The Japanese Journal of Psychology
Online ISSN : 1884-1082
Print ISSN : 0021-5236
ISSN-L : 0021-5236
Original Article
Social interaction process between managers and employees at a special subsidiary company employing persons holding mental disability certificates
Remi OhshimaHiroshi Takeshita
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML
Supplementary material

2025 Volume 96 Issue 2 Pages 89-99

Details
Translated Abstract

This study sought to discover regulations for the social interaction process (i.e., combination of attitudes) between managers and employees in a department employing persons with mental disability certificates at a special subsidiary company that promotes the employment of persons with disabilities. The goal was to establish a theory for processes that enable improved support for persons with disabilities in the workplace. Semi-structured interviews were conducted with ten managers (five male and five female) at the special subsidiary company A. Based on the grounded theory approach (GTA), the results showed three situations that managers and able-bodied employees may experience related to workplace support, and the conditions, strategies, and consequences of each. The study revealed the mutual attitudes of managers and able-bodied employees that can lead to more desirable outcomes for support, including psychological and performance stability in the workplace. In order to achieve better support for employees with disabilities, skill and attitude development of three parties is needed: managers, able-bodied employees, and the employees with disabilities who receive the support.

日本の民間企業に雇用される障害者数は2023年時点で64万2,178人と,20年連続で過去最多を更新した(厚生労働省,2023)。2024年4月には民間企業の法定雇用率は2.5%となり,段階的な引き上げも決定していることから(厚生労働省,2024),今後も雇用者数は増加が見込まれる。特に精神障害者保健福祉手帳所持者は,2018年に障害者雇用率の算定基準に加わって以降,雇用者数の伸び率が障害種の中で最も大きい(厚生労働省,2023)。一方,一般企業就職後1年時点での精神障害者の定着率は最も低く(高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター,2017)職場定着が課題である。

ナチュラルサポートの重要性

米国では1986年に援助付き雇用が制度化されて以降,雇用の専門家が障害のある従業員に個別の支援を提供するジョブコーチ・モデルが全米に広がった(Unger et al., 1998)。しかしNisbet & Hagner(1988)は,仕事の定着率の低さ,ジョブコーチへの依存による支援終了時の困難などのジョブコーチ・モデルの問題点を挙げ,就労支援において機関の職員に依存しない「ナチュラルサポート(natural supports)」の存在を認識する必要性を強調した。ナチュラルサポートは,「障害のある人が働いている職場の一般従業員(上司や同僚など)が,職場内において(通勤は含む),障害のある人が働き続けるために必要なさまざまな援助を,自然にもしくは計画的に提供すること(小川,2000, p.27)」等と定義され,先行研究ではその効果が実証されてきた。例えば「上司および同僚による支援」は,他のすべての関連する共変量(職場環境におけるジョブコーチの存在,訓練等)を統制しても重度精神障害者が仕事を失うリスクの低下と関連していた(Corbière et al., 2014)。また,精神障害のある従業員のワーク・エンゲイジメントの熱意,没頭は,上司や同僚からのソーシャルサポートによって促進されていた(Villotti et al., 2014)。さらに,職場でナチュラルサポートが提供されない場合のリスクも示されている。例えば上司や同僚の中には,障害のある従業員に非受容的な態度をとる者もいる(Hagner, 2003)。Huff et al.(2008)によれば,援助付き雇用プログラムに参加する精神障害者のうち,職場残留者では35%が自身を理解し,配慮し,支えてくれる上司がいたと報告したが,職場離職者では36%が,あまりサポートをしてくれなかったり,明確な指示を与えなかったり,怒りっぽい上司がいたと報告した。またGates et al.(1996)では,自身の状態により仕事の遂行能力に制限がかかっていると回答した障害のある従業員のうち59%が,人間関係が自身のパフォーマンスに影響を与えていると回答しており,上司が認識するよりも多く,同僚との関係性を含む人間関係の問題を認識していた。これらの結果からGates et al.(1996)は,障害のある従業員の適応過程における上司の役割の1つに,同僚との間のセンシティブなコミュニケーションを保証することを挙げている。こうしたナチュラルサポートが障害のある従業員の職場定着や成果に及ぼす影響を踏まえると,その主な担い手である上司や同僚の支援スキルや態度の発達は現場の重要課題といえる。また上司には,現場の監督者として同僚に適切に働きかけ,支援を円滑に進める役割が求められている。

しかし先行研究におけるナチュラルサポートの有効性を示す知見は,変数間の因果関係から説明される構造の理論が中心である。例えば「上司や同僚のナチュラルサポートが,障害のある従業員の仕事を失うリスクを減少させる」という変数間の因果関係が示されても,そこから上司が具体的にどの状況で,何をすべきかといった示唆までは得られない。社会的行為は変数間の因果関係で示される「構造」ではなく「過程」,つまり出来事間の因果関係で成立している(Lindesmith et al., 1999)。そのため,現場での状況の改善のためには,「特定の社会的状況下でAをすれば,Bが起きる」という過程の理論を示すことが重要になる。そこで本研究では,社会的相互作用過程(social interaction process; Lindesmith et al., 1999)パラダイム(以下,SIPパラダイムとする)に依拠して,障害者雇用の現場での支援の改善に活かせる過程の理論について検討する。

