在の職場,現在の職場の校長について思い浮かべて回答するように教示した。
上記の測定項目は,すべて「1. まったく当てはまらない」―「5. 非常に当てはまる」の5段階評定で回答を求めた。
分析は,IBM SPSS Statistics(version 25)を用いて行った。
記述統計と各尺度の信頼性の検討 各尺度についての記述統計をTable 1に示す。また,各尺度について,信頼性を確認するためにCronbachのα係数を算出した。
記述統計と信頼性分析の結果
度数 | 最小値 | 最大値 | 平均値 | 標準偏差 | α係数 | |
---|---|---|---|---|---|---|
ビジョンの明確化(TL) | 170 | 1 | 5 | 3.32 | .88 | .92 |
個別の支援の提供(TL) | 170 | 1 | 5 | 3.33 | .88 | .88 |
知的刺激の提供(TL) | 170 | 1 | 5 | 3.22 | .85 | .90 |
エンパワーリングリーダーシップ | 170 | 1 | 5 | 3.41 | .95 | .96 |
管理職との結びつき(GI) | 170 | 1 | 5 | 3.30 | .80 | .82 |
組織との同一視(GI) | 170 | 1 | 5 | 3.06 | .92 | .80 |
目標と価値の統合(GI) | 170 | 1 | 5 | 3.55 | .73 | .82 |
同僚との結びつき(GI) | 170 | 1 | 5 | 3.89 | .84 | .55 |
変革的リーダーシップは全体でα=.96であった。変革的リーダーシップの下位尺度については,「ビジョンの明確化」がα=.92,「個別の支援の提供」がα=.88,「知的刺激の提供」がα=.90であった。エンパワーリングリーダーシップは,α=.96であった。集団同一性は全体でα=.93であった。集団同一性の下位尺度については,「管理職との結びつき」がα=.82,「組織との同一視」がα=.80,「目標と価値の統合」がα=.82,「同僚との結びつき」がα=.55であった。
リーダーシップが集団同一性に及ぼす影響力の検討 変革的リーダーシップ(3下位因子)とエンパワーリングリーダーシップ独立変数とし,集団同一性の各下位因子(4下位因子)を従属変数として,強制投入法による重回帰分析を行った(Table 2)。
リーダーシップが集団同一性に及ぼす影響
独立変数 | 集団同一性 合計 |
管理職との結びつき(GI) | 組織との同一視(GI) | 目標と価値の統合(GI) | 同僚との結びつき(GI) | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
注)TLは変革的リーダーシップ,GIは集団同一性を表す。VIFはいずれも10未満であった。 **p<.01, *p<.05 |
||||||||||
知的刺激の提供(TL) | .44 | ** | .38 | ** | .56 | ** | .28 | .14 | ||
個別の支援の提供(TL) | ‒.03 | .29 | * | ‒.10 | ‒.21 | ‒.08 | ||||
ビジョンの明確化(TL) | ‒.31 | ‒.12 | ‒.05 | .25 | ‒.15 | |||||
エンパワーリングリーダーシップ | .36 | * | .25 | .15 | .34 | .41 | ||||
R2 | .52 | ** | .61 | ** | .32 | ** | .41 | ** | .12 | ** |
変革的リーダーシップの「知的刺激の提供」は,集団同一性合計(b*=.44, t=2.93, p=.004, 95%CI[0.43, 2.25]),集団同一性の「管理職との結びつき」(b*=.38, t=2.83, p=.005, 95%CI[0.10, 0.61])や「組織との同一視」b*=.56, t=3.12, p=.002, 95%CI[0.22, 0.99])にポジティブに関連することが示された。「知的刺激の提供」と集団同一性の「目標と価値の統合」(b*=.28, t=1.66, p=.10, 95%CI[‒0.05, 0.52]),「同僚との結びつき」(b*=.14, t=69, p=.49, 95%CI[‒0.26, 0.54])には関連が見られなかった。変革的リーダーシップの「個別の支援の提供」は,集団同一性の「管理職との結びつき」(b*=.29, t=2.11, p=.037, 95%CI[0.01, 0.50])にポジティブに関連することが示された。