本研究の理論的枠組み

SIPパラダイムは,プラグマティズムの社会心理学に基づき(Strauss, 1987),実証主義を社会システムに応用するためのプラグマティズム理論(Kiefer, 2007)である。社会的状況における相互作用(interaction in the social situation; Lindesmith et al., 1999)モデルによると,社会的状況下では,対面的な相互作用(実際の相互作用)と内面的な相互作用(個人が自己や他者と内面で行う相互作用)の2つの流れが並行して存在する。個人(A)は自分に対する態度(A-A)と他者(B)に対する態度(A-B)を持ち,また,他者が自分に対して持つ態度(B-A)を想像する。AがBに対し行為を開始すると,BはAに何かしらの反応を示すが,Aはその反応を内面で評価・解釈し,それが次のAの行為に影響する。このように,Aの自己感情や自己定義は相互作用を通じて変化し,それはBの社会的行為にも影響を与える。さらにGlaser & Strauss(1965 木下訳 1988)は,社会構造的条件は相互作用が行われる文脈を構成し,また,相互作用は組織的要因を含む結果に影響することを示し,2者関係を環境との入出力構造に拡張した。このパラダイムに依拠する過程の理論は,複数の段階,各段階への移行条件,各段階における方略(態度)の組み合わせ,その帰結(良い/悪い)で構成される(Glaser & Strauss, 1965 木下訳 1988; Strauss, 1987)。こうした過程の理論が確立されれば,ナチュラルサポートの担い手である上司と同僚が,どのような状況下で,どのような相互作用や方略をとり,それがどのような帰結をもたらすかが明らかになる。上司や同僚はそうした知見を,支援改善に向けた状況のアセスメントや行動計画の策定等に応用することができるだろう。

本研究の目的

以上から本研究では,特例子会社で精神障害者保健福祉手帳所持の従業員(以下,障害のある部下とする)が所属する部署を対象に,現場での支援の改善に応用可能な過程の理論の確立を目指す。そのために,管理職と,障害者雇用の現場では管理職と同様,ナチュラルサポートの重要な担い手と考えられる,障害者手帳未所持の部下(以下,健常者部下とする)の支援の過程に注目をする。なお特例子会社とは,障害者の雇用の促進及び安定を図るため,事業主が障害者の雇用に特別の配慮をした子会社である(厚生労働省,2014)。設立目的から管理職と健常者部下で障害のある部下の支援体制を構築することが不可欠な環境と考え,調査対象とした。

方法

調査協力者と手続き

特例子会社A社の協力を得て,精神障害者保健福祉手帳所持の従業員の所属する部署の課長職10名(男性5名,女性5名)を対象に,半構造化面接を実施した(Table 1)。A社では,精神障害者保健福祉手帳所持の従業員は事務,軽作業等に従事している。対象者の選定にあたっては,A社担当者に後述の分析焦点者の条件を伝え,条件に合致する管理職の紹介を受けた。

Table 1

調査協力者の属性

No. 性別 年代 No. 性別 年代
注)管理職経験年数の範囲は11ヵ月―12年,部下数の範囲は7―53名,精神障害者保健福祉手帳所持の部下数の範囲は1―11名であった。
A 女性 40代 F 男性 40代
B 女性 40代 G 男性 40代
C 女性 40代 H 男性 50代
D 男性 50代 I 男性 30代
E 女性 40代 J 女性 30代

面接は2023年2―7月に,第1著者が協力者の勤務先にて行った。協力者には事前アンケートで,氏名,年齢,勤続年数,管理職経験年数等の個人情報への回答を求めた。当日は,協力者に研究説明書に沿って研究目的や依頼内容,プライバシー保護の方法等について口頭で説明し,同意書への記入確認後に面接を実施した。協力者の承諾を得た上でICレコーダーによる録音と要点筆記にて記録を行った。面接後,記録の確認,訂正,削除の希望について尋ねたのち,同意書の控えと同意撤回書を渡し,後日のデータの確認,修正,削除,同意の撤回等も可能である旨を説明して終了した。研究は,目白大学人文社会科学系研究倫理審査委員会の承認を受けて実施された(承認番号:22人-028, 23人-022)。

録音時間は,1時間00分48秒―1時間37分53秒であった。なお分析時に協力者Bに確認事項5が生じたことから,A社及び本人の許可を経て,2023年6月にZoomにて追加のインタビューを行った(録音時間27分3秒)。

分析方法

分析と分析手順 本研究では,グラウンデッド・セオリー・アプローチ(Grounded Theory Approach: 以下,GTAとする)により,過程の理論の確立を目指す。1960年代にGlaser & Straussによって提唱されたGTAは,データに密着した分析から独自の理論を生成する質的研究法であり,それを用いた分析結果はグラウンデッド・セオリー(Grounded Theory: 以下,GTとする)と呼ばれる(木下,2003)。木下(2003)によれば,GTは,人間の行動の変化と多様性を一定程度説明できる動態的説明理論であり,応用者はGTから理論内容のどの部分に働きかければ相手の行動がどう変化するかを予測し,実践的に活用することができる。なおGTAは概ね4つのタイプに分化しているが(木下,2003),本研究では修正版GTA(Modified Grounded Theory Approach: 以下,M-GTAとする;木下,2003)で分析を行う。M-GTAでは研究結果の応用を重視し,両側分析に比べて概念図が豊富な具体例と実践的示唆を有する片側分析が許容されている(竹下, 2021)。本研究では,上司と同僚が支援の改善に活かせる過程の理論の確立を目指すことから,より多くの具体例と実践的示唆を得るために,M-GTAにより片側分析を実施する。ただし,対人援助専門職以外がM-GTAを用いる場合,緩和された理論的要件は再調整する必要がある(竹下,2021)。そこで本研究では,対人援助専門職向けのM-GTAでは省かれているSIPパラダイムの視座を,分析テーマの検討,面接指針,半構造化面接,コーディングの各段階にわたり維持することで,理論的な解への収束を試みる。一方,M-GTAの分析テーマ,分析作業票,概念一覧,概念図は,分析過程を可視化し,客観的な分析を可能にするオリジナル版にはない利点があるため,そのまま用いる。また理論的飽和の基準を明確にするため,竹下(2021)の片側分析における範囲と節倹の理論基準6を用いる。