「個別の支援の提供」は,集団同一性合計(b*=‒.03, t=‒.21, p=.84, 95%CI[‒0.97, 0.79]),集団同一性の「組織との同一視」(b*=‒.10, t=‒.54, p=.59, 95%CI[‒.0.47, 0.27]),「目標と価値の統合」(b*=‒.21, t=‒1.28, p=.20, 95%CI[‒0.45, 0.10]),「同僚との結びつき」(b*=‒.08, t=‒.38, p=.71, 95%CI[‒0.46, 0.31])には関連が見られなかった。変革的リーダーシップの「ビジョンの明確化」は,集団同一性合計(b*=‒.31, t=‒.22, p=.82, 95%CI[‒0.87, 0.69])とその下位尺度である「管理職との結びつき」(b*=‒.12, t=‒.97, p=.34, 95%CI[‒0.32, 0.11]),「組織との同一視」(b*=‒.05, t=‒.30, p=.76, 95%CI[‒0.38, 0.28]),目標と価値の統合(b*=.25, t=1.70, p=.09, 95%CI[‒0.03, 0.45]),「同僚との結びつき」(b*=‒.15, t=‒.82, p=.41, 95%CI[‒0.48, 0.20])との関連を示す結果は得られなかった。このことから,仮説1の結果は,一部支持された。
エンパワーリングリーダーシップは,集団同一性の合計得点については有意にポジティブに関連することを示した(b*=.36, t=2.10, p=.03, 95%CI[0.06, 1.89])。しかしながら,集団同一性の下位尺度である「管理職との結びつき」(b*=.25, t=1.63, p=.10, 95%CI[‒0.04, 0.46]),「組織との同一視」(b*=.15, t=71, p=.48, 95%CI[‒0.25, 0.53]),目標と価値の統合(b*=.34, t=1.81, p=.07, 95%CI[‒0.02, 0.55]),「同僚との結びつき」(b*=.41, t=‒.21, p=.84, 95%CI[‒0.97, 0.79])については有意な結果は示されなかった。このことから,仮説2は支持されなかった。
本研究は,教員を対象とした集団同一性についての調査を通して,校長によるリーダーシップは教員の集団同一性の中の関係レベルあるいは集団レベルのいずれに強く関連するのかを検討した。その結果,変革的リーダーシップで,管理職との関係に基づく同一性と組織への同一性の両方と関連が示された。しかし,エンパワーリングリーダーシップでは,校長との関係や組織との同一視などとの下位の項目と有意に関連せず,集団同一視の合計点とは有意に関連することが示された。
より詳細に見ると変革的リーダーシップのうち,「知的刺激の提供」と「個別の支援の提供」は,集団同一性の「管理職との結びつき」にポジティブに関連する結果が示された。「知的刺激の提供」は,フォロワーの個人内の関心を認め,それを発展させるように励ますといった働きかけが含まれる。また,「個別の支援の提供」は,個人の考えを組織の中で表現できるよう支援する働きかけである。これらは,フォロワーにとって,特に管理職との関係が良いとの認知とつながりやすく,集団レベルと言うよりも,むしろリーダーとの関係レベルでの集団同一性と関わりが深い可能性がある。ただし,「知的刺激の提供」は,フォロワーが集団の一員としての自己を自覚させる集団レベルでの自己概念にも関わっているため,リーダーとの関係だけでなく,集団レベルの集団同一性とも関連していると思われる。
これに対して,変革的リーダーシップのうち「ビジョンの明確化」は「管理職との結びつき」や「組織との同一視」との関連は見られなかった。
エンパワーリングリーダーシップは,集団同一性の合計得点に対しては有意にポジティブな関連を示したが,下位尺度については有意な結果が示されなかった。本研究では有意差は見られなかったが,エンパワーリングリーダーシップと同僚との結びつきについて有意傾向が示されており(b*=.41, SE=0.95, t=1.80, p=.07, 95%CI[‒0.03, 0.76]),何らかの別の要因を媒介して関連している可能性がうかがえる。これについてはさらなる研究が必要と考える。
エンパワーリングリーダーシップは,リーダーの指示を待つのではなく,フォロワーが自律的に行動することを導く働きかけが中心であることを考えると,リーダーとの関係レベルよりも,同僚との関係レベルや集団レベルでの集団同一性と関連する可能性は考えられる。例えば,校長のエンパワーリングリーダーシップは,フォロワーである教員の自律性を下支えする可能性が示唆されている(鎌田・三沢,2020)。このことからも,教員が自律的に課題に対応する際に,同僚との連携は非常に重要であるが,校長のエンパワーリングリーダーシップが示されることで同僚との関係レベルの集団同一性が強くなり,教員はより一層,自律的に行動しやすくなるという可能性が考えられる。