分析テーマの設定 当初の分析テーマは「特例子会社の精神障害者保健福祉手帳所持者が所属する部署における,管理職と同僚にあたる手帳のない部下間の発達的相互作用7過程」と設定した。しかし概念図の段階では,障害のある部下の概念もカテゴリーとして浮上した。これは,支援者間の相互作用が支援対象者の状態や行為に応じて変化する実態によるものと考えられた。M-GTAでは,データの実態に即した分析を可能にするために当初設定した分析テーマは修正していく(木下,2007)。そこでデータの実態により即した分析とするため,分析テーマの「健常者部下」を「部下」に修正し,「特例子会社の精神障害者保健福祉手帳所持者が所属する部署における,管理職と部下間の発達的相互作用過程」とした。

分析焦点者の設定 分析テーマを踏まえ,「特例子会社で精神障害者保健福祉手帳を所持する従業員が所属する部署において,日常的に部下の直接指導にあたり,該当部署で部下の評価を一度以上行ったことがある管理職で,障害者手帳を所持していない者」とした。部下の評価経験は,有無により部下について語る情報の質や量が異なる可能性が考えられたことから,条件に加えた。

半構造化面接の実施 管理職の実践の特徴は部下の行為に対する認識や働きかけに表れると考え,健常者部下から障害のある部下に対しての「良いと感じた関わり」,「課題を感じた関わり」,「それらに対する管理職自身の働きかけ」を質問の軸とした。その上で社会的相互作用の構成要素をイメージしながら,健常者部下の関わりに対して良い・課題があると感じた理由,障害のある部下の反応,管理職自身の働きかけの意図や,それにより生じた変化の過程と結果を,管理職と健常者部下の支援の過程に沿って掘り下げた。

逐語記録の作成 第1著者がWordで逐語記録を作成した。気づきやアイディアはコメント機能にて記録した。

継続的分析 第1著者が社会的相互作用の構成要素をイメージしながらオープンコーディングを行った。思考と言動間の個人特有の経路を探すが,片方だけでも気にせず概念化する。分析の初期段階で概念を可能な限り多く生成することにより,のちの抽象度が向上する。説明力の弱い概念は,その後の手続きの中で棄却される。ベース・データとして収集したA―Dの4名の逐語記録から通読し,協力者Aの2頁目で最初の概念が浮上したため,Aから分析を開始した。Wordで「分析作業票(起票日,最終修正日,人数,概念名,定義,ヴァリエーション例,対極例,類似例,原因例,結果例,分析メモから成る)」を立ち上げ,社会的相互作用の構成要素となり得る逐語記録の記述をヴァリエーション例の欄に転記し,異なる協力者の語りを束ね得る現象特性を定義する。暫定的概念がどんなに有望でも,他の協力者の語りで立証されない場合は棄却される。その場で記入可能な場合は,対極例,類似例,原因例,結果例を記入し,疑問やアイディアは理論メモ欄に記載する。協力者Aの逐語記録からは,44の概念が生成された。最初の逐語記録を第2著者の分析作業票と突合し,相違点を検討した。分析作業票及び浮上した初歩的な概念図に両著者間で大きな違いはなかった。その後,別の協力者の逐語記録から44の概念を裏付けるデータを検討し,ヴァリエーション例が追加されれば必要に応じて概念名や定義を修正した。並行して新たな概念を探し,生成された場合には別の協力者の逐語記録から裏付けるデータを探した。同時に,Excelで概念一覧(概念名,定義,ヴァリエーションの数,協力者ごとのヴァリエーションの有無を一覧で示したもの)を作成し,主語の統一や描写度合いの確認,概念間比較等を行った。一定数の概念が生成された段階で,管理職-健常者部下間の発達的相互作用過程を表す初歩的概念図をPowerPointで作成した。複数の概念を同じ特性で束ねることでカテゴリーが浮上し,抽象度を高めることで他カテゴリーとの関係性が現れやすくなる。この論理的入れ子過程を通じて,単独の,一般性が弱い概念は棄却される。分析者や読者は,概念一覧を参照すれば理論的に束ねた過程を確認できる。分析が進むと理論軸コーディングの比重が高まる。パラダイムの要素になるように構成要素の組み替えや,改名を行う。概念図と概念一覧を用いて,絶え間ない比較分析が行われる。あるツールでの変更は,他ツールに即時反映させる。

概念突合による客観性の追求 SIPパラダイムの共有により,原理的には複数の分析者が同様に概念を生成できるが,現実的には分析スキルには個人差が存在する。そこで分析初期に集中して各分析者が生成した概念を突合することで,コーディングギャップの最小化を試みた。逐語記録段階では第1著者が作成した逐語記録のコメント欄を使い,第2著者が深掘りすべきだった箇所や不必要な箇所等を指摘した。分析作業票段階では協力者Aの逐語記録の冒頭数頁を用いて第2著者が分析作業票を数枚作成し,第1著者のものと比較した。第1著者は納得できるものは取り入れ,できないものは納得するまで質問した。概念図,概念一覧段階では,初期のものに大きな違いはなかった。抽象化が進んだ段階では,第2著者が理論の構成要素を意識した概念図を提示し,その後第1著者が浮上したカテゴリーや概念の候補を裏付けるため追加的データ収集を行いながら改善,精緻化していった。

結果

103の概念が生成され,2名以上からヴァリエーションが得られた62が立証された。その後,管理職と部下の社会的相互作用の範囲外の概念等,文脈特有でないと判断した11を除外し,51の概念を採用した。さらに概念の相互の関係性を踏まえて,複数の概念間関係であるカテゴリーを31生成した。最も抽象度の低いレベルをTier1とし,複数のTier1カテゴリーを統合できればTier2,さらに統合できればTier3と階層化した。竹下(2021)の片側分析における範囲と節倹の理論基準を満たすまで作業を繰り返し,階層はTier3まで生成された。カテゴリー数はTier1で19,Tier2で10,Tier3で2であった。作成された概念図をFigure 1に示す。3つの状況のうち,左下の役割の解消,右の役割の近接はそれぞれ左上の役割の対立から変化した状況であるため,変化前の役割の対立を状況A,変化後の役割の解消を状況B,役割の近接を状況B’とした。本研究は管理職-部下の社会的相互作用の管理職側のデータを用いた片側分析であるが,状況A,B,B’に示される複数の段階,各状況の成立条件及び方略が浮上したため,竹下(2021)の片側分析における範囲と節倹の理論基準を満たすと判断した。本文では,カテゴリーは『』Tier1-3,概念は[](付記された数値は概念番号)で示す。なお,ヴァリエーション例は電子付録に収録した(Table S1―S3)。

Figure 1

精神障害者保健福祉手帳所持者を雇用する特例子会社における管理職と部下の社会的相互作用過程

状況A役割の対立

条件『組織基準の適用』Tier2 状況A役割の対立は,管理職,障害のある部下,健常者部下各々が自らの役割を保持し,方略が食い違う状況を表す(Table 2)。状況Aの成立条件『組織基準の適用』Tier2では,管理職は障害のある部下に配慮した組織基準を職場に適用する。例えば,障害のある部下に[ゆとりを持たせる]41,[中核的業務に専念]1する働き方を推奨する(『障害のある部下の仕事』Tier1)。また,活躍が見込まれる障害者を積極的に雇用し([採用時技術力選別]8),[働きやすい仕組み]12づくりを優先する(『管理職の仕事』Tier1)。

Table 2

状況A役割の対立のカテゴリー(Tier 1―3)と概念

カテゴリーTier1―3・概念名 定義 人数
注)左列の数値は,概念番号を表す。階層構造のカテゴリーについては,抽象度の高いカテゴリーから順に示した。
 組織基準の適用Tier2
  障害のある部下の仕事Tier1
41 ゆとりを持たせる 障害のある部下がゆとりをもって業務にあたれる環境を作っていること。 3
1 中核的業務に専念 障害のある部下に,中核的業務に専念できるような仕事環境を与えること。 2
  管理職の仕事Tier1
8 採用時技術力選別 障害のある部下が採用時に,技術的スキルによって選別をされていること。 2
12 働きやすい仕組み 障害のある部下の働きやすさを優先して,職場の仕組みを構築すること。 4
部下の格闘Tier3
 障害のある部下の格闘Tier2
  未発達な適応力Tier1
46 スキル未発達 障害のある部下の技術的・対人的スキルが未発達であること。 5
42 余分な作業 障害のある部下が特性からくるミスの発生を防ぐために余分な作業を行っていること。 2
  障害のある部下の基準Tier1
14 障害者水準の要求 障害のある部下が健常者部下に対して,障害者水準の要求をすること。 2
25 被害報告 障害のある部下から管理職に,健常者部下に関わる被害の報告があること。 5
 健常者部下の格闘Tier2
  未発達な適応力Tier1
19 育成力の不足 健常者部下が,障害のある部下の適切な育成ができていないこと。 2
9 指示力の不足 健常者部下が,障害のある部下に適切な指示を出せていないこと。 4
7 スキルの個人差 管理職から見て,健常者部下の経験や特性等により,障害のある部下との関わり方に差がみられること。 2
  健常者部下の基準Tier1
15 健常者水準の要求 健常者部下が障害のある部下に対して,健常者水準の要求をすること。 3
24 福祉的態度 健常者部下が障害のある部下に対して,福祉的な態度であること。 3
47 問題行動 健常者部下に,指示力や育成力以外の面で障害のある部下に影響する問題行動が見られること。 4
 管理職の格闘Tier2
  期待Tier1
3 障害のある部下への自立の期待 管理職が,障害のある部下が自立して仕事を回せる職場にしたいと考えていること。 3
10 健常者部下への調整力の期待 管理職が健常者部下に,チーム運営の調整者としての働きを期待すること。 3
  介入Tier1
17 仲裁 管理職が,健常者部下と障害のある部下のトラブルを仲裁すること。 3
40 試行錯誤 管理職自身や健常者部下が試行錯誤により対応を調整してきたと,管理職が認識していること。 5
 部下の疲弊Tier2
  障害のある部下の疲弊Tier1
37 体調悪化 障害のある部下の体調が悪化したこと。 4
16 怒りの発散 障害のある部下と健常者部下が衝突し,障害のある部下が怒りを発散すること。 2
  健常者部下の疲弊Tier1
31 作業のしわ寄せ 障害のある部下へのフォロー等により健常者部下にしわ寄せがいき,負担が生じていること。 5
32 不安不満の吐露 健常者部下が管理職に対して,障害のある部下に対する不安や不満を吐露すること。 3
管理職の葛藤Tier1
30 「どこまでやるか」 管理職が,障害のある部下への配慮の範囲に対して難しさを感じていること。 4
22 変わらない 課題が見られる健常者部下が変わらないこと。 4
39 教科書や研修の限界 障害のある部下の対応について,教科書や研修の限界を管理職が認識していること。 2

方略『部下の格闘』Tier3,『管理職の格闘』Tier2 しかしそれにより,障害のある部下は支援される側,管理職と健常者部下は支援する側の役割をもち,対立が生じる(『部下の格闘』Tier3,『管理職の格闘』Tier2)。例えば障害のある部下では,「マウントをとっちゃうんですよ。(略)なんでできないんですか。×××(健常者部下の職名)なのになんでできないんですか。(略)みたいなことを,結構攻撃しちゃう。(協力者A)」のように,健常者部下に過剰な[障害者水準の要求]14をする等の『障害のある部下の基準』Tier1が確認される。また,『未発達な適応力』Tier1で示されるように,技術的,対人的な[スキル未発達]46である。また健常者部下にも,障害のある部下に[福祉的態度]24で接する等の『健常者部下の基準』Tier1が確認される。また『未発達な適応力』Tier1で示されるように,障害のある部下への[育成力の不足]19や[指示力の不足]9が観察される。管理職の相互方略として,健常者部下に対しては同じ支援者の立場から,[健常者部下への調整力の期待]10をかけ,障害のある部下には支援をしつつ,[障害のある部下への自立の期待]3をする(『期待』Tier1)。部下間の問題が発生すると[仲裁]17を[試行錯誤]40で行う(『介入』Tier1)。

帰結『部下の疲弊』Tier2,『管理職の葛藤』Tier1 上記のような方略の齟齬は,『部下の疲弊』Tier2や『管理職の葛藤』Tier1に繋がる。障害のある部下(『障害のある部下の疲弊』Tier1)では,不適応から[体調悪化]37がみられ,健常者部下との衝突で感情を爆発させる([怒りの発散]16)。「口調がきつい人はいますよね,中には。普通に注意,とにかく注意をするときに。その場の雰囲気でガッていっちゃったり。ナントカさん,だめでしょう!みたいな(略)(障害のある部下は)へこんで,なんかトイレで物にあたったりとか,しているみたいですね。(協力者D)([怒りの発散]16)」また,健常者部下は,スキルが未発達であったり,体調が安定しない障害のある部下の[作業のしわ寄せ]31を被る。「やはり精神の障害の方って,勤怠が安定しなくて。全員ではないんですけれど何名か,急に突発の休みが,っていう方が,本当に4―5人,休みが多いなぁみたいな人が多くて。そうなったときに,その仕事が他の人にこうしわ寄せがいくっていう風にどうしてもなってしまっていて。(協力者C)」結果,管理職に[不安不満の吐露]32をする。「1回他のメンバーで出たのは,そもそもここまでフォローしなきゃいけないんでしょうか?みたいな声は出たことがあって。(協力者B)」

一方,『健常者部下の疲弊』Tier1を観察した管理職は,障害のある部下への配慮を[「どこまでやるか」]30悩み,支援者としての期待をかける健常者部下の態度が[変わらない]22ことに諦念を抱く。こうして部下への相互方略として葛藤する中で(『管理職の葛藤』Tier1),次第に『組織基準の適用』Tier2の見直しを意識する。

状況B役割の解消

管理職,部下の態度の組みあわせによる,状況A役割の対立からの状況変化(changes into other awareness contexts; Glaser & Strauss, 1965)のパターンの1つとして,部下がドロップアウトし関係が終結する,状況B役割の解消が理論的に導かれる(概念の発見により実際的な文脈を脱した後は,カテゴリー間の組み合わせを理論的に発見する;Glaser, 1978)(Table 3)。状況Bの成立条件は,状況A役割の対立の「放置」である。概念[合わないと双方が潰れる]8(ヴァリエーション1名につき未成立)から,状況A役割の対立を「放置」すると,望ましくない状態に至るとの管理職の認識が示唆された。「放置」の対象は,状況Aの帰結であり,障害のある部下の体調悪化や怒りから説明される『障害のある部下の疲弊』Tier1,健常者部下の負担や不安不満から説明される『健常者部下の疲弊』Tier1,管理職の迷い,諦め,限界感から説明される『管理職の葛藤』Tier1である。このうち,『部下の疲弊』Tier2カテゴリーを構成する概念の分析作業票の「結果例」では,4概念中3概念で,「部下の職場離脱」にかかわる概念が浮上していた。以上から,『部下の疲弊』Tier2の「放置」は「部下の職場離脱」の成立条件であることが,データで立証された概念に基づき理論的に導かれた。データからは,居場所を喪失した障害のある部下が退職を選択する[障害のある部下の退職]35が立証された。成立状態から管理職側の慰留は行われず,関係性は終了する。

Table 3

状況B役割の解消の概念

概念名 定義 人数
注)左列の数値は,概念番号を表す。
35 障害のある部下の退職 居場所の喪失等により,障害のある部下が退職すること。 2

状況B'役割の近接

条件『独自の職場基準の適用』Tier2 状況A役割の対立からの状況変化の別のパターンとして,よりよい協働体制の構築に向けて各々が成長し,役割が近接する,状況B’役割の近接がある(Table 4)。鍵となるのは,管理職による『独自の職場基準の適用』Tier2である。このカテゴリーは『組織基準の適用』Tier2でみられた,一律的に導入される障害のある部下に配慮した組織基準を見直し,個別性に応じて障害のある部下に対する配慮を減らして,成長機会を増やす方略で構成される。ヴァリエーション例を示す。「あとは今,2人で一緒に面談してもらってますけど,それも2人入る必要あるのかな,とか。(略)やっぱり業務なので,生産性をやっぱどんどん高めていかないといけないっていう側面もあるからですね。あんまりそういうなんか,直接生産性にかかわらないところを増やしすぎても,効率が悪くなっていっちゃうので,そことのバランスっていうのは,課題かなーと。(協力者J)([配慮率の見直し]21)」

Table 4

状況B’役割の近接のカテゴリー(Tier 1―3)と概念

カテゴリーTier1―3・概念名 定義 人数
注)左列の数値は,概念番号を表す。階層構造のカテゴリーについては,抽象度の高いカテゴリーから順に示した。
 独自の職場基準の適用Tier2
  障害のある部下への配慮を減らすTier1
20 個別配慮の更新 障害のある部下への個別配慮を,本人やチームの状況に応じて更新していくこと。 4
21 配慮率の見直し 管理職が,障害のある部下だけに配慮した仕事ルールを,健常者部下への配慮やパフォーマンスも考慮して更新すること。 2
  障害のある部下の成長機会を増やすTier1
48 業務創出 管理職が,障害のある部下の業務を創出すること。 3
49 健常者部下への機会付与 管理職が,健常者部下に障害のある部下との新たな形での関与の機会を付与すること。 2
部下の適応Tier3
 障害のある部下の適応Tier2
5 スキル発達 管理職から見て,障害のある部下の技術的・対人的スキルの発達が感じられること。 7
34 態度の変化 障害のある部下の仕事に関わる態度にポジティブな変化が認められること。 3
51 自主的な相談 管理職が,障害のある部下から相談を受けること。 4
 健常者部下の適応Tier2
  態度的変化Tier1
26 配慮的態度 健常者部下の障害のある部下への見方や対応の仕方に,ポジティブな変化を観察していること。 5
38 認識の変化 健常者部下の障害のある部下に対する認識が変化したと,管理職が観察していること。 2
  遂行的変化Tier1
50 支援にかかわる提案 管理職が健常者部下から,障害のある部下の支援に関連した提案を受けること。 2
23 自己裁量による個別対応 健常者部下に,障害のある部下への関わり方を任せていること。 6
28 自己裁量によるチーム管理 チーム管理は,成長している健常者部下に任せていること。 3
 管理職の支援Tier2
  障害のある部下への支援Tier1
27 具体的指示出し 作業時に管理職から障害のある部下に具体的な指示出しをしたり,そうするよう健常者部下に伝えること。 4
4 定期の予定確認 管理職や健常者部下が,障害のある部下と定期的に予定等を確認すること。 4
43 課題への介入 障害のある部下の課題改善のために,管理職自身が直接的介入をすること。 2
36 自発的解決の促し 管理職が障害のある部下に対して,課題の自発的解決に向けた行動を取るように促すこと。 3
  健常者部下への支援Tier1
29 経験の共有 管理職が障害者雇用の現場経験者としての態度で障害のある部下や健常者部下に対応すること。 4
13 コツの伝授 指示の出し方に関して,管理職が健常者部下にコツを伝えること。 3
18 リスクの開示 障害のある部下に先々起こりうるキャリア発達上の危機,及び,危機への対処の必要性を健常者部下に伝えること。 2
6 情報共有と調整 管理職と健常者部下の間で,障害のある部下のコンディションや課題等を情報共有し,対応を調整すること。 6
 職場の安定Tier2
  職場の心理的安定Tier1
33 障害のある部下の体調の安定 障害のある部下の体調が安定したこと。 4
11 障害のある部下の退職未発生 障害のある部下で退職者がでていないこと。 2
44 障害のある部下の問題場面の減少 障害のある部下の課題となる行動が減少や改善したこと。 3
  職場の遂行的安定Tier1
2 障害のある部下の昇進・昇格 障害のある部下が昇進や昇格すること。 2
45 チーム連携の円滑化 部署,チーム内での連携がうまく回るようになったこと。 3

その他,『障害のある部下への配慮を減らす』Tier1には,障害のある部下への個別配慮を状況に応じて更新する[個別配慮の更新]20がある。また『障害のある部下の成長機会を増やす』Tier1には,障害のある従業員の[業務創出]48をする,障害のある部下に新たな担当者をつけるといった[健常者部下への機会付与]49がある。

方略『部下の適応』Tier3,『管理職の支援』Tier2 『独自の職場基準の適用』Tier2による成長機会の創出も後押しになり,部下はスキルや態度を発達させる(『部下の適応』Tier3)。障害のある部下では,技術的,対人的な[スキル発達]5がみられ,仕事に対する前向きな[態度の変化]34がみられる(『障害のある部下の適応』Tier2)。また健常者部下は,障害のある部下の成長に向けた努力を観察することで,「障害のあるメンバーも自分で意識して,ちょっとずつ苦労しながらこう改善していってる。それがすごく見えるので,他のメンバーから見ても。なんで,努力してるのが見えてるよねっていうと,こっちの働きかけ側も,あ,言ったことが響いてくれてるんだ。最近すごくいいよねってなってきているんですよね。(協力者B)([認識の変化]38)」のように,障害のある部下への態度を軟化させる(『態度的変化』Tier1)。また管理職に対して,障害のある部下に任せる仕事を増やす等の[支援にかかわる提案]50を行うようになる。管理職は相互方略として,部下の状態に応じた支援を行う(『管理職の支援』Tier2)。また健常者部下の成長に応じて,管理職は,障害のある部下への[自己裁量による個別対応]23や[自己裁量によるチーム管理]28を任せる(『遂行的変化』Tier1)。こうして3者の役割は次第に近接し,協働体制が構築されていく。

帰結『職場の安定』Tier2 健常者部下の態度が軟化し,スキルが発達すると,管理職・健常者部下の支援がより円滑に行われるようになり,[障害のある部下の体調の安定]33等の『職場の心理的安定』Tier1に繋がる。また障害のある部下に任せられる仕事が増え,チームの成果が意識されることで,職場での[チーム連携の円滑化]45等の『職場の遂行的安定』Tier1にも繋がる。

考察

本研究で確立された過程の理論からは,精神障害者保健福祉手帳所持の従業員が所属する部署の管理職と部下が,障害のある部下の支援の過程で経験しうる3つの状況と,各状況の成立条件が示された。

状況の移行

状況A役割の対立『組織基準の適用』Tier2における障害のある部下に配慮した環境づくりは,特例子会社において重視される可能性がある。そのため初期には,管理職が支援者の視点で[健常者部下への調整力の期待]10をし,健常者部下が[福祉的態度]24をとるケースも見受けられる。また障害のある部下にも,支援される立場からの要求がみられる(『障害のある部下の基準』Tier1)。ダイバーシティの推進に伴う課題を説明する理論的アプローチ(社会的カテゴリ化パースペクティブ等)によれば,メンバー間の差異は「私たち対彼ら」の思考を生じさせ,ステレオタイプ,偏見,差別を引き起こす可能性がある(van Knippenberg et al., 2020; van Knippenberg & Schippers, 2007)。本研究の結果からは,組織基準が管理職,健常者部下,障害のある部下の3者を,支援する・される社会的カテゴリーに分類することを助長し,自他の役割に関するステレオタイプを強化する可能性が示された。また,van Knippenberg et al.(2020)によれば,異質な他者は信頼されず,結果としてコミュニケーションや協調,協力が減少し,対人葛藤が増加する。本研究の結果もこれに合致し,役割の対立状態が,健常者部下の負担や,障害のある部下の体調悪化,衝突等の『部下の疲弊』Tier2に繋がることが示唆された。この状況を放置すると,心理的な居場所を喪失した[障害のある部下の退職]35に繋がり,状況B関係の終結に至る。一方,『部下の疲弊』Tier2を観察した管理職は,『管理職の葛藤』Tier1を経て『組織基準の適用』Tier2の見直しを意識する。ただし,障害のある部下のスキルや態度が未発達な状態で変化をもたらすと,障害のある部下の不適応を招く可能性がある。そのため管理職は,障害のある部下の成長を支援し,見守りながら,その機会をうかがうことになる。

やがて管理職が『独自の職場基準の適用』Tier2を実行すると,状況B'役割の近接に移行する。Zohar & Hofmann(2012)によれば,現場管理職の実践は,従業員の風土認識に影響を与える。本研究からも管理職が『障害のある部下への配慮を減らす』Tier1,『障害のある部下の成長機会を増やす』Tier1ことで,部下が協働への意識を強め,役割が近接する過程が示された。管理職は部下の状態に応じた『管理職の支援』Tier2を行い,部下はスキルや態度を発達させる(『部下の適応』Tier3)。この過程で,管理職から見た障害のある部下の成長に向けた努力は,健常者部下の態度を軟化させる(『遂行的変化』Tier1)。その結果,管理職や健常者部下の支援がより円滑に行われるようになり,『職場の心理的安定』Tier1が促進される。また,障害のある部下が成長することで任せられる仕事が増え,『職場の遂行的安定』Tier1にも繋がる。このように,管理職の『独自の職場基準の適用』Tier2が鍵となり,部下との相互作用を通じて『職場の安定』Tier2に導かれる過程が示された。また,状況の移行を成功させ,健常者部下の理解を得ながら支援を行うためには,障害のある部下の成長が不可欠である。ここから,よりよい支援の過程では,障害のある部下を含む3者がスキルや態度を発達させる必要性が示された。

理論的貢献と実践的含意

理論的貢献として,SIPパラダイムに基づく過程の理論を確立し,障害のある部下を迎えた職場が「なぜ」,「どう」,「望ましい/望ましくない」状況に至るかに関する理論的な法則性を発見したことが挙げられる。管理職は組織規範や,部下からの期待,自己の信念や欲求を意識しながら,部下の行為を解釈し,対応的行為としての方略を決定している。よって浮上した概念は,役割が対立した状況下で,管理職が健常者部下と共に連携しながら,障害のある部下のスキルや態度の程度をアセスメントし,自分に出来ることを考え続けることで会得する,形成的な方略といえる。その過程で管理職や部下のスキル,態度の発達は促され,役割が近接することで,心理的安定や遂行的安定といった職場レベルの変数に繋がることが示された。

実践的含意として,概念図で示された方略の現場での活用が挙げられる。GTは,望ましい状況に向けてコントロール可能な変数を豊富に示している(Glaser & Strauss, 1965 木下訳 1988)。特に片側分析の概念図の方略部分には,抽象度の低い,具体的な概念が多く含まれているため,特例子会社の管理職と健常者部下は,GTの知見を支援の改善に向けた自己アセスメントや行動計画の策定等に応用できるだろう。またGTから,一律的に導入される合理的配慮の限界が示されたことにも留意したい。『組織基準の適用』Tier2で説明される配慮は,障害のある部下への支援の基本方針として採用されやすいものと考えられる。しかしそうした一律的な配慮の継続は,時に健常者部下-障害のある部下間の摩擦を生み,健常者部下の疲弊や,障害のない部下の退職に繋がる可能性が示された。管理職によっては,部下との相互作用を通じてそうしたリスクに気付き,『独自の職場基準の適用』Tier2により,職場を安定に導ける。しかしそうでない場合にも,管理職や健常者部下はGTを参考に状況の改善に取り組むことができる。また,その結果を他の部署と共有することで,組織レベルでの心理・態度的側面の改善,組織全体の基準の再構築に繋げることができるだろう。企業には,各種施策等を通じてこうした循環的な過程を奨励,支援し,適切に評価することが求められる。

本研究の限界と今後の課題

本研究の限界として,管理職-部下の社会的相互作用の管理職側のデータを用いた片側分析であるため,理論的飽和とコア・カテゴリー発見に至っていないことが挙げられる。また,分析過程では「部下」の範囲を「健常者」から「健常者と障害者」に拡張した。これにより概念図で具体的カテゴリーが浮上し,支援場面の問題解決に資する示唆が得られたが,今後の部下側のデータと突合する両側分析では,障害のある部下からのデータを収集することも課題となる。

利益相反について

本論文に関して,開示すべき利益相反関連事項はない。

1

本研究は,日本学術振興会科学研究費補助金の助成を受けた(若手研究,課題番号:21K13631,研究代表者:大嶋 玲未)。

2

本研究は,産業・組織心理学会第38回大会(2023)で発表した結果を修正したものである。

3

英語アブストラクトの作成にあたっては,DeepLを使用した。DeepLの翻訳結果をもとに第一著者が和文との対応関係を確認しながら精査,修正を行い,その後翻訳会社に照合翻訳を依頼し,完成させた。

4

調査にご協力いただきましたA社の皆様に御礼を申し上げます。

5

ベース・データの分析時に,管理職Bのインタビューで障害のある部下の具体的なタスク内容について確認できなかった。分析にあたり健常者部下の「良いと感じた関わり」,「課題を感じた関わり」がどのような条件で行われたかといった環境要因の語りが必要と判断されたことから,部署内での障害のある部下のタスク内容,タスクに対する障害のある部下の躓きの有無,その躓きに対する健常者手帳部下からの働きかけ等について追加で尋ねた。