稲川・五十嵐(2016)は,高校教師のチームワーク尺度を作成し,高校教師に調査を実施した結果,チームメンバー間で日ごろから円滑な対人関係が構築できている状態と,メンバー相互で情報共有がしやすい状態に高い正の相関があることを見出した。このことから,同僚との関係レベルの集団同一性とはなんらかの形で関連していると思われるが,例えば,職場の風土など別の要因による影響が含まれるかもしれない。いずれにしても,エンパワーリングリーダーシップと同僚との関係レベルでの集団同一性に関する研究は今後,他の要因も含めた研究が必要であろう。
本研究の結果は,校長による変革的リーダーシップとエンパワーリングリーダーシップがフォロワーである教員の集団同一性の異なるレベルにアプローチしている可能性を示している。変革的リーダーシップとエンパワーリングリーダーシップのいずれも集団同一性を高めることに関わるが,いずれか一方では十分に教員の集団同一性を高めることはできないかもしれない。例えば,変革的リーダーシップを発揮している校長が,より教員の集団同一性を高めるためには,エンパワーリングリーダーシップに関わる行動を多くとることで,教員の同僚との関係レベルの同一性が高まり,総合的に集団同一性が高まる可能性が考えられる。本研究の結果からは変革的リーダーシップとエンパワーリングリーダーシップのいずれかが優れているということではなく,組織の状況や教員の状態を把握したうえで,いずれのリーダーシップも必要に応じて発揮することが望ましいと考えられる。
教員は業務時間の多さだけでなく,多様な業務による多忙感についても課題となっており,中央教育審議会(2019)では,教師が専門性を活かして行うべき業務と教員以外に委託可能と考えられる業務に仕分けを行い,教員の負担軽減に向けた手立てを取れるよう議論を進めている。しかしながら,そうした対応は一朝一夕には進められないと予測できる。そうなると,まずは校長が効果的なリーダーシップを発揮し,教員集団の集団同一性を高める中で,教員が校長や同僚との友好的な関係を築かせたり,集団目標を自分の中に落とし込んで活動するように働きかけたりすることで職務ストレスの軽減につながるのではないだろうか。本研究では,校長の変革的リーダーシップやエンパワーリングリーダーシップで教員の集団同一性が高まる可能性を示唆している。しかし,これが教師の職務ストレスの軽減や同僚との協働の促進などにつながっていくのかについては,今後,さらに検討していく必要があると言える。
本研究の限界として,以下のことがあげられる。まず,本研究の結果からはリーダーシップが集団同一性を高めるという因果関係を説明することはできない。因果関係を示すためには,縦断的研究などを行う必要があると言える。
また,サンプルサイズの少なさが挙げられる。地域の偏りを防ぐために,また,学校教育現場において,校長のリーダーシップに関する調査を実施する場合,教育委員会や校長の許可を得ることが困難なケースがある。このため今回はWeb調査を実施したが,調査対象者は想定よりもかなり少ない結果となった。さらに精緻な結果を示すためにはサンプルサイズを大きくすることが必要であろう。Web調査を行う場合,事前にスクリーニングを行うことで,調査の対象に該当する回答者を増やすことが考えられる。
さらに,本研究では現在の学校での在職歴や現在の在職校の校長との同職歴などは尋ねていない。主に公立の学校教員は数年ごとに異動があるため1つの学校に所属する年数や校長との関係の年数に大きな差がある可能性は低い。しかし,在職期間や校長と関わる年数などが組織や校長に関する認知に影響するケースはあるかもしれない。これについてはさらなる研究が必要であろう。
また,本研究は,教員を対象とした研究であるため,必ずしもフォロワーの認知に焦点を当てたリーダーシップ研究として一般化できる結果とは言い難い。あくまでも,教員集団が認知する校長のリーダーシップに限定された結果である。よって,今後の展望としては,関係レベルの同一性と組織レベルの同一性のどちらか一方を高く認知している教員はパフォーマンスや集団の満足度,行動(例えば,校長への働きかけの頻度や同僚とのコミュニケーションの頻度など)に違いが見られるのかについての検討を行うことが求められるであろう。
本論文に関して,開示すべき利益相反関連事項はない。