6

範囲は,重要な段階の漏れがないこと,節倹は,無関連な要因がないことを表す。

7

ここでの「発達」とは,「スキル」(技術的・対人的・概念的)の発達(Katz, 1974)を指す。コーチングやメンタリングなどの発達的相互作用は,個人的/専門的な発達を目的とした,2人以上の人々の間の相互作用と説明される(D'Abate et al., 2003)。ほとんどの上司・部下関係では,Glaser & Strauss(1965 木下訳 1988)の終末期患者GTのような「かけ引き」的性質は考えにくい。それよりも管理職と部下の「スキルの発達と支援の方略」に注目する方が適切かつ有効と考えられる。また,特例子会社は,障害者の雇用の促進と安定を図るために設立される営利法人である。そのため,障害のある従業員の安定就労や,集団レベルでの高水準のスキル発揮(パフォーマンス)は組織全体で支援すべき成員共通の目的であり,相互方略の帰結には障害のある部下の定着や,職場の雰囲気,士気といった組織要因などが考えられる。

References
  • Corbière, M., Villotti, P., Lecomte, T., Bond, G. R., Lesage, A., & Goldner, E. M. (2014). Work accommodations and natural supports for maintaining employment. Psychiatric Rehabilitation Journal, 37(2), 90-98. https://doi.org/10.1037/prj0000033
  • D'Abate, C. P., Eddy, E. R., & Tannerbaum, S. I. (2003). What's in a name? A literature-based approach to understanding mentoring, coaching, and other constructs that describe developmental interactions, Human Resource Development Review, 2(4), 360-384. https://doi.org/10.1177/1534484303255033
  • Gates, L. B., Akabas, S. H., & Kantrowitz, W. (1996). Supervisor's role in successful job maintenance: A target for rehabilitation counselor efforts. Journal of Applied Rehabilitation Counseling, 27(3), 60-66.
  • Glaser, B. G. (1978). Theoretical sensitivity: Advances in the Methodology of Grounded Theory. The Sociology Press.
  • Glaser, B. G., & Strauss, A. L. (1965). Awareness of dying. Aldine Publishing Co.(グレイザー,B. G.・ストラウス,A. L. 木下 康仁(訳)(1988).死のアウェアネス理論と看護 医学書院)
  • Hagner, D. (2003). What we know about preventing and managing coworker resentment or rejection. Journal of Applied Rehabilitation Counseling, 34(1), 25-30.
  • Huff, S. W., Rapp, C. A., & Campbell, S. R. (2008). “Every day is not always Jell-O”: A qualitative study of factors affecting job tenure. Psychiatric Rehabilitation Journal, 31(3), 211-218. https://doi.org/10.2975/31.3.2008.211.218
  • Katz, R. L. (1974). Skills of an effective administrator. Harvard Business Review, 52(5), 90-102.
  • Kiefer, C. W. (2007). Doing health anthropology: Research methods for community assessment and change. Springer Publishing Company, LLC.
  • 木下 康仁(2003).グラウンデッド・セオリー・アプローチ――質的研究への誘い―― 弘文堂
  • 木下 康仁(2007).ライブ講義M-GTA――実践的質的研究法 修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチのすべて―― 弘文堂
  • 高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター(2017).障害者の就業状況等に関する調査研究 調査研究報告書 No.137 高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター
  • 厚生労働省(2014).「特例子会社」制度の概要 厚生労働省 Retrieved September 5, 2024, from https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/shougaisha/dl/07.pdf
  • 厚生労働省(2023).令和5年 障害者雇用状況の集計結果 厚生労働省 Retrieved September 5, 2024, from https://www.mhlw.go.jp/content/11704000/001180701.pdf
  • 厚生労働省(2024).障害者の法定雇用率引上げと支援策の強化について 厚生労働省 Retrieved September 5, 2024, from https://www.mhlw.go.jp/content/001064502.pdf
  • Lindesmith, A. R., Strauss, A. L., & Denzin, N. K. (1999). Social psychology (8th ed.). SAGE Publications, Inc. https://doi.org/10.4135/9781452225470
  • Nisbet, J., & Hagner, D. (1988). Natural supports in the workplace: A reexamination of supported employment. Journal of the Association for Persons with Severe Handicaps, 13(4), 260-267. https://doi.org/10.1177/154079698801300404
  • 小川 浩(2000).ジョブコーチとナチュラルサポート 職業リハビリテーション,13, 25-31. https://doi.org/10.11328/jsvr1987.13.25
  • Strauss, A. L. (1987). Qualitative analysis for social scientists. Cambridge University Press. https://doi.org/10.1017/CBO9780511557842
  • 竹下 浩(2021).経営・心理学におけるGTA評価基準の検討 経営行動科学,33(1-2), 1-24. https://doi.org/10.5651/jaas.33.1
  • Unger, D. D., Parent, W., Gibson, K., Kane-Johnston, K., & Kregel, J. (1998). An analysis of the activities of employment specialists in a natural support approach to supported employment. Focus on Autism and Other Developmental Disabilities, 13(1), 27-38. https://doi.org/10.1177/108835769801300103
  • van Knippenberg, D., Nishii, L. H., & Dwertmann, D. J. G. (2020). Synergy from diversity: Managing team diversity to enhance performance. Behavioral Science & Policy, 6(1), 75-92. https://doi.org/10.1177/237946152000600108
  • van Knippenberg, D., & Schippers, M. C. (2007). Work group diversity. Annual Review of Psychology, 58, 515-541. https://doi.org/10.1146/annurev.psych.58.110405.085546
  • Villotti, P., Balducci, C., Zaniboni, S., Corbière, M., & Fraccaroli, F. (2014). An analysis of work engagement among workers with mental disorders recently integrated to work. Journal of Career Assessment, 22(1), 18-27. https://doi.org/10.1177/1069072713487500
  • Zohar, D. M., & Hofmann, D. A. (2012). Organizational culture and climate. In S. W. J. Kozlowski (Ed.), The Oxford handbook of organizational psychology (Vol. 1, pp. 643-666). Oxford University Press. https://doi.org/10.1093/oxfordhb/9780199928309.001.0001
 
© 2025 The Japanese Psychological Association
feedback
